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第1節 千崎雄二『まだ、追えない』―5―
「うわ、神田さん綺麗だな」
「バーカ、もう神田さんじゃねぇって」
「ああ、……相良さん、か? うわぁ。なんか馴染めねぇー!」
「芽生さんでいいだろ」
「いや、それもめっちゃ違和感あるわ」
「違ぇねぇ」
「なぁ、この写真! カシラ……じゃなくて……相良さん、顔怖すぎじゃねぇか?」
「……いや、これでも笑ってる方だろ」
誰かの笑い声。
酒は一滴も入っていないはずなのに、事務所には祝い事特有の浮ついた空気が漂っていた。
参列こそ叶わなかったものの、デジカメに映し出された披露宴の光景が、その場の空気ごと事務所へ流れ込んできたようだった。
百合香が会場へ来られない皆のために披露宴会場で写してくれた、写真の数々。
そこへ収められているのは、堅気となった相良京介と神田芽生の晴れ姿だった。
それが、事務所内をこんな温かな空気で満たしてくれている。
本来なら、わいわい騒いでいる皆の、その輪の中には百合香もいていいはずだった。
だが、いない――。
雄二が不在だったから、混ざりにくかったんだろうか?
百合香の顔が見たくてここへ来たというのに、何とも期待外れだ。
(あとでマンションへ行って、ねぎらいの言葉をかけよう)
そうして百合香の柔らかな身体を抱きしめて、これから自分がしようと思っていることを、聞いてもらうのだ。
百香のことを思うと気が重いが、それさえ乗り越えれば遠い昔に掛け違えた、百合香と自分の未来をひとつにする、幸せな報告になるはずだった。
そんなことをぼんやり考えながら、雄二はひとまず事務所の奥へ歩を進める。
「……カシラ、お帰りなさい」
雄二へ気付き、構成員たちが慌てて姿勢を正した。
「ああ、ただいま。――随分にぎやかだな」
「すんません。百合香さんから結婚式の写真預かってて」
気まずそうに言い訳する若い構成員へ、雄二は「そうか」とだけ返した。
「今日くらい酒でも買ってきて皆で楽しめ」
言って、財布から数枚万札を取り出して一番近くにいた男へ渡せば、「いいんですか!?」と嬉しそうな顔をする。
「ああ、今日ぐらいはな――」
そこでふとここへいる面々を見回した雄二は、佐山がいないことに気が付いた。
「……佐山は?」
「え?」
「百合香と一緒にデジカメ持って帰って来たんだろ?」
「あー、佐山なら……百合香さんを送っていくって言ってたんで……」
雄二の眉がわずかに寄る。
「まだ戻ってないのか?」
「そう言われてみれば遅すぎっすね」
結婚披露宴後、ここへ立ち寄って百合香をマンションまで送り届けたとしても、十分往復して帰ってこられているはずの時間が経過していた。
(何かあったのか――?)
雄二は胸ポケットからスマートフォンを取り出すと、百合香へ電話を掛けた。
だが、『おかけになった電話番号は、電源が切られているか、電波の届かないところに……』などと無機質なアナウンスを伝えてくる。
相良たちの式に参列するために、電源を切ったまま付け忘れている可能性もある。
でも、百合香はそういうところも、割としっかりしている女だ。
(……嫌な予感がする)
佐山は三井の舎弟だ。
雄二は妙な胸騒ぎに突き動かされるように、事務所をあとにした。
***
事務所の外へ出ると、佐山が車のそばへ幽鬼のように覇気のない様子で立っていた。
雄二が戻ってきたときにはいなかったから、今しがた帰って来たところなんだろう。
普通ならすぐにでも事務所へ入るところだろうに、ドアを閉めたと思しき体勢のまま何をするでもなく、ただ黙ってぼんやりと車の方を見つめている。
「佐山」
雄二が声を掛けた瞬間、佐山がびくっと身体を跳ねさせた。
「……カシラ、すみません!」
「いきなりどうした」
低い声で問えば、佐山は少し迷うように視線を伏せたあと、静かに口を開いた。
「……百合香さんに……俺……」
その瞬間、胸の奥がざわりと騒いだ。
「……百合香に何をした」
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低い声だった。
佐山の顔色が変わる。
「お、俺……」
言い淀む姿を見た瞬間、嫌な予感が確信へ変わった。
コメント
2件
ゆりかに何をした? が凄みがあっていい!
おお、第81話読了。冒頭の事務所メンバーのやり取り、いいですね。披露宴の写真を囲んで「神田さんじゃねぇ」「芽生さんでいいだろ」って水かけ合う空気感、普段のシリアスな展開とのギャップで心が温かくなりました。でも、そこに百合香さんがいないという違和感と、佐山の挙動不審…「百合香に何をした」の一言で一気に空気が変わる。嫌な予感を確信に変える雄二さんの直感の描写が凄く生々しくて、続きが気になりすぎます。完成度高いなあ。