コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
宿の名は冥楼旅館という。
建物の北端から、南端まで見渡せないほどの大きさだ。
ふわりと霧に包まれていて、城のような見た目をしている。
皆がめぐるましく働く冥楼旅館は、亡くなった人々が休む場である。
亡くなった場所から三途の川へ来るのは相当な苦労が必要だ。
その疲れを癒やし、極楽へと送り出すのがこの旅館の役目である。
「逝ってらっしゃいませ、ナッカルタンさま!」
《元》新人・サーメルカークはにこやかに言う。
もうすっかり仕事が身に付いたらしい。
「あたし、頑張るわ、サーメルカークさん…」
この方は、彼氏に浮気され、自殺をしたと言う。
何も信じられない、と泣きながらサーメルカークに訴えたそうだ。
話を聞いてもらってから、極楽へ逝くのに後悔はなくなったという。
「あたし、彼氏のスマホ覗いちゃったの。」
そう話し始めたナッカルタンさまは目を真っ赤にしている。
どうしよう、お客さんのお悩みなんて聞いたことない!
そんなサーメルカークの気持ちは知らず、ナッカルタンは続ける。
「知らない女の、連絡先があったの…」
友達の関係のはずじゃない、と震える声で言った。
「内容は、「また会いたい」とか、「今アイツ居ないよ」とか」
誰か確認する前に《アイツ》が分かってしまった。
「あたしだ」
とうとう、涙をポロポロと溢し始めてしまった。
「ナッカルタンさま…っ」
対応の仕方が分からず、サーメルカークはおどおどする。
その女のSNSのアカウントも見つけたそうだ。
アップされた写真にちらほらと写り込んでいた男。
「あたしのッ彼氏だった…ッ」
拳を握りしめ、紅紫檀の机を睨む。
そして、その事を追求すると開き直り、あれこれ言ってきたそうな。
サーメルカークは慰め方が分からず、とにかく思ったことを言った。
「酷いです、あなた様の事を好いているとその方は仰っていたのに」
ゆっくりと顔を上げて、ナッカルタンさまはこちらを見つめてきた。
私はこれで合ってるのかな?
「私はっ、嘘つきは苦手でございますっ」
十数分の相談が終わり、二人ともほっとした顔で戻ってきた。
その表情を見て、女将は安心したが、心配にもなる。
何にもできなかったあの子が?
でも、まぁ良しとしようかな。