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マルズ国王都・サルバルにて、魔力収奪装置の
解除から3日後……
私とメル、アルテリーゼはウィンベル王国公都・
『ヤマト』へ帰還した。
「お母さんっ!!」
「ナイン……!」
「お兄ちゃんっ!!」
児童預かり所で、獣人族であろう犬耳と赤茶の
長髪を持つ女性が―――
同じ獣人族の、焦げ茶の短髪に巻き毛のシッポを
持つ少年と、赤紫のミドルショートの少女を両手に
抱きしめる。
公都を発つ際、ジャンさんから『誘導飛翔体』
作戦において使われた獣人族の子供たちの家族を、
帰りに連れて来たらどうだと言われていたのだが、
人質となっていた他の兄弟姉妹は、すでに
フーバーさんたちによって救出されており、
その保護者の方々もすでに、本人確認のために
各連邦国へ連絡が行っていたので―――
全員集まるのを待って、『乗客箱』に乗せ、
公都まで来てもらったのである。
「お父さーんっ!!」
「よく、よく無事でいてくれた……!」
「もう会えないかと―――」
あちこちで感動の再会が行われ、それを見届けると
「じゃあ、私たちはここらで……」
「邪魔しては悪いしのう」
「ピュウ」
黒髪セミロングとロングの妻二人と、
子供に促され―――
私は家族と共に、児童預かり所を後にした。
「……という事で、以上がマルズ国における
事の顛末になります」
冒険者ギルド支部・応接室で、私は
王都ギルド本部長と支部長を前に報告を
終える。
「ご苦労だった。
ウィンベル王国・王家を代表して礼を言う」
「特に、家族を連れてきたのは―――
あの獣人族の子たちに取っちゃ、これ以上ない
土産になっただろう」
グレーの短髪に白髪交じりの筋肉質の男と、
同じく白髪交じりのアラフィフの男が頭を下げる。
結局―――
魔力収奪装置を無効化させた後、すぐに救助隊が
封鎖された一角へとなだれ込んだのだが、
私も見た通り、すでに手遅れだった人間も多く、
最終的には2割くらいの死亡が確認された。
不幸中の幸いは……
その死亡者の中に、子供たちが少なかった事だ。
まだ魔力・魔法を感知していないのが却って
魔力頼りになるのを抑え―――
さらに子供たちは普段から、食事で体力を
維持しているので、大人より生存率が高かった
のでは、という事だった。
「祖国を、王都を救って頂き―――
感謝します……!」
「しかし、さすがはシン殿。
こうも早く解決してくるとは」
淡い紫色の短髪の青年と、その隣に真っ赤な長髪と
長身の女性が座り、礼と賞賛を述べる。
ライさんとジャンさんは対面に座り―――
私から見て右の席に、エンレイン王子と
ヒミコ様がいた。
「しかし……ズヌク司祭とやらか?
哀れなものよ。
最期は利用され、裏切られたのであろう」
そして左の席には、ベージュの薄い黄色の
短髪をした5才くらいの少年―――
魔王・マギア様が、
パープルのやや外ハネしたミディアムボブの
女性と、その反対側に長い白髪の褐色肌の
ダークエルフのような女性……
イスティールさんとオルディラさんに挟まれ、
座っていた。
「創世神正教『リープラス』派から、追放処分を
受けていたようですので……
本拠地を狙ったようです」
私が大聖堂のあの奥―――
魔力収奪装置のある部屋で、その近くで
こと切れていた男を見つけたのだが……
『あの』ズヌク司祭とは似ても似つかぬほど
痩せ細っており、それが彼とはまったく
気付かなかった。
魔王様の言う通り、騙されたのか、それとも
道連れにするつもりだったのかはまだわからない
けれど……
前者の方だろうな、と私も思う。
「いずれわかる事とは思いますが、
今、アラウェンさんを中心に調査が進められて
いるようです。
ただ王都の立て直しでゴタゴタしている
でしょうから」
「まあそこは仕方ない、か」
ライさんが深く息を吐く。
賠償交渉にしろ何にしろ、優先順位がある。
あちらが落ち着かなければ交渉どころでは
ないというのは、組織のトップとして
理解しているのだろう。
「エンレイン王子様は使者が来るまで公都に
留まっていて欲しいと―――
アラウェンさんからの伝言です。
それとお預かりしていたこれを……」
私は、公都を発つ前に渡された紋章を
彼に返却するため、差し出す。
「い、いえこれは」
「今回の件は解決しました。
いつまでも平民である私が持っていては、
おかしいでしょう」
もちろん、返さないで―――
マルズ王家に対し、褒美や謝礼の交渉を
有利にする事は考えられるのだろうが……
私にそんな気は毛頭なく。
「しかし、それを持っていればいろいろと」
確かに、マルズ王家の紋章ともなれば、
持っているだけで受けられる恩恵は
計り知れないだろう。
「緊急事態でしたので、それ以外で
使う気は別に―――」
「しかし、また何かあった時のために」
何とかして私に受け取って欲しいのだろう。
しかし、隣りに座っていたヒミコ様が
プッと吹き出し、
「エンレイン殿。
今回のような事がそうそうあっては
たまらぬぞ?」
それを聞いて、王都本部長と支部長の後ろに
立っていた―――
黒髪短髪、褐色肌の青年が、
「確かにそうッスねえ」
「まあそうなりましたら―――
ご依頼は当ギルドまで」
ライトグリーンのショートヘアをした眼鏡の
妻が、夫に続く。
「そりゃあいい!
ここに依頼すりゃ、たいていの事は
解決するだろうからな!」
「ノイクリフ!
と、注意したいところですが―――
否定出来ないんですよね……」
茶色の短髪の細マッチョの魔族青年が笑うと、
青い短髪をした、眼鏡をかけた同族の細身の
青年が同調する。
「まあ、シンさんはねー。
いい負けっぷりだったよねえ」
(104話 はじめての まおうほうもん参照)
透き通るようなミドルショートの髪を持つ少女が、
彼の真上に浮かびながら火の玉ストレートを放ち、
「いやあの、言い方」
ガックリと肩を落とすグラキノスさんを気の毒に
思ったのか―――
同じ精霊であるグリーンの少し長めの前髪をした、
エメラルドの瞳を持つ少年がたしなめる。
「グラキノスは身を以て、実力を
知っているであろうからな。
素直になるのは良い事だ、うむ」
魔王様が両腕を組んでうなずく。
それを皮切りに、応接室が笑いに包まれた。
「まー何はともあれお疲れ、シン」
「またまた大活躍であったのう」
応接室から支部長室に移ったところで、
メルとアルテリーゼが改めて労ってくる。
あの後、エンレイン王子様が児童預かり所へ
行って―――
今回被害にあった子供たち、またその家族に
正式に謝りたいと言い出し―――
後日、落ち着いてからにするようにと説得、
ひとまずヒミコ様と一緒に退出していった。
そこで、私の『能力』を知るメンバーだけに
なった事で―――
気兼ねなく話せる支部長室へと移ったのである。
「まあ自分はあんまり疲れる事は無かったけど。
メルとアルテリーゼもお疲れ様」
私も改めて、彼女たちを労う。
「しかし―――
問題はこれから、というか山積みだ」
「?
何かあるのか、ライオネル殿」
5才くらいの姿の少年が、大人びた口調で
前国王の兄に聞き返す。
するとジャンさんが片手を挙げて、
「今回の件、解決はしたが……
それを頼みに来たエンレイン王子は、独断専行も
いいところだろう。
公式な訪問じゃねぇし、あちらさんがゴネようと
思えば、いくらでもゴネられると思うぜ」
「あー……ありそうッスねえ」
「第九王子でしたっけ。
王族とはいえ、立場的にも微妙そうですし」
レイド夫妻が、分析しつつ語る。
「あとは……」
そうライさんが前置きして、魔王様の方を見る。
「失礼ではありますが、『魔族』との関わりが
どう見られるか、です。
あの救出作戦は大勢の人間に見られた。
今は限定的でしょうが、いずれ広まるのは
時間の問題かと。
隠し通すにしろ公表するにしろ―――
慎重に進めなければなりません」
「その懸念、もっともです。
手数をかけ申し訳なく思う」
大仰に頭を下げるマギア様に、配下の
イスティールさんたちが慌てふためく。
「その、失礼ですが……
マギア様は『かつて人間と敵対した』と
仰ってましたよね?
しかし、これまでの経緯から―――
あなた方が無暗に武力を振るうような方々とは
とうてい思えないのですが」
私の質問に、天井付近をふよふよと飛んでいた
氷精霊様が降りてきて、
「あー、話してもいいんじゃないかな?
もう300年も前の事だし、その時の国も
ほとんど滅んでいるんだし」
そこに土精霊様も加わり、
「そうですね……
今の人間と関わりを持ち続けるのなら、
事情は説明した方がいいかと。
人間の国からの方が、説明しやすい事も
あるでしょう」
魔王様は後ろに立っている4人の配下の方へ
振り向く。
「……では、自分から説明させて頂きましょう」
グラキノスさんが眼鏡を押さえながら口を開いた。
「それは……何と言いますか」
「事の真相はそういう事か」
冒険者ギルドの―――
王都本部長と支部長が、複雑そうな表情で
うなずく。
グラキノスさんの話によると……
そもそも300年前、多数の国を巻き込む戦争が
あったのは事実だという。
だがその中に、魔王率いる魔族は参戦しておらず、
またどちらに肩入れする事も無く―――
よく言えば中立、基本的には無関係であり、一応
推移を見守っていたらしい。
また彼ら魔族は数は少ないが、人間より魔力も
身体能力も強く……
生活環境も人間にしてみればとても厳しいが、
それは彼らにしてみれば問題無いものだった。
逆に人間も、そんな土地を狙う理由も利点も
無いはずであった。
だがある時を境に―――
争っていた人間の国々が連合を組み、魔族領に対し
突然宣戦布告と同時に侵攻。
これを防衛する形で、魔族は本格的な戦争に突入。
以後、10年以上人間からの侵攻は続いた。
そんなある時、人間側から和解したいとの
打診があり、魔王・マギア様が代表として
赴き―――
そして戻る事は無かった。
騙し討ちにあったのは明白であったが……
それを機に連合国による魔族領侵攻は停止。
兵は引き上げられ、
また魔族も魔王より、専守防衛と人間側への
侵攻はいかなる理由があっても認めず―――
と厳命されており、
そこで人間と魔族の戦争は終結したのである。
「いや……
でも何で人間側は突然攻め込んできたッスか?」
「むしろこちらが聞きたいくらいです。
勝手に争っていると思いきや―――
いきなり手を結んで突然矛先を向けて
きたんですから」
レイド君の当然の疑問に、グラキノスさんは
眉間にシワを寄せて両目を閉じる。
「余にも未だにわからぬ。
あの和解の打診にしろ―――
謀略とは知っていた。
その上で裏で直結しているであろう相手と
交渉する、ただその一点に賭けたのだ。
今となっては、愚かな決断だったがな」
幼子の姿の魔王が自嘲気味に話すと、
その配下たちも目を伏せる。
重苦しい雰囲気が部屋を支配する中、
「スケープゴート……?」
ぼそり、と独り言のように小さくつぶやいた
つもりだったのだが―――
無言の中、それははっきりと全員に聞かれて
しまったようで、一気に注目が集まる。
「スケ……何だ?」
「シンさんの知識で、思い当たる事が
あるんですか?」
ジャンさんとミリアさんが、父娘のように
揃って聞いてくる。
「え、ええと……
あくまでも私がいた世界での推測というか
認識なんですけど―――
共通の敵を作って味方をまとめあげる、
というのは歴史を見てもよくある話なんです。
もしかしたら、戦争をしている国の中で、
劣勢に立たされているとか、敗北濃厚な国が
苦し紛れにやったんじゃないかと」
「やったとは……何を?」
イスティールさんが身を乗り出すようにして、
こちらに視線を向ける。
「例えば―――
このまま戦争で疲弊すれば、魔族が
攻め込んでくる! とか。
または、この戦争の裏には魔族がいる!
魔族が人間同士で争うよう仕組んだのだ!
と……
それで矛先が魔族へ向かえば、少なくとも
今の窮地は回避出来ますからね」
「何て迷惑な……」
「それで戦を仕掛けられたら、たまったものでは
ないのう」
メルとアルテリーゼが、呆れながら同意する。
「それでマギア様を騙し討ちにした後、
大義名分が無くなったんじゃないでしょうか。
……ってアレ?
でも今、マギア様は」
私が気付いた疑問に、マギア様は苦笑し、
「部下が万一に備えて、手配してくれたのだ。
もっとも復活には300年の時を要し……
目覚めたのはつい最近の事。
魔力も見た目通り、人間の子供と同じくらいしか
無いであろう」
生き返るのは容易では無かった事と―――
同時に警戒するほどの脅威では無いと、言外に
伝えてくる。
「まあ復活させたの、シンさんだけどねー」
何気なく氷精霊様が発した言葉で―――
「……は?」
「え?」
「んん?」
それから一瞬置いて、支部長室内が驚きと
叫び声で埋まった。
「あ~……つまり何だ。
ドラゴンのシャンタルが集めていた物の中に、
魔王様の復活のために用意していた魔導具の
箱を紛れ込ませていて―――
それは箱を開けると同時に、開けた者の魔力を
奪い、同時に復活した魔王様の魔力にするつもり
だった、と」
「が、箱の封印を解いたのがシンで……
シンがいろいろと無効化しちまったおかげで、
復活はしたが、魔力は得られなかったという
事か」
(85話 はじめての ふういん参照)
冒険者ギルドの王都本部長と公都支部長が、
交互に説明と確認を兼ねて語る。
「何つーか、その」
「結局はシンさんに行き着くんですねー」
レイド君は目を細くして、ミリアさんは猫のような
目をしてこちらに視線を向ける。
「ま、まるで人を全ての元凶みたいに!」
私は抗議するものの、室内のメンバーは
生暖かい眼差しを向けるのみで―――
そこでふと魔王様と目が合い、
「あ、あの……
何ていうかすいません」
私が思わず頭を下げると、
「いえ、別にシン殿が謝る事では……
それに魔力も段々と戻ってきている
ようなので?」
彼自身も戸惑っているのか、声が上ずっていた。
「まあともかく、もう人間側と敵対する理由は
無いんでしょう?」
「そうそう。
そもそも魔族が狙うほどの物は、人間側には
無いという話であったし。
それなら他の国々の人間も安心するであろう」
妻2人が締めくくるように話すと、
イスティールさんとオルディラさんがもじもじ
しながら、
「でも―――
300年前は、あんなお風呂やトイレは
ありませんでしたし……
もう私あれが無いとダメな体に」
「もし納豆を取り上げられたら―――
わたくし一人でも戦う所存……!」
女性があのお風呂やトイレを知ったら、
もう元には戻れないだろうからなあ。
そしてなぜ納豆がそこまで貴女を虜にするのか
オルディラさん。
「確かに正直、生肉やただ煮るだけ、焼くだけの
食生活に戻れる気がしない」
「ここに来てから―――
自分も一日一食は麺類になっていますし」
ノイクリフさんもグラキノスさんも、
ずいぶんとこちらでの生活に慣れたようで。
「余もあれだけの甘味は生まれて初めて
食した。
今の人間側には、確かに魅力が多い。
というわけで―――
出来れば良好な協力関係を望みたいが、
いかがでしょうか」
そこで魔王・マギア様が手を差し出すと、
それをライさんが取り、
「ウィンベル王国としても―――
望むところです。
我々に取っても、そちらのオルディラさんが
作る……
醤油や各種のお酒は魅力的ですからな」
そう言ってライさんがニッと笑うと、つられて
マギア様も笑い―――
そして支部長室が笑いに包まれた。
それから数日後の事。
家で、家族と一緒に救出した獣人族とその家族に、
何かご馳走出来ないかと考えていた時。
ヒミコ様が訪ねてきて―――
何事かメルとアルテリーゼと熱心に話し合い、
どうも会話の内容から、エンレイン王子様の事が
絡んでいるようだったが、
『じゃあ他の女子たちも呼ぼう!!』
という流れになって―――
「……というわけで自分だけ家から
追い出されたんだけど何で?」
冒険者ギルド支部の支部長室で、同室の
同性のメンバーに向かってグチる。
「そりゃまあ、なあ」
「あー、ミリアが呼ばれて出ていったッスけど。
多分ルーチェも呼ばれただろうなあ」
ジャンさんとレイド君が微妙そうな顔をして、
「つーかンな話を持ち込まれても困る。
今こっちは事後処理で手一杯なんだからさ。
チエゴ国にも連絡取らなきゃならんし、
御前会議で新生『アノーミア』連邦への対応を
検討するための資料も作らないと……」
忙しそうに書類とにらめっこするライさんが、
恨めしそうな口調で答える。
「え、ええと―――
サシャさんとジェレミエルさんは?
本来、ライさんを手伝うために来たのでは」
すると彼の手がピタリと止まり、
「……獣人族の子供たちが10人以上
追加で来たんだぜ?
逆に聞くけど大人しくしていると思うか?」
何かちょっと言葉が思いつかない。
「まあその前に、必要な書類はまとめていった
けどな。
それに、次に大きく動くのは―――
あちらさんから使者が来てからだろう」
「ああ、マルズ国の賠償交渉の」
するとそこへ支部長がずい、と入ってきて、
「どうだかな。
身分のあるヤツらってのは、とにかく対面や
メンツを気にする。
特に今回は、本拠地である王都が絡んで
いるんだ。
その解決に他国に助けを求めたなんて―――
恥さらしもいいところだぜ。
素直に応じてくれりゃいいんだが」
「ホント、面倒ッスねえそういうの」
長身の青年がボリボリと頭をかき、背中を
壁へと押し付ける。
「ま、あちらさんも立場がある、という事だけ
頭の片隅にでも入れておいてくれ。
もし使者が来たら、当事者として同席して
もらわにゃならんからな」
「少しは話のわかる人間が来てくれると、
助かるんだがなあ」
それからしばらく情報共有という名の雑談に
興じ―――
30分ほど後にギルド支部を後にしたが、
本部長と支部長の立てたフラグは3日後、
盛大に炸裂する事になる。
「―――つまり、新生『アノーミア』連邦は、
ウィンベル王国が今回の件を企てた……
と仰りたいのですかな?」
3日後―――
冒険者ギルド支部・応接室でライさんは、
公都に来訪したマルズ国の使者と対峙していた。
「いえいえ、ただの確認でございます。
何せ今回の件は前代未聞。
情報も錯綜しておりまして―――
原因解明に全面的なご協力をお願いしている
だけでございますよ」
マルズ国からの使者である、少し横に恰幅の良い
チョビひげの、アラフィフの男性は丁寧に返す。
彼が座る背後には、護衛であろう男が二人
両手を背後に回して直立していた。
二人ともスキンヘッドで、ローブのような
衣装をまとっていて―――
その出で立ちは仏教の修行僧を思わせる。
使者の隣りにはエンレイン王子が―――
その対面に、ライさんとジャンさん。
後方にレイド夫妻が立ち、
そしてワイバーン代表としてヒミコ様が、
エンレイン王子から見て左の席に、
そして私はメル・アルテリーゼと共に、
右の席に座る。
なお、魔族は政治的判断により今回は
見送られたのだが……
さっそく不穏な空気が室内を支配していた。
「先ほどから何を言っている!?
ロバウム侯爵!!
王都を救ってくれた英雄に、あまりにも
無礼ではないか!」
エンレイン王子様が抗議の声を上げる。
話し合いが始まったのは、今から15分ほど
前だが……
まずはこちら側から事件の状況とその解決、
そして今の状態について、自分の能力を上手く
隠しながら話した。
魔族については完全には隠さず、子供たちを
空中で保護した協力者の存在を匂わせる程度に
留めて―――
またマルズ国王都・サルバルの魔力収奪装置の件に
ついては、私が『抵抗魔法』の使い手である事と、
かつてズヌク司祭が『魔封じ』の魔導具を
自分に使用した事がある経験から、
今回の件に対処・対応が出来た……
という事にして説明したのである。
そしてその事について―――
案の定というか疑義を唱えてきたのだ。
「ですから、それに対し疑念があると
申しておるのです。
聞くところによると―――
先の『誘導飛翔体』についての人的被害はゼロ。
また王都・サルバルの件につきましても、
『万能冒険者』が到着してから30分以内に
収束したと聞いております。
王都の精鋭が10日間も解決出来なかった事が、
たった一人の冒険者によって、です。
あまりに事が出来過ぎているのでは、と……」
「王都の件については、アラウェンさんから何か
聞いておりませんか?」
私が片手を上げて質問するが、
「あれは正式な使者ではありません。
こう言っては何ですが、本来表に出る事が
許されない下賎の者です。
無論―――
そのような者と一緒にこちらへ向かった殿下も、
公式には認められておりません。
ワタシとは違うという事を、一言申し上げて
おきます」
その言葉にエンレイン王子様が黙り込む。
彼もアラウェンさんも、マルズ国からの公式な
使者ではない。
『ワタシとは違う』と言ったのは―――
自分は公式な使者であり、彼らは非公式で……
そんな二人が勝手に行った要請に対して、何ら
責任は持たないという意思表示なのだろう。
「しかしだな、侯爵とやら。
2人が来なければ―――
そして救援を要請しなければ、王都の被害は
さらに広がっていたのかも知れないのだぞ?」
助け船を出すようにヒミコ様が口を開くが、
「確かに―――
王都の一角は甚大な被害になったでしょう。
だがそれが何だと言うのです?」
全員が注目する中、彼は続ける。
「我が王都サルバルは、人口100万を擁する
大都市です。
仮にあの一角が全滅したとしても、支障は
ございません。
それよりも殿下。
国王陛下は今回の貴方の軽薄な行動を、
いたく憂慮しておられます」
「貴様……っ」
エンレイン王子様が苦々しくうなるように
言葉を発するが、それに構わず侯爵は、
「殿下は、国家間での貸借を非常に軽く
見ておられる。
今回のような件で、救援要請など出すべきでは
無かったのです。
貴方のした行為は、他国に弱みを見せ、
付け入られるスキを作り、
国家の威信を傷付けたに過ぎません」
「……言うな。
国民を守らず見殺しにする事が―――
国家の威信を守る事だと言うのか?」
ライさんが静かに怒りの言葉を口にする。
「ライオット―――
王都フォルロワの冒険者ギルド本部、
本部長でしたか?
貴方もゴールドクラスとはいえ平民。
態度には気を付けた方がよろしいかと」
「見損なわないで頂きたい。
これでもウィンベル王国・現国王―――
ラーシュ陛下よりこの件について全権委任されて
いるのだ。
私の意思は陛下と共にある」
隠してはいるが、正体は前国王の兄である彼は、
臆することなく堂々と言い返す。
「アラウェンさんの説明では―――
今回の件を企てた人たちはすでに逃げているって
話だけど?」
「そうじゃ。
そやつらが実行犯であろう?
何故、こちらへ疑惑の目を向ける?」
メルとアルテリーゼが問い質すと、
「それが―――
お恥ずかしながら、未だに捕まえられて
おらず、何とも言い様がありません。
まるで何者かに、手引きでもされていたかの
ように……」
あー、それをこちら側と結び付けるのかー。
どちらにしろ真犯人が捕まっていない以上、
ケチはつけたい放題になるよな。
「本気で言っておるのか?」
「何をですかな?
ワタシはただ、『何者かに手引きを
されていたようだ』と、申しただけですが。
それとも、心当たりでもおありですかな?」
飄々とロバウム侯爵はヒミコ様へ返す。
彼女はワイバーンの女王と紹介されており、
彼も正体は知っているが―――
国を代表しての話し合いの場で荒事は無いと思って
いるのか、それとも自分と護衛の実力を信じて
いるのか……
その態度は冷静そのもの。
さらに連邦の使者として選ばれたのは伊達では
無いのだろう。
そうとう交渉慣れしているようで、言質は決して
取らせず、むしろスキあらば揚げ足を取ってくる
ような感じだ。
「それで?
連邦としては、国民を助けた代わりに
こちらへ疑いを持っていると―――
抗議しに来ただけか?」
皮肉交じりにライさんが問い質すと、
ロバウム侯爵は表情を変えず、
「今回の件―――
ウィンベル王国の者がポルガ国を始め、
連邦のいくつかの国を事前通告も無く
通過しました。
ドラゴンで、上空とはいえこれは明確な
領土侵犯にあたるかと」
それを聞いて、エンレイン王子様が立ち上がろうと
するが、
「しかし!
多数の我が国民が命を救われたのも事実……!
このロバウム侯爵、このまま話を収めて
頂ければ―――
この件を不問に付すよう、陛下にお願い奉る事を
お約束いたします」
そこで隣りで少し腰を浮かせていた彼は、
席に座り直す。
ただその顔は、とうてい納得のいくものでは
ないという表情だ。
要は―――
譲歩しているように見せかけた脅迫。
この落としどころでの解決を拒むのであれば、
領土侵犯をウィンベル王国に問うと侯爵は
言っているのである。
「上空でも領土侵犯になるのであれば、
連邦が先だ。
あの飛行物体を我が国へ飛ばしてきたのは
貴国ではないか。
あれを侵略と見なし、ドラゴンとワイバーンで
連邦へ反撃しても良かったと言われるのか?」
「ム……」
侯爵はライさんの指摘に一瞬怯む。
しかしすぐに口を開き、
「ですが―――
その飛行物体とやらは跡形もなく破壊
したのでしょう?
いわば証拠がありません」
今度はジャンさんが割って入り、
「獣人族の子供たちという証人がいるが」
「その者どもの処遇ならお好きに。
我が国の関知したところではございません」
証言、しかもその証人が子供だけならなおさら
証拠とするのは難しい。
そして実行犯は逃亡済み。
いくらでもシラを切れるのなら切り続ける
だろうな。
「第一、シン殿でしたか?
あの魔力収奪装置が作動する中、あなたは
意に介さず、まるで何事も無かったかのように
動いておられたとか」
いきなり私に矛先が向けられる。
ちょ、何で急に、と戸惑っていると続けて、
「あの決死隊の中には―――
マルズ国はおろか、連邦の中でも最高クラスの
『抵抗魔法』の使い手がいたのです。
それでも装置に触れるどころか、
設置された部屋まで行く事もかなわなかった。
本当にあなたは、そこまでの魔法・魔力を
持っておられるのですかな?」
「そんな事を言われましても……」
するとジャンさんが、侯爵の後ろに立つ
スキンヘッドの護衛二人を指差し、
「そういえばそこの2人……
思い出したぜ。
マルズ国の風雷―――
『風神』ナッシュ、
『雷神』クローザー。
ちょうどいいのがいるじゃねぇか」
「「…………」」
支部長に名指しされた二人は無言で答える。
「ちょうどいい、とはどういう事ですかな?」
侯爵が聞き返すと、対面のアラフィフの男
二人がニヤリと笑い、
「何、『万能冒険者』に疑問を持って
いるんだろ?
例えばそこの2人の風魔法と雷魔法―――
それをシンが『抵抗魔法』で打ち消せば、
少なくともそいつに対する疑問は晴れるよな?」
ジャンさんの後にライさんが続けて、
「もしシンの『抵抗魔法』が敗れたら、
先ほどの条件も受け入れよう」
その言葉に、ほんの一瞬だけロバウム侯爵が
目を見開き―――
すぐに元に戻ると、
「なるほど。
『万能冒険者』に、よほどの信頼を寄せて
おられるようですね。
しかしそちらだけ、しかも負ける事のみに
賭けさせるのはこちらの立つ瀬がありません。
いいでしょう。
もし我が国のナッシュ・クローザーの魔法を
打ち消す事が出来れば―――
疑った事を詫び、ウィンベル王国の要望について
陛下にお伝えいたします」
言明こそ避けたが、正式に賠償交渉に入るという
意味だろう。
「じゃーちゃっちゃとやろうか。
アルちゃん、人呼んで来よう!」
「そうじゃのう。
こういうのは観客が多いほうが良い」
「え?」
私の疑問の声など聞こえなかったように、
メルとアルテリーゼは部屋を出ていった。
「……人が多いですね」
1時間後――
冒険者ギルド支部の訓練場の中心で、
観客席に集まった、その光景をながめながら
侯爵は語る。
「これでも少ない方だぜ。
模擬戦ならこの3倍は集まる。
今回は証明と確認って事で、この程度で
済んでいるんだ」
ジャンさんの説明に呆れたのか、彼は
無言になる。
それでも100人くらいはいるだろうか。
助け出した獣人族の子供とその家族、そして
留学組の姿もチラホラ見える。
「それに、証人は多い方がいいだろう?
連邦の獣人族、それに我が国の貴族もいる。
ここで起きた事は隠せない―――
そう思って頂きたい」
「いいでしょう。
では、ナッシュ、クローザー。
遠慮はいりません」
そのライさんとロバウム侯爵のやり取りを最後に、
私と彼ら以外は舞台となった壇上を下りる。
「「…………」」
相変わらず護衛の二人は無言で―――
そこへ、レイド君とミリアさんの声が
拡声器で伝えられ、
『では、ナッシュ・クローザー両名は
シンから離れ―――
そこから、最大威力の魔法をシン選手へ
向かって放ってください』
『同時でも構いません。
シン選手からの攻撃は無し。
『抵抗魔法』のみ使用を許可します。
では、開始してください!』
ざわめきとは対照的に、場内が静まり返る。
すると、ナッシュさんは両腕を前に、
クローザーさんは片腕を上へと向ける。
布の中から露出したその肉体の一部は、
明らかに訓練されたそれで、魔法だけではなく
近接戦闘にも優れている事を表す。
その手の先に、光と風が現れ―――
「おー……」
ナッシュさんの周囲に、体にまとわりつくような
竜巻が、
クローザーさんが掲げた腕の上には、雷光を
まき散らす巨大な球体が形成される。
「(発動タイミング次第では、一瞬で
やられちゃうかもなー。
『攻撃』を条件にしてみるか。
魔力による、魔法による風や雷で攻撃など、
・・・・・
あり得ない)」
私は小声でつぶやき、その時を待つ。
「シン殿は―――
本当に大丈夫なのでしょうか」
観客席では、エンレイン王子がヒミコと
隣り同士で経緯を見守っていた。
「シン殿なら問題はない。
安心して見ているがいい」
その横の席で、シンの妻二人も、
「まー、自分の目で見ないと信じられない
かもね」
「すぐに終わるであろう。
ちと盛り上がりに欠けるがのう」
「ピュッ!」
「…………」
「…………」
舞台の上では―――
ナッシュとクローザーが、互いに目配せして
うなずく。
「(そろそろ来ますかね……)」
と私が思っていると、一瞬空気が揺らいだような
感覚がして、
「!」
目の前に光と暴風が出現し、思わず私は
顔を両腕でかばうようにして目を閉じる。
煙のような砂埃が舞い上がり、やがて
視界が晴れてくると、
「……!?」
「……!!」
そこには、声は出さず―――
ただ表情で驚きを表現する対戦相手がいた。
「な……っ、
何……です……と……!?」
目を丸くして驚いているロバウム侯爵の隣りで、
ライさんとジャンさんが、
「あー、もう終わりか。
やはり何つーか、地味だなあ」
「やっぱ模擬戦ほど盛り上がらねーよな。
侯爵様、どうする?
何ならまだ続けるか?」
いやもう止めて欲しいんですけど―――
私は懇願するように視線を彼らに送る。
しかし、ロバウム侯爵は即答出来ないでいた。
あの二人の魔法は、最大の魔力を込めて
行われたのは明らかで―――
それが、あのシンという冒険者に届く前に、
一瞬で散らされたように見えた。
正確にはシンに攻撃として向けられた瞬間に、
魔法が『無効化』されたのだが、それを彼が
知るはずもなく……
結果として『万能冒険者』は暴風に服を乱された
だけで立っていた。
「その……必要は……ありません」
彼はうめくように、賭けの敗北を受け入れた。