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それから二週間、鷲本弁護士側からの働きかけは特になかった。僕は親権について深く調べた。結論から言えば、親権者になれるかどうかは不貞行為の有無にまったく左右されない。七歳や九歳くらいでは本人の意向もほとんど考慮されない。父母どちらの方が養育環境が整っているか。それがすべて。つまり同居親が圧倒的に有利で、別居親は圧倒的に不利。

三月が終わり、新年度が始まっていた。三年生の担任の内示を受けていたのに、微罪逮捕されたせいで副担任さえつけてもらえず、三年生の学年付きとなった。部活の顧問も外されたまま。

昼休みに長谷川小麦が職員室に訪ねてきた。話があるというが、校長の信頼を失ってる今、女子生徒と二人きりで話すわけにはいかない。小麦の担任の和海を誘って三人で話してもいいかと聞くと、それでいいという。生徒指導室に三人で入った。

「シュン先生、実は私のいとこが川崎に住んでるんですけど――」

何の話だと思ったが、思いきり僕の知りたい話だった。

「いとこと同じクラスに四月から鳥居真希という子が転校してきたそうです。二つ下の学年には鳥居望愛という子もいます」

川崎? 僕の家も義実家も区は違うが横浜にある。それが事実だとして、夢香たちが義実家を出た理由が分からなかった。僕のDVを恐れて家を出たなら、義実家にいた方が安全なはずなのに。

「情報提供ありがとう。でも僕が実は妻に暴力を振るうストーカーだった場合、君はとんでもない失敗をしたことになるんだよ」

「シュン先生が奥さんに怒鳴られてる音声をカズ先生に聞かせてもらいました。先生、三月の授業中、失礼なことを言って本当にごめんなさい」

「安田先生!」

和海は両手を合わせて僕に許しを乞う仕草。

「鳥居先生が逆にDVを受けてる証拠があると口を滑らせたら、それを聞かせないと〈これから毎日ずっとカズ先生を見つめてたまにため息なんかもついてやりますけど、いいんですか?〉って脅されて仕方なかったんだ」

確かにそれをやられたら生徒と道ならぬ仲になったと周囲に疑われて、和海の立場はなくなるだろう……

和海は姉妹が転校してきた小学校名を聞いて、不敵に微笑んだ。

「おれんちは教員一家でさ、おれは高校、おやじは中学の校長、嫁さんは小学校で教えてる。その学校なら嫁さんの同期が何人も勤めてるはず。教員のネットワークをなめるなよ。鳥居先生、そろそろ反撃の狼煙を上げようぜ」

「反撃? どうやって?」

「おれは前に不倫してるのは奥さんの方じゃないかと言ったことがあるだろう? 奥さんが実家を出たと聞いて、おれの疑いは今、確信に変わったぜ」

「どういうこと?」

「おそらく最初は実家の親に娘二人を預けてるあいだに男と会うつもりだったんだ。でも預かる時間が長いと親に文句を言われて、部屋を借りてそこに男を連れ込むことに方針転換したんだろうよ」

「推理小説の見すぎだ!」

僕は取り合わなかったが、和海の助言により興信所に依頼して夢香の新居を見張ることにした。費用は実家の父親が出してくれることになった。


四月中旬。それどころじゃないと言ってるうちに桜も散ってしまった。すっかり初夏のような陽気になった。

妻子がいなくなって一ヶ月が過ぎた。一人ぼっちの寂しい生活にはまだ慣れないが、着々と夢香包囲網が築かれつつあった。そしてついに義実家側からも僕にコンタクトがあった。

夜寝ようとすると、スマホの着信音が鳴った。着信音は夢香のお気に入りの〈可愛くてごめん〉。今まで生徒がいるときに着信音が鳴ることが何度かあって、そのたびに恥ずかしい思いをした。夢香自身はかわいい系じゃなくて、さらさらショートカットで長身の美人系だけどね。

電話は秋葉誠也から。誠也は二つ年上の高校のサッカー部の先輩。夢香を僕に紹介した高校の先輩とはこの人のことだ。当時、誠也は夢香の姉の直美と交際中だった。向こうもそのまま結婚したから、誠也は僕の義兄となった。

夢香の関係者にコンタクトを取るなと鷲本弁護士から指示されているが、誠也は夢香と知り合う前からの僕の友人だし、向こうからかかってきた電話だから電話に出ても問題ないだろうということで、通話ボタンをタップした。途端に、熱血漢の彼らしい大声が受話器から飛び込んできた。

「俊輔、大丈夫か!」

「誠也さん、大丈夫と言いたいですけど、さすがにちょっときついです」

「どんなにつらい練習でも弱音を吐かなかった俊輔がきついと言うくらいだから、相当つらいみたいだな。今さっき直美のやつと大ゲンカしたところだ。俊輔の度重なる浮気とDVに耐えかねて夢香さんが娘二人を連れて出ていったなんて言われてびっくりしたが、俊輔が浮気やDVなんてするやつじゃないのはおれが一番よく分かってると言い返した。そうしたら、じゃあ妹が嘘を言ってると言うの? なんて言いやがるから、ああそうだよ、おまえら姉妹と俊輔ならおれは俊輔の方を信じると正直に言ったら大ゲンカよ。あのヒス女、今日だけで高い皿を三枚も割りやがったぜ」

今、僕ら夫婦は危機的状況だけど、誠也のところも相当危険な状態なんじゃないか。僕のせいなのだろうか? そうだとしたら申し訳ない――

「自分を責めるなよ。おれと直美もずいぶん前からうまく行ってないんだ」

前から思っていたが、誠也は人の心が読めるのかもしれない。サッカーの試合でPKになると、この人はいつもゴールキーパーが飛ぶ反対側に悠々とゴールを決めていた。逆にこの人がゴールキーパーになれば、相手はPKを一本も決められないんじゃないかとずっと思っていた。

「言いたいことはたくさんあるが――」

誠也の声がさらに大きくなった。

「おれはいつだって俊輔の味方だ。してほしいことがあればなんでも言ってくれ。義実家の連中、俊輔を逮捕させて三百万の示談金までせしめたそうじゃないか。あいつら許せねえ。目にもの見せてやろうぜ!」

威勢のいい誠也の啖呵を聞いても、人の死さえ商売に利用する冷酷で狡猾な鷲本弁護士と、そんな悪徳弁護士と結託した夢香に目にもの見せてやるイメージはまだ持てなかった。


たかがあなたの不倫ごときに

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