ガチャッと音がして、寝室から圭太が出てきた。
「おかーたん、おしっこ!」
「あら、ちゃんと起きれたのね。えらいえらい。おトイレ行こうね」
私は慌ててティッシュで顔を拭いて、圭太をトイレに連れていく。
パジャマのズボンをおろして、子ども用の便座をセットしたところに座る圭太。
「おかーたん?いたいいたい?」
私の頭を撫でてくれた。
_____私が泣いていたのがわかっちゃったのかな?
「大丈夫だよ、痛くない。それより圭太はどう?たんこぶ、まだ痛い?」
「いたくない、おとこのこだもん」
「そっか、えらいね」
滑り台から落ちたことは、怖い記憶として残ってしまっていないだろうか。
そうならないようにと願いながら、そっと頭を撫でる。
「さ、手を洗って一緒に寝ようね」
「うん」
リビングに戻ると、雅史はソファに腰掛けたままでほとんど動いていないようだった。
「何か説明があるのなら明日にでも聞く。じゃ」
「………」
何も答えない雅史を置いて、私は圭太と寝てしまうことにした。
私の胸に顔を埋めるようにして、圭太はすぐに寝息を立て始めた。
私は、いろんなことが頭の中に浮かんでとてもじゃないけど眠れそうにない。
_____私はどうしたいのだろう?
離婚したばかりの母には、なんとなく相談しづらい。
_____私も離婚したい?
浮気は事実だとわかっていたことなのに、やはり直接確かめると心の底から苛立ちや怒りが湧き上がってくる。
けれど、離婚となると圭太を連れての生活は、なかなか思うようにいかないだろう。
帰る実家もないのと同じだし。
ふと、遠藤夫婦のことを考えていた。
奥さんはフルタイムの会社員だから、離婚を考えることも簡単だったのだろう。
仕事を辞めなければよかったなとか、貯金はいくらあったっけ?とか、旧姓に戻すと手続きが大変かも?とか、考えた。
一時間後。
雅史が毛布を取りにきたのがわかったけれど、背中を向けて寝たふりをしてやりすごした。
ソファで寝るつもりなのだろう。
_____これからどうしようかな
さっき溢れた涙で、気持ちの中のトゲトゲしたものが流れたのか、興奮した感情は消えていた。
疑っていた時よりも、浮気をしたことが明白になった今の方が、冷静に雅史とのことを考えることができる。
自分の中のモヤモヤしたものを、なんとか整理したいと考えていた。
私が雅史を許せないのは、きっと圭太のことを疎かにしたことで、それが仕事とかの理由ではなくて女だということ。
その女が京香だということ。
京香が雅史のことを本気で好きになって、私から略奪したいほどだとは思えない。
雅史のほうがうまく遊ばれてるとしか、感じない。
_____でもそれなら、なぜ私にあてつけのように写真を送ってきた?
明らかに前回の浮気とは違う。
ただの遊びなら、それならそれで見ないふりをしようかと思っていた。
女としての役割を私の代わりに誰かがやってくれて、雅史は家で父親としてちゃんとしてくれたら、私は母親として専念できるし。
それからしばらくして圭太が大きくなればまた、女として雅史と向き合えるだろうと簡単に考えていた。
けれど、浮気の相手がハッキリしていて挑戦的で、そのせいで圭太が危険な目にあったからもう、雅史とはデキない。
きっと、抱かれる途中で思い出して……ううん、雅史とのセックスを想像することがもう嫌悪だ。
このままではきっと、家族としては歪なままだろう。
今は顔も見たくないのだから。
結局朝まで一睡もできず、起きた時には雅史はもう出社の準備をしていた。
「もう?」
おはようの前に、もう行くの?と訊く。
「行ってくる」
それだけ言い残して、行ってしまった。
まるで、何かに怒っているような雰囲気をぷんぷんさせて。
「怒っているのは、私の方!」
思わず手にしたクッションを投げつけていた。
それから数日。
圭太の前では最低限の会話だけで、あとは目も合わせず過ごした。
舞花からは“お世話になりました、スッキリしました”と一言、コメントがあった。
佐々木との間の、わだかまりは消えたということのようだ。
「若いっていいな」
思わず本音が口に出た。
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