テラーノベル
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桜の花びらが風に舞う中、俺は手元のスマホを見つめながら、重たい足取りで歩いていた。
スマホの地図に示された水色の道が、歩くたびに短くなっていく。 やがて目的地を示す丸印が、俺の現在地と重なる。
顔を上げると、そこには一軒の古民家があった。
築年数を感じさせる木造の家だった。 “古い”というよりは趣のある”という言葉が似合う。 二階建ての家は、想像していたよりずっと大きかった。 木の外壁は日に焼けて少し色あせているけど、どこか落ち着いた雰囲気がある。 古いのに、ちゃんと手入れされているのが分かった。
今日からここが俺の住む場所。
両親が死んでから、十年間俺を育ててくれた祖父母の家を出て、ここで暮らす。 別に、一人でこの広い家に住む訳じゃない。 ここには、もうほかの住人がいる。いわゆるシェアハウスというやつだ。
正直乗り気じゃないんだよな…ばあちゃんと住めないなら、 高校の寮の方がよかったかもしれない
ばあちゃんが入院することになって、真っ先に出た案は寮だった。けれど、 最終的に決まったのはこのシェアハウスへの引っ越し。 入居者は俺で四人目になるらしい。 安心なのは、全員男だってこと。 別に女の人が嫌なわけじゃないけど、家でまで気を遣いたくない。
…まぁ、それはムリな話だけど。
?「いるまちゃん?」
玄関のドアが開き、一人の男が出てくる。 小さな声で俺の名前を呼んだのは
俺の兄、奏音 須知だった。
家の中は、リフォームでもされているのか、見た目よりもずっと綺麗だった。
フローリングの廊下を進んで、リビングへ案内される。
振り返った須知と一瞬だけ目が合ったけど、すぐに逸らされた。 その視線は宙を泳いて、最終的に俺の足元に落ちる。
気まずい。
これ以上ぴったりくる言葉は、他にないかもしれない。
須知「ええと…。いらっしゃい」
ぎこちない声だった。 須知は慣れた手つきで湯呑にお茶を注ぎ、俺の前へ差し出した。
そのあと、言葉が続かない。
湯気だけがゆらゆら立ちのぼって、しばらく沈黙が続いた。
やがて、須知が小さく息を吸って、「あ……………」と声を漏らす。
そして、覚悟を決めたように口を開いた。
須知「元気そうで安心した」
須知「あ、荷物はもう部屋に運んであるよ。荷ほどき大変だったら手伝うから」
入間「いらない」
須知が、作り笑いみたいな顔をした。
その笑いが妙に確にさわって、腹の奥から苛立ちがこみ上げる。 思わず強い口調で言葉を遮った。
須知「あ、そっかそっか。」
須知「いるまちゃんはしっかりしてるもんね」
108
俺のことなんて何も知らないくせに
この兄を、俺は兄だと思ってない。 だって。
十年間、一度も会いに来なかったくせに
両親が亡くなってから、俺だけが祖父母に引き取られた。
当時俺は7歳で、須知は18歳。
須知の年齢なら、ひとり立ちするにはもう十分だったのはわかる。
でも、まさか一度も会いに来ないなんて思わなかった。
突然両親がいなくなって、寂しくて悲しくてどうにかなってしまいそうだった。
そんな時に兄までいなくなった俺の気持ちなんて、この男はきっと一生わからない。
これまで何もしてこなかったくせに、今さら兄らしいことをしようとする。 それがたまらなく嫌だった。
須知「あ、そう、そうだ。」
須知「お昼、食べてないでしょ?」
須知は何かを思い出したように立ち上がり、おぼんを持ってくる。 そこに乗っていたのは、きれいに盛り付けられた和食だった。 だけど。
入間「お腹空いてない部屋、どこ?」
食べる気になんてならない。
それよりも早く、この場から抜け出したい。 これ以上、この気まずい空気に耐えられなかった。
俺に用意された部屋は、広すぎず、狭すぎもしない一人部屋だった。 すでにベッドは組み立てられていて、前もって送っていた段ボールが数個置いてある。
ばあちゃんちに引き取られた時のこと思い出すな
当時、まだ小さかった俺は、両親がいなくなってしまったこと、そして兄が一緒に住まないことを受け入れられなかった。
いつかきっと、また家族四人で過ごせると思っていた。 だけど、待てども待てども、俺の前に両親はもちろん、兄も姿を見せることはなかった。
捨てられたんだ。 いつしか、そう理解するようになった。 兄は、俺のことがいらなかった。邪魔だったんだ。
思い出すたびに、胸がジリ、と焼かれたように痛くなる。
それを誤魔化すように、俺は荷解きを始めた。
荷物は多くない。数時間もすれば、最後の段ボールをたたみ終える。 そして、最後にリュックからタオルにくるまれた写真立てを取り出した。 俺とばあちゃん、そしてまだ存命だったじいちゃんが写った写真。 じいちゃんが生きていた、最後の夜の誕生日の写真だ。
何で今更、俺の前に現れたんだよ
俺は小さくため息をついた。 その直後、ノックの音と同時に私が開き、元気な声が飛び込んできた。
?「おっじゃましまーす!
ふわりと甘い匂いを携えて入ってきたのは。
女の人!?
このシェアハウスには男性しか住んでいなかったはず。 なのに、どうして。
桃乃「初めまして! 川瀬 桃乃でーす! 隣の部屋だからよろしくね!」
陽太「隣…?」
桃乃「うん! あれ? 片付け手伝おうと思ってきたんだけどもう終わっちゃった?」
ここの住人ってこと?
このシェアハウスは“男性限定”って言ってたのに、 なんて嘘つくんだよ
ますます須知への不信感が募る。
十年も放っておいたくせに、今さら何をしようっていうんだ。 俺の気持ちなんて知るはずもない川瀬さんに、腕を引かれた。
桃乃「まぁ、終わったならいっか! ご飯出来たから行こ!」
桃乃「須知くんのご飯美味しいんだよ〜!」
入間「いや、」
俺の言葉を無視した川瀬さんに引きずられ、再びリビングへと向かうことになる。 ふわりと、醤油の香りが鼻をかすめた。ばあちゃんちでもよく嗅いだ香りだ。 テーブルには、筑前煮や焼き魚といった和食が並んでいた。
桃乃「わ〜美味しそ〜!」
須知「あ、桃乃ちゃん、良いところにご飯よそってくれる?」
桃乃「はいは〜い!須知くんは大盛り?」
須知「俺大盛りなことあったっけ…?」
桃乃「へへっ、今日は分かんないじゃーん! あ、那津さんは?」
川瀬さんの声で、リビングにもう一人いることに気が付く。 すらりとした長身の男性。須知よりも少し年上に見える。 那津さんと呼ばれたその人は、川瀬さんに一言、
那津「白米…いまはいい…」
とだけ返した。
そして、俺に視線を向けると、テーブルの椅子を引いてくれる。
座れ、という事だろうか。
那津「飯は勝手に大盛りにされるから気を付けろ」
とさらには助言までくれる。
那津「… 朱暇 那津」
入間「… 奏音 入間」
那津「… よろしく」
入間「… こちらこそ」
この人は、落ち着いてるな
どこか安心を覚えていると、キッチンからエプロンをつけた須知が出てくる。
須知「ひまちゃん! 白米も食べないとって、毎回言ってるじゃ」
俺に気が付いたのか、空は言葉を止める。
空間に、わずかなぎこちなさが漂う。
だがそれもほんの一瞬で、ご飯をよそっていた桃乃さんがキッチンから出てくると、 リビングはすぐに賑やかさを取り戻した。
桃乃「はい! これ須知くんね!」
須知「あ、あぁ、ありが…だから大盛りじゃないってば」
桃乃「えー? こんなの全然大盛りじゃないじゃ〜ん」
須知「これは桃乃が食べな?俺とひまちゃんはその半分でいいよ」
那津「俺いらなぁい…」
須知「だめです。昨日も食べてないでしょ」
須知「白米は身体のエネルギーなんですよ。ちゃんと食べないと」
那津「いらない」
桃乃「わがままはダメだよ、那津さん。」
桃乃「今日のごはんもすっごく美味しそうに炊けてるんだから!」
須知「そうだよ?ごはんがあると、 おかずももっと美味しく食べられるんだから」
そんな、楽しそうな会話が目の前で繰り広げられる。
仲いいんだな……こんな空気の中に、 今さら混ざれるわけないじゃん
部屋に戻ろう。
にぎやかな空間から背を向けたその時、空に名前を呼ばれた。
須知「いるまちゃん! ご飯、その、食べないと」
俺がいたら気まずいくせに
二人に向けるときとは違う、おどおどした目。
そんな顔で何を言ってるんだか。
俺は無言で部屋に戻った。
戻った部屋で一人、スナック菓子の袋を開ける。 ぱり、と軽い音が響いた。
今さら兄っぽいことしてほしいとか、望んでもないのに
これから先、俺がここにいることで、きっと面倒が増えるだけだ。 なのになぜ、空は俺を迎え入れたんだろう?
考えても答えは分からない。
…………このお菓子好きなはずなのに、味がしない
噛みしめても、口の中に広がるのは味気ない空気だけだった。
コメント
1件
え、妹いるって聞いてたのにまさかの女の子住人いてビビったわ……「男性限定」って聞いてたのに、これは確かに不信感湧くよな。でも那津さんの「飯は勝手に大盛りにされるから気を付けろ」は草。須知がおどおどしてるのと入間くんのツンケンした態度が痛いほど伝わってきて、今後の関係がどう変わっていくのかすごく気になる🔥