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お前のファンレターは何度も読み返した。どのファンの手紙よりも読んだ。俺が死ぬほど辛かった時、お前の美しい手紙に希望をもらい支えられていたと言えば、お前はどんな反応をするのかな。
「綺麗な字ですね。律さんは習字をされていたのですか?」
「いいえ。昔、日ペンのみっちゃんを少しだけ。毎回自宅に送られてくる漫画につられてやっていました」
「漫画ですか」
漫画か。そんな言葉が返ってくるなんて想像もつかなかった。平和な女や。可愛いな。ギラギラしていなくていい。
「新藤さんは字が綺麗と褒めてくれますけど、実際はそんなに綺麗じゃないのです。ペン習字をやっていた時に、変なクセみたいなのがついて、それがなかなか取れなくて。ですから、字が特徴的なだけですよ」
「そうですか」
俺の周りにいた女は俺を利用したがる女ばっかだった。色香を纏い、女性を武器に俺に近づく。俺のことを愛してもいないくせに、簡単にうそをついて俺の心を手に入れようとする――
でも空色は違う。
その色の様に美しく、無限に広がる優しさで相手を包んでしまうような、芯の強い女性に感じる。
「あ、あのっ。できました。これでいいでしょうか?」
俺が鋭く見つめていたから空色は焦っている。
なあ、空色。もっと俺を意識しろよ――
「ありがとうございます。結構です」
あほみたいな妄想して、俺はいったいなにをしているんだろう。
さっと新藤(えいぎょうまん)の顔に戻して書類を渡した後、次回の打ち合わせ日程を決めて今後の流れを伝えた。
一通りの流れを説明して、珈琲やケーキを食べながら再び空色と音楽の話で盛り上がった。気がついたら遅い時間になっていた。しまった。楽しくてつい時間を忘れていた。
「随分遅い時間まで申し訳ございません。律さんとお話できて楽しかったです。ありがとうございました」
礼を伝え、これからよろしくお願い致しますと営業マンらしいお辞儀をして彼女のマンションを後にした。
今日は空色が俺に笑いかけてくれた。
空色がその目に俺を映して、楽しそうに話を――
だめだ。俺の頭はどうかしている。
彼女の自宅を去った後、旦那と空色が二人で夫婦としての時間を過ごすことを考えるだけで胸が痛くなる。
俺はただ広いだけのがらんどうの空間に帰って、一人きりで好きな曲を聴いて、神戸の夜景を見ながら手酌酒をするくらいが関の山。
空色がいてくれたら、俺の中でモノトーンの景色もきっと美しく色づくだろうと、ありえないことを考えてしまう。
こんな気持ちは、生まれて初めてだった。
俺が描いていた空色は、現実となって浮き彫りになってしまった。
手を伸ばしたら届きそうな距離に思うけれど、それは虹や月みたいなもので決してこの手には掴むことはできない。
しかし、手を伸ばせば手に入るかもしれないと勘違いしそうになる。
決して願ってはいけない未来を。
例え担当の営業マンとして過ごす時間でも、彼女と話をすると楽しいから危険や。
一年足らずで家が完成したらもう他人。いや、もともと他人だろ。俺が一方的に空色の事を知っているだけで、彼女は俺のことも俺の正体も、なにも知らない。