「あぁ、もう疲れた…」
家(マンション)の玄関を閉めると同時に体がへろりと玄関ドアを伝って下に下がってって、最終的にタタキに尻をついた。靴裏に付着していた砂も散らばっているであろう所に尻を、しかもスーツでつくなんて有り得ないんだけど…。でもそんなことにも今は頭が回らない。
今日は『Knights』が出演する番組が体調不良が多くて人手不足ということで裏方の手伝いをしに行った。そして沢山羽目を外して『Knights』のみんなや、番組に関わる人達…スタッフさん。そして最終的に事務所のお偉いさんにも迷惑を掛けてしまった。手伝いに来たのに逆に足手纏いになった…。『Knights』のみんなは口に出さないだけだろう、絶対怒ってる。
「瀬名くん…何も言わなかった……」
私の今一番の気掛かり、それは瀬名くんが一切私に注意をしてこなかったこと。いつもなら「ちゃんとしてよねぇ」、「あんたのせいで〜」とか愚痴すら吐くのに何で?おかしいよね、うん。…もしかして私、失望された?!嘘…最悪、折角最近付き合い始めたのに…。
私と瀬名くんは今から二週間前くらいにお付き合いを始めた。瀬名くんから告白をして貰えて嬉しさが全身に駆け巡り、居ても立っても居られないような感覚を今でも覚えてる。まさか、あんなに感情を口に出さない瀬名くんから告白。しかも、こんな一般人な顔した女子高生に。あぁっ思い出に浸ってる場合じゃない!今日私はもしかしたら瀬名くんと別れるのかも知れないんだ。
目の周りが熱くなっていくのを感じた。泣いちゃ駄目。ここに居座ってても仕方ないから重い体を持ち上げて廊下を歩いた。何処に行くのかすら決まってないから、どの部屋に行き着くのかは体次第。普段外から帰って来ると最初に洗面所に行って手を洗うんだけど、そこは通り過ぎてしまった。行き着いたのは寝室。もう寝ろって体は言ってるらしい。でも無理だよ、瀬名くんが気掛かり過ぎて眠れる気がしない。立っているのに疲れて床に座った。荷物を肩から下げても重いまま。
「瀬名くん…嫌だよぉぐずっ」
遂にさっきまで我慢してた涙まで溢れちゃって鼻水を啜った。でも鼻水は啜っても追いつけないぐらい大量に出てきた。
私も瀬名くんもここ最近は忙しくて、まだ瀬名くんとは恋人らしいこともしてない。なのに終わっちゃうの…?何もせずに終わるなんて惨めで恥ずかしい、悔しい。好きな人に告白されたのに、何もできないで終わるなんて…。まだ完全に終わってはないけど、終わったように感じてしまって仕方ない。この感情、どうすればいいの?わかんないよぉ。あぁ、瀬名くんに会いたいな。今この状態で会ったらもっと嫌われちゃうなぁ。顔は涙やら鼻水やらで汚いし…
カチッと電気を付ける音がしたのと同時に目の前が明るく照らされた。え、誰?もしかして強盗?殺人?そう思うと体が固まって動けなくなった。
「夢主、こんな暗い部屋で何やってんの?」
「えっ…瀬名くん?何で…」
その声を聞いて唖然としてしまった。そんな、嘘。今の自分の感情が嬉しいのか気まずいのか悲しいのか分かんなくなった。
「はぁ?今日夢主の家行くって予定だったよねぇ?」
瀬名くんは眉を顰めた。私はハッとして昨日のメッセージをスマホで確認した。
「あっ忘れてた〜。ごめんね」
私はさっきの感情とは裏腹な行動を取ってしまってぎこちない態度になる。無理やり口角を上げる、キッツ…。
「…鍵、空いてた」
「あっ、うん…」
急に素っ気なくなる瀬名くん。やっぱり私の羽目怒ってた?もしかしてわざわざ怒りに来た?
「いくら羽目外しすぎて気分へこたれてても不用心すぎなの。わかる?」
「あはは、そうだね。…えっ、わかるの?」
「だって目の辺りとか鼻の先真っ赤だしぃ?俺モデルだから、そういうのすぐ気付いちゃうからさぁ」
すぐ泣いてるって気づかれてしまった。一応隠し通そうと思ったんだけど、無理だなぁ。この辺、やっぱりモデルだなぁって思う。自分のこともちゃんと見てるから、人のこともしっかり見てるって感じ。
「だ、だよね〜。ごめんね…その、羽目ばっか…」
「いいよぉ。そんな時もあるでしょ」
「えっ」
「は?」
思わず動揺して声まで出てしまった。瀬名くん、こんなに優しいっけ?
「せ瀬名くん、いつもならもっとウザいくらいにぐちぐち言うのに…。なんで??」
「はぁ?!あんたってば…失礼すぎ!恋人なんだからちょっとは特別扱いして優しくしてやろうと思ったのに…損した!」
急に瀬名くんらしさ溢れた言葉がどばどば出てきて、さっきのぎこちないような違和感はなくなった。でも、よかった。瀬名くんから「恋人」という言葉を聞いて強張った表情筋が柔らかくなったのを感じた。
「そっか…」
「何?」
「ん…だって、瀬名くんいつもは口うるさいのに、今日は私が羽目外しても何も言ってくれなかったから」
「だから、さっき言った通り…」
「だから私、失望されたかなって思って…もう別れちゃったのかなって…っ」
言いたいことを一気に言うと、涙が溢れてくる。私は大体そうだ。
「そんなんで別れないってば」
瀬名くんの声で聞きたかった言葉を生で聞いて安堵した。そして私の頬を垂れ流れる涙を手で拭ってくれた。あったかい、瀬名くんの手…。
「ふふっわかりづらいよ…っ」
つい恋人相手に不器用すぎる瀬名くんを笑ってしまった。
「ごめんね、不安にさせちゃって。もしかして優しくするの、やめた方がいい?」
「ううん、大丈夫。むしろ嬉しかったし、これでわかったから」
「そう?」
「うん。それに…私だけにこんなに優しいって特別なんでしょ?」
「そうだよ。俺の恋人になった特権」
「ふふっ…ありがと!」
私の言葉を聞くなり、瀬名くんは目を驚いたように開かせた。
「…こんなんでお礼言うのぉ?」
「え?」
「ううん、いいや。夢主、かわいい…♡」
「えっえっあっ…ん♡」
何を言いたかったのかわからないけど、瀬名くんが私にキスしてきた。私は初めてのキスだった。瀬名くんはどうなのか分かんないけど…
「女の子って唇柔らかいんだねぇ」
瀬名くんが興味津々な感じで私の唇の感触を口に出す。直球に言われると恥ずかしい。
「夢主…一生大事にするからね♡」
「う、うん…」
頭を優しく撫でられて、そんなプロポーズみたいなこと言われたら、顔が赤くなるに決まってる。あぁ、さっきまで別れたかもって思ってた自分が馬鹿みたい。こんなに瀬名くんは私を想ってくれてたんだ…。
「…疑っちゃって、ごめんね」
「いいよ、俺も分かりにくくて悪かっただろうし。しかも、こんなんで彼女不安にさせて泣かせるとかむしろ最低だし…」
瀬名くんが申し訳なさそうに言うけど、むしろ私の方が申し訳なくなってしまった。私の杞憂のせいで瀬名くんを落ち込ませてしまった。
「そっそんなことないよ!……むしろ、今色んな言葉聞けて、よかったし…。瀬名くんが、告白してくれて…付き合って、よかったって…思ってるから…」
あ〜一言一言が恥ずかし過ぎる!!私、多分今顔真っ赤だ…顔を毛布かなんかで覆いたい…。
「……そ、そう…。まぁ俺も夢主に告白して、こうして彼女になってくれて後悔なんてしてないし…したことないし」
「えっ、あっえっ…」
こうして私の杞憂は瀬名くんの優しくて学生っぽい(もう瀬名くんは高校卒業したけど…)、甘酸っぱいような愛の言葉を貰って消え去っていくのでした…。
「ねぇ、恋人なんだし一緒に寝れないかな?」
私なりに責めたお誘いをしてみた。まだ恥ずかしさは隠せていないけどね…。
「え、最初からそうするつもりだったんだけど…」
瀬名くんが今更?というように動揺しながらも言う。
「そ、そうだよね!?ごめんねっ…」
恥ずかしすぎてボスンッとベッドの毛布を頭から被った。瀬名くんが来てからずっとこの調子だよ〜…。
「あっ、ちょっと拗ねないでよぉ。…もう」
ギシッとベッドが鳴って瀬名くんが乗ってきたのがわかる。
「ほらっ捕まえた♡」
「きゃっ!!」
毛布の中に手が入ってるなんて聞いてない!瀬名くんが私の腹回りに腕を巻いて抱いてきたのだ。しかも頭から被ってた毛布も取られてしまった。顔まだ赤いかもしれないのに…。
「ちょっと急すぎだってばっ…ふふっ」
「すぐ隠れちゃうのが悪いんだよぉ。んもう、夢主の真っ赤になった顔、俺結構好きなんだけどなぁ…」
「だとしても駄目!恥ずかしいの!!」
瀬名くんに抵抗するかのように少しバタバタと足を左右に振った。
「あははっわかってるってば…。夢主、もう今日は疲れたでしょ?早く寝た方がいいんじゃないのぉ?」
瀬名くんが言うならそうかもしれない…でもなぁ瀬名くん折角こんな近くにいるのに寝ちゃうなんて勿体無い気もする。
「で、でもまだ瀬名くんと…」
「じゃ、夢の中で会えるといいねぇ」
「わっ」
頭から毛布を掛けられて視界が一気に暗くなる。
「…どうしたら会える?」
「ぎゅってくっついてたら会えるんじゃない?」
「じゃ、じゃあ…」
「こんな感じ?」
私が恥ずかしがって言えないと、瀬名くんが私の言いたいことがわかったみたいに私の体を抱き締めてくれた。瀬名くんの胸あたりに私の頭が来る体勢になると、近距離で瀬名くんの心音が聞こえた。とくとくと音が一定で聞こえて、瀬名くんが間近に感じられるみたいで嬉しくて安心した。
返事がないけど、この抱き方はいいの?悪いの?不安になってくるんだけどぉ。
「…ん?」
スゥスゥと寝息を立てている方に目をやると、俺の彼女は安心したように俺の腕の中で微笑んで眠っていた。大分お疲れだったみたいで早く寝かせてよかったなぁ、と思う。でもやっぱり、夜を夢主と楽しみたい気持ちもあったんだけどねぇ…。まぁいっか。夢を見ると眠りが浅いって聞くから俺は普段夢なんか見たくないんだけど、今日だけ特別夢主に会える夢だったら見たいなぁと思えた。「夢で会えますように」と願って夢主のおでこにキスを落として俺も眠りについた。
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