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波乱の試合を目(ま)の当たりにした客席は、ただただ混迷を極めていた。

見聞きしたものを頭で理解するのが人間の能であるが、そこにはキャパシティがあって、これを超過すると様々な不具合が生じるとされる。

この場でもやはりそうした事態は頻発しており、闘乱の一部始終を目撃したにも関わらず、まるで何も見なかったように振る舞う者が少なからずいた。

氷棘の密林が出現しようとも騒ぎ立てず、空から人が降ろうとも取り乱さない。

それら“真っ当な”ギャラリーの目をもってしても、その光景は明らかに不可解であり、理不尽なものだった。

物議が物議を呼び、満場にざわざわと波紋が広がってゆく。

女性のもとに参集した氷像の兵衆が、手に手に剣を取り矛を構えて、少しずつ躙(にじ)るように進軍を開始したのだった。

独りでこれと相対(あいたい)する虎石は、ようやく自失から解放されたか、蛮勇を頼みにギラギラと睥睨(へいげい)に徹していた。

「あれ、反則じゃないのかな……?」

リースが呆気(あっけ)をさらして呟(つぶや)くも、隣席から応答はない。

こちらも想定外の事態に魂消(たまげ)る町長であるが、内心の気熱は衰えるどころか、ますます盛(さか)りを迎えていた。

これは最高の大会になる。 それこそ、どこの町にも決して真似ができないほどの。


「おもしれぇ……」

当初はさすがにビビったが、落ち着いて見れば何てことはない。

たかが氷だ。 氷の人形が、それぞれ武器を携えてこちらに向かってる。

考え方によっちゃ、さっきよりも随分と気が楽だ。

「さっさと来いや!」

いよいよ腹を括った虎石の咆哮に応じ、隊列に変化が起きた。

おのおの盛んに氷晶を散らし、かたい跫音を鳴らして、一斉に彼のもとへ殺到したのである。

「おぉっ!!!」

気力をふるい挑み掛かるも、さすがに数が多すぎる。 逐一に狙いをつける労力が惜しい。

こうなりゃヤケクソの乱戦だ。 とことんまでやってやる。

方針を定めた途端、身体がより軽く、より闊達に動き始めるような気がした。

手にあまる大塊を、全身の張力を総動員して打ち振るい、まずは最前列の一群をなぎ払う。

勢いに任せて渦中へ突入し、手当たり次第に暴れまわる。

愚直に剣を振るう個体には蹴りを入れ、飛び掛かってくるものには鉄拳で応じる。

こうなっては、もはや間合いも拍子もあったものではない。

とにかく手近の敵にいち早く食らいつき、押し倒して殴打する。

背後から迫る動きを察するや否や、横っ飛びに転がって別の個体に体当たりを加え、頑健な厚底でこれを粉砕する。

串刺しを目論(もくろ)む穂先の群れに対しては、ひとまず重厚な鉞で防御をかためた後、あとは馬力に頼んで突貫する。

鮮烈な快音とともに、夥(おびただ)しい氷塊が四方八方へ飛び散るさまは、一種の清涼感すら及ぼすものだった。

しかし、こういった戦法は決して長続きの見込めるものではない。

徐々に握力が弱まり、腰部の張力が撓(たわ)み始めた。

何より、ゲンコツで挑むにはあまりにも堅固な連中だ。

瞬く間に拳が限界を迎え、飛びちがう氷雨の中に、次第に赤いものが混じるようになった。

──情けねえなオイ!?

心中を掻き毟(むし)るように檄を飛ばすも、右の相棒は応じない。

また、己の肉体も素知らぬ振りを一貫し、着実に衰弱の一途を転げてゆく。

「…………っ!?」

出し抜けに、足下(あしもと)をズルリと損なった。

考えもなくの氷塊の上で奮闘したのが拙(まず)かった。

咄嗟(とっさ)に左腕を支(つか)えるも、感覚の失せた徒物(あだもの)ではまったく益体(やくたい)もない。

「………………」

派手に転倒する間際、無愛敬(ぶあいきょう)な兵衆の肩越しに、それらを操る女性の顔が見えた。

妙ではないか。

勝利を目前にしながら、その表情に喜悦は見て取れず、なにやら物悲しい陰りの色が際立つのみだった。

“惜しいな……”と、我ながら何とも女々しい情感が、場を弁(わきま)えず胸の奥で火花を散らした。

それは恐らく正義感ではない。 安易な同情や憐憫とも違う。

こういったご時世だ。 心が壊れちまってる奴なんぞ五万といる。

そんなもんをいちいち気にかけてたら、こちらの足が滞る。 逃げ足のはやい明日に追いつけねえ。

ただ、何というか………。

この女をこんな風にしたどっかの誰かを、この手で思いきりぶん殴ってやれねぇのは癪(しゃく)だ。

あぁ……。それだけは本当に、腹が立って仕様が無え。


「いっぺん百頭くらい相手にした事があってさ?」

その時だった。

冷たい地表に蟠(わだかま)る虎石のもとへ、我先にと雪崩(なだ)れ込んだ群衆が、一斉に頽壊(たいかい)の憂き目をみた。

砂子(いさご)を吹き散らすように舞い上がった氷晶が、時を経ずしんしんと回雪の体(てい)をなす中、紅霞(こうか)をたくわえた両刃切先が壮美に躍った。

「あれはクマだったか、ライオンだったか……。 肢が六本くらいあるヤツでね?」

「お前……」

「虎石っさんも慣れてるんじゃないの? こう、大人数を相手にするのは」

「……邪魔する気かよ?」

「いいや」

しぶとく藻掻(もが)く氷像の頭部をわけなく踏み潰した葛葉は、雄快(ゆうかい)な調子でカラカラと笑った。

「そんな気はないよ。 これはお前さんのケンカでしょ?」

誂(あつら)え向きに跪(ひざまず)く格好の虎石に向けて、差料の切先をゆるく差し伸べる。

これが当の肩先に、軽(かろび)やかな案配でちょんと控えめに触れた。

「でも、ちょっとだけ手ぇ貸したげる」

「……いらねぇ。 余計な事すんな」

即座に払い除けようと試みるが、満身に負った痛手のせいで覚束(おぼつか)ない。

そうする内、頭上から飾り気のない声がした。

「楽しいこと、見つかったのかい?」

「あ……?」

立ちどころに思考が停止するのを感じた。

余計な手出しに抗(あらが)う気力は、もう残っていない。

「こんな所で死ぬんじゃないよ」

何をどのようにしても、歯向かえない物事というのはたしかにある。

もしくは、歯向かった後でかならず罪悪感に苛まれるもの。

たとえば親の温もりか。 妻の愛情か。 子の深切に孫の思いやり。

それらを嗤(わら)ったりはしないが、そういった曖昧なものに長らく見切りをつけて生きてきたのは事実だろう。

今になって、そんな過去が急に後ろめたく思えたのは、いったいどういう心境の変化だ。

寒さのせいか。 それとも痛手のせいか。

何となく……、何となくぼんやりと陽光を浴びたような、そんな気がした。


途端、場内に備えつけのスピーカーが、不躾(ぶしつけ)な声で騒ぎ立てた。

「大会の規定に反します! 天野選手は速やかに退場してください!! 共闘は──」

矢庭に両刃切先が異様な赫(かがや)きを放ち、緋々色の稲妻がパシリと爆(は)ぜた。

辺りに散乱する屑物の中から、持ち主を欠いた氷の矛が独りでに浮き上がった。

「……っとぅ……? 共闘……、共闘は……」

「うっさいなぁ、そいつでかき氷でも作っときなさいよ?」

マイクを構えたまま、満面を蒼白にする町長の鼻先。 重層のガラスを貫いた尖端は、既(すんで)の所でピタリと静止した。

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