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(結局、来てしまった……)
放課後、僕は心野さんと一緒に駅前まで行くことになった。
だって、ずっと自分の世界に入り込んだままだった心野さんが、放課後になった途端にシャキッとして、そして僕の方を期待の眼差しでずっと見てくるんだもん。
でも、どうしてそう感じたんだろう? 長い前髪で顔が見えないから表情が分からないので、期待の眼差しかどうか分かるはずもないのに。まあ、いいか。
で、さすがに無視して帰るわけにもいかず、とりあえず一緒に遊びに行こうと誘ってしまったわけで。誘わざるを得なかったわけで。
それに、心野さんと仲良くなりたいと思って話しかけたのは僕の方からだし。女性恐怖症を克服するチャンスでもあるし。
しかし、それにしても……。
「ふふ、うふふふ」
駅前までの道中、心野さんは完全に上の空状態。大丈夫なのかな……。絶対に今、絶賛妄想中のはず。
でも、なんかこの様子も見慣れてきちゃった。僕って意外にも適応力あったんだな。
「心野さーん、心野さーん、そろそろこっちの世界に戻ってきてー。そろそろ駅前だよー」
「ハッ! あ、ご、ごめんなさい! ちょっと妄想が捗りまして……」
うん、やっぱりね。予想的中。
しかしなるほど。心野さんが自分の世界に入ってしまっている時は、肩をトントンと叩いて声をかければいいみたいだ。というわけで心野さんの上の空モード、終了。
今度、心野さんの取扱説明書でも作っておこうかな。
「で、でも、但木くん、本当にいいんですか? 私みたいな陰キャでナメクジ以下の人間をナンパしてくれたり、デートに誘ってくれたりして……」
心野さん、耳を赤くしてまた手遊びを始めてしまった。
しかし、この前はミジンコ。今日はナメクジか。そんなに自分を卑下することもないのになあ。と、思ったけど僕も同じようなものか。自己肯定感の低さに関しては。
「いや、僕は遊びに誘っただけで、決してナンパとかデートでは――」
と、そこまで言ったところで、僕は口を噤んだ。だって心野さん、すごく嬉しそうなんだもん。顔は前髪で隠れて相変わらず見ることはできないけど、口元が緩みきっている。
それに、僕と一緒にいることで女の子が嬉しそうに、そして喜びを感じてくれることなんか今まで経験したことがなかったから、僕まで嬉しくなってしまった。笑顔、だよな? これ。
だから、なんだかもうナンパでもデートでもいいかなって思えてきた。喜んでくれているんだから。でもね、絶対に記念日としてカレンダーには書かせないけどね!
「ううん、僕も今まで女の子とデートなんてしたことがなくってさ。中学時代にちょっと色々あってね。女性恐怖症になっちゃったんだ」
それを聞いて、心野さんは首を傾げた。仕草がなんか子犬みたい。
「え? 女性恐怖症ですか? 但木くんが?」
「うん、そうだけど、なんか変かな?」
「あ、いえ。友野くんとあれだけ喋ってましたし、なんか意外で。社交的なんだろうなって。でも、そうなんですね。でも、あれ? も、もしかして但木くん、私のことを女の子とは思ってくれてない……ってことですか?」
「あ、違うよ。そうじゃないんだ。それに、心野さんのこともちゃんと女の子として見てるから。だから安心して」
「そ、そうなんですか? でも、だったらどうして私とは普通に喋れてるんだろ……」
そう、そこなんだ。それに関しては僕自身もずっと不思議に思っていた。どうして心野さんとなら普通に喋ることができるのか。
謎すぎる。
「うーん、どうしてなのかは分からない。でもさ、僕が女の子と一緒にお喋りしてるとこ見たことないでしょ?」
「確かに……。でも、私はてっきり友野くんと一緒にいつもナンパに明け暮れているものとばかり思っていました」
心野さんの中の僕のイメージって、一体……。
「ナンパなんて僕の人生の中でしたこと一度もないよ? できるはずもない。でもね、心野さんと仲良くなりたいと思って勇気を出して話しかけたんだけど、こうして普通に喋れてるわけで。何故か緊張しなくて。不思議だよね? そんなこと、今までの僕では考えられないことなんだ」
「そ、それ! 私と全く同じです!」
「僕と、同じ?」
「はい、そうです。私って今までずっと男子どころか家族以外の人とは長い間お話ししたことなんてなかったんです。できなかったんです。でも何故か、但木くんとは普通に喋れるんです」
言われてみると、確かに。
最初に話しかけた時よりも、心野さんは僕と普通にお喋りしてくれている。あれだけキョドキョドしていたのに。どうしてなんだろう……。
僕も心野さんも、不思議なことだらけだ。
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