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外には雨が降っていた。入学式の日には綺麗に咲いていた桜の花も、今日は、強い雨に打たれて色褪せている。
「警察はやはり、鄼哆の連中がやったっていう方向で考えがまとまったらしい。オレもそれには賛成だ、そろそろ鄼哆の連中も、縷籟の軍事力が怖くなってきたんだろうな。」
「あの鄼哆王国様様が縷籟に怖気付いて警軍の入学式で虐殺?落ちるところまで落ちたね、くだらない。」
灯向はそう、ため息をついた。
4年生は定期的に4人で集まって、近況報告やトラブルについての話し合いをする。4人はいっしょに暮らしているのでその必要性はないように思えるが、このような場を用意しないと、まともに話し合おうとしない不仲ペアがいるのだ。
「トトとユウ、遠い隅っこに座ってないで、ちゃんと話し合ってよ。」
「やだね。クソゴキブリと話すことなんてねぇよ。」
蓮人が夕に向かって中指を立てる。
「だってよ〜、キャプテン。姫、ボクのこと嫌いみたいだからほっとこうよ。」
「姫じゃねえ、レントだ。」
相当嫌いなのだろう、ただでさえ悪い顔色をさらに悪くして、蓮人は夕を睨む。
「もう、2人ともいい加減仲直りしなよ。そしてユウ、姫ってあだ名、なに?」
「ん〜、嫌がらせ。」
「はぁ…。もういい、ジュン、こいつら退学で。」
「ははっ、早まるなよいーんちょ。」
徇は地べたで胡座をかく蓮人の隣にちょこんと座る。
「…こっち来いよ、ジュン。」
「あ?」
蓮人は自分の足を叩いた。ああ…と、徇はその上にずかっと乗った。徇の肩に頭を乗せて、蓮人は眠そうに欠伸をする。
「……公共の場で、いちゃいちゃしないでもろて。」
灯向はキレそうであった。こいつら、真面目な話をしてる時に…。
「まあまあいーんちょ、あんま怒んなよ。こうでもしないとレントが機嫌直さねえだろ。」
「自分とくっつけばトトが機嫌良くなるっていう自信は素晴らしいよ、そんなにくっついてたいなら結婚すれば?」
「はは、レントが校則守れるようになったら考えてやるよ。」
「ジュン、言ったな?じゃあ俺、ジュンと結婚するわ。」
「……おいおい、冗談だろ。」
多少の沈黙があった。外の雨の音が気になってきたところで、夕が口を開ける。
「ボク、不思議だと思うことがあるんだ。」
「真面目な話?」
「ああ、大真面目さ。ボクが気になっているのはズバリ、鄼哆の子たちがジュンちゃんが担当するエリアだけを狙った理由だ。」
3人はハッとする。夕は続けた。
「人員が足りなかったとしても、ボクだったら、ボクか姫のところを狙うな。実際ボクたちのところだったらきっともっと死者が出てた、50人以上が狙われたのに対して死者が13人と少なかったのは、ジュンちゃんのウエポンのおかげだ。調査不足…?いや、縷籟警軍の試験場を特定して、あと鉄壁のガードをも越えて忍び込んだ奴らが、ボクらの特技、ウエポン、担当場所だって…把握してないとは考えにくい、そうじゃない?」
たしかにね、と灯向が頷いた。
「そもそもなんだけど…縷籟の警軍を減らしたいなら、なんでわざわざ試験を狙ったんだろう。そんなことするより、寮に凸って皆殺しにしたほうが確実だ。特待生の寮は離れているし、鄼哆にはおれたちでも敵わないような凶悪犯がうじゃうじゃいるってのに。
脅し目的の可能性もあるけど、鄼哆の事だ、縷籟が脅しに怯まないことなんて知ってるはず。元より警軍なんてのは国の捨て駒な訳だ、代わりなんていくらでもいる。」
「……もしかして、鄼哆に狙われたんじゃないのか?ユウやいーんちょが言ったように、おかしな点が多いな。」
「だとしたら何がジュンのとこをメチャクチャにしたってんの?まさか、偶然だったとでも言う気かよ。」
うーん……みんなが悩んで黙り込む中、徇が口を開けた。
「……有り得ねぇと信じたい。これはオレが試験中、飛び回ってる時にテンパってて言った独り言なんだが……倍率を上げる為だけに、誰かが大量に殺した、ってことはないか?もし13人からコインを2枚ずつ奪ったとしても26枚だ、筆記テストが10点でも特待で合格できる。」
「……可能性としては無くはない。視野にいれておく必要があるね。」
「もしジュンちゃんの話が本当だとしたら、今年の1年生くんたちの中に、13人殺した犯人がいる可能性も高くなってくる。これ、相当マズイんじゃない?」
「んなもん、クソゴキブリんとこのクソドブネズミが1年嗅ぎ回ったら一瞬だろ。ゴギブリは1年との接点も多いんだし、任せればいんじゃねえの。」
「姫、クレピオちゃんはドブネズミじゃなくてハムスターなんだけど〜。」
夕がそう言い終わった時、いつの間にか彼の肩には、白く小さなハムスターが出現していた。まんまるなボディ、背中には小さいペストマスクが引っかかっている。
「…相変わらず、かわいいな。」
「えっ、ボクが?」
「ハムスターだ馬鹿。」
灯向が吹き出す。
「…っ、じゃあユウ、1年生の監視お願いね。悪いね、色々任せちゃって。」
「オッケー。気にする事はないよ。」
ユウは人差し指を立てて、ニッコリ微笑んだ。
「どんな面倒事でも、このユウおにーさんにまっかせなさい。」
「いってて…クソ、ざっくりやっちまった。」
「ミツルくん、随分機嫌が悪いね。」
「当たり前だろ。怪我は好きじゃない。」
光と桜人の2人が、てくてくと廊下を歩いている。光の指には、何かで切ったのだろうか、血が滲んでいた。
「結構派手にやったね。それにしても紙でそんな派手に指切るって…ミツルくん、何歳?」
「お前らよりは多分歳上だよ、馬鹿にしてんじゃねえよ。」
廊下のかどを曲がると、目の前に「保健室」と書かれた看板が見えた。まさか、縷籟警軍学校で保健室にお世話になるなんて……そう思いながら戸を開けると、誰かが「ん?」とこちらを振り向いた。
光と桜人には、その顔に見覚えがあった。
「えっと…たしか……」
「やあ、こんにちは。キミたちは…ミツルくんとサクラくんじゃない。ボクは田代 夕、特待の4年生だ。あら〜、ミツルくん、怪我してるじゃない。ほら、ここに座って。おにーさんが見てあげよう。」
後ろで縛った綺麗な長髪、細い目元に美しい顔立ち、落ち着く声。2人は一瞬だけ、夕を、女神と見間違えた。
そういえば、こんな人もいたな……灯向、徇、蓮人のキャラが濃すぎて隠れていたが、この人もなかなかに癖が強い。
「えっと、どうしてユウさんがここに……」
「言い忘れていたが、ボクは特待生兼、この学校の養護教諭もやっているんだ。俗に言う、「保健室の先生」ってやつだね。ユウ先生と呼んでくれてもいいんだよ。」
夕はニコニコしながら、光の指を消毒した。
「いっ……」
「痛いね〜、我慢だよ〜。はい、これで大丈夫。」
痛いの、痛いの、飛んでいけ……夕はそう言って、傷に絆創膏を貼る。
「ありがとう、ユウ。」
「いいえ〜。怪我をしたら、またいつでもおにーさんのところに来るんだぞ〜。」
「不思議な人だったな。なんていうか……ドキドキした。」
「ね。まるで女神だ、みんなが噂してた「保健室のビーナス」って、ユウ先輩の事だったんだ……なんていうか、特待生っぽくないね。」
違和感の正体…それはきっと、威圧感のなさだ。徇にも蓮人にも、そして我らが灯向にも、どこか、雰囲気からくる威圧感がある。そう、簡単に言うと、特待4年生は少し怖い。けれども夕には、それがまったく感じられない。
だからといって、陸のように話しやすいかと言われると、そうではない。彼には彼独特の雰囲気がある。彼を前にすると、妙に緊張するのだ。
「特待の先輩、やっぱ怖え……2年生はまったくだけど。3年生はよくわかんない。」
「わかる。4年生はかっこよすぎて空気に重みがあるし、3年生は得体が知れないし。2年生はまったくだけどね。」
陸と空、あの二人が特待生だという事実を、まだ脳が飲み込めてない部分はある。言葉の端々から知性は感じるが……知性……知性………。
「……説明する時だけだな、あの二人の言葉がかっこいいのは。」
「やめときなよ、リク先輩は神出鬼没なんだから、どこで盗み聞きされてるかわからないよ。」
光はギクッとして、周囲を見渡した。幸い、陸らしき影はない。
2人は顔を見合わせると、足速に、1年生の教室に戻って行った。
「うん……なんでもいい。どうでもいい。」
その日の昼休み。光と桜人は、危機に直面していた。
「いや、あの……なんでもいいって……。」
「なんでもいいから、君たちが決めて。」
目の前にいるのは、3年生の、柊ささめ。
廊下で偶然鉢合わせたところを、桜人が昼食に誘ったのだ。意外にも快く承諾してくれたが、学食の券売機の前でささめがいつまで経っても昼食を決めないので、2人はとても困っていた。
「本当になんでもいいんですか?じゃあ僕と同じやつで……」
「うん。何円?」
光は内心、引いていた。何だこの人、昼食をサクラに決めさせたぞ……。てっきり「君が決めたんだから君が払ってよ」とか言われるのかと思ったがそんな様子もなく、自分で会計したので、どうやら本当に昼食が自分で決められないだけらしい。いや、どちらかというと、決めるつもりがないように見える。
3人は同じテーブルに座った。ささめが「いただきます」と手を合わせて、2人もそれに続く。
「ササメ先輩は、何の食べ物が好きなんですか?」
「何も好きじゃない。……あ、カイトが作った焼き鮭は好き。」
「カイト先輩、お料理できるんですか。普通の焼き鮭となにか違うんですか?」
「わからない。カイトが作ったから好きなんだと思う。」
ささめは淡々としていたが、光と桜人は気がついた。もしかしてこの人、海斗のことが好きなんじゃないか……。
「そういえば、いつもカイト先輩といっしょにおられますよね。今日はいないんですか?」
「うん。カイトは任務に行ってる。いつもはカイトがお弁当をくれるから、お昼ご飯を決められなかった、決めてくれてありがとう。学食もおいしい。」
なんだ……なんていうか……。
「ササメとカイト、夫婦みたいだね。」
「光くん!?急に何言ってるの。」
どうして光はいつも、先輩に対してもタメ口で呼び捨てなのか。どうしてそんなにデリカシーがないのか。いや、夫婦って、ちょっと思ったけども。
「夫婦……夫婦、か。」
「すみません、うちのミツルが失礼なことを……」
「なんでもいいし、どうでもいいよ。特待生に、敬語とか礼儀にうるさい人なんていない。夫婦、ちょっといいなと思った。ありがとう。」
「え……。」
想定外だ。どうやらささめは、光と桜人が思っている以上に、海斗にぞっこんなのかも知れない。
その後も桜人はささめと会話をした。ささめはいつも決まって、面倒くさそうに「どうでもいい。けど強いて言うならカイトの……」と言う。まるで、そう言うようにプログラムを組まれたロボットのようだ。
「楽しかった。またね、1年生の2人。」
食べ終わると、ささめはそそくさと帰ってしまった。自分たちも帰ろうと、食器を返してから廊下に出る。
「…あ。」
途中でみずなとすれ違った。
「よおみずな、久しぶり。」
「………」
みずなはつーんと、振り返ることもなく無視をした。相変わらずの無愛想だ、かなりムカつく。2人は顔を合わせると、みずなについて行った。
「みずなくん、みずなくん。最近はどう?勉強は進んでる?3年生の寮の居心地は?」
「おいみずな、さっきささめと飯食ったんだけど、いい人だったな。3年生はどんな感じ?止まれよ、なあ」
光の言葉を聞いた瞬間、みずなはピタッと止まった。
「ささめ先輩とご飯食べたって言ったの?彼はどんな人だった?」
「うお、急に止まるじゃん。どんな人って……優しかったけど、自己判断能力が欠如してたな。全部なんでもいいから、好きなカイトに解決してもらったり、決めてもらったりしてるらしい」
「……カイト先輩、か。ササメ先輩はカイト先輩に従っているのか。」
「従ってる、てか……甘やかしてもらってる感じがした。それがどうかしたのか?」
みずなは数秒間黙り込んだあと、ふいっと顔を背けて、また歩き出した。あまりにも速い歩きだ、まるで「用は済んだからついてくるな」とでも言うような。
「……なんなんだ、あいつ。変なやつだな、あんなんだから孤立すんだよ。」
「ミツルくん、そんなこと言っちゃいけないよ。きっといつか心を開いてくれるよ。」
「そうだといいけど。」
かどに消えるみずなを見送り、光はため息をつく。
特待生は変なやつばかりだ。光には、この先が心配でならなかった。
続く