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#⛄️
kaede🍁
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目黒と暮らし始めて、しばらく経った。
最初は。
ただ、親切な人だと思っていた。
行く場所のなかった自分を拾って。
仕事をくれて。
住む場所をくれて。
何も持っていなかった自分に、必要なものを全部与えてくれた人。
けれど。
一緒に暮らす時間が長くなるにつれて。
阿部の中で、目黒は少しずつ違う存在になっていった。
目黒が帰ってくる時間になると、なんとなく時計を見る。
玄関から音がすれば、少し嬉しくなる。
「ただいま。」
「おかえり、めめ。」
そのやり取りが好きだった。
休みの日。
二人でソファに座って映画を見るのも。
並んで料理するのも。
目黒が淹れてくれるコーヒーを飲みながら、他愛もない話をするのも。
全部好きになっていた。
そして。
いつの間にか。
目黒自身のことも。
「……。」
阿部はその気持ちを。
心の一番奥へしまった。
言ってはいけないと思った。
目黒は、自分を助けてくれただけ。
恩を恋愛感情と勘違いしているのかもしれない。
それに。
もし気持ちを伝えて。
今の関係が壊れたら。
もう。
ここで暮らせなくなるかもしれない。
それが何より怖かった。
だから。
今のままでいい。
目黒の家政婦として。
毎日「おかえり」と言えれば。
それでいい。
そう思っていた。
___________
その日。
目黒は朝から仕事だった。
阿部は一人でリビングを掃除していた。
ピンポーン。
「……?」
ドアホンが鳴る。
宅配便だと思った。
最近は食材も日用品も家まで届く。
何も考えず。
モニターを見る。
「……っ。」
手から。
持っていた布巾が落ちた。
画面の向こう。
玄関の前に。
男が立っている。
忘れるはずがなかった。
何度夢に出てきたか分からない。
「……なんで。」
元彼。
一瞬で。
身体が動かなくなった。
逃げてきた日の記憶が蘇る。
怒鳴り声。
掴まれた腕。
逃げても追いかけてくる足音。
痛み。
恐怖。
「……やだ。」
阿部は一歩後ろへ下がった。
ピンポーン。
もう一度。
ドアホンが鳴る。
出られない。
声も出ない。
『いるんだろ?』
モニター越しに。
声が聞こえた。
阿部の身体が震える。
「……めめ。」
無意識に。
名前を呼んでいた。
目黒はいない。
仕事。
帰ってくるのは、まだ先。
どうしよう。
警察。
スマホ。
そう思うのに。
指一本。
動かせない。
すると。
画面の向こうにいた元彼が。
突然。
横を向いた。
誰かと話しているように見えた。
「……?」
そして。
画面から消えた。
阿部は。
その場に立ち尽くした。
何が起きたのか分からない。
外を確認する勇気もない。
ただ。
鍵がかかっていることだけを何度も確認した。
___________
玄関から音がした。
ガチャ。
「……っ!」
阿部の肩が跳ねる。
「ただいま。」
聞き慣れた声。
「……めめ?」
目黒がリビングへ入ってくる。
「どうしたの?」
目黒の顔を見た瞬間。
張り詰めていたものが、一気に緩んだ。
「……めめ。」
「うん。」
「今日……。」
声が震える。
「来た。」
目黒の表情が少し変わった。
「元彼?」
「……うん。」
目黒は驚かなかった。
それが少し気になった。
けれど。
今の阿部には、それを考える余裕がなかった。
「ドアホン鳴って。」
「うん。」
「画面見たらいて……。」
「怖かったね。」
「俺、何もできなくて。」
「大丈夫。」
目黒が近付く。
阿部は恐る恐る聞いた。
「……あの人、どこ行ったの?」
「警察。」
「……え?」
「警察に連れてかれたよ。」
阿部が目を見開く。
「警察……?」
「うん。」
目黒は穏やかに笑った。
「もう会うことないよ。」
「……本当に?」
「本当。」
「もう……来ない?」
「来ない。」
その言葉を聞いた瞬間。
「……っ。」
涙が溢れた。
怖かった。
ずっと。
ここへ来てから。
目黒と笑えるようになっても。
一人で眠れるようになっても。
心のどこかでは。
いつか見つかると思っていた。
連れ戻される。
また。
あの日々に戻される。
その恐怖だけは。
消えていなかった。
「もう……。」
阿部は泣きながら聞く。
「逃げなくていい?」
目黒の表情が。
優しくなる。
「うん。」
「もう逃げなくていいよ。」
その言葉に。
阿部はとうとう声を上げて泣いた。
目黒がそっと抱き締める。
「大丈夫。」
背中を撫でる。
「怖かったね。」
「……怖かった。」
「うん。」
「めめ、いなかったから……。」
「ごめん。」
「帰ってきてくれて……よかった。」
目黒の服を掴む。
「めめ……。」
「うん。」
「よかった……。」
何度も。
同じ言葉を繰り返した。
目黒は何も言わず。
落ち着くまで抱き締めてくれた。
___________
しばらくして。
阿部の涙が少し収まる。
それでも。
目黒の胸から離れられなかった。
「……ごめん。」
「なんで謝るの。」
「服、濡れた。」
「洗えばいいよ。」
「俺が洗う。」
「家政婦だもんね。」
「……うん。」
少しだけ。
笑えた。
目黒も笑う。
そして。
阿部の頭を撫でながら。
何でもないことのように言った。
「あべちゃん。」
「ん?」
「俺と付き合おう。」
「……。」
阿部の涙が止まった。
ゆっくり。
顔を上げる。
「……何?」
「付き合おう。」
聞き間違いではなかった。
「誰と?」
「俺と。」
「誰が?」
「あべちゃんが。」
「……。」
頭が追いつかない。
「なんで?」
目黒が笑った。
「好きだから。」
「……。」
「ずっと好きだった。」
阿部は呆然と目黒を見る。
「いつから……?」
「結構前。」
「結構前って。」
「秘密。」
「……俺。」
阿部は俯いた。
胸が苦しい。
ずっと隠していた気持ちが。
一気に溢れそうになる。
「俺……何もないよ。」
「何が?」
「仕事だって、めめにもらった仕事だし。」
「うん。」
「家もめめの家で。」
「うん。」
「お金も。」
「そんなの関係ないよ。」
「でも……。」
目黒は阿部の頬に残っていた涙を、親指でそっと拭った。
「あべちゃんだから好きなの。」
「……。」
「何か持ってるから好きになったんじゃない。」
優しく。
目を見つめる。
「だから。」
「俺と付き合って。」
阿部は。
泣きながら笑った。
「……ずるい。」
「何が?」
「今言うの。」
「駄目だった?」
「……断れないじゃん。」
目黒が少しだけ困った顔をする。
「それは嫌だ。」
「え?」
「今怖かったからとか、助けてもらったからとか。」
「そういう理由なら、付き合わなくていい。」
阿部は目黒を見る。
「ちゃんと、あべちゃんの気持ちで決めて。」
「……。」
その言葉を聞いて。
阿部は思った。
やっぱり。
好きだ。
自分を助けてくれたからだけじゃない。
一緒に朝ごはんを食べる目黒が好き。
仕事から帰ってきて、少し疲れた顔で「ただいま」と言う目黒が好き。
料理しながら笑う目黒も。
自分を「あべちゃん」と呼ぶ声も。
全部。
「……俺も。」
目黒を見る。
「めめが好き。」
目黒が目を見開いた。
「本当に?」
「うん。」
「いつから?」
「秘密。」
さっきのお返し。
目黒が笑った。
「真似した。」
「めめが先に言ったんでしょ。」
「じゃあ。」
目黒はもう一度聞いた。
「あべちゃん。」
「俺と付き合ってください。」
阿部は。
今度は迷わなかった。
「……はい。」
その瞬間。
目黒が嬉しそうに阿部を抱き締めた。
「ちょっと、苦しい。」
「ごめん。」
そう言いながら。
少しも離れない。
阿部も笑って。
目黒の背中へ腕を回した。
逃げるために。
何日も歩いた。
何も持たず。
行き先もなく。
ただ遠くへ。
遠くへ。
そうして偶然。
力尽きた玄関の向こうにいた人が。
今。
自分を抱き締めている。
阿部は目黒の胸に頬を寄せた。
もう。
逃げなくていい。
そして初めて。
ここにいたいと。
自分から思った。
コメント
1件
ああ…もう、めちゃくちゃ良かったです…😢💘 阿部がずっと隠してた「めめへの気持ち」、こっちまで切なくなった。元彼が来た時の震え、目黒の顔見た瞬間に涙が溢れるところ、全部リアルで胸が痛かった…。でもその後の「付き合おう」にはもう、「やった…!」って声出そうになりました。めめの方もずっと好きだったんだね…。「ちゃんとあべちゃんの気持ちで決めて」って言う優しさもずるいよ〜。 「もう逃げなくていい」って言われて、初めて自分から「ここにいたい」と思えた阿部が尊すぎて泣ける。この2人、本当に幸せになってほしいです…🤍