婚約者であるガラルト様に呼び出された私は、彼の屋敷の客室に通されていた。
部屋に入ってすぐ、その部屋には先客がいることに気付いた。しかし、その人物は知らない人である。身なりからして貴族ではあるが、このザルパード子爵家の人間ではない。
「えっと、あなたは?」
「ああ、僕はラルード・エンティリアと申します」
「エンティリア……伯爵家の?」
「ええ、恐らくそのエンティリア伯爵家です」
私の質問に、男性はハキハキと答えてくれた。
どうやら、彼は私より状況を理解しているらしい。なんというか、彼には少し余裕があるのだ。
「私は、アノテラ・ラーカンスと申します。ラーカンス子爵家の長女です」
「なるほど、あんたはこのザルパード子爵家の誰かと婚約関係が?」
「ええ、長男であるガラルト様と婚約しています」
「そうですか……」
私の説明に、ラルード様は頬をかいた。
彼は、気まずそうな顔をしている。よくわからないが、私がガラルト様と婚約していることに、何かしらの不都合でもあるのだろうか。
「先に申し上げておきますが、これからきっと良くないことが起こります」
「良くないこと?」
「ええ、僕はロナメア・セントラス伯爵令嬢と婚約しています。僕は今日、彼女にここに来るように言われたのです。話がしたいと言われてね」
「……なんですって?」
ラルード様の説明に、私はかなり驚くことになった。
彼がここに来た理由が、あまりにも奇妙だったからである。
例えば、ラルード様がガラルト様の友達でここに呼ばれたということなら理解できる。しかし婚約者から、他家に呼び出されるとはどういうことなのだろうか。
「おっと、もう揃っていたか」
「あ、ガラルト様……」
そんなことを考えている内に、部屋に見知った男性が入ってきた。
それは婚約者のガラルト様だ。しかし彼の隣には、私の見知らぬ女性がいる。
ただ、それが誰であるかは予想がつく。恐らく、彼女がロナメア・セントラスなのだろう。
「ラルード様、今日はわざわざありがとうございます」
「いいえ、特に問題はありませんよ、ロナメア嬢」
ラルード様との会話によって、彼女が誰であることは確定した。
そのロナメアが、どうして私の婚約者と一緒にここに来たのか。その理由がなんとなく理解できてきて、私は頭を抱える。
「アノテラ、とりあえず座ってくれ。今日は君に大切な話があるんだ」
「大切な話、ですか……わかりました。えっと、私はこっち側に?」
「ああ、そっち側だ」
私は、ラルード様の隣の椅子に座った。するとその向かいに、二人が座る。
それは、明らかに異常な状態だ。本来であれば婚約者同士が隣に座るべきだろう。
その状況から、私は何が起こっているかを理解し始めていた。
「さて、何から話すべきだろうか。いや、回りくどいのは良くないか。単刀直入に言おう」
「ええ、そうしましょうか。回りくどいのは、お二人に失礼ですもの」
ガラルト様とロナメア嬢は、見つめ合いながらそのような会話をしていた。
既に回りくどいのだが、二人はそのようなことは気にしていない。どうやら二人の世界に入っているようだ。
そんな様子に、私は隣にいるラルード様と顔を見合わせた。彼も同じ意見であるようだ。
「ガラルト殿、用件を早く話していただけないでしょうか?」
「おっと、ラルード伯爵令息、申し訳ない。ただ、あなたに用があるのはロナメアの方です。私が用があるのは、あくまでアノテラ、君だ」
「ええ、そうなのでしょうね」
ラルード様の言葉によって、ガラルト様の視線がこちらに向いた。
それと同時に、ロナメア嬢の視線がラルード様に向く。二人はそれぞれの婚約者に、何か言いたいことがあるようだ。その内容は、正直大体予想できる。
「アノテラ、僕は君と婚約破棄したいと思っている」
「ラルード様、私はあなたと婚約破棄したいと思っています」
二人は、示し合わせたように同じような言葉を発した。
その内容に、特に驚きはない。これまでの二人の様子から、そういった類の話であることは容易に予想できていたのだ。
「えっと、それはつまり二人が?」
「ああ、ばれていたか。実の所、僕とロナメアは相思相愛なのだ」
「相思相愛ですか……」
「お二人には申し訳ないと思ったのですけれどね。でも、やっぱりこの想いを秘めたままにしておくことはできそうにないのです」
ロナメア嬢は、愛おしそうにガラルト様の方を見る。すると、それに応えるように、ガラルト様が笑った。
まるで私達がいないかのように、二人は熱っぽい視線を向け合っている。このまま口づけでもするのではないかという勢いだ。
二人が懇意にしているということは、非常によくわかった。なんというか、彼らの間に誰かが入り込む余地はなさそうだ。
「アノテラ嬢、どうやら我々はお二人にとって邪魔ものであるようだ」
「ええ、そのようですね……」
ラルード様の言葉に、私はゆっくりと頷いた。
彼の言う通り、これ以上ここにいても無駄だろう。この二人に何を言ったって、婚約破棄は覆らないはずだ。
そもそも、覆すやる気も出ない。別にガラルト様に好感を抱いている訳でもないし、もうささっと帰らせてもらおう。
「おや、もう行くのかい?」
「見送りは結構です」
「ロナメア嬢、こちらも同じです」
「そうですか? わかりました。ラルード様、お元気で……」
それだけ伝えて、私とラルード様は客室から出た。
そんな私達の後ろからは、親しげな男女の声が聞こえてくるのだった。
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