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禪院家の朝は、静かなようで騒がしい。廊下を軋ませる足音、
障子の向こうで交わされる小さな声。
直哉は縁側に腰を下ろしたまま、庭を眺めていた。
……はずだった。
「直哉」
低く、無駄のない声。
背筋が、条件反射みたいに強張る。
直「……何や」
振り返ると、そこに立っていたのは禪院甚壱だった。
腕を組み、値踏みするような視線。
甚壱「随分と早起きだな」
直「別に」
短く返す。
それだけなのに、喉が乾く。
甚壱の視線が、直哉の襟元に落ちる。
ほんの一瞬。
それだけで、嫌な汗が背中を伝った。
甚壱「昨夜、屋敷に“部外者”がいたと聞いた」
心臓が、どくりと音を立てる。
直「……誰が言うとんねん」
甚壱「使用人だ」
淡々とした声。
感情がないぶん、余計に怖い。
甚壱「夜遅くに、男が一人。 …禪院の人間じゃない」
直哉は、にやりと笑った。
いつもの、余裕のある表情を作る。
直「そんなん、出入り業者やろ。 今さら珍しないわ」
甚壱「そうか」
否定も肯定もしない返事。
沈黙が落ちる。
風が庭の木を揺らす音だけが、やけに大きい。
甚壱「……だが」
甚壱は一歩、近づいた。
無言の圧がかかる。
甚壱「お前の“部屋の近く”で見かけた、という話もある」
直哉の笑顔が、一瞬だけ固まる。
——やばい。
直「……甚壱くん、どこまで聞いとるん」
声が、少しだけ低くなる。
甚壱「必要な分だけだ」
甚壱は視線を逸らさない。
甚壱「禪院の家にとって、
余計な火種は不要だからな」
直哉は、舌打ちを飲み込んだ。
直「……忠告?」
甚壱「確認だ」
短く言い切る。
甚壱「自分の立場は、分かっているな」
直哉は一拍置いてから、
ふっと笑った。
直「分かっとるから、ここにおるんやろ」
その返しに、甚壱の目が細くなる。
甚壱「……ならいい」
それだけ言って、踵を返す。
足音が遠ざかっていくまで、
直哉は動けなかった。
一人きりになってから、
ようやく息を吐く。
直「……くそ」
拳を握る。
直「相手が悪すぎやろ……」
昨夜の気配が、
まだ身体のどこかに残っている。
直「帰ったくせに……」
ぽつりと呟く。
直「……置き土産だけ、でかすぎや」
禪院家は、何も変わらない。
でも確実に、
目は向けられ始めていた。