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――宣誓式、当日。
宮殿の大広間には高位貴族が集まり、外には立太子式を終えたアヴェリーノと、聖女をひと目見ようと国民がひしめき合っていた。
バルコニーでは国王の挨拶から始まり、アヴェリーノの宣誓、聖女から国民への祝福、最後に国王からの宣明が行われるのだ。
貴族向けの挨拶が終わると、三人はバルコニーに立った。
見上げる国民からは、待ってましたとばかりに大きな歓声が上がる。
自信に満ちたアヴェリーノの宣誓が終わり、盛り上がりも最高潮。そのタイミングで聖女の祝福の儀が始まった。
聖女からの祝福を浴びると、その恩恵を受けられるという。エステルが一歩前に出ると、歓喜に満ちた者たちの熱い視線が集まった。
美しい衣装を纏い、エステルが天に向かって両手を上げてから、見上げる国民に向かい祈りと祝福のポーズを取った。
本来なら、ここで金色に輝く光がバルコニーから民に向かって降り注ぐはず。だが――。
シーン――……。
静まりかえっている中、何も起こらなかった。
エステルは慌てて、同じ動作を繰り返している。祝福を待つ国民はざわざわとし出す。
「ど、どうしたんだエステル!?」
アヴェリーノは心配し小声で尋ねた。
「す、すみません……緊張してしまったようです」
「落ち着いて。いつも通りでいいのだから」
「ええ、そうですね……」
アヴェリーノに気付かれないよう、エステルはドレスの中に隠し持っている結晶石を何度も触る。
――が。
何も起こらない。
焦る二人の背後、大広間の空気が張り詰めた。
なかなか行われない祝福を心配してではなく、別の緊張感がその場を支配していた。
「その聖女は偽者ですから、祝福は起こせませんよ」
張りのある男性の大きな声がホールに響いた。宣誓のための魔道具がその声を拾い、外へも伝わる。
王家の第一礼装に身を包んだ、第一王子ベルトランが颯爽と会場の真ん中を歩く。
アヴェリーノによく似た外見だが、特徴的な黒髪が第一王子だと物語り、見間違う者はいない。
扉の前に集まっていた近衛騎士たちは、さすがに第一王子に手出しをすることは出来ず戸惑いをみせた。存在を忘れられていたベルトランに対して、何も指示は受けていないのだから。
ベルトランは、フッと鼻で笑いバルコニーに出た。
「まさか……ベルトランか!?」
信じられないといった表情で声を発したのは、他でもない国王だった。民は黒髪の王子と国王のやり取りを見つめる。
「あ、兄上!? どうして!?」
「そんなはずはっ……」
アヴェリーノとエステルは同時に声を漏らす。
ベルトランは三人を無視し、国民に向かって声をあげた。
「この場で、第一王子であるベルトラン・ボナハルトが真実を明かそう! 偽聖女であるエステル・シャテルローは、本物の聖女であるクリスティナ・シャテルローを騙し、神聖力を盗んだだけでなく、禁忌とされる黒魔術を使い聖女を処刑させたのだ!」
確信に満ちた通る声は、観衆を惹きつける。
「兄上!」と、掴み掛かろうとしたアヴェリーノを蒼白となった国王が制止させた。
「な、なにを証拠に! ……きゃっ!?」
顔を真っ赤にし憤るエステルに向かって、隠れて待機していた離宮のメイド達が一斉に駆け寄る。その中の一人のメイドが、ドレスのパニエに隠されでいた、いくつもの結晶石を取り上げた。それをすかさずベルトランに渡す。
「これが証拠だ! 聖女を騙し、この石に神聖力を込めさせ使っていただけだ」
掲げた結晶石に視線が集まった。
「そ、そんなのは嘘に決まっているっ!」とアヴェリーノ。エステルは、メイドたちを振り払いギロリとベルトランを睨みつける。
「だが! たとえエステルが偽物だとしても、クリスティナが本物だったという証拠もない」
国王はベルトランに向かって言う。聖女を処刑したとなれば、国は滅ぶかもしれないのだ。国王は慎重に言葉を選ぶ。
「証拠? それは、本人に訊いてください」
ベルトランの言葉に、国王は片眉を上げた。
その場に居た全員が不安げにザワリとする。
首を落とされた人間が生きているわけがないと誰もが思ったのだ。
エステルを捕まえていた侍女の一人が、前に出た。
いや、早着替えでメイド服を脱ぎ、白いシンプルなドレスになった私だ。
ほどいた長い髪は黒く戻してあり、人々の視線を引き付けるよう神聖力を纏う。
応援してくれる使用人仲間が、頭を下げて道を開ける。みんな、処罰を覚悟でこの場にいてくれた。
緊張で胸が張り裂けそうだが、私を見つめるベルトランの視線が大丈夫だと言っている。私は小さく頷いた。
一歩ずつ、前に進む。
あれ程恐ろしかったアヴェリーノの前を素通りし、ベルトランの隣に立った。
ベルトラン効果なのか、国民は罵声など飛ばさず息を呑み見守っている。
「姿は違いますが、わたくしはクリスティナです! 皆様に謝らなければなりません。
わたくしは、婚約者であるアヴェリーノ様と離れ、神殿に行くのが嫌で聖女の力を妹のエステルに託してしまいました。そして、罰がくだり処刑されたのです」
これは、クリスティナであった過去の私の懺悔であり、本心だ。
「けれど! わたくしは神に呼ばれ、この者の姿を借りてまたこの地に戻ってまいりました。これは、神が与えてくださった最後の機会です。この国と皆を愛しておりました。――この国の全てに祝福を!!」
クリスティナとして聖女のポーズをとると、私の体から眩い光が溢れ出し、全国民へと降り注ぐ。
今まで見たことのない大規模な祝福。結晶石から回収した神聖力も全て放出した。
神秘的な現象に、その場にいた誰もが歓喜した。
――エステルとアヴェリーノ、ごく一部の者たちを除いて。