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すべて妄想です。
頭を空っぽにして読んでください。
新曲のレコーディングと楽器などの片付けを終え、サポメンさんたちを見送った俺たちは、ソファにドサッと体を預けた。
今日のレックは、みんな納得のいくものだったし、集中して音楽と向き合えた。
いつもに増して最高の時間だったと思う。
さすがに疲れたし、明日はオフだ。
帰ったらひと休みして、ゲームでもしようかな。
早く帰りたいが、生憎今日は自分の車ではなく、マネージャーの送迎だ。
だが、サポメンさんたちを見送った後、肝心のマネージャーが
「少しスタジオで待っててください」
と、どこかへ行ってしまった。
所在なく2人の方を見ると、涼ちゃんがそわそわと落ち着かない様子だ。
「涼ちゃん、どうかした?」
「う~ん、何か忘れてる気がするんだよねぇ…」
と、首をかしげる。
「あっ、そうだプリン!!」
突然叫んで立ち上がった涼ちゃんに驚いて、元貴がヘッドホンをずらしながら問いかけた。
「プリン?」
「そう! 最近このスタジオの近くにできた洋菓子店でね、めちゃくちゃ美味しいって評判だから並んで買ってきたんだよ!! レコーディング終わったら、みんなで食べようと思ってさ」
と、涼ちゃんは満面の笑みだ。
「あ、それで涼ちゃん今日マネージャーの車じゃなかったんだ?」
「そう、ランニングも兼ねてお店に行ったの。午前1回と午後からは2回、決まった時間に数量限定で販売するんだよ。すごく人並んでて、レックに間に合わないんじゃないかって焦っちゃった」
そうか、それであんなギリギリだったんだ。
基本的にサポメンやスタッフさんたちの分の差し入れは、事務所からすることになっている。
だから、よほどのことがない限り、俺たちから差し入れることはない。
もちろん、俺たちの分も用意されてはいる。
でも、それとは別にメンバー同士で労うために、それぞれオススメのものを差し入れしたりすることがあるのだ。
そういえば…朝けっこう時間ギリギリに、何かの箱下げて入って来てたな。
俺と元貴は顔を見合わせる。
涼ちゃんの差し入れはいつもセンスがいい。
前にくれた期間限定のチョコも美味しかったし、今回も期待できそうだ。
涼ちゃんは「プリン〜、プリン〜♫」と自作の歌(?)を口ずさみながら、意気揚々とスタジオの隅にある冷蔵庫に向かった。
ウキウキした様子で戻って来て、
「プリンちゃん、いい子で待っててくれたかな〜?」
と、さっき以上の満面の笑みで箱を開けた。
しかし、次の瞬間、彼の顔から笑顔が消えた。
「あれ……プリンじゃない……」
涼ちゃんの声が震えている。
俺と元貴が箱を覗き込むと、そこには本当にプリンはなかった。
箱の中には、3つのシュークリーム。
「うそ……なんで……」
涼ちゃんの目から光が失われ、その場に崩れ落ちそうになっていた。
正直プリンくらいで、と思わなくもない。
だが、プリンは涼ちゃんの大好物だし、「レックを頑張ったご褒美に」と、相当楽しみにしてたんだろう。
そんな彼を見て、元貴が不意に口を開いた。
「これは事件だ……! ねえ、若井、りょうちゃん。探偵ごっこ、しない?」
元貴がニヤリと笑う。
彼の提案に、涼ちゃんも少しだけ顔を上げた。
「プリン探してくれるの!? もちろんやるよ!」
探偵ごっこか…なんだか面白そうだな。
俺も乗り気になり、3人でプリンを巡る謎解きが始まった。
元貴はまず、レコーディングスタジオに出入りした人物を洗い出すことから始めた。
とは言っても、いつも入ってくれてるエンジニアさんたちやマネージャー、サポメンさんくらいしか出入りしていない。
「さすがにこのメンバーで盗んだとかないよね」
元貴が今日スタジオに入ってくれていた人たちのリストを見ながら呟く。
まぁ、確かに。あり得ないよな。
3人の意見が一致し、その線はあっさり消えた。
出入り口の警備は厳しくて、変なヤツは絶対に入って来れないはずだし。
となると、次に考えられるのは…
「ねぇ、涼ちゃん。朝箱持ってるのは見たけど、本当に冷蔵庫に入れた?」
「入れたよ! 人気店ので並んでて遅くなったからバタバタはしたけど、大切なプリンちゃんを入れ忘れるわけない!!」
よく自分の物どこに置いたか忘れちゃったりする涼ちゃんが、珍しく強い口調で言い切った。
いや、アナタさっきプリンの存在忘れてましたよね?
思わずツッコミを入れそうになるが、涼ちゃんを泣かせたくないので、心の中にとどめておく。
まあ、涼ちゃんがそこまで言い切るなら間違いないだろう。
「じゃあさ、プリン買うつもりで間違えてシュークリーム買ったとか?」
いや元貴、いくら涼ちゃんでもそれはないだろ。
俺はまた心の中でツッコむ。
「そんなわけないでしょ、僕、終わってから3人でプリン食べるの楽しみにしてたんだからね!?」
と、涼ちゃんはかわいらしく元貴に向かって頬を膨らませて拗ねてしまった。
「ごめんね、りょうちゃん。今の冗談だからね?」
それを見て慌てて駆け寄った元貴に頭をなでられ、りょうちゃんが笑顔になった。
うん、今日も涼ちゃんは安定にかわいい。
「よし、探偵ごっこを続けよう」
という元貴のひとことで、俺たちはプリン消失の謎解きを再開した。
とりあえず俺たちは手がかりを求めて、スタジオの中を調べてみることにした。
「りょうちゃん、プリンの箱ってどんなの?」
元貴が機材の後ろを探しながら聞く。
「えっとね…白くて、箱の横に金色で『Délicieux』ってお店のロゴが入ってて、大きさはこれくらいで……」
と、手で形を作って見せている。
「いやそれさ、まんまさっきの箱じゃん」
元貴がすかさずツッコミを入れる。
涼ちゃんは「そうだけど…なんで中身が違うの…」
とプリンじゃなかった時のショックが蘇ったのか、目に涙を浮かべている。
そんな涼ちゃんをなんとか宥めつつ、あちこち探すも手がかりは一向に見つからない。
まあ当然か。
たとえ誰かが盗ったとしても手がかりなんて残すはずないし、冷蔵庫に入れたはずのプリンが機材の裏なんかに転がってるはずもない。
捜査が難航し始めた頃、マネージャーさんがスタジオに顔を出した。
「みなさん、お疲れ様です…って、何してるんですか?」
どこかに行っていたマネージャーが戻ってきて、あちこち覗き込んでる俺たちの姿に、不思議そうな声を出した。
その手には冷蔵庫の中の箱と同じ、[Délicieux]とロゴが入った箱が握られている。
「あっ……もしかして僕のプリン?」
その箱を目にした涼ちゃんが、目を輝かせてマネージャーの元に走っていく。
「いえ、プリンじゃありません。朝、事務所の新人スタッフに皆さんへの差し入れのシュークリームを買ってきてもらったんです。ただ、売り切れで3人分が買えなくて。とりあえずサポートメンバーさんやスタッフさんたちを優先して、大森さんたちの分は先ほど私が買いに行って、今戻ってきたんです」
「えっ、じゃあ冷蔵庫のシュークリームってもしかして……」
ある可能性にたどり着いた俺は、2人のほうを見た。
元貴は俺と同じ結論にたどり着いたようで、俺の顔を見てうなずいた。
涼ちゃんは、何が何だかわからない、という顔で首をかしげている。
「マネージャー、朝からそれと同じ箱、冷蔵庫に入れてたんだよね?」
「はい。さっき言ったスタッフの子から受け取って、サポートメンバーの3人とエンジニアさん3人分の2箱を入れて、『昼休憩に食べてください』と伝えました」
俺が聞くと、マネージャーはあっさりと答えた。
やっぱり、思った通りだ。
「涼ちゃん、そういう事。わかった?」
「いや……ごめん、全然わかんない」
うん、涼ちゃんならそうくるよね。
それなら、この若井さんが説明してあげようじゃないか。
「涼ちゃん、朝さ、冷蔵庫開けた時中見た?」
「えっと……いや、ギリギリだったから。中見ないで箱入れて、急いでレックの準備しちゃった……」
涼ちゃんは「まさか…」と口元を押さえた。
やっと気が付いたか。
「そう、すでにマネージャーが入れてたシュークリームの箱が2箱あって、そこに涼ちゃんがプリンの箱をその手前に置いたんだよ。そして昼休憩にサポメンさんかエンジニアさんが、中身はどれも同じだと思って手前のプリンの箱を持っていったんだ。ちょうど3人ずつで3箱だから、疑問も持たないよね」
「そういうことだね」
元貴が俺の説明に同意する。
「このスタジオ内でみんなで昼食をとれば気が付いただろうけど、いつも俺たち、サポメンさん、エンジニアさん、それぞれ別の部屋で食べるから気が付かなかったんだ」
「そういうことかぁ……」
涼ちゃんはその場に崩れ落ち、さっきとは違う絶望の涙を浮かべていた。
「でも、悪意があったわけじゃない。箱が全部同じだったのが原因だから」
元貴がフォローするように言う。
「うぅ……ちゃんと冷蔵庫開けて確認しておけばよかった……僕のプリンちゃん……!」
涼ちゃんがポロポロ涙をこぼす姿を見て、俺もさすがに胸が痛くなった。
マネージャーがそんな涼ちゃんに、そっと声をかける。
「藤澤さん……すみません。僕が事前に伝えておくべきでした」
「い、いえ……僕こそ、急いでたとはいえ、ちゃんと確認しなかったのがいけなかったんです……」
しょんぼりと答える涼ちゃん。
それを見た元貴が、なぐさめるようにポンと彼の肩を叩いた。
「プリンじゃなくて申し訳ないですけど、きっとシュークリームもおいしいと思うので、今から皆さんで召し上がってください」
そう言って、マネージャーは買ってきた箱を差し出した。
マネージャーが差し出したシュークリームの箱を、涼ちゃんはまだ涙目のまま受け取った。
「あと、冷蔵庫の分も、良かったら食べてください」
その言葉に、涼ちゃんの顔がパッと明るくなる。
プリンはなくなってしまったけれど、シュークリームも大好物なのだ。
「やったー!」
と、無邪気に喜ぶ涼ちゃんを見て、俺と元貴は顔を見合わせた。
俺たちは「俺の分食べていいよ!」と自分の分のシュークリームを彼に差し出した。
「え、いいの!? 本当に!?」
「もちろん、りょうちゃんが幸せなら、俺たちはそれでいいんだよ。ね、若井?」
俺は涼ちゃんの方を見ながら、元貴の言葉に無言でうなずいた
「ありがとう、2人とも! マネージャーもありがとうね」
また目に涙を浮かべた涼ちゃんに、マネージャーは
「喜んでいただけて良かったです」
と温かい笑みで答えた。
俺たちの分まで受け取った涼ちゃんは、さっきまでの落ち込みが嘘のようにご機嫌だ。
口の周りにクリームをつけながら、リスのように頬をいっぱいに膨らませてシュークリームを頬張っている。
その姿があまりにもかわいくて、俺と元貴は思わずスマホを構えた。
「りょうちゃん、かわいい!」
元貴がいろんな角度からシャッターを切り、俺もすかさず写真を撮る。
スマホじゃなくて、ちゃんとしたカメラで撮りたかったな。
今度からいつもそばに置いとかなきゃ。
たくさんのシュークリームに囲まれて幸せそうな涼ちゃんの笑顔は、プリンの謎が解けたこと以上に最高の成果だった。
結局その場で食べきれなかったシュークリームをお土産にもらった涼ちゃんは、俺たちと一緒にマネージャーの車で帰路につき、降りた後は車が見えなくなるまでニコニコしながら手を振っていた。
結局、謎という謎ではなかったし、探偵ごっこも不完全燃焼で終わってしまった。
それでも俺と元貴は最高の写真が撮れて、涼ちゃんも最後はシュークリームを食べて幸せそうだった。
結果として、よい1日だったんじゃないかな。
明日はオフ。
ゆっくり休んで、また最高の音楽を作ろう。
名前を呼ぶときの表記はあえて平仮名と漢字で分けています。
どっちが呼んでいるか区別しやすいし、呼ぶときの声だけ聞いてるとそんな風に聞こえるんですよね。