異星人対策室のジョン=ケラーだ。私は今本部ビルの二階にある研究室に来ている。理由は、変化してしまった身体の定期検査のためだ。ティナが責任を感じてしまうから、この事は内密に頼むよ。
ティナ達は今イエローストーン国立公園での観光を満喫して用意された部屋で休んでいる。アクシデントもなく満足して貰えたようだ。こちらとしても予定を立てた甲斐があるというものさ。
まあ、唯一のハプニングとしては、ジャッキー=ニシムラ(パーフェクト紳士)が不審者と間違われて地元警察から逮捕された件だな。
ワシントン警察では日常茶飯事ではあるが、やはり州が違えば誤解が生まれてしまうのも無理はないだろう。本来ならば私が迎えに行くべきなのだが、検査があると言うことでミスター朝霧が代わりに行ってくれた。彼にも苦労を掛けてしまうな。何処かで報いなければ。
「調子はどうかな?ケラー室長」
「嘘みたいに快調だよ、ドクター。まるで若い頃みたいに活力が湧いてくるな」
このメガネを掛けた薄毛初老の男、名前はエドワード=ホップス。我が異星人対策室研究部門の首席研究員だ。
我々は異星人研究の最前線であり、全米からあらゆる分野の権威達が集められている。そんな彼等を率いるのが彼だ。
皆からは主任、或いはドクターと呼ばれている。未知の事象に遭遇するとテンションが振り切れてしまうのが玉に瑕だが、腕とその知見は確かなものだ。
「そんなことはない。我々の知識など、地球と言う惑星ひとつの中だけのものだ。アードの技術や知識に比べれば余りにも幼稚。我々は幼児に過ぎないのだよ」
「さらっと心を読まないでくれないか?ドクター」
「読むまでもない。ケラー室長は顔に出やすいからな」
「自覚はしているよ。少なくとも私は政治家には向かん」
「だからこそ、ティナ君達と友好的な関係が結ばれているのだよ。これが百戦錬磨の政治家達が相手だった場合、この交流はあり得ないものだった可能性がある」
確かにティナは善性の塊だ。まかり間違っても腹の探り合い等出来ないだろう。下手に探り合い等を仕掛ければ、ティナは強い不信感を持つ筈だ。
彼女に駆け引きは必要ない。真心を込めた誠心誠意の対応こそが大事だ。
幸いハリソン大統領を含めて上層部はその事を理解してくれている。だからこそ、今も私が交流の最前線を任されていると言うことだろう。有り難いが、胃が痛むな。
「とは言え、そうも言っていられない事態になるかもな」
ドクターが私の身体を検査しながら言葉を漏らす。あの件か。
「ドクター、断れないのか?」
「上からの意向だ。無下には出来んよ」
今現在異星人対策室の研究部門には合州国のみが在籍しているが、それは異星人研究を合州国が独占していることを意味している。各国政府がこの状態を座視することはなく、自国の研究員受け入れを強く要望してきている。
言うまでもないが異星人研究は最重要国家機密であり、他国の研究者を受け入れるのは防諜の観点から見ても問題がある……らしい。その辺りはFBIやCIAの領分だ。
本職は外交官であるミスター朝霧曰く、外交的な見地からもこれ以上断るのは難しいらしい。
私個人としては受け入れに反対はしない。それが信頼できる人間ならばと言う大前提はあるが。
何せ、研究部門に限らず異星人対策室はティナ達と最も接する機会が多い。悪意を持って近付くことも容易いのだ。そうなれば、これまでの努力は水の泡だ。
「ちなみにドクター、受け入れを熱心に要望している国は?」
「中華と北だよ」
「論外だな」
悪意しか感じないのは私の偏見だろうか?いや、考えすぎではない筈だ。
「まあ、世界の叡知が集結するのは悪くない。そこに政治が介在するとややこしくなる」
「かといって受け入れるのは既定路線だ。既に大統領から話があったよ」
「ふむ、ならば私の知己を優先してくれんか?優秀で信頼できる学者が国外に何人か居てね」
「それは有り難い申し出だ。後で詳細を教えてくれないか?上と掛け合ってみるよ」
ハッキリ言ってドクターもまた変わり者だが、そんな彼が信用できるならば受け入れても問題はあるまい。政府としても他国の人材を受け入れたと言う証になる。
「よし、今日こんなものだろう。いつ見ても不思議な身体だが、異常は見当たらん。解剖すればもっと分かるのだが」
「まだまだ心残りがたくさんあるからね、それだけは勘弁だよ、ドクター」
「分かっとるよ。室長が居なければ、ティナ君達との交流など不可能に近い。その辺りは弁えておるさ」
ドクターからの定期検査は終わった。結果としてはいつも通り異常無しだ。採血したものは時間をかけて分析するらしい。なにせアードにある未知の物質だ。何が作用したのか解明するのは時間がかかりそうだ。
まあ、私個人としては頭髪が絶滅したり復活したりと忙しい以外に害はない。カレンを助けることが出来たし、フェルを止めることも出来たからね。
翌日、ティナ達はハリソン大統領との会食を行った。予定には無かったが、急遽スケジュールが組まれた。
幸いティナ達にも時間があったので参加してもらった。その席上でボイジャーの件が話し合われてティナは予想通り快諾してくれた。
最終的には全ての探査衛星を回収することになるだろうが、先ずは最も遠方にあるボイジャーだな。統合宇宙開発局でも探査を行っていたが、ボイジャーからの信号が途絶えて久しい。我々では推測するしかないが、ティナ達ならば問題ないだろう。
彼女達はその場で軌道上にある宇宙船へ戻っていった。ふむ、数日は余裕が生まれたかもしれない。次の目的地、グランドキャニオンについての打ち合わせとイエローストーン国立公園での反省などを繁栄刷りは時間が取れそうだ。
そう考えていると、ロビーにエメラルドグリーンの魔法陣が現れてフェルが姿を現した。はて?
「フェル、忘れ物かい?」
「いえ、その……先日はお騒がせして……ごめんなさい」
彼女は深々と頭を下げた。やれやれ、律儀な娘だ。こちらの落ち度だと言うのに。
「気にしないで欲しい、フェル。君の行動は理解できるし、ティナも無事だったんだ。怪我人も居ないし、犯人は全員逮捕された。何の問題もないよ」
友達に危害を加えられたんだ。怒るのは当然さ。まあ、私の頭髪が消し飛ぶ悲劇は発生したが、人命と比べるまでもない。
「ジョンさん……ありがとうございます。せめてものお詫びとして、これを」
フェルが取り出したのは……ドリンクだった。何だろうか、激しく嫌な予感がするぞ。
「これはリーフ人に伝わる栄養剤です。アードのものに比べたら劣るかもしれませんし、苦味があります。でも、元気になりますよ。どうぞ」
おおっと、フェルもティナと同じだ。悪意無しの善意百パーセント、これは断れんっ!