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「子供たちは?」
「全員、児童預かり所へ移送した。
今は落ち着いているようだ。
あそこにゃ今、同じ獣人族のイリスもいるから
大丈夫だろう」
公都の冒険者ギルド、その支部長室で―――
私はそこの責任者と対峙していた。
白髪交じりの筋肉質のアラフィフの男は、
フー……と長いため息をついた後、ソファに
腰かける。
「全員、衰弱しておりましたが……
目立った外傷とかはなく、休ませれば
大丈夫かと」
「きちんと食事を摂って2・3日すれば、
回復すると思います」
夫婦揃って同じくらいの長さの―――
銀髪と、さらに白い髪を持つパック夫妻が
報告する。
飛行物体に強制的に乗せられたであろう、
獣人族の子供たちの救出作戦後……
関わったメンバーは同室へ集まっていた。
経緯としては、全員を助け出した後―――
飛行物体を空中で破壊。
その後、まずはいったん地上に降りて、
アルテリーゼに『乗客箱』を取りに公都へ
戻ってもらった。
彼女が帰ってきた後、改めて『乗客箱』に
子供たちとパック夫妻、イスティールさんたちを
乗せて、私とメルもそれで帰還。
私はその最中に、子供たちに『親御さんから
頼まれた』とウソを吐いた事を詫び―――
ひとまず公都で保護する事を説明。
助かったという安堵感からか、子供たちは
それぞれの腕の中でただ力無くうなずき……
同時にパックさんによる検診も行われ、
公都に到着した後は、待ち構えていた
サシャさんとジェレミエルさん、それに
児童預かり所の職員へと引き渡された。
なお、レイド夫妻とワイバーン『ハヤテ』は
王都へ報告後、すぐ戻ってきたが……
念のため引き続き公都上空を見回っている。
「全て任せてしまい、すまぬ。
空を飛べる身でありながら……」
真っ赤な長髪と長身を持つワイバーンの女王が、
無念そうに表情を歪める。
「ヒミコ殿。
そもそも今回の一報は、ワイバーン騎士隊が
もたらせてくれたもの。
それ無くして迅速な対応はあり得なかった。
そして全員救助の上、飛行物体は消滅。
これ以上は無い成果だ。
改めて、前国王の兄として王都防衛の礼を
言わせてもらおう。
―――ありがとう」
グレーの短髪に白髪交じりの、細身の筋肉質の
男が、室内のメンバーに頭を下げる。
イスティールさんを含め4人組は、すでに人間の
姿へと戻り、衣服も改めていたが―――
ベージュの薄い黄色の短髪をした幼い男の子が
彼らの前に立ち、
「我らはかつて人間と敵対した魔族であるぞ?
そして余はその魔族の王である。
人間の王族たる者が、礼を述べても良いのか?」
彼の後ろに立つ、やや外ハネしたミディアムボブの
パープルの髪をした女性と―――
褐色の肌とは対照的な白髪をした女性の
表情が強張り、
同時に茶の短髪の細マッチョの青年と、彼より
さらに細身の青髪の男性が両目を閉じる。
「魔族が―――
ウィンベル王国に対し、何か害を与えたという
記録は無い。
さらに今回、誰一人犠牲を出さずに王都防衛に
成功したのは、あなた方の協力があってこそだ。
感謝こそすれ、敵対する理由などありません」
ライオネルさんが、淡々と事実を述べて対応する。
「ね? わらわが言った通りでしょー?」
ふわふわと宙を飛びながら、透明に近い白い
ミドルショートの髪をした少女が、天井付近で
見下ろしながら語り掛けてくる。
「確かに、そんなに問題にはならないと思って
いたけれど……」
グリーンの髪をなびかせ―――
濃いエメラルドグリーンの瞳をした少年が、
そんな彼女を見上げながら、困惑の表情を
見せていた。
それを聞いていたイスティールさんも不安そうに、
「ですが……
私たちが元の、魔族になった姿はここの
人間たちに見られてしまったと思います。
今後も何事もなく関係を保っていられるか
どうか」
そこで黒髪の、セミロングとロングの私の妻2人が
割って入ってきて、
「でもそれを言うなら―――
アルちゃんの乗客箱から子供たちを抱いて
降りて来た姿も、バッチリ見られているし」
「そうじゃ。
アレを見て、お主たちが危険な存在と思う者は
おるまい」
メルとアルテリーゼの言葉に納得したのか、
彼らは互いに視線を交わし、うなずく。
「その通りだ。
残虐な仕打ちを受けていた幼子たちを、
そなたたちは救ったのだ。
種族問わず、それは誇るべき事である」
ヒミコ様の言葉で、室内に彼らの安堵の
ため息が漏れる。
「……それに、そこにいるシンは神様によって、
別世界から来た人間だぜ。
魔王だの魔族だのなんて今さらだ」
ジャンさんが意地悪そうに、私に笑いかける。
いやちょっと何いきなりさらっと正体バラして
くれてんの!?
「……む?」
その発言に―――
理解が遅れたのか、ワイバーンの女王が首を傾げ、
「……え?」
「はい?」
「シン殿が?」
「……い、今何と!?」
イスティールさんにオルディラさん、
ノイクリフさんとグラキノスさんが次々に
声を上げ、
私はその説明に追われる事になった。
「なるほど……
魔力が完全に無い代わりに、魔力も魔法も
完全に無効化出来る、と……」
「それならあの、飛行物体に対応する計画を立てた
手腕も納得がいくというもの」
魔王とカミングアウトしたマギア君とヒミコ様が、
冷静に分析して感想を述べる。
「な、何かすいません。
インチキみたいな能力で」
かつて模擬戦を戦った、イスティールさんたちに
私が頭を下げると、
「いえ、そのような能力がありながら―――
私欲に溺れる事なく、世のため他者のために
動いておられる。
神があなたを選んだのは、間違いでは
なかったと思います」
ノイクリフさんに言われて、思わず頭をかく。
元はと言えば、手違いでここへ送られて
来ただけなんだけどなあ……
と空気の読めない事は言えず。
「この世の理に反する力―――
その気になれば世界を支配し、どのような事でも
出来ましょう。
こちらへ送られて来たのが、シン殿のような
人格者で良かった。
心の底からそう思います」
イスティールさんからも賞賛を受け―――
小心なだけなんだけどな……
とは思っていても口には出せず。
しかし、今にして思えば……
そういうヒャッハー状態になりたくないのと、
同じ土俵ではどうせ敵わないから、魔法やら
スキルやら受け取らなかったわけで。
何が幸いするかわからないものだ。
「そうです!
何よりシン殿は、優れたあちらの技術を
知っております!
熟成とか! 発酵とか! 醸成とか!」
オルディラさんの熱弁に周囲は困惑した顔になる。
ていうか私、彼女に取ってはそれしかない人間に
なっているんだろうか。
ともかく話題をそら……元に戻さないと。
私はライさんに向かい、
「それで、その……
ウィンベル王国は今後、どのように
動くのでしょうか?」
今度は彼に注目が集まる。
ギルド本部長、もとい―――
ライオネル・ウィンベルはいったん視線を
下げた後、前に向き直り、
「一方的に、しかも王都を狙った完全な敵対行為
だからな。
新生『アノーミア』連邦との……大規模な
戦争に発展する恐れがある。
あるんだが―――
どうも動きが妙に思える」
今度は、彼の隣りにいた支部長が口を開き、
「なあ、シン。
お前さんの世界にも、アレに似た兵器が
あるって話だったよな?
あんな使い方をするのか?」
私は首を左右に振って否定する。
「あれは無人兵器です。
遠隔誘導、もしくは自動航行と言いますか」
「以前見たのもそうだったよね」
「発射場所にお返ししてやったがの」
私の後に妻たちが続く。
「そもそもナイン君の話では、左右に方向転換
出来ないという事でしたし……
あれなら無人でその方向に飛ばしたとしても、
効果に差はほとんど無いでしょう。
威力もこの目で確認しましたが、あれで王都が
壊滅的な被害を被るとも思えない。
どうして集中して飛ばしたのかも謎です」
何よりどれか一つが爆発すれば、他も連鎖的に
巻き込まれるだろうから―――
広範囲に被害を及ぼす事はなく、限定的になる。
「確かにな。
もしあの一つ一つが別々の目標に向けられて
いたとしたら、対応は厳しかっただろう」
「それは俺も感じていた。
何というかこう、中途半端だ。
第一、あの攻撃では我が国の最高戦力である、
ワイバーン騎士隊は落ちん。
敵さんの意図、狙いは何だ?」
ジャンさんとライさんが同時に首をひねる。
「そもそもこちらには、ワイバーン騎士隊の他、
ドラゴンや魔狼、ラミア族もいるんです。
下手をすれば同盟を進めているチエゴ国の、
フェンリルも敵に回る可能性があります」
私の言葉にメルとアルテリーゼはうなずき、
「ルクレさんは、獣人族のティーダ君と
結婚予定だからねー」
「今回の件を知ったらブチ切れであろうな。
何か勝算あっての事かのう?」
全員が『う~ん……』とうなる中、
「余の考えを述べても良いか?」
「……是非に」
魔王・マギアが唐突に口を開き、
人間の王族であるライさんが返す。
「何やら、執念のようなものを感じる」
「執念……ですか?」
私が思わず聞き返すと、彼は続けて、
「10本全ての飛行物体で王都を狙った。
これは被害の軽重を問わず、ウィンベル王国の
象徴である王都のみが目的だったと推測出来る。
さらにそれに獣人族の子供たちを殺す前提で
乗せた。
この国が他種族や亜人に寛容である事は、
新生『アノーミア』連邦とやらも承知のはず。
わざと逆鱗に触れるやり方を、
執拗に選んでいるとしか余には思えん」
見た目は幼児だが、その声には迫力と
説得力があった。
「確かにのう。
あれだけの物を作り出しておきながら……
効率的にも倫理的にも、手段を選んで
いないように見える」
ワイバーンの女王もその意見に同調する。
それに対し支部長がガシガシと頭をかき、
「しかし、他種族に寛容っつっても―――
そりゃここ1・2年の話だぜ。
そもそも交流そのものがほとんど
無かったんだからよ」
そういえばそうだよなあ、と気付く。
獣人族は捕虜として来たゲルトさんが
初めてだったし……
彼はそのままライさんの方へ振り返り、
「オイ、ライオネル。
何かあちらさんに恨まれるような事でも
あったのか?」
本部長は両の手の平を組んでテーブルの上に置き、
「元覇権国家のあちらを警戒する理由はあっても、
恨まれるほどの事は無かったと思う。
『急進派』のような―――
それまでの価値観が損なわれる事を恐れた
連中もいるにはいるだろうが……
それにしては、マギア殿の言われる通りやり方が
尋常ではないのは確かだ」
ライさんの言葉に、魔族たちも同調して
うなずく。
「威嚇、脅しという可能性もあるが、それなら
あちらから何かしらの接触があるだろう。
いずれにしろ今のところは、二次三次の
攻撃に備え、情報収集に努めるしかあるまい」
さすがに感情に任せて全軍突撃……
というのは無いようだ。
それに結果的にだがこちらの損害は無く、
獣人族の子供たちも全員救出に成功している。
被害ゼロの状況で、大々的に軍を動かす事は
難しいのだろう。
「私にはまだ番も子もおらぬが……
群れの長としても女としても、幼子に対する
非道な仕打ちへの怒りはある。
この件については配下のワイバーンともども、
全面的に協力するゆえ申してくれ」
ヒミコ様の言葉で、いったん話し合いは終わり……
私の『能力』に関してはトップシークレットとして
お開きとなった。
「あ、サシャさんとジェレミエルさん」
冒険者ギルド支部から帰る途中―――
2人とばったり出会った。
金髪を腰まで伸ばした童顔と、もう一人は眼鏡を
かけた秘書ふうのミドルショートの黒髪の女性。
「シンさんと奥方たちは今帰りですか。
話はどうなりました?」
サシャさんの質問に、妻2人が先に答える。
「今のところは様子見だって」
「相手の狙いがわからんからのう。
迂闊に動けんらしい」
それもそうか、と2人は落ち着いた表情で
うなずく。
「それはそうと、ナイン君たちは」
私の心配に、2人は苦笑しながら
「魔狼やワイバーン、人間のお母さんたちが
駆け付けてくれましたから」
「こういうのはまあ、
経験者にはかないませんよ」
なるほど……
子供のいるお母さんなら、あやし方や対応も
手慣れているだろうし。
「ところで、2人はどちらへ?」
「私たちもいったん冒険者ギルドへ
向かいます」
「外では話せない事もあるでしょうし……」
そこで私は小声で、自分の『正体』について、
ヒミコ様、魔族の人たちと共有された事を告げ、
サシャさん・ジェレミエルさんと別れた。
同じ頃―――
マルズ国から離れた某所で、空を見上げる一団が
あった。
「今頃、『誘導飛翔体』は―――
ウィンベル王国王都・フォルロワに『到着』
している頃ですかね」
「しかし、アストル主任。
本当にこのまま逃げ切る事が出来るのですか?」
この季節にしては厚手のロングコートをまとった、
両手にカバンを抱えた2、30代の男たちが、
リーダーらしき男に視線を注目させる。
「案ずるな。
発射場には自分たちの脱出と共に火災を
発生させた。
しばらくは消火活動で手一杯だろう」
緑の短髪をした、30代くらいの眼鏡の男が、
遠くで燃え盛る炎を見つめる。
「それに、陽動作戦は一つではない。
今頃、マルズ国王都・サルバルでも―――
『緊急事態』が起きているはずだ。
もし原因が判明したとしても、とても追手を
差し向ける余裕などあるまい」
それはズヌク司祭を使った作戦であったが、
口には出さずに彼はほくそ笑む。
「(制御と回収さえ考えなければ、被害を出すのは
意外と簡単だ。
あの『ヒュドラ』のように―――
目標に片道で送り込む事さえ出来れば、な)」
彼は一行を前に片手を上げて、
「さあ、行くぞ諸君!
先の見えない祖国を捨て、
新天地、『ランドルフ帝国』へ……!」
その声に従い、彼らは次々と自動車のような
車輪の付いた箱へと乗り込んでいった。
「……ええと、アラウェンさん。
そちらの方は」
「エ、エンレイン・マルズと言います。
マルズ国の、第九王子……です」
淡い紫色の短髪を持つ、10代後半かせいぜい
20歳を少しも過ぎていないと思われる、
中性的な顔立ちの青年が礼儀正しく頭を下げる。
飛行物体の襲撃から10日後―――
私たちは公都で『王子』の訪問を受け、困惑の色を
隠せないでいた。
あの後、公都『ヤマト』では―――
ライさんがトップとなり、
冒険者ギルド支部が臨時対策本部となった。
彼が前国王の兄という事は秘密にして、
緊急事態という事で王族命令により、事にあたって
いるという体にしている。
王都及び公都近辺には、従来のワイバーン騎士隊に
加え、ワイバーンの女王の号令でさらに数十体が
各地をパトロール中だ。
また児童預かり所の話によると……
保護された獣人族の子供たちは、段々と落ち着きを
取り戻したらしい。
3日ほどしてから、ジャンさんを中心に彼らから
事情聴取を行ったが……
どうも姉妹や兄弟を人質に捕られ、やむなく
従っていたとの事。
アラウェンさんからの情報によると、誘拐された
子供たちは20人ほどという話だったので、
残りの人数が人質と見られている。
こちらも保護した以上責任はあるし、
水面下で救出作戦を検討中だ。
肝心の子供たちのメンタルだが……
心配した公都のママさんチームが代わる代わる
面倒を見てくれており、小康状態との事。
また公都でのお風呂やトイレ、美味しい食事に
驚きまくっていたようで―――
それで悲しみが紛れているのでは、という事だ。
そして現在……
『ヤマト』にアラウェンさんがマルズ国の
王子を連れて来た事で―――
事態は急転する事になった。
「マルズ国は明確に我が国に攻撃を仕掛けてきた
わけだが―――
その釈明に来たのか?」
模擬戦の舞台にもなる、訓練場から人を締め出して
私と妻2人、レイド夫妻、ジャンさん、ヒミコ様、
そして魔王と魔族4人が取り囲む中―――
ライさんが赤毛の短髪のアラサーの男を、ジロリと
にらみつける。
ちなみに、この場所を選んだのはライさんだが、
万が一何か仕掛けられたらという警戒と、
ドラゴンのアルテリーゼやワイバーンのヒミコ様、
そして自分がいれば最小限の被害で済むだろう、
という想定からだった。
「それについて説明させて欲しい。
言葉遣いの多少の無礼は承知してくれ。
まず今回の件は―――
マルズ国全体の、ましてや上層部の
意思ではない。
あの『誘導飛翔体』を開発していた部門が
あるんだが、そいつらが今回の件と同時に
行方知れずになっている。
どうやら置き土産のつもりだったようだ」
アラウェンさんが普段のくだけた態度も何もなく
話したところによると―――
ウィンベル王国のワイバーン騎士隊の創設を受け、
『誘導飛翔体』開発は事実上凍結されたとの事。
それに不満を持つ主任が開発部を率いて、
国外逃亡と同時に企てた……
というのが真相だという。
「例の『誘導飛翔体』で使われた―――
残りの獣人族の子供たちは、フーバーたちが
すでに施設から救出済みだ。
以前から目星は付けていたんだが、仮にも
相手が国軍だという事でなかなか踏み込め
なかったんだ。
それについては完全にこちらのミスだ。
―――すまない」
いつもは軽い調子で話すだけに、こちらとしても
毒気を抜かれてしまう。
しかし、これは朗報だ。
さっそく後であの子たちに教えてあげねば。
「ありがとうございます。
それを知れば、きっとあの子たちも
喜ぶでしょう」
私は頭を下げて感謝の意を示すが、
ライさんと同じく、2人に対峙している
ジャンさんが、
「で、だ―――
マルズ国としてはもう敵対意思は無いと見て
いいんだな?」
「は、はい。
それはもう。
申し訳ありませんでした。
賠償交渉については後ほど正式に、
使者が送られてくるかと」
第九王子とやらが、ペコペコと首を上下させる。
何というか、腰の低い王族だなあ。
「それで、エンレイン王子。
それを伝えにわざわざ公都まで?」
周囲がやや和らいだ雰囲気になる中、
ライさんは表情を変えずに対応を続ける。
「い、いえ。
それが、その―――
あのっ、『万能冒険者』、シン殿はどこに
おられますか!?」
意を決したように話す言葉の中に、なぜか
私の名前が出てきて、
「ン? シンさんならここにいるッスけど」
「いったい何の用が?」
黒髪・褐色肌の夫と、ライトグリーンの
ショートヘアをした眼鏡の妻が、疑問を
口にする。
続けて、メルとアルテリーゼが私の背中を
ぐいぐいと押してきて、
「ご指名入りましたーっ!」
「シンも有名になったものよのう」
そのままエンレイン様の前に差し出され、
王子様&アラウェンさんと―――
ライさん&ジャンさんの横に立たされる。
「ええと、私がシンですが。
マルズ国の王子様がいったいどのような
ご用件で……」
と、話している途中で彼は私の両手をガッチリ
つかむと、
「お、お願いいたしますっ!!
どうか祖国を―――
王都・サルバルをお救いください!!」
釈明・謝罪から一転―――
救援要請になった事で、集まったメンバーは
互いに顔を見合わせた。
「魔力収奪装置、だと?」
「ああ。
開発中の新兵器の一つだったんだが、
それを作動させていきやがった。
『誘導飛翔体』の発射と同時に、
王都の一角でそれを起動。
こちらは完全に後手後手で―――
おかげで連中を取り逃がしちまった」
支部長の質問に、アラウェンさんが
苦々しく答える。
「完全に計画的だのう」
「それなりの準備はあったという事か」
ヒミコ様とマギア様が、感心とも呆れとも
取れない声でつぶやく。
「それは―――
どれくらいあるのですか?
どのような効果が?」
魔力・魔法に縁のない私には今いちピンと来ず
聞き返す。
するとアラウェンさんが、
「以前より計画・設置されていたらしく、
一ヶ所を中心に四方向に四つ、合計5個
あるようだ。
効果は……
範囲はわからないが、とにかく周囲の魔力を
吸い取りまくり―――
吸い取られた人間は当然、動けなくなる」
以前、ズヌク司祭が魔力を一時的に無効化させる
魔導具を、私に投げつけてきた事あるけど……
それと似たような物だろうか。
(80話 はじめての あいさつまわり参照)
「その地区には、まだ取り残されている国民が
何万もおります!
望みは『万能冒険者』にすがるしか……!」
「ちょっと待て」
マルズの第九王子の言葉を、ウィンベルの
前国王の兄が止める。
「あの飛行物体の発射といやあ―――
もう10日も前だ。
ここまでの距離があるとはいえ、
今まで何してたんだ?」
当然の指摘に、アラウェンさんが割って入り、
「手をこまねいていたわけじゃない!
決死隊だって何度も送り込んだんだ!
……半数も帰って来なかったがな」
それを聞いたジャンさんの眉間にシワが寄る。
彼は『真偽判断』の持ち主だ。
つまり、言っている事は事実なのだろう。
重苦しい空気が現場を支配する。
それを切り裂くように、凛とした声が響き、
「エンレインとやら」
「は、はい!」
ワイバーンの女王が、人間の王子に向かう。
「第九王子という事であったが……
現王や他の王族は何をしておるのだ?」
すると彼は目を伏せて、
「……避難、しました。
別の都市へ。
魔力収奪装置に関しても―――
その一角を封鎖しました。
一ヶ月もすれば収束するだろうとの事で。
もはや出来る事は無い。
やむを得ない犠牲だと」
「呆れて物も言えぬな」
幼子の姿の魔王が、ため息をつきつつ述べる。
「エンレイン王子だけは王都に残って、
俺に頼み込みに来たんです!
『万能冒険者』に会わせてくれと―――
シンさん!!
どうかお力添えを……!」
赤髪のアラサーの男が拝むように頭を下げる。
しかし、
「んっ?」
「え?」
「何?」
周囲の人たちが驚きの声を上げる。
急にヒミコ様が人間の姿から―――
ワイバーンへと戻ったのだ。
さすがにワイバーンを率いる女王。
その体格は、ドラゴンであるアルテリーゼや
シャンタルさんに勝るとも劣らず―――
そしてその長い首を、アラウェンさんと
第九王子の間へ割り込ませる。
「名乗るのが遅れたな。
ヒミコじゃ。
人間からは、ワイバーンの女王と呼ばれておる。
して、あの飛行物体に関しては―――
我らの住処も被害を被っていてのう」
「は、はい。
申し訳……ありません」
エンレイン様は一歩下がりながらも、
何とか踏みとどまって応じる。
「一部の者の暴走という事は理解した。
しかし、それも含めて統率者の責任であろう。
散々被害を与えておきながら、
その相手に助けを求める?
しかもお主の一族は我先に逃げ出していると
いうではないか。
いささかムシが良すぎるのではないか?」
「……
返す言葉もありません」
力無く彼は視線を反らす。
「群れでも組織でも―――
統率する者は、真っ先に滅びる覚悟で
無ければならぬ。
その覚悟―――
お主にあるか?」
第九王子様はキッと彼女を見上げ、
「もしお望みであれば、私はどうなっても
構いません!」
「……そうか。
では、腕を差し出すがよい」
ちょ、いくら何でもそれは―――
止めに行こうとした私の肩をライさんが
つかむ。
「女王として、何もおとがめなし―――
とはいかないんだろうよ。
人間なら賠償やら何やらで手打ちだが」
確かに……
意図的では無かったかも知れないが、今まで散々
自分たちの住処に手出ししてきたのだ。
その最高責任者の一族が来た以上―――
彼女も代表として、償いを要求しなければ
ならない立場にある。
と思っているうちに、エンレイン様の腕は
ワイバーンの口の中へ消え―――
「あっ?」
「んん?」
「あれ?」
周囲の驚きの声は、その光景に向けられていた。
第九王子の腕は食い千切られ、ヒジから先は
無くなり―――という事は無く。
ヒミコ様は人間の姿となり、彼の片腕を
つかんでいた。
ただその姿は、一糸まとわぬ全裸で……
「試すような真似をしてすまなんだ。
その覚悟、確かに」
「いっ、いえ!
ありがとうございます。ですから服をどうか
着てください!」
慌てて他の女性陣が彼女を囲み、その中から
私に向かって声がかけられる。
「シン殿。
私からもお願いします。
どうか彼の祖国を救ってやっては
くれませんか?」
「え? あ……ハイ。
えーと、アラウェンさん。
案内お願い出来ますか?
すぐにアルテリーゼの『乗客箱』で向かおうと
思いますので」
「あ、ああ。
わかった」
彼は事の成り行きにポカンとしていたが、
すぐに正気に戻って返事をする。
「ライさんもジャンさんも―――
それでいいですかね?」
「まあ確かに、こんな事はシンにしか
出来ないだろうしな。
俺に異論はねぇよ」
「あ、『乗客箱』で行くんなら―――
あのチビたちの家族を帰りに連れて来ちゃ
どうだ?」
すでに解決前提で話す2人。
マルズ国の2名は目を白黒させているが、
周囲は慣れた感じで流す。
さっそく準備に取り掛かろうと、出入り口に
向かおうとした時、後ろから呼び止める声がした。
振り返ると、エンレイン様が何か―――
紋章のような物をこちらへ差し出して、
「シン殿。
これは我が王族に伝わる証です。
もし何かあれば―――
これを提示すれば、たいていの事は通ると
思います。
王都を救うため―――
王族権限であらゆる制約を排除して
遂行してください!」
そこで話はまとまり―――
私はメル・アラウェンさんと共に、
アルテリーゼの『乗客箱』でマルズ国の王都・
サルバルへ向かう事になった。
「ここを通してくれ!
妻が、妻がまだ中にいるんだ!!」
「ダメだ! ここから先は封鎖中だ!
中へ入ったら戻って来れないぞ!!」
「お願い通して!!
まだ子供が帰って来てなくて……!」
「軍は何してるんだ!?
どうして救出に向かわないんだ!!」
6時間後……
マルズ国王都・サルバルは混乱の極みにあった。
封鎖された地区の一角では―――
身内の安否を気遣う家族が殺到し、
立ち入り禁止区域への侵入を食い止める
兵士たちとの間で……
押し合いへし合いになっていた。
「中に入ったら魔力を吸い取られる装置があると
報告が入っている!
もうどうにもならん!!
装置の効果が切れるまで待つんだ!!」
「何日待っていると思っているんだ!?
これ以上待っていたら、中で死んじまう!!」
「っ、それは……!」
魔力の回復が無い以上、生命維持に必要な
エネルギーは、外部から摂取する以外に
方法は無い。
動けなくなれば、それだけエネルギーの消耗は
抑えられるが、それでも絶望的な期間が経過
していた。
と、そこへ……
彼らの頭上から強風が叩きつけられ、
「! あれは……」
「ドラゴン!?
こ、こんな時に……神様!!」
空を見上げる中―――
人々はすぐに妙な事に気付く。
そのドラゴンは、大きな箱のような物を
体に固定したロープでぶら下げていた。
やがて人々が遠巻きに見守る中、
バッサ、バッサと羽ばたきながら
その箱ごと着陸すると……
今度は箱の中から人間が出て来て―――
「ここを通してくれ」
アラウェンさんが、立ち入りを制限している
兵士に向かって話し掛ける。
「こ、ここは今入れない。
何人たりとも―――」
「俺はアラウェン。
まあ―――
一応、国家直属の人間ってところだ。
エンレイン殿下の命令で『万能冒険者』を
連れて来た。
シンさん、アレを」
彼に促され、私は渡された紋章を見せる。
「こ、これは!?
マルズ王族の紋章……確かに」
「し、しかし―――
どうするおつもりですか?
装置には近付けないんですよ?」
兵士の人たちが困惑している。
まあこの世界の常識で考えたら、そうだろうなあ。
それに構わずアラウェンさんが、大聖堂のような
宗教施設を指差し、
「シンさん。
5つの魔力収奪装置の中で―――
中心にあるのは、あの建物の中だと
思われる。
それを止めれば恐らく、他の4つも
停止するはず」
「わかりました!
行ってきます!」
それを聞くと私はそのまま、目的地へ向かって
走り出した。
残された3人のうち―――
アラウェンはまず他の兵士たちに向かい、
「ボケっとするな!
装置は間もなく解除される!!
救助隊を編成しろ!!」
次いでメル、人の姿になったアルテリーゼも、
集まっていた人たちに向かって、
「みなさん、落ち着いてください!
もうすぐ中に入れるようになります!」
「体力のある者は―――
救助隊に加わってくれい!!」
その言葉で人々の間の混乱は絶望から―――
希望の喧騒へと変わり、広まっていった。
「……酷いな」
大聖堂の前まで来たが、ここに来るまでの間、
ほとんどの人がこちらに向かってうつ伏せに
倒れていた。
本能的に装置から遠ざかろうとしたのだろう。
すでに息の無い人も……
それとは対照的に、建物へ向かって倒れている
人間もいる。
アラウェンさんが言っていた。
決死隊を何度も送り込んだと―――
「ここか」
目的の扉は開け放たれており、足を踏み入れると、
さらに奥へ進もうとして力果てたであろう、
武装した数人が倒れていた。
「だ、だれ、だ?」
「!
生きているんですか!?
私はエンレイン殿下の命で追加で
派遣された者です。
魔力収奪装置はどこに?」
足元から弱弱しい声で、倒れたままの彼から
言葉が続けられる。
「おま、え、なぜ、へい、き……
そうち、は、おく……
もう、げん、かい……」
「わかりました!
すぐに救援が来ますので、それまで何とか
頑張ってください!」
見ると、ほとんどの扉は開いたままだ。
宗教施設っぽいし、それほど頑丈なセキュリティは
必要無いのだろう。
私は扉という扉を潜り抜けて奥へと進む。
すると、ひと際薄暗い部屋に出て―――
「これは……!」
そこには―――
何かの巨大な推進装置のような物体が、
不気味なうなりを上げて佇んでいた。
そのすぐ前には、すでにこと切れた男が一人
倒れている。
「さて、時間が無いので手短にいきますか。
爆発する魔導具など
・・・・・
あり得ない」
何が仕掛けられているかわからないからな。
まずは危険の可能性を排除する。
そして―――
「魔力を奪う、吸収する、無効化する
魔導具など……
・・・・・
あり得ない」
その言葉と同時に、不気味なうなりは
振動と共に停止し―――
明らかにその機能は失われた。
「……ン?」
その装置をよく見ると―――
周囲にはチューブのような何かが、無数にどこかへ
向かって伸びている。
「念のため、これも外しておきますか」
一つを引っ張ると簡単に外れたため、
私は次々にそのチューブを引っこ抜いていき、
最後の1本を外したところで―――
救助隊であろう人々が、建物内に駆け込む音が
聞こえてきた。