テラーノベル
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アゲハは孤独だった。
父親の顔は知らない。名前すら聞かされていない。
母親は仕事に夢中な女性ゆえ、帰宅は遅く、娘と顔を合わせるタイミングは朝くらい。
そういった環境が、アゲハを内向的な性格にしてしまったのか。
そんな彼女が、どういうわけか異世界に転生を果たす。そのままの姿で降り立ったことから、転移という表現が正しいのかもしれない。
なんにせよ、アゲハは神に選ばれ、その世界に誘われてしまう。
ウルフィエナ。人間と魔物が争う異世界。
イダンリネア王国の城下町で、彼女は困惑しながらも泣くことしか出来なかった。極度の人見知りゆえ、この状況を受け入れられるほど豪胆ではなかった。
その日から数えて、一年が過ぎ去る。たった一年ながらも、その月日が十分過ぎるほどの絆を紡ぐ。
エウィンとアゲハ。二人は戦いの最中に心を通わせる。
「え?」
エウィンは真っ白な闘気をまといながらも、無防備に振り返る。
謎の魔物は健在ゆえ、その行為はあまりにも迂闊だ。
それでもそうしてしまった理由は、背後のアゲハを眺めずにはいられなかった。
好きだから。
つまりは、愛の告白だ。
予期せぬ発言に、エウィンとしても戸惑ってしまう。
実は、気づいていた。
気づいていない振りをしていた。
当然だろう。一年も共に過ごしたのだから、この少年がいかに鈍感であろうと察することは十分可能だ。
それでも、彼女の気持ちには応えられない。
自分達は、いずれ離れ離れになるのだから。
自分には、その資格がないから。
前者は言い訳だ。
後者も言い訳だ。
二人の旅路の行き着く先は、アゲハの地球帰還。
エウィンもそのことは重々承知しており、日々の鍛錬はそのためだ。
一方で、真の本心は明かしていない。
母親がそうしたように、自身も他者を庇って死んでしまいたい。
背徳的な願望だ。
しかし、これこそが原動力となって、エウィンという人間を生かし続けた。
自分はいつ死んでもおかしくないのだから、アゲハを好きになってはならないと決めつけてしまった。
様々な言い訳を積み上げ、この少年はある意味で心を閉ざす。
雪解けは、突然だった。
「わたしは、エウィンさんが、好き。地球に、帰れなくても、構わない。ううん、わたしは、ここに残る。エウィンさんと、一緒に、いたいから……」
アゲハが、精一杯の勇気を振り絞って気持ちを伝える。
これは告白であり、決意表明だ。このタイミングで伝えた理由は、エウィンを死なせたくないという感情がそうさせた。
たったそれだけの行為ながらも、きっかけとしては十分だ。
この発言が、エウィンの心を解きほぐす。
呪縛から解き放たれた瞬間だ。
「僕と、一緒に……?」
「うん、うん……。だから、自暴自棄に、ならないで。お願い、だから……」
さすがのエウィンも気づかされた。
自身のわがままが、アゲハを悲しませてしまう、と。
ならば、どうする?
考えるまでもない。
やるべきことは明白だ。
黒い魔物を倒す。
二人で生き残ることを最優先とする。
始まりだ。
ここからが、神をも超える第一歩だ。
「わかりました。それじゃ、ちょっくらがんばってきます。あいつを倒せるように。アゲハさんを守るために」
花月夜れん
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45
耀聖(ようせい)
334
耀聖(ようせい)
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死ぬために戦うのではない。
生きるために。
アゲハと歩み続けるために。
たったそれだけの決意ながらも、この少年の根幹を書き換えたことは間違いない。
だからこそだ。
眼前の壁を乗り越えることなど、造作もない。
そうであると裏付けるように、エウィンは歩みを進めながらも新たな段階に足を踏み入れる。
草原を揺らすほどの突風だ。発生源は緑髪の傭兵であり、その風量は上空の雲さえも周囲に吹き飛ばす。
(不思議だ、力が湧いてくる)
勘違いではない。
後ろ向きな人生観に別れを告げたのだから、この現象はある意味で必然だ。
当然ながら、自己犠牲は悪ではない。エウィンは母親に守られたことで、生き延びることが出来た。
しかし、この少年は今日からそれ以上を望む。
アゲハを守りたい。
アゲハを悲しませたくない。
二人で共に歩みたい。
そう気づかされた。
そう思うことが出来た。
たったそれだけの変化ながらも、リードアクターは成長を遂げる。
アゲハの長い髪を揺らすほどの突風。
シャドウデーモンも、その変化には首を傾げてしまう。
リードアクター。これは、アゲハとの契約がもたらした神秘だ。
正しくは、彼女の中に宿る何かを介した契約であり、手続きは滞りなく完了した。
本来なら、ありえない。これは人間の手に余る能力ゆえ、非力な傭兵が使いこなせるはずもない。
しかし、この少年は例外だ。
なぜなら、選ばれた。
アゲハという日本人女性と、心を通わせた。
だからこそだ。
全てを越えるその力を、今まさに宿す。
「これは……?」
純白のオーラに現れた変化。火花のような発光現象が、まとわりつくようにバチバチと爆ぜる。
風量についても上昇しており、エウィンの髪がわずかに逆立つほどだ。
これこそが、リードアクターの第二段。エウィンという人間が、全てを越えるための新たな能力。
昂る闘気に戸惑いながらも、傭兵は歩みを止めない。正面の敵を待たせている以上、その善意に答えるためにも自ら近づく。
人間の変化に驚くシャドウデーモンだが、感想としてはそれ以上でもそれ以下でもない。
小さな対戦相手を見下ろすように、真っ赤な瞳でその姿を見つめ返す。
先ほどまでとは別人のようなプレッシャーだ。姿かたちはそのままながらも、まとう闘気は台風のように暴れている。
もっとも、この状況は想定内だ。
正しくは望んでいた。
この魔物はエウィンと戦うことだけを許されている。
つまりは、すぐに死なれてしまっては、それはそれで退屈だ。
条件のような助言に対しても、シャドウデーモンは受け入れるしかなかった。
緑髪の人間を殺してはならない。
思う存分痛めつけることは構わない。むしろ、そうすることを推奨する。
シャドウデーモンは知能を持った魔物だ。今回の戦闘許可に妙な違和感を覚えるも、ついに人間を狩れるのだから従わない理由がない。
その結果がこれだ。
緑髪の人間が、威風堂々と近づいている。
もう一人の人間が傷を癒すことまでは聞かされていた。
しかし、これは何だ?
煉獄の魔物すら怯ませる、神々しい闘気。
このような変化は事前に知らされておらず、シャドウデーモンとしても自分の頭で考えるしかない。
ならば、即決だ。
逃げるという選択肢は見当たらず、当然のように迎え撃つ。自身は未だに本気を出し切っていないのだから、人間狩りはここからが本番だ。
第二ラウンドという認識は、エウィンとしても否定し難い。
「待ってくれてありがとう。もう、退屈はさせない……と思う」
戦闘再開は、傭兵の手招きがきっかけだ。
その動作を受けて、魔物が急加速と共に駆けだす。
間髪入れずに繰り出された左腕は、相手の顔を殴るためだ。今日一番の速度ゆえ、避けられる心配はない。
事実、エウィンはまともに殴られてしまう。空気が震えるほどの轟音は、拳が顔面を殴打した結果だ。
しかし、次の瞬間、シャドウデーモンは目を疑ってしまう。
オーラを突き破り、その右頬を殴ったはずだ。
そのはずだが、人間は一歩も後ずさっていない。直立の姿勢を維持しており、痛がる素振りを見せないばかりか、彼の右腕は反撃のために動き始めていた。
「手加減はここまでだ」
煽るような発言に、魔物は顔を歪ませてしまう。
苛立ったからではない。
左腕を掴まれたばかりか、手首付近をゴキンと握り潰されたためだ。
頑丈ながらも柔軟な皮膚ごと、内部を破壊された瞬間だ。
シャドウデーモンとしても事実の把握に努めなければならないため、エウィンの手を払うように後方へ跳ねる。
その結果がこれだ。
左手は使い物にならない。開閉はおろか指一本さえ動かせない。
腕自体は稼働するも、打撃の類は不可能だ。せいぜいがラリアットくらいか。
こうなってしまっては、右腕を使わざるをえない。
眼前の人間を見下していては、自身が殺されてしまうと気づかされた。
真っ黒な魔物が、漆黒の大剣を構える。
全力をもって、応える。
シャドウデーモンの切り札は、この武器だけではない。
このタイミングで、奥の手を披露する。
次の瞬間、エウィンだけでなく遠方のアゲハもまた息を飲んでしまう。
突然の変化だった。
左腕を損傷し、右腕で剣を握る魔物が、邪悪なオーラをまとい始めた。
その姿は、エウィンと正反対だ。
白と黒。
運命的な対比ながらも、これが偶然か否かは誰にもわからない。
確定していることは一つだけ。
エウィンが身体能力を向上させたように、この魔物も真の意味で全力に至った。
デモニックオーラ。シャドウデーモンが使える戦技のような特殊能力。その効果はリードアクター同様、あらゆる部位を大幅に強化する。
ここからが本番だ。
殺すなという指示を無視するように、漆黒のオーラが剣を振り下ろす。
その一閃は、エウィンの左肩から胴体を斜めに切り裂く袈裟斬りだ。黒剣の切れ味は不確かながらも、その腕力ならば問題ない。
斬られる側もそれは重々承知しており、この状況で開示された選択肢は二つ。
大人しく斬られるか。
ダメ元で受け止めてみるか。
どちらを選ぶかは、シャドウデーモンにもわからない。この魔物は斬ることに専念しており、結果の予想など初めから放棄している。
答え合わせはまさに一瞬だ。
真っ黒な巨剣が、大地を割るように地面を穿つ。
手応えはなかった。肉を断ち、骨を砕く代わりに、緑の草原を粉砕した。
避けられた。そう認識した時にはもう遅い。
眼前に人間はおらず、代わりに土の塊が多数、舞い上がっている。
どこだ?
少なくとも、視界の範囲内には見当たらない。
冷静に。
迅速に。
瞬きすらも後回しにして、神経を研ぎ澄ます。
時間にして一瞬のことながらも、この攻防においては勝者と敗者が確定する。
「ふん!」
掛け声は背後から。
シャドウデーモンは真後ろから右わき腹を蹴られ、雑草を擦りながらどこまでも転がる。
その姿を眺めながら、エウィンとしてもつぶやかずにはいられない。
「す、すごいパワーアップだ、これ……」
もしもリードアクターが進化しなければ、先ほどの斬撃で真っ二つに斬られていた。
しかし、結果は真逆だ。
迫る刃をじっくりと眺めた上で、とっさに下がることが出来た。
さらには、魔物に気づかれるよりも早く、背後にまわり、その体を蹴った。
形勢逆転だ。相手が黒い闘気をまとおうと、その差は埋まりきっていない。
だとしても、油断は大敵だ。
(思ったよりは頑丈だな。今ので倒しきれなかったか)
遠方の黒い物体は魔物だ。よろよろと立ち上がったことからも、エウィンの分析は正しい。
(だけど、今の僕なら負けない。負けてなんか、いられない)
バチバチを賑やかなリードアクター。その在り様は、以前のものとは明らかに別種だ。
もちろん、このスパークは副次的な現象に過ぎない。
大事な女性を守るために。
自分自身も命を投げ出さないために。
そのための力がこれだ。今はまだリードアクターと呼びながら、敵を目指して歩き出す。
対するシャドウデーモンだが、心は決して折れていない。蹴られた箇所はズキズキと痛むも、戦闘の継続は可能だ。
急ぐように歩く両者を眺めながら、アゲハは一人静かに見守り続ける。
緑色の絨毯が敷かれたこの地で、仕組まれたように始まった殺し合い。巻き込まれた側としては文句の一つも言いたいところだが、それをするにも障害を乗り越えてからだ。
人間と魔物が見つめ合う。
互いを認識しながら、ズンズンと距離を詰める。
シャドウデーモンは蹴られた際に、黒い剣を手放してしまった。ここからは拳で打ち合うしかない。
まるで、嵐の前の静けさだ。
聖地ムサに風が吹く。
足音を消すように、草原の草達が揺れている。
コメント
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うわあ、第112話、読み終わりました…! アゲハの告白、すごく勇気がいったろうなって思うと胸が熱くなりました。そしてエウィンが「死ぬため」じゃなく「生きるため」「アゲハと歩むため」に戦うと決意した瞬間、リードアクターが進化する描写が美しくて。白と黒の対比も物語として鮮やかでした。二人の絆が力を変える、この展開、大好きです。