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コメント
1件
おお…これ、めっちゃ熱いやつやん🔥 冒頭の絶望感からの、防具屋のトウヤにガチ論破される展開、痺れたわ。「鎧がお前を♡♡♡てる」ってあの切り返し、かっこよすぎるやろ。 で、着けた瞬間に“世界が変わる”感覚の描写がエモすぎて、読んでてこっちまで息しやすくなった気がした(笑)。 最後の戦闘シーンの解放感、やばかった。鎧外しただけでここまで変わるんやなって。 続きめっちゃ気になるわ! 次も楽しみにしてる🔥
激しい雨が降りしきる。
泥に足を取られ、視界は灰色に霞んでいた。
荒い息が、開いた口からとめどなく漏れ出る。
肋骨が軋むほどの痛みが内側から突き上げていた。
目の前には、巨躯を揺らすオーク。
手にした愛剣は、まるで鉛を呑み込んだように重い。
かつて「踊るような」と称された剣筋の面影は欠片もなく、泥を這うような鈍い軌道しか描けなかった。
オークの丸太のような豪腕が振り下ろされる。
躱せない。
足が、縫い止められたように動かない。
「……息が、続かない。腕が上がらない。私の剣は、いつからこんなに重く、鈍くなった……!」
防ぐべく掲げた剣の腹に、オークの重い一撃が直撃した。
全身の骨が悲鳴を上げる。
硬く平らな分厚い胸当てに激しい衝撃が走り、耳障りな音とともに鉄の表面が割れた。
視界が反転する。
背中から泥水に叩きつけられ、肺から空気が搾り出される。
泥の嫌な味が口の中に広がった。
霞む視界の先、オークが再び得物を振り被るのが見えた。
後方には、まだ撤退を終えていない若い兵士たちがいる。
私がここで倒れれば、あの防衛線は崩壊する。
奥歯が砕けるほどの力で歯を食いしばり、泥を掴む。
「くそっ……こんなところで、負けるわけには……!」
無理矢理に身体を立たせ、欠けた刃を構え直す。
血と泥に塗れながら、獣のように吼え、再び目前の巨体へと飛び込んでいった。
〇
肺の奥で血の匂いが燻っている。
都市グランベルの裏路地。
冷たい雨が、ひび割れた胸当ての隙間から這い入り、重い身体から体温を奪っていく。
裏通りにひっそりと佇む防具屋。
その古びた木扉を、半ば蹴破るようにして押し開けた。
蝶番が激しく軋む音とともに、薄暗い店内へ転がり込む。
カウンターの奥には、ランプの仄暗い光に照らされた男がいた。
少し長めの黒髪を無造作に結わえ、仕立て職人用のシックなレザーエプロンを纏った男は、手元の布地を裁断する手を止めることさえしなかった。
濡れた髪から滴る雨水が、床板に黒い染みを作っていく。
私はひび割れ、ひしゃげた胸当てを強く押さえ込みながら、刃が毀れた愛剣をカウンターの上に叩きつけた。
「頼む、今すぐこの剣を打ち直してくれ! 前線の防衛網が抜かれた、じきに街に魔物が来る!」
声は、自分でも驚くほどに掠れ、震えていた。
男はゆっくりと顔を上げた。
その鋭く理知的な黒い瞳が、私を一瞥する。
そこに、泥と血に塗れた瀕死の客を案じる色は微塵もなかった。
「……足を引きずっていますね。それに、呼吸のテンポが異常に浅い」
淡々とした、氷のように冷たい声。
こめかみの奥で激しく脈が打つ。
視界の端で、赤黒い混濁が明滅した。
「剣の直しの話をしているんだ! 金ならいくらでも払う!」
カウンターに身を乗り出し、声を張り上げる。
その反動で、ひび割れた胸当てがさらに肉に食い込み、呼吸が引き攣った。
男は叩きつけられた剣に目もくれず、カウンターの奥から静かに歩み出た。
無駄のない、滑らかな足運び。
彼の黒い瞳が、私の顔から首筋……、そして、ひび割れた胸当ての周辺へと滑り降りる。
背筋に粟が立つ。
「なっ……! 貴様、どこを見て……!」
咄嗟に身構え、胸元を隠すように腕を交差させる。
「剣の刃毀れなど些事です。問題は……あなたのその無惨に押し潰された大胸筋だ」
男の口から出たのは、冷淡な宣告だった。
「防御力以前の問題だ。その平らな鉄板が、クーパー靭帯に致命的なダメージを与え、大胸筋の可動域を27%も殺している。ただの拷問器具ですね」
言葉の意味が、脳内で上手く結像しない。
胸当ては、分厚く、硬く、平らであればあるほど攻撃を弾く。
それが、この過酷な辺境を守り抜くための唯一の正解だ。
「防具は分厚く硬い方がいいに決まっている! それが常識だ!」
叫び返す私の声を、男は瞬き一つせずに切り捨てた。
「だから、あなたは今日死にかけた」
息が詰まる。
喉の奥に鉛が詰まったように、言葉が出てこない。
呼吸が浅い。
剣が振れない。
身体が重い。
そのすべての原因が、己を守るはずのこの鎧にあるというのか。
「……じゃあ、どうしろと。私から剣と鎧を取ったら、何も残らない……!」
乾いた唇から零れ落ちた音は、ひどく掠れ、震えていた。
男は無言のまま、首から下げていたメジャーに手を掛けた。
シュルリ、と。
絹を裂くような乾いた音が、薄暗い店内に響く。
引き伸ばされた黄色の帯が、私の顔の高さまで迫る。
気迫に呑まれ、思わず一歩、後ずさる。
「明日も生きて剣を振りたいなら、今すぐその鎧(ガラクタ)を脱ぎなさい」
「は……?」
耳を疑う宣告に、心臓が大きく跳ね上がった。
「私が、あなたの本当のサイズを測ります。ミリ単位の狂いもなく、完璧にね。――申し遅れました。私はトウヤ。この店の主です」
ランプの灯りが、彼の持つメジャーの目盛りを鈍く照らし出す。
熱が、一気に顔中へ集まっていくのが分かった。
〇
店の奥に設けられた、厚い布で仕切られた着替え用の空間。
私は泥と血に塗れた革の上着を、ゆっくりと脱ぎ捨てた。
重苦しい沈黙の中、衣擦れの音だけがやけに大きく響く。
続いて、肌に張り付いた汗だくのインナーに手を掛ける。
指先が微かに躊躇いを覚えた。
男の前に、無防備な素肌を晒すことへの本能的な羞恥。
だが、トウヤの目には、一切の下心が窺えなかった。
ただ冷徹な職人としての、有無を言わさぬ底知れぬ気迫だけが、私に拒絶を許さなかった。
意を決し、インナーを滑り落とす。
「……っ」
咄嗟に腕を交差し、胸元の双丘を隠すように身をすくめた。
顔から火が出そうなほど熱い。鼓動が早鐘を打ち、全身の毛穴が粟立つのを感じる。
しかし、トウヤは私の羞恥などまるで気にも留めていない様子だった。
「ひどいな……これは」
抑揚のない声の奥に、確かな怒りが滲んでいた。
彼は無遠慮に近づくと、私の素肌に素早くメジャーを這わせていく。
ひんやりとした布地が肌を滑る感触に、思わず肩が跳ねた。
「トップ96、アンダー68……胸部上部の筋肉に深刻な圧迫痕。肋骨の動きも著しく制限されている」
呪文のように数値を読み上げながら、トウヤは眉をひそめた。
彼の視線の先には、硬く平らな胸当てに長年押し潰され、擦れて赤黒く変色した痣や傷跡があった。
「……っ、見ないでくれ!」
たまらず声を張り上げ、顔を背ける。
「騎士たる者が、こんな醜い傷跡を……!」
女性としての柔らかな曲線を否定し、無理やり平らな鉄板に押し込めてきた結果だ。
それをまじまじと見られるのは、己の愚かさを暴かれているようで耐えられなかった。
「醜い? 冗談を」
トウヤは手を止めることなく、冷淡に言い放った。
「これほど美しく鍛え抜かれた広背筋は、私の記憶にもそうはいません。無駄な脂肪が削ぎ落とされた、至高の芸術だ。……それを台無しにした、あの『鉄屑(胸当て)』の設計者は万死に値しますがね」
はっとして彼を見上げる。
だが、トウヤはすでに興味を失ったように身を翻し、足早に工房の作業台へと向かっていた。
手元には、透き通ったゼリーのような糸と、髪の毛ほどに細く銀色に輝く金属線。
見たこともない素材が、彼の鮮やかな手つきによって、またたく間に見慣れない形状の衣服へと編み上げられていく。
それは、胸を包み込むような杯状の構造と、背筋を支える帯状の布が複雑に絡み合った、奇妙なほど立体的な下着だった。
「着けてみてください」
差し出されたそれを、言われるがままに身に纏う。
背中のホックが留められた瞬間、世界が変わった。
「あ……」
背筋が、まるで見えない糸で引き上げられるように自然と伸びる。
胸の重みが分散され、全身を支えられる感覚。
「息を吸ってください。……どうです?」
促されるままに、深く息を吸い込む。
肺の奥深くまで、淀みなく大量の空気が流れ込んでくる。
身体の内側から力が湧き上がってくるのが分かった。
「嘘……息が、深く吸える……。背中も、全然重くない……っ」
信じられない思いで、自身の胸元に手を当てる。
痛みが消え、身体が羽のように軽い。
「クーパー靭帯への負荷をゼロにし、肩甲骨の可動域を完全に解放しました。それが、あなたの本来の『呼吸』です」
トウヤが何を言っているのか、正確な意味は分からない。
だが、今の私がかつてないほどに完璧な状態であることだけは、戦士としての本能が理解していた。
感動に浸っていたその時――。
激しい警鐘の音が、夜の街に響き渡った。
「……っ! オークの群れが、職人街に!」
反射的に私は、足元に脱ぎ捨てられていた『平らな胸当て』と、刃毀れした『重い長剣』へと手を伸ばした。
パァン!と。
小気味良い音が響き、私の手はトウヤによってピシャリと弾き飛ばされた。
「なっ……」
「その鉄屑は置いていきなさい。また自ら『呪い』を被る気ですか」
厳しい声とともに、トウヤは壁に立てかけられていた一振りの剣を私に放り投げた。
それは、ありふれた細身の剣だった。
およそ重装の騎士が振るうような代物ではない。
「こんな薄着と、オモチャみたいな軽い剣でどうやってオークを倒せと!?」
「装甲の窮屈さを『武器の重さと遠心力』でごまかす力任せの戦い方は、もう終わりです」
トウヤは、私の反発をあっさり切り捨てる。
「今のあなたの可動域なら、そんな軽い剣でもオークの急所を正確に穿てる。あなたの身体そのものが、今や最高の兵器なんですよ」
その黒い瞳には、確信が宿っていた。
私は奥歯を噛み締め、投げ渡された軽い剣を握り直す。
インナーの上に薄手のシャツを羽織っただけの軽装で、雨の降りしきる通りへと飛び出した。
すぐ目の前に、血走った眼で咆哮するオークの巨体が立ち塞がる。
怖い。鎧がない。武器が軽い。
だが、地を蹴り、オークの懐へと飛び込んだ瞬間、私は自分の身体に起きた決定的な変化を悟った。
――剣が、空気を裂くように軽い!
違う。武器が軽いからじゃない。
私の身体が……羽みたいなんだ!
上半身を縛り付けていた鎧のつっかえが消えたことで、腕が信じられないほど遠くまでしなやかに伸びる。
呼吸が乱れない。酸素が筋肉の隅々にまで行き渡り、関節のバネが野生の獣のように躍動する。
オークの丸太のような腕が振り下ろされる。
かつての私なら、重い剣で受け止めるしかなかったその一撃。
私はそれを、紙一重の踏み込みで躱した。
圧倒的なスピードでオークの死角へと回り込む。
重い剣で「叩き斬る」必要などない。
刃毀れ一つない軽い剣先が、狂いなくオークの膝関節の隙間を裂き、そのまま流れるような軌道で太い首の動脈を縫い貫いた。
どろり、と。
巨体が糸の切れた人形のように崩れ落ちる。
わずか数瞬の出来事だった。
続く二体目、三体目。
私は水を得た魚のように街を舞い、瞬く間にオークの群れを血の海に沈めていく。
「ゴルルルォォォッ!!」
群れの奥から、鼓膜を劈くような咆哮が轟いた。
道を塞ぐように姿を現したのは、通常の倍はあろうかという巨躯を誇るハイオークだった。
全身を分厚い鋼の鎧で覆い、身の丈ほどの巨大な戦槌を軽々と担いでいる。
先頭に立つボスの登場に、浮き足立っていたオーク達が狂乱の雄叫びを上げた。
ハイオークが、地鳴りを響かせて突進してくる。
振り上げられた巨大な戦槌が、風を圧して私へと迫る。
まともに受ければ、この細身の剣ごと身体が粉砕されるだろう。
だが、今の私に焦りはなかった。
深く、肺の底まで冷たい空気を吸い込む。
かつての平らな胸当てでは、決して到達できなかった深い呼吸。
酸素が血流に乗り、全身の細胞へと行き渡る感覚。
それが合図となった。
――ドクンッ!
胸の奥で、膨大な闘気(オーラ)が爆発的に燃え上がる。
「シィィッ……!」
呼気と共に、ありったけの闘気を細身の剣へと注ぎ込む。
量産品の脆い剣身が、眩いエメラルドグリーンの光を纏い、必殺の一振りと成る。
戦槌が振り下ろされる寸前。
私は関節のバネを全開にし、地を爆発的に蹴った。
重装のハイオークには決して捉えられない、三次元的な跳躍。
宙を舞いながら、私は光を纏った剣を、ただ一閃。
「はあああぁぁッ!」
闘気によって極限まで鋭さを増した刃が、ハイオークの分厚い鋼の鎧を紙切れのように両断し、その強靭な肉体を袈裟懸けに切り裂いた。
ズガァァァンッ!!
轟音と共に、ハイオークの巨体が真っ二つに分かれ、泥の海へと沈む。
ボスの呆気ない敗北を前に、周囲のオークたちは完全に戦意を喪失した。
悲鳴のような鳴き声を上げながら、我先にと暗闇の彼方へと逃げ散っていく。
「おおぉぉっ……!」
「勝った……騎士様が、群れを追い払ってくれたぞ!」
物陰に隠れていた街の人々から、どよめきと歓声が湧き上がる。
私は深く澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込みながら、エメラルドグリーンの残滓を散らす剣をゆっくりと下ろした。
震えが止まらない。
これが、私の本当の力。
私は雨が上がり始めた夜空を見上げ、歓声の中で静かに己の解放を噛み締めていた。
○
澄んだ鐘の音が、静かな裏通りに響いた。
数日前のオーク襲撃の喧騒が嘘のように、昼下がりの職人街は穏やかな空気に包まれている。
「いらっしゃいませ。……おや」
カウンターの奥で作業をしていたトウヤが、顔を上げる。
彼の手元には、淡く透き通るような光を放つ小型の魔力炉が稼働していた。
店に足を踏み入れた私は、布に包んだずっしりと重い荷物をカウンターに置いた。
「……邪魔するぞ」
「これはこれは、先日は見事な戦いぶりでしたね。で、本日はどのようなご用件で? その布の形からして、刃毀れした『元・愛剣』の修理ですか?」
トウヤは手元の作業を止めず、丁寧だがどこか冷徹な声で問いかけてくる。
「『元』ではない、今も大事な愛剣だ。……修理を頼みたいのは確かなのだがな」
「防具屋に剣を直させるとは、騎士団の鍛冶場はよほど腕が悪いと見えます」
「貴様の腕が規格外なだけだ。……それに、今日は剣の修理だけではない」
私はコホンと一つ咳払いをして、カウンター越しにトウヤの顔を見据えた。
彼の鋭く理知的な黒い瞳が、私の顔からゆっくりと下へ――胸元へと滑り降りる。
「ほう? フィッティングに問題でもありましたか。クーパー靭帯へのサポートに違和感が? それとも、胸郭が完全に開いたことで、アンダーの数値に変化が……」
「い、いきなり胸の話に繋げるな! メジャーを出そうとするな!」
首から下げたメジャーに手を掛けたトウヤを、咄嗟に怒鳴りつける。
この男は、隙あらばスリーサイズを測ろうとするきらいでもあるのか。顔に熱が集まるのを感じながら、私は声を潜めた。
「……その、替えだ」
「替え?」
「あ、あの下着……極めて動きやすく、息も吸いやすいゆえ、訓練中も常に着用していたいのだが……一着しかないから、洗濯すると乾くまで着られないではないか!」
「なるほど」
トウヤはメジャーから手を離し、深く頷いた。
「確かに、毎日連続で着用しては生地の伸縮性が劣化し、理想的なバストホールドを維持できなくなります。ローテーションを組むのは機能美を保つ上での基本。私の説明不足でしたね」
「……なぜ貴様の口から出ると、防具の整備手順みたいに聞こえるんだ」
私の呆れたようなツッコミを涼しい顔でスルーし、トウヤは羊皮紙と羽ペンを手にした。
「それで、追加のインナーは何着ご所望で?」
「い、一週間の着回しを考えて……追加で五着、頼む」
「承知しました。では、念のためもう一度、ミリ単位での再採寸を――」
「だから、なんでそうなるのよ! サイズはこの前測ったばかりでしょ!」
あ。
叫んだ瞬間、しまったと思った。
動揺のあまり、素の口調が飛び出してしまった。
頬が更に熱を帯びるのがわかる。
しかし、目の前の防具職人は私の恥じらいなどまるで意に介した様子もなく、ただ淡々とメジャーの目盛りを見つめている。
「人間の肉体は日々変化します。完璧な機能美を提供するためには、常に最新の数値が必要なのですよ。まぁ、いいでしょう、そちらのソファでお待ちください」
顔を真っ赤にした私を尻目に、トウヤは涼しい顔で工房の奥へと歩き出す。
どうやら、この店との縁は、これから先も長く続いていくことになりそうだ。