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第1節 千崎雄二『まだ、追えない』―4―
「奇遇だな。俺もお前のことは好きじゃない」
「千崎、てめぇ……!」
「三井。うだうだもっともらしい御託を並べてるが、結局のところ自分が雪絵を奪えなかった鬱憤を、俺に向けてるだけだろう?」
「――っ! この世界に身を置く人間が、了道の決定に逆らえねぇのはお前も分かってんだろ!」
「ああ、そうだな。けど……、だとしたらお前と俺は同罪だよ、三井。――お前は雪絵を、俺は百合香を選べなかった。ヘタレな男同士がここで雁首突き合わせてても何にもならんだろうがよ」
「……」
相良京介は、そこを逆らったからこそ今があるんだろう。その意味で言えば、三井も雄二も相手のことをとやかく言える立場ではないのだ。
「……俺は、雪絵と別れて百合香とやり直す」
「は?」
「オヤジがそれを許可した。――三井、そのうえで……お前はどう動くんだ?」
三井がハッとしたように雄二を見遣る。
「……百香がどうするかは分からない。けど……少なくとも雪絵は俺の手からは離れるってことだ」
三井の眉がわずかに動いた。
「だから、お前はお前でオヤジと話つけろ」
「……」
「今度こそ逃げるな」
低い声だった。
その声音に嘘がないことだけは、三井にも分かったのだろう。
二人の間で一口も手を付けられることのないままの煮付けが、静かに冷めてそこへあった――。
***
店を出た頃には、太陽はだいぶ西の空へ傾き始めていた。
長い影を引き摺りながら車へ戻った雄二は、シートベルトをしてエンジンを掛ける。
だが、すぐには発進しなかった。
三井の言葉が、妙に耳へ残っていた。
『お前が契約をかさに着た皺寄せを、百香に負わせるのは違うだろ』
そこは雄二としても胸の奥にずっと引っ掛かっているところだった。雪絵と自分はなんだかんだ言って己が選択した結果に翻弄されているに過ぎない。だが百香だけは――自らの意思とは関係なく、そんな両親の犠牲になっている。
そこを三井から指摘されたことが、胸の奥にチクリとした棘を落としていた。
(今度こそ、百香自身にどうしたいかを決めさせるべきだ)
だが、母親以外の女を愛した自分を、百香が許してくれるとは思えない。
了道からは、『てめぇにゃ悪いが、全ての責任はお前が負え。その方がきっと、百香は幸せになれる』と言われた。
どうやら雪絵は、百香に〝結婚の条件〟を伏せる決断をしたらしい。
何とも手前勝手なやり方だとも思ったが、両親のうちのどちらかが百香にとっての〝絶対的な安全圏〟になる必要があると考えるならば、案外その決断は得策なのかもしれない。それはきっと、今現在も娘に〝罪を隠し仰せている〟雪絵にしか、出来ない配役だ。
(だとすれば、俺が百香にしてやれるのは――)
そこまで考えて、無意識に小さく吐息が漏れる。
雄二は、その悶々とした気持ちを抑えたいみたいに、煙草へ火を点けた。
苦い煙が、ゆっくりと車内へ広がっていく。
(少し気持ちの整理が必要だな)
本当は今日中に雪絵とは片をつけたいと思っていた。だが、これから自分が百香へすることを思うと、娘を愛する父親としてはさすがに躊躇してしまう。
いつもなら窓を開けて換気するところだがそんな気にもなれず、そのままアクセルを踏み込んだ。
結局向かった先は、『雄相会』事務所だった。
そこへ行けば、皆へ土産話を持ち帰っている百合香に会える気がしたからだ。
***
披露宴の写真が映し出されたデジカメを囲み、雄相会の事務所は妙に浮き足立っていた。
コメント
2件
雄二が全面的に悪者になるってことかな
うわっ、この話、胸にくる重さがすごかった…。雄二が三井に「今度こそ逃げるな」って言うシーン、自分にも言い聞かせてるみたいでぐっときた。煮付けが冷めてる描写も、二人の間に流れる沈黙が目に浮かんで切なかったな。百香への想いと罪悪感、雄二の心の棘がリアルで苦しいけど、ちゃんと向き合おうとしてるのが伝わってくる…😢💔