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咲の手が、扉の取っ手から離れない。

 そこに立っていたのは、記憶よりも少し背が伸び、大人びた雰囲気をまとった悠真だった。


 「……悠真さん」

 思わず漏れた声は、自分でも驚くほど小さく震えていた。


 「何だよ、そんなに驚くなよ」

 悠真は、昔と変わらない調子で笑った。けれど低く落ち着いた声色に、咲の胸はさらにざわつく。


 「悠真ー! 来んの遅せぇよ!」

 リビングから、兄・亮の声が響いた。

 その瞬間、咲は悟る。――今日、悠真を呼んだのは兄だったのだ。


 「ごめんごめん」

 悠真は肩をすくめ、いつもの調子で答える。


 高梨亮。大学四年生で、咲の四つ年上の兄。

 明るくて人当たりが良く、誰とでもすぐに打ち解ける。悠真とは大学に入ってすぐ仲良くなったらしい。

 咲にとっては頼れる兄であり、ときにお節介でうるさい存在でもあった。


 咲は小さく息をつき、「……どうぞ」と玄関を広く開けた。

 夕焼けが差し込む中、悠真が一歩、家の中に足を踏み入れる。

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