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6 - 小さな狐は今日も戻らない

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2025年05月14日

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外はまだ漆黒の闇に包まれており、空には星々がきらめいていた。

夜明け前の静寂を破ることなく、ただ冷たい空気だけが窓をなぞっていく。


喬葵は眠りの中で何かに頬をくすぐられるような感覚に目をしかめ、

小さく甘い声をもらしながら、霍震庭の胸の中でわずかに身じろいだ。

目はまだ閉じたままで、意識も深い眠りの底にある。


「葵兒、起きて。学校に行く時間だよ。」


耳元で響いたのは、深く、低く、優しい声音。

同時に、頬にふわりとしたキスが何度も落ちてきた。


喬葵は仰向けに寝たまま、呼吸は穏やかで、まだ完全に夢の中。

その寝顔は、あどけなく、無防備で愛らしかった。


霍震庭は、その姿に思わず目を細めながらも、時間を確認して眉を寄せた。


朝食をとり、車で送っても、もう余裕のない時間帯だった。

彼自身、普段から厳しく自律を重んじる性格で、決してだらしないことは許さない。


「ほら、いい子だから。起きようね……うん?」


腕の中で抱きしめながら、静かに、しかし確かな口調で優しく呼びかける。


ようやく耳に届いた声に、喬葵が「んん……」と甘く返事をするが、それは反射的なもので、まだ目を開ける気配はなかった。


彼女は性格も素直でよくできた子だったが、ひとつだけ――

朝に弱くて、寝起きがひどく悪いという一面があった。


昨晩は遅くまで眠れず、今朝はまた早く起こされて、無理もない。


霍震庭は、キスで撫でるように、優しく、根気よく彼女を起こし続けた。

そのうち、喬葵のまぶたがゆっくりと持ち上がった。


京城へ戻ってきてからというもの、喬葵は胸がざわつくような感覚に度々襲われていた。

あの夜の、恥ずかしいほど濃密なぬくもりと記憶が、何度も胸によみがえる。

耳元に残る彼の熱い吐息すら、ふと思い出してしまう。


そんな彼女は、学校でも人知れず緊張していた。

同級生にあの痕が見られはしないかと、身を縮めながら日々を過ごしていた。


放課後、真っ先に三叔の家に戻るようになった。


心は揺れていた。

あんなにも羞恥に染まった記憶を恥ずかしいと思う一方で――

また、ふとした瞬間に思い出しては、胸が熱を持つ。


そんな時、霍叔が電話で連絡してきた。

「当主が、今日迎えに行くとのことです。」


彼女の第一声は、はっきりとした拒否だった。


「もうすぐ五一節なんです。学校では労働節と青年節の準備で、みんな忙しくて……私も遅くまで残らないと……」


それは確かに本当のことだった。


黒板の張り替えや壁新聞の作成、手書きポスターの掲示、労働の美徳を宣伝する取り組み。

労働節当日には郊外へ出向き、金銀花の摘み取りや小麦畑の雑草抜きの作業。

その後は青年節に向け、街中でのボランティア活動、

さらには女子学校と男子学校による年に一度の交流イベント――


彼女は、そのほとんどを担当し、策定し、参加しなければならない。


霍叔はそのままの言葉を、霍震庭に伝えた。


彼はそれを聞き、ゆっくりと頷いた。


「……もともと遊ぶのが好きな子だ。戻らないなら、それでいい。」


それから、ふたりは一週間以上、顔を合わせることがなかった。


その間にも霍家からは何度か連絡が入った。

管家が「家ではご馳走を用意している」「当主はお嬢さんのことを気にかけている」「無理をしすぎないように」と丁寧に伝えてきたが――

喬葵はすべてを丁重に断っていた。


確かに、彼女は忙しかった。

けれど、ふとした空き時間も、まったくなかったわけではない。


労働節の前日、すべての準備が整った後。

喬葵は方園や他の女学生二人と、男子学校の生徒数人と共に、

学校からほど近い半島カフェで、連携イベントの打ち合わせをすることになった。


照明の柔らかい、雰囲気あるカフェには、男女合わせて五、六人。

男子生徒は黒い中山服を着こなし、女子生徒たちは青いチャイナ風の上着と黒のスカート。

みな、まさに青春の只中にいるような、まぶしいほどの笑顔であふれていた。


時折、冗談が飛び交い、笑い声がこだまする。

まるで光の粒がはじけているかのような、春の風景だった。


その頃、慶城のある酒楼では――


一室の豪華なスイートルームで、霍震庭は霍利明と数人の実業家と共に、

次なる大口の取り引きを交渉していた。


時代の風向きは大きく変わりつつあり、港は開放され、

国内外を問わず、新たな市場とチャンスが至るところに広がっていた。


京城や東北から来た大手の経営者たちが、霍家の名に集まっていた。


生産、流通、輸出、戦略。

すべてを指示し、判断し、成功へ導くのは、霍震庭ただ一人だった。


交渉の末に、新たな商談が成立し、酒席に和やかな空気が満ちたその時――


ある実業家が酒盃を掲げながら言った。


「霍社長は、まさに人中の龍ですな。」


他の者も、次々に称賛の声を上げた。


そしてふと、別の男が話題を変えるように口にした。


「今日、うちの娘が喬小姐と一緒にお茶してましてね。数人の友達と連れだって、食事のあとにカフェへ行ったそうです。」


たまたまだったのか、人脈の妙か。

霍震庭の口元に、かすかな笑みが浮かんだ。


細められたその目には、含みのある光が宿っていた。


――外では、あの小さな狐が楽しげに羽を伸ばしているようだ。

こちらがどれだけ迎えを出しても、顔を見せにこない。


それが、嬉々として遊び回っているせいなのか。

それとも……わざと、戻ってこないのか。


どちらにしても――


霍震庭の心の奥に、淡い熱が灯った。

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