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音楽教員としてスクールカウンセラーとして、相談者の学生の管理はもちろん、身体の健康も考えなくてはならない
たぶんこの子は私の言うことを聞かない。そして軽い気持ちで体験させてあげるよと相手の男の子もいるのだ
アリスは無力感をかみしめながら、デスクの一番上の引き出しからコンドームを一袋取り出した
フィジーと同じように相談にやってくる生徒に、せめて妊娠と病気を防ぐために渡せるように、学校側が用意してるのだ
「フィジー・・・・これを渡すのは本当に気が進まないのよ・・・あなたの決心も変わりそうにないから、だからってそれを認めるつもりもないし、許したわけでもないわ 」
諦めたように言う
「でもみすみす無防備と知ってて、放っておくわけにもいかないわ。相手の男の子だって遊びで身を投げ出す女の子の体まで気遣ってはくれないもの 」
アリスはきつめの口調で言った
さすがのフィジーも初めて見たであろう、コンドームを両手で持ってマジマジと見つめていた
頬を染めてコンドームをポケットに入れて、立ち上がって出て行こうとしたフィジーが、ふと足を止め心配そうにアリスを振り返った
「あの・・・このこと・・・親には・・」
「言うわけありませんよ・・・それにあなたはもう親の同意なしに結婚できる歳だわ」
フィジーはパッと明るい笑顔を見せた
「ありがとう!アリス先生!先生に言われたことをもう一度考えてみる!約束します!じゃ!また新学期で 」
そう言うとフィジーはスキップして、カウンセラー室の外へ飛び出して行った
アリスは暫く丸椅子に座ったまま、大きくため息をついた。そして机の上に伊達メガネを外して置いた
ひょっとしたらフィジーの考えの方が正しいのかもしれない
私の頭が固すぎるのね・・・あまりにもロマンチストでそのうえ・・・極端に用心深くて・・・
自分もフィジーのように学生時代に、ボーイフレンドとある程度遊んでいたなら、男性を見る目も養われたかもしれない
いつまで私は愚かで世間知らずなのかしら。セックスを単なる体の結びつきではなく、どうしようもなくその人を愛したら、ごく自然の成り行きでそうなると信じていることが・・・・
途端にアリスは成宮北斗を思い出した。思わず頬が熱くなる
あれはアリスの人生の中で最も刺激的な出来事だった
不思議な事に彼と松竹座のボックス席で、隠れるようにキスをしてから・・・・
鬼龍院にも・・・他の男性にも触られることが我慢ならなくなった
それからあまりにも不躾なアリスの態度に、鬼龍院は困惑し、母は激怒した
そして何日もかけて母との激しい攻防戦の後、アリスは母に勘当される代わりに、鬼龍院との婚約を解消した
スクールカウンセラー室の鍵を閉めて、職員室までの列柱の連なる回廊をゆっくり歩く
この学園は百年前の教会を改装して出来た学園で、所々に昔の美しい教会の建物の名残がある
空を見ると日本ではお目に罹れないオレンジ色の尖塔せんとう(三角に尖った屋根)が美しく、建物を見る度日本ではない、遥か遠くへ来たと改めて思う
モンマルトルの小高い丘に建設されている歴史ある、この女子寄宿学校は。まるで時が止まったみたいに、アリスが在学時代と少しも、変わらない空気を醸し出している
あの頃はフィジーと同じ制服に身を包み、学友とまだ見ぬ運命の相手との理想の恋愛話を夜通し話したものだ
優雅な母校の回廊を渡り、そこから見渡せるお気にいりの景色を見つめた
パリの曇り空は段々と赤く染まり、眼下には息を呑む景色が広がっている
オレンジ色の連なる屋根の向こうに、モンマルトルの小道が細く曲がりくねって絵画のようだ
街への下り坂沿いにはまだ葉をつけぬ。銀杏の木がまばらに立ち並んで、パリの広い通りや大きなマーケット広場へと繋がっている
まさか自分が25歳になっても独身者だなんて、思ってもみなかった
あの頃ここで一緒に学んだ学友はほとんどが母親になっている
アリスは立ち止まり、アーチ状になった柱の手すりに両肘をついてもたれた
丘から急こう配を下った所に広がっている。パリの平坦な街を見下ろし、北斗の事を考える
ずいぶんと北斗あの人と離れてしまったものだわ・・・・・
彼にキスされて以来、生まれて初めてお母様に逆らった、自分がこんな事が出来るなんて信じられなかった
たとえ梅毒に感染していなくても、鬼龍院なんかもう顔も見たくなくなった
だが日本にいればお母さまがなんとか鬼龍院と結婚させようとするに違いない
なのでアリスはここへ逃げて来た
ありがたくもこの学園での教職に付いてからは、穏やかな生活を送れている
とにかく彼とのあのキスが、今までお人形だったアリスをこれほどの行動派に変えてしまったのだ
そして彼に一通だけ手紙を書いた何時間もかけて・・・何枚も書き直したものだ
本当は自分にこれほどの行動を起こさせた、彼に感謝を言いたかったし、ウソでも求婚してくれたことが嬉しかった
アリスは唇をキュッと噛んだ
彼は・・・・
私を綺麗と言ってくれたわ・・・お世辞じゃなく・・・
信じられないけど、私の財産にも興味がないと言ったわ・・・
あの目は嘘をついている目じゃなかった・・・
それにあのキスは異次元だった
あんな人初めて・・・・