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そして流れるように時は過ぎ、謎のラブレターをもらってから二週間が経ったが、特におかしなことが起こることもなく、ルシンダは至って平和に過ごしていた。
ちなみに今は魔術実習の授業で、複数人で連携して魔術を使う練習をしているところだ。
ルシンダはミア、アーロン、ライルと一緒の班になり、四人で同時に水魔術を発動して巨大な水球を作ろうとしている。
「もう少しで完成……あっ!」
途中までは上手くいっていたが、最後の最後でルシンダの術が強く出過ぎて水球が弾け飛んでしまった。
練習の様子を見ていたレイがアドバイスをくれる。
「惜しかったな。最近の授業を見ていて思ったんだが、ここのところルシンダの魔力がだいぶ強くなってきているようだから、感覚にズレが生じているんだろう。注意して調節してみるといい」
「私の魔力が強く……? 分かりました、気をつけてみます」
レイに言われたことを意識して魔力の出力を微調整すると、今度は弾けることなく綺麗な水球を作ることができた。
「よし、上出来だ」
「レイ先生のアドバイスのおかげです!」
「言われてすぐ適切に調整できるのも大したものだ。四人とも疲れただろう。少し休憩してろ」
そう言って、レイは別の班の指導をしに行ってしまった。
ルシンダたちは四人で輪になって芝生に腰を下ろす。
(……魔力が強くなってきているなんて嬉しいな。授業を頑張っているおかげかな)
ふと、フローラに教わり始めた頃に言われた言葉を思い出した。
──魔術を自在に操るには精神を解放することが大切よ
──心にフィルターを作らないで、物事をありのまま受け入れるの
(精神の解放が大事って言ってたよね。少しは精神的にも成長できてるのかな)
そんなことを考えていると、ミアが話を切り出してきた。
「ねえ、あの手紙のことだけど、あれから何か手掛かりは見つかった?」
「いや、それが全く」
ライルが悔しそうに答える。あの手紙を受け取ってから何事もないのはありがたかったが、差出人の手掛かりも得られていないのだった。
「このままじゃ埒があかないわね。いっそ、こちらから仕掛けてみるのはどう?」
「どういうことですか?」
ミアの提案にアーロンが尋ねる。
「あの手紙には、『誰のものにもなってほしくない』って書いてあったでしょう? だから、ルシンダが誰かに気があるように見せたら、焦ってボロを出すんじゃないかと思って」
「なるほど……。ちなみに、どうやってルシンダが誰かに気があるように見せるんですか?」
「ふふふ、『告白の日』を利用するのよ」
「告白の日?」
告白の日というのは、二月の二番目の金曜に、女性が好きな男性に焼き菓子を贈って好意を示すという、前世でいうバレンタインデーのようなものだ。いかにも乙女ゲームのご都合で作られたような風習である。
「好きな女の子が告白の日にお菓子を持って、他の男子を探しているみたいだったら不安になるでしょう?」
「たしかに……」
「気になって仕方ないかもしれません……」
アーロンとライルが何かを想像しながら苦い顔をする。
「でも、誰にお菓子を渡せばいいのかな?」
ルシンダが首を傾げて尋ねる。アーロンとライルがもの言いたげな視線を投げかけてくるが、ルシンダが気づく様子はない。
「ふふっ。ルシンダのプレゼントなら食べたい人がたくさんいるだろうし、プレゼントを持って適当にうろついたら生徒会のみんなで分けましょう」
「そうだな、それがいい」
「いい考えだと思います」
アーロンとライルも賛成し、「告白の日大作戦」の決行が確定したのだった。
◇◇◇
そしてあっという間に「告白の日」当日。
授業がすべて終わって下校の時間となると、ルシンダはまだ全員そろっている教室の中で、ミアと一緒にあらかじめ練習していた小芝居を始めた。
「ルシンダ、その箱ってもしかして『告白の日』の焼き菓子……?」
「う、うん」
「そうなんだ〜。じゃあ、早く渡しに行かないと」
「そ、そうだね。受け取ってくれるといいんだけど……」
ルシンダの演技が多少ぎこちないが、意中の人に焼き菓子を渡す前で緊張していると思えばリアルな反応のようにも見える。
ちなみに、犯人は同じクラスの人と決まっている訳ではないが、その可能性が高いので、こうしてアピールをすることにした。一応、あとで他のクラスの教室の前もうろうろする予定だ。
「ひ、一人だと恥ずかしいから、ミアも付いてきてほしいな」
「仕方ないわね。じゃあ、一緒に行ってあげるわ」
そうして焼き菓子の入った箱を腕に抱えて教室を出て、他クラスの前の廊下を練り歩く。
ルシンダの他にも、焼き菓子が入っているであろう袋や箱を持って頬を染めている女子生徒がちらほらいるので、不自然さはないだろう。
しばらくミアと二人で廊下をうろついていると、ルシンダは背後に気配を感じた。
(ま、まさか、本当に引っかかった……?)
恐る恐る後ろを振り返ると、そこにいたのはレイだった。
「さっきからうろうろして、どうした? 探しものか?」
どうやら、ルシンダたちが困っているように見えて声をかけてくれたらしい。
「い、いえ、なんでもないんです」
「その箱……もしかして『告白の日』の焼き菓子か?」
「えっと、そんなようなものです」
「ふーん……意外だな」
レイが驚いたような顔で呟く。
「ふふふ、女子にはいろいろあるんですよ」
ミアが口に人差し指を当てて意味深に微笑むと、レイは困ったような笑顔を浮かべた。
「……無事に渡せるといいな」
「はい、じゃあ失礼します……!」
ルシンダがなんとなく恥ずかしくなって、そそくさと速足で立ち去ろうとしたとき。
どこから入り込んだのか、急に緑色の虫が飛んできてルシンダの手に止まった。
「む、虫っ!!」
ルシンダは思わず焼き菓子を放り投げて、その場から逃げてしまった。
「ちょ、ちょっとルシンダ!」
ミアがルシンダを追いかけてなんとか虫を外に逃した後、二人で元の場所に戻ってくると、なぜか焼き菓子を入れた箱が跡形もなく消えていた。