「お兄ちゃんは先に行ってるらしいから、急いでね」
京都の郊外、森の中を進む。
ザッザと草木を掻き分けて進んでいけば開けた廃村が見える。
そこには土煙が立ち込めて、瓦礫が崩れる音と銃弾の音が響いていた。
「…今からあそこに行く」
「援護に回ってもらうけど、絶対油断も奢りもしないでね」
「私の能力は戦闘向きなんです…芽衣ちゃんの能力は限定的な回復ですし…」
「死んだらそこで終わりますから」
その一言で空気が変わる。
学生としてじゃなく戦場に立つ鬼にスイッチが切り替わる。
「援護部隊です、助けに来ました」
「!たっ、頼む!!」
「こっちに来てくれ」
「お願いだ!!」
廃墟の端に集まった負傷者の休息所に入った途端に助けを求める声が各地から聞こえる。
「今行きます!!」
「じゃあ私はあっちを」
「そこの2人も来て!」
指を刺された無陀野と大我が、芽衣の元へと走り出す。
残された紫苑と印南は建物の警護、真澄と花魁坂達は軽傷者の応急処置に回る。
それだけで…終わる筈だったのに。
無陀野の背後には壁。左右には貧血の花魁坂と真澄。壁と無陀野達3人の間に紫苑達がいる。
(どうしてこうなったんだよ…)
「負傷者の回収頼んで良い?」
腕を捲りながら無陀野達に指示を出した芽衣。屏風ヶ浦はもっと奥で、止まらずに作業をし続けている。
時計は既に9時を指している。丸一日あっても終わらない戦いに気絶した者や、自分で動けない要救助者を探してくれ。
それが無蛇野達に出された次の指示だった。
1人また1人と抱えたり、誘導したりし続けていた。
路地裏から助けを求める声が聞こえて、反射的に向かえば声の主が居たのは最前線からは少し離れた場所。
「たすけてくれ〜」
「なんてなぁ!」
棒読みで助けを求める声を出した後に盛大に笑った。その首にはファーの付いた上等そうな白い上着。
隊長。
「チッ!退くぞ」
「行かせると思うか?」
後ろから真澄を殴り飛ばした、副隊長と思われる桃。
前方には隊長、後方は副隊長…
躙り寄る足音を聞きながら、貧血からぼやけ始める視界を凝らす。
無陀野の背後には壁。左右には貧血の花魁坂と真澄。壁と無陀野達3人の間に紫苑達がいる
これ以上は下がれない。
瓦礫が雑多した戦場で無蛇野達追い詰められた。立ち上がる体力も気力もなく、動かせる血も大して残っていない。
力なく座り込みながら壁に背を預ける。
走って逃げようとしても疲弊している体ではどうせすぐ捕まるのだろう。
花魁坂と馨は鼻から。
紫苑は額から。
真澄と猫咲、印南は口から。
無蛇野と大我は頬から血を流している。
桃による攻撃や、飛散してきた瓦礫によってできた裂傷から流れているものや。能力の使い過ぎによるオーバーヒートから来ているものまで。
全員が血の使い過ぎで顔を青く染めて、冷や汗を流している。
目の前には鉄パイプを持った桃太郎の隊長と副隊長が砂利を踏みしめる音を響かせながら近付いてくる。
周囲に自分たち以外は誰も居ない。
無線も壊されているから助けも呼べない。
所謂、絶対絶命。
これから起こることが容易に考えられる。
(クソッ…)
ニヤリと口を歪めた白いスーツの男は、鉄パイプを振り上げた。
(!ヤバい…!)
「…っ!」
目を閉じた瞬間に照らしていた月明かりの光が不意に翳った。それと同時に風を切った音が聞こえる。
ゴッ。と鉄パイプが何かに当たる鈍い金属音で体が跳ねる。
けれども無陀野にも、花魁坂にも誰にも痛みが襲いかかる事はない。
ゆっくりと目を開けた無陀野達の前には、壁に手を付いている四季がいた。
頭と肩には重そうな鉄パイプが乗っかっていて、重力によって湾曲していた。
カシャ
鉄パイプの威力をその身一つで受け切ったせいで、眼鏡がずり落ちて地面に落ちる音が静寂に響く。
「…お前ら大丈夫か?」
漸く見えたレンズの奥は、タンザナイトのような瞳が優しく、座り込んでいる生徒達を見つめる。
長いまつ毛が影を落として、悲しみに染まっている瞳が密かに揺れていた。
「よく頑張ったな…」
頭が切れてぼたぼたと血が流れる。顎を伝っり、そこから落ちた一滴の血が無陀野の頬に当たる。
「ごめんな…遅くなった」
無陀馨の頬を撫でるように落ちた自分の血を親指で拭う。
「ちょっと待ってろ、早く終わらせるから…」
『四季は、鬼神の子だ』
『炎を司る炎鬼』
あの会議室で皇后崎から聞いた言葉が脳内で反響する。
血に塗れ風に靡く髪は、濃紺から赤く染まり熱を灯す。閉じていた目を隠すまつ毛が全て上がれば、その瞳はルビーのように輝いていた。
生徒を守るように四季が囲った地面の炎は、真澄がそっと指で触れても熱くなかった。
血で濡れた口を拭ったことでファンデーションが取れて隠れていた傷が見える。縦に裂けて歪な形に肉が繋がった口。
「そんなかで待ってろよ」
傷は治れど、流れ続けている額の血を拭おうともせずに生徒に笑った。
その顔は初めて見る優しい顔だった。
「ま、ってくれ…」
消えてしまいそうな笑い方に急に不安を覚えて伸ばした無陀野の手を包み込むように取った。
「大丈夫だ、」
「絶対に戻ってくる」
欠けた耳も、裂けた口も気にせずに振り返る。
再度振り下ろされていた鉄パイプを持つ手を回し蹴りをして彼方の方へと飛ばす。反動で髪は火炎のように不規則にはためいていた。
カラン
地面に落ち高音を奏でる折れた鉄パイプ。
「お前…鬼神の子」
「一ノ瀬四季だな!!!」
「今の今まで隠れていやがったのかよ!?」
四季に蹴られた手は痺れを訴えて震えている。距離を瞬間的に取って、叫ぶ桃太郎に四季は静かに歩きだす。
「そうだよ、隠れいていたんだよ」
「漸く和平に近付いた世界で、テメェらみたいなクズが居るから」
「あいつらみたいな奴が増える」
「親に愛されて、不自由なく過ごせるはずだったんだよ!」
指差す先には地面に座り込む生徒達が、真っ直ぐ四季を見つめている。
信じられないと言いたげに目を見開きながら。
「俺は…」
「俺がいれば争いの火種になりかねない…俺が恨めしいんだろ?お前達は」
桃太郎が放つ攻撃を最低限避けながらも、生徒に当たりそうな物は先に当たっておく。それ故に傷は着実に増えていく。
けれども四季は真っ直ぐ近寄っていく。
「俺を殺してみろよ」
悲痛に叫びながら、浮かんだ瓦礫の数々を弾丸で撃ち落としていく。だが、その腕は折れていて動きが鈍い。
「うッ…うわぁぁぁぁぁ!!!!」
恐怖による自身への鼓舞か、それとも威嚇か。咆哮を上げる隊員に四季は銃を構える。
しかも、生徒に向かって走る桃太郎一名。
全方向囲まれている四季は深く息を吸った。
生徒の方に振り返った四季はたった5発、その5発を全て桃太郎に命中させ戦闘不可能にさせた。
コンマ数秒。その僅かな時間で四季は全てを守り切った。
自分の身に纏っている火を消しながら倒れた桃太郎隊長のマフラーを掴む。
「良いか…よく聞け」
「俺の生徒に、手出すな」
その言葉と同時に心臓を標準に合わせて引き金を引いた。
白いスーツが真っ赤に染まった。力が入らない腕は重力に逆らうことなど出来るはずもなくダラリと落ちている。
その亡骸を丁寧に抱き抱えて、まだ生きている桃の近くに置いた。
「死んでる、心臓を撃ち抜いていてあるからな」
それだけ言って四季は生徒の元に歩いて行った。微かに足を引き摺りながら。
「遅くなった…」
「遅いっすよ、四季先生」
「花魁坂は…っていうかお前ら全員貧血か…」
「重症なのは紫苑と花魁坂だな」
生徒達の前に屈み込んで体温脈拍を測っている。足が折れている紫苑と貧血で顔の青い花魁坂。
花魁坂を背中に担いで、紫苑を抱える。花魁坂と自分の体を紐で縛り固定する、紫苑を両手で姫抱きをした。
「は?止めろ!」
「うるさい朽森。暴れるな、花魁坂が落ちる」
「足に響くから大人しくしていろ」
「はっ…ザマァ、ねぇな」
「淀川、お前は腕が折れていているだろ」
息絶え絶えに軽口を叩けば四季に指を指される。
「!…チッ」
「あ…せんせー、額の傷開いてるっすよ」
大人しく抱えられている紫苑が流れる血を指差して言えば、四季はそうか。とだけ言って再度歩き出した。
「…ぁ、ったま痛い」
「意識戻ったか、花魁坂」
「…しき、せんせぇ、じゃん」
後ろから小さく呻き声が聞こえたと思えば、意識を飛ばしていた花魁坂が戻ってきた。
「ちゃんと掴まってろ…落とすかもしんねぇから」
「…やっぱ、しきせんせーは、やさしーじゃん」
後ろから付いてくる、無陀野達も無言で頷く。
「優しかねーよ…」
その困ったような笑みを紫苑だけが見た。
宣言通り今日中に投稿できたぁ〜…
でも体重いっ…
遅くなってすみません、話名が決められなかったんです…
『七段花』(しちだんか)
は、花言葉『切実な愛』から、四季先生の生徒への愛を優しさを理解した事。
『七里結界』(しちりけっかい)
の意味は、人を嫌って近付けないことから。今回のに合わせるなら
『人』=『生徒を傷付ける奴』
『近付けない』=『炎鬼による能力での保護』
って感じですね。
この眼鏡が落ちるシーンが書きたくて書きたくて、いつ出せるかワクワクしながら書いてた…
ようやく出せた!!
って言うか前回の話、ハート3000以上いただけて嬉しすぎてめっちゃ咳き込んでしまった…
ありがとうございます…
この作品は1話からここまでは四季先生が、どイケメンムーブぶちかまして、攻めなのかよ!?って思う方もいたかもしれませんが、受けです。
四季愛されです…
わかりましたか?
次回から…そう言うことです…
コメント
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1話から一気に読みました!これからも楽しみです♪
1話から一気見しました!!めっっっちゃ面白かったです!題名にもこだわりめっちゃあってすごすぎます!!続き待ってます!!長々とすみません🙇♀️
次の投稿が待ち遠しいです。