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第四章 ――光の下にある影
「……今日は、少し寒いですね」
イギリスがそう言って、スカーフを巻き直した。
薄曇りの空の下、二人で庭を歩く午後。
紅茶を飲んだあと、少し散歩でもしよう――
そう僕が誘ったのだが、どうやら少し風が冷たすぎたようだ。
「寒いなら、屋敷に戻ろうか?」
「いえ、大丈夫です。……歩いていると、気が紛れますから」
その言葉に、僕は小さく笑った。
“気が紛れる”。
それはきっと、心のどこかにいつも“痛み”がある人の言葉だった。
彼は、いつも自分のことを語らない。
生まれた場所も、育った日々も、何も。
けれど――時々、何かに怯えるような目をする。
たとえば、誰かが急に声を荒げたとき。
たとえば、背後から手を伸ばしたとき。
その瞬間、彼の体は小さく震える。
まるで過去のどこかに、痛みの影を閉じ込めているみたいに。
「イギリス……」
「はい?」
僕は迷った。
踏み込んでいいのか分からない。
けれど、このまま何も言わないことのほうが、彼を孤独にしてしまう気がした。
「……無理に笑わなくても、いいんだよ」
その一言に、イギリスの足が止まった。
風がスカーフを揺らし、金の髪を少し乱す。
「……そんなふうに見えますか?」
「見えるよ。君は、人の痛みを優しく包むくせに、自分の痛みは見せない」
沈黙が落ちた。
彼はうつむき、少しだけ唇を噛んだ。
「……誰かに心配されるほど、立派な人間じゃありません」
「そんなこと、ない」
「……でも、そう思ってくださるのは……嬉しいです」
そう言って微笑んだ彼の目の奥に、
ほんの一瞬――深い闇のような影が見えた。
その影に、僕は手を伸ばしたくなる。
抱きしめて、すべてを温めてやりたくなる。
けれど、彼の壊れやすさを思うと、指先さえ触れられない。
――この人を好きになるというのは、
きっと、触れることよりも「見守る」ことなのだろう。
そんなことを思いながら、僕は彼の隣を歩いた。
薄曇りの空の下で、
二人の影が、静かに重なっていく。