テラーノベル
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休日の昼下がり。辺境都市グランベルの職人街の片隅にある「隠れ家防具店トウヤ」のカウンターで、私、レオナ・ヴァレリウスは淹れたてのハーブティーを堪能していた。
トウヤの作ったインナーのおかげで、長年の悩みだった胸の圧迫から解放され、私の体調はすこぶる良い。
そこへ、カランと無駄に勢いよくドアベルが鳴った。
現れたのは、月明かりを溶かしたようなプラチナブロンドのロングヘアに、深いアメジストの瞳を持つエルフの少女。王立魔法学園の最年少特級導師、フェリア・ルミナスだった。
彼女は、大魔女としての威厳を示すためなのか、胸元が大きく開いた派手なローブを纏い、こぼれんばかりの巨乳をこれみよがしに誇示しながら、肩で風を切って入ってきた。
「ごきげんよう、愚民ども! この天才魔術師フェリア・ルミナスの規格外の魔力に耐えうる、最高級のローブを作ってもらいに来て——って、なんで脳筋女がこんな所にいるのよ!」
芝居がかった高飛車な口調で言い放ち、私を見て目を丸くするフェリア。
「ふん、相変わらず無駄に重そうな見栄をぶら下げて……。ここは本物の職人の店だ、お前のような小娘の来るところじゃない」
私はわざと大きな音を立ててティーカップを置き、鼻で笑った。
あの重力に逆らうようなデカい胸を見るだけで、かつて窮屈な胸当てに押し込められていた記憶が蘇って肩が凝りそうになる。それに、顔を合わせるたびにキャンキャンと噛み付いてくるこの生意気なエルフとは、どうにも反りが合わなかった。
フェリアは自慢の豊満な胸をさらに反らせて、フンと鼻を鳴らした。
「ふふん、嫉妬はみっともないわよレオナ。この圧倒的な魔力の象徴は、エルフの誇りにして選ばれし者の証! さぁ店主、私のこの素晴らしいプロポーションと魔力にふさわしい装備を見繕いなさい!」
威嚇するように指先を弾き、チロチロと小さな炎の魔法を顕現させてみせた。
すると。
「……なるほど。あなたの魔法の不調、原因がわかりましたよ」
カウンターの奥から、トウヤが一切の感情を交えない声で応じた。
「店主のトウヤと申します。どうぞ、奥へ」
○
(ふふん、当然ね。わたくしの圧倒的な才能と魔力に、この下民の職人も平伏したに違いないわ!)
わたくしは内心で勝ち誇りながら、重い胸を揺らして案内された小部屋へと足を踏み入れた。そのとき、ずしんと腰に鈍い衝撃が走る。
(……うぐっ)
立ち止まるだけで肩にずしりと重い負担がのしかかる。息をつくたびに胸の奥が圧迫され、呼吸が苦しい。最近は学園で教鞭を振るうときにも魔法の詠唱が上手くいかない。
けれど、これはきっとわたくしの強大すぎる魔力のせいなのだ。決して、無理をして身につけているこの装備のせいなんかじゃない。ええ、絶対に違うわ。わたくしの才能が規格外すぎるから、普通のローブでは窮屈すぎて耐えきれないだけなんだわ……っ!
そう、自分自身に強く言い聞かせる。
しかし、密室に入り扉が閉まった瞬間、トウヤの黒い瞳が、品定めするかのように鋭く細められた。
「ローブの質など関係ない。あなたの不調は、その胸に詰め込んだ『重さ五キロの石ころ』が原因です」
「なっ……!?」
思わず、声がひっくり返った。
「あ、あなた、何を根拠に!」
トウヤは首から下げたメジャーを弄りながら、早口でまくし立てた。
「根拠ならあなたの身体が叫んでいますよ。まず、その不自然な重心のブレだ。前方の過剰な重量を支えるため、常に上体を反らしている。その結果、大腰筋が過緊張を起こし、歩行時の足の運びに無駄が生じている」
「そ、それは……っ! わたくしがエルフとして常に優雅な姿勢を保っているからよ!」
私は必死に声を張り上げたが、トウヤの表情はピクリとも動かない。
「優雅? 悲鳴を上げる腰を庇って不格好に歩く姿がですか? 次に呼吸の浅さ。先ほどの魔法の発動時、詠唱と発動の間に〇・四秒のラグがありましたね」
「と、当然よ! わたくしの膨大な魔力を顕現させるには、それくらいのタメが必要なの! むしろ早いくらいだわ!」
「いいえ。単に息が吸えていないだけです」
「んなっ……!?」
「あなたは胸元を大きく見せるため、晶魔級の魔力増幅石を『パッド』として仕込んでいる。晶魔級ゆえに品質は高く禍々しい気配こそありませんが、物理的な質量はごまかせない。重さ五キロの石を胸に括り付ければ、当然脊椎を圧迫し、胸郭が潰れる。結果、詠唱に必要な酸素の供給量が本来の四十パーセントまで落ち込んでいるんですよ」
「ち、ちが……っ! わたくしは……!」
「自分で自分の首を絞める、実に滑稽な自傷行為ですね。大魔女の威厳を守るための見栄が、大魔女としての実力を殺している」
突如、ぐうの音も出ないほどの正論で急所を抉られた。
息が詰まる。頭の芯が真っ白になる。これ以上、この男の口を動かさせてはいけない。私の、私の完璧な大魔女としての尊厳が崩壊してしまう!
「だ、黙れ黙れ黙りなさぁーい! わたくしの魔力の前にひれ伏しなさい!」
私は高飛車な口調で叫び、反撃しようと杖を振り上げ、力任せに前へ踏み込んだ。
その瞬間。
「痛ぁっ!?」
ピキッ、という鈍い音が腰に走り、私はそのまま崩れ落ちるようにへたり込んだ。
「い、痛いぃっ……!」
無理な姿勢で重りを支え続けた結果の、ぎっくり腰未遂である。
床に無様な姿を晒す私を見下ろし、トウヤは一切の同情を交えることなく、淡々とした声で宣告を下した。
「魔女の一撃ですか……。大魔女が聞いて呆れる。自らの見栄で骨格を歪め、魔力以前に自身の肉体すら制御できていない。そんなガラクタをぶら下げたままでは、いずれ魔法を唱えることすらできなくなりますよ。それが、あなたの望んだ『大成』ですか」
その容赦のない言葉が、ついに私が必死に張っていた虚勢の糸を、残酷なまでに断ち切った。
「うぅ……だって、だってぇ……っ! 胸がないと一族でバカにされるし……! 魔法使いとしての威厳も……!」
ポロポロと涙がこぼれ、情けない声が漏れる。気づけば、大魔女の仮面は完全に剥がれ落ちていた。もう、芝居がかった口調を取り繕う余裕なんて一ミリも残っていなかった。
「どうせ私なんて、まな板ですよぉ……っ! 『豊満な肉体こそがエルフの美と魔力の象徴』だなんて言われたら、石でも何でも詰めるしかないじゃないですかぁ! あんな貧相な身体じゃ大成しないって、みんな陰口叩いてたし……っ! この偽乳パッドがないと、私、エルフの恥なんですぅ……っ!」
私は床にしゃがみ込み、子どものように泣き喚いた。
自己評価の低さも、ずっと抱えていたコンプレックスも、すべてが決壊して溢れ出していく。こんな惨めな姿、嘲笑されるに決まっている。
そう思って顔を伏せた私に、頭上から降ってきたのは、予想していた嘲笑ではなかった。
「愚かですね。脂肪という名の吸音材(ノイズ)がない完璧な骨格は、マナを取り込み響かせる最高の共鳴腔(チャンバー)だというのに」
「え……?」
思いがけない言葉に、涙目で顔を上げる。
そこには、真剣な眼差しで私を真っ直ぐに見据え、メジャーを構えるトウヤの姿があった。
彼は圧倒的な情熱を帯びた声で言い放った。
「この美しい機能美を、私が証明して差し上げましょう。さぁ、その見栄(石ころ)を捨てなさい。あなたに本当に必要な機能美(サイズ)を測ります」
○
分厚いカーテンで仕切られた完全な一対一の密室で、私は震える手を首元へと伸ばした。
留め具を外し、衣服の下に仕込んでいた重さ五キロの『魔力増幅石』入りの偽乳パッドを取り外す。
ずしりとした重圧から解放され、肩や腰の痛みが嘘のように引いていく。だがそれと引き換えに、私の心には耐え難い惨めさと自己嫌悪が押し寄せてきた。
両腕を交差させ、自分の一番醜い部分を隠すように身体を丸める。
布越しでもわかる、起伏のまったくない平坦な胸元。豊満さこそが美と魔力の象徴とされるエルフ族の中で、私だけが持っていないもの。
大魔女の威厳なんて、もうどこにもなかった。
「……笑えばいいわ」
震える声が、静かな空間にポツリと落ちた。顔を上げることもできず、床の木目を見つめたまま、涙混じりに自虐の言葉をこぼす。
「これが、天才魔術師の本当の姿よ……。ちんちくりんで、貧相で……」
また容赦ない批判の言葉が降ってくるのを覚悟して、きつく目を閉じた。
しかし、耳に届いたのは衣擦れの音と、ひどく落ち着いた、淡々としたトウヤの声だけだった。
「腕をどけなさい。正確なアンダーバストが測れません。……それと、誰が笑うと言いましたか?」
思いがけない言葉に、私はおそるおそる顔を上げた。
そこには、一切の嘲笑や憐憫もなく、ただ真剣な眼差しで私を見据えるトウヤの姿があった。
彼は交差させた私の腕を優しく退けると、剥き出しになった、私の絶壁の胸元へと、スッと指先を伸ばした。
トントン、と。
トウヤの指先が、私の肋骨を軽く叩く。
「ひゃっ!?」
妙な声が出たが、彼は気にする素振りも見せない。私の薄い皮膚越しに骨を叩く音は、まるで上質な共鳴箱のように、澄んだ音色となって密室に響いた。
「……素晴らしい」
トウヤは、心底感嘆したように息を吐いた。
「無駄な脂肪が一切ない胸郭……まさに奇跡的な構造だ。あなたの身体は、マナの波長を一切減衰させずに響かせる『最高の楽器』なんですよ」
「がっ、楽器……? 私の、このコンプレックスでしかない胸が……?」
呆然と問い返す私に、彼はメジャーを当てながら大真面目な顔で頷く。
「ええ。脂肪というものは、音や振動……つまりマナの波長を吸収してしまう厄介なノイズ(吸音材)なんです。だが、あなたの皮下脂肪が極限まで削ぎ落とされた完璧な骨格は違う。あなたの胸は平らなのではない。魔力を共鳴させるために、極限まで最適化されているんです。誇りなさい」
その言葉は、雷のように私の胸を打った。
一族の誰もが欠陥品だと嗤った私の身体。私自身でさえ憎んでいたこの平坦な胸を、彼は『魔力を響かせる至高の身体』だと、肯定してくれたのだ。
胸の奥が熱くなり、言葉に詰まる私をよそに、トウヤは手早く採寸を終えて工房へと戻っていった。
しばらくして、フィッティングルームに再び戻ってきたトウヤの手には、『妖精蜘蛛の糸』で編み上げられた、純白のビスチェが握られていた。
「着用してみてください」
促されるままに袖を通し、背中のホックを締める。
その瞬間、丸まっていた背筋が強制的にスッと伸び、潰れていた横隔膜が大きく開くのを感じた。
「……嘘。空気が、どこまでも入ってくる……!」
肺の隅々にまで酸素が行き渡る。まるで生まれ変わったかのように身体が軽い。
けど、私が驚愕したのはそれだけではなかった。
視線を落とすと、そこには先ほどまで私が身につけていた重い偽乳パッドと『完全に同じ、規格外のボリューム』が鎮座していたのだ。
慌てて胸元に触れるが、重さは全く感じない。まるで空気のように軽く、それでいてごく自然で柔らかい感触。
「……この胸の大きさ……さっきまで私が着けてたものと、全く同じ……!」
「共鳴腔の機能を阻害しないよう、密度を調整した魔力スライムを層(レイヤー)にして組み込みました」
トウヤは事もなげに言い放つ。
「……見栄を張るなら、身体を壊さない程度にしなさい」
機能美が至高だと言い切った彼が、私が抱えるコンプレックスと、必死に守り続けてきた大魔女としての『見栄(プライド)』を慮ってくれた。
「……っ、ばっかじゃないの」
私は、空気のように軽い豊かな胸元を両腕で抱きしめた。
「機能美が一番だって言ったくせに……! ほんと、生意気な職人……っ」
顔がカァッと熱くなる。ポロポロと涙がこぼれそうになるのを必死に堪えながら、私は彼から目を逸らした。
身体的苦痛と、長年のコンプレックスから解放された私は、ふと、自分の魔力がどれほど引き出せるのか試してみたくなった。
「ちょっと『初級の火(ファイア)』を……」
深く、深く息を吸い込む。何の抵抗もなく肺が膨らみ、莫大な酸素が血を巡る。
指先に魔力を集中させ、ごく短い詠唱を紡ぐ。
「――集え、小さき灯火よ」
その瞬間だった。
指先に生まれたはずの小さな火種は、一瞬にして太陽のように凝縮された高密度の熱球へと変貌した。
空気がひりつき、空間そのものが震え出す。
(って、えっ!? なにこれ、魔力が……!)
このまま放てば、間違いなくトウヤの店ごとこの一帯が吹き飛ぶことになる。
「ストップ、キャンセルキャンセル!!」
私は慌てて魔力の供給を断ち、ギリギリのところで発動を霧散させた。
「はぁっ、はぁっ……」
極度の緊張と恐怖で、私はそのまま床にへたり込んだ。額にはべっとりと冷や汗が浮かんでいる。
「……信じられない。私、ちょっと息を吸っただけなのに……」
震える手を見つめる私を見下ろし、トウヤは満足げに頷いた。
「……賢明な判断ですね。あのまま撃っていれば、この一帯が消し飛んでいた。どうやら、威力のテストは室内では不可能なようだ」
彼は腰に手を当て、私に向かって挑戦的な視線を向ける。
「行きましょう、フェリア。ダンジョンで、あなたの『真の機能美』を証明するんです」
○
街の外れに位置する、中規模の地下迷宮。
その最深部には、淀んだ空気とともに巨大な岩と魔晶石が融合したような異形の怪物が鎮座していた。
魔法耐性を持つという、やたらと硬いゴーレム。
剣も魔法もまともに通じないせいで、討伐不可能と匙を投げられ、放置されていた迷宮の主だ。
巨体が地響きを立ててゆっくりと立ち上がり、私たちに向けて赤い双眸を光らせた。
「物理職でも骨が折れる、魔法耐性持ちの最終ボス……テストの標的としては申し分ありませんね」
背後から、一切の緊張感を含まない声が響いた。
振り返らなくてもわかる。トウヤは今頃、あくまで「製品のデータ収集」という顔をして、真面目くさった表情でクリップボードにペンを走らせているのだろう。
「フェリア、遠慮は無用です。思い切りやってください」
「ええ、任せて」
私は正面を見据えたまま、ふふんと鼻を鳴らした。
「……私を誰だと思ってるの? 学園最年少の特級導師にして、比類なき大魔女よ」
胸元には、トウヤが仕込んでくれた『完全な見栄(魔力スライム)』が、ありえないほどのボリュームを誇りながらも空気のように軽く収まっている。
以前のように重さに耐える必要はない。自然と背筋がピンと伸び、肩の力が抜け、最高にリラックスした状態。
「黝(あおぐろ)き宙(そら)に座す、炎帝よ――」
私は杖を構え、これまで無意識のうちに避けてきた『超々級魔法』の長文詠唱を静かに開始した。
(――かつての私は、この詠唱が最後まで続かなかった)
重い石を抱え込んでいた頃は、詠唱を始めるだけでじっとりと額に嫌な汗が浮かんだ。息を吸おうとしても浅くしか入らず、心臓が早鐘のように鳴り、目の前の景色がぐらりと傾ぐような恐怖に襲われる。どうしても途中で息継ぎをしてしまい、その一瞬の隙で、せっかく練り上げた魔力が霧散してしまうのだった。
『なんだ、やっぱりエルフの恥じゃないか』。そんな陰口に怯え、魔法を撃つことすら苦痛になっていた日々。
――でも、今は違う。
トウヤが編んでくれた純白のビスチェが、私の背筋をぴんと伸ばしてくれる。
深く息を吸い込むと、胸がどこまでも自然に広がり、お腹の底までたっぷりと冷たい空気が満ちていく。
(息が、続く。肺の奥の奥まで空気が入る!)
驚きで胸が震える。今までの私が、いかに潰れた姿勢で苦しい呼吸をしていたかが痛いほど分かる。
トウヤが「最高の楽器」だと褒めてくれた私の身体が、周囲のマナを大渦のように呑み込んでいく。
一度の息継ぎもなしに。ただの一度の淀みもなく。
私は途切れることなく、長大な詠唱を一息で紡ぎ切った。
「――集束せよ、星を焦がす赫怒の炎!」
詠唱が完了した瞬間、私の周囲に凄まじい密度のマナが荒れ狂う渦となって顕現した。あまりの熱量に空間が揺らぎ、ゴーレムが、一歩後ずさる。
「撃つ……!」
私は杖の先をゴーレムへと向け、練り上げた魔法を解放した。
通常、これほどの魔法を放てば、莫大な魔力の反動で身体が大きく後ろへ持っていかれ、狙いがブレてしまう。
だけど、身体を包む布地が、後ろに持っていかれそうになる身体を柔らかく受け止めてくれた。
まるで大木のように両足が地面に根を張った感覚。背筋がピンと伸びて、足の先から指の先まで、力が一直線に流れていく。ブレは一ミリもない。
私は自身が大砲になったかのような感覚を覚え、魔力の熱い流れが狂いなく一直線にボスゴーレムの眉間へと向かうのを感じた。
「消し飛びなさい! 『極大殲滅・業火の息吹(インフェルノ・ロア)』!!」
解き放たれた極太の熱線が、轟音とともに迷宮を駆け抜けた。
ゴーレムが誇る魔法を弾く力なんて、まったく意味がなかった。分厚い岩の装甲が、真っ赤な光に飲み込まれてドロドロに溶けていく。
目を開けていられないほどの眩い閃光と熱波が、ゴーレムを灰にするにとどまらず、その背後にあった迷宮最深部の分厚い岩壁をえぐり飛ばし、さらには分厚い天盤をも跡形もなく吹き飛ばした。
ズゴゴゴゴォォォッ!! という天地を揺るがす轟音の後、パラパラと小石が落ちる音だけが残る。
土煙が晴れた後には、ゴーレムだったものの残骸すらなく、ただ地下から地上へと貫通する、すり鉢状の巨大な穴が残されていた。
えぐり取られた天井の穴からは、眩しいほどの青空が覗いている。
「…………え?」
自分の放った魔法の威力の凄まじさに、私は杖を下ろしたまま呆然と立ち尽くした。
ドクン、ドクン。自分の胸の奥で、心臓が大きく跳ねる音が聞こえた。
じっとりと手のひらに滲んでいた嫌な汗が、風に撫でられてスッと引いていく。息が乱れることもなく、目の前の景色はどこまでも澄み切っている。もう、あの重くて痛い石に耐える必要はない。魔法に失敗して笑われるんじゃないかという、あのドロドロとした恐怖も、今はもう欠片も残っていなかった。
「……あははっ! すごい、すごいわ! 私、撃てた! 最後まで、一息で!!」
ぽっかりと空いた天井の穴を見上げながら、笑いが込み上げてくる。
「あははははっ! 魔法って、こんなに楽しかったのね……!!」
私は子供のように無邪気に笑い声を上げた。純粋に魔法を使うことが楽しかった頃の記憶が、鮮やかに蘇ってくる。
「……迷宮の地形変動はギルドへの報告義務があるのですが、ビスチェ代金の範囲外です。報告書の代筆は有料ですよ」
背後からため息交じりの声が聞こえ、私は勢いよく振り返った。
そこには、相変わらず冷静な顔でクリップボードに何かを書き込んでいる、生意気で、意地悪で、世界で一番完璧な職人が立っている。
「ふふっ、いくらでも払ってあげる!」
私は彼に向かって、今日一番の、とびきりの笑顔を向けた。
「ありがとう、私の最高の仕立て屋さんっ!」
○
王立魔法学園の、陽の光が差し込む大理石の回廊。
すれ違う生徒や同僚の魔術師たちが、遠巻きに私の姿を見てヒソヒソと囁き合っている。
「最近、フェリア導師(せんせい)、違うと思わない?」
「ええ、すごく綺麗になったというか……前みたいにピリピリしてないわよね」
そんな声が耳に届いても、今の私は足を止めて睨みつけるようなことはしない。
かつての私なら、『ジロジロ見ないでちょうだい、愚民ども!』と声を荒らげていた。王立魔法学園の最年少特級導師という肩書きと、大魔女としての威厳を示すため、私は常に攻撃的なオーラを纏っていたのだ。
その原因は、他でもない私自身のコンプレックスだった。エルフの美と魔力の象徴とされる豊満な肉体を持たない絶壁の私は、陰口に怯え、胸元が大きく開いたローブに重苦しい『魔力増幅石の偽乳パッド』を詰め込んでいた。
そのせいで姿勢は崩れ、呼吸は浅くなり、常に他人の視線に怯えて心身をすり減らしていた。
けど、今は違う。
ローブの下で私の身体を包み込んでいるビスチェが、ごく自然に背筋を正してくれる。
胸を張り、深く息を吸い込む。冷たく澄んだ空気が、少しの抵抗もなく肺の奥底まで滑り込んでくる。
中庭の演習場を通りかかると、一人の生徒が魔法の詠唱でつまずき、肩をビクンと揺らしていた。
周囲の生徒たちが「厳しいフェリア先生に怒鳴られる」と身構える気配が伝わってくる。
私はゆっくりと歩み寄り、怯える彼女の背中に優しく手を当てた。
「焦らなくていいわ。……背筋を伸ばして、まずは深く息を吸いなさい」
「ふ、フェリア先生……?」
「あなたのマナを響かせるのは、あなた自身の身体(チャンバー)なんだから」
あの生意気な仕立て屋からの受け売りをそのまま伝授すると、生徒はポカンとした後、顔を真っ赤にして何度も頷いた。
「フェリア、あなた一体どうしたの?」
放課後のサロンに向かう回廊を歩いていると、たまらずといった様子で同僚の女性導師が声をかけてきた。
「見違えるみたいに綺麗になって……角が取れたっていうか、すごく付き合いやすくなったわ。新しい魔導書でも手に入れたの? それとも……いい男でも見つけたとか?」
興味津々で顔を覗き込んでくる彼女の言葉に、私は思わず足を止めた。
脳裏に浮かんだのは、鋭く理知的な黒い瞳で、ミリ単位の寸法のズレを指摘してくるあの男の顔だ。私の最大の秘密を暴き、プライドを粉々に砕いた悪魔。けれど、誰よりも私の真の実力を引き出してくれた理解者でもある。
私は自身の胸元の柔らかな感触を、服の上からそっと確かめるように手を当てた。
じんわりと頬が熱くなるのを感じながら、私はかつてのような見下す作り笑いではなく、ありのままの笑みを浮かべた。
「……ふふっ。秘密よ」
夕暮れの茜色に染まる回廊を、私はこれまでで一番軽い足取りで歩き出した。
コメント
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ふぁ〜〜〜〜!!😭💕✨ フェリアかわいすぎる!!「どうせまな板ですぅ」って泣きながら叫ぶシーン、胸がギュッてなったよ…っ! でもトウヤが「最高の共鳴腔」って真剣に言い切ってくれた瞬間、私も一緒に救われた気持ちになった…!!✨ 最後の超々級魔法、一息で詠唱できたときの爽快感ヤバかったね😭🔥 ビスチェの魔法スライムパッドで見栄も守ってくれるの、匠の優しさすぎる…💞 読後感が温かくて尊い、2話目から泣かされてもうた…!!続きめっちゃ気になるよ〜!!!