「ねぇ、そこ邪魔」
少し幼いながらも力強い声が響き、夏蝶は後ろを振り返る。
そこに立っていたのは、禿の少女たちだった。一等綺麗な少女を真ん中に、もう二人が真ん中の子の両脇を固め、扇のように広がって廊下を歩いていた。
夏蝶は元々壁にピッタリと身体をくっつけるようにして歩いていたし、何より夏蝶が動かなければ夏蝶と一番近い少女とはぶつからない距離にあった。
だから、邪魔と言われてもどう避ければいいのか分からない。進行方向の近くに曲がり角さえあればそこまで走ることが出来るが、あいにくこの場所は廊下のど真ん中。曲がり角はまだ先にあるし、空いてる部屋に入ろうとも壁沿いを歩いているためそれも出来ない。
まだ軽い単語を話すことと、簡単な数字を数えることくらいしか出来ない幼い脳ではどうやり過ごせばいいか分からなかった。でも刻一刻と少女たちの顔は冷ややかな表情から苛立ちを感じさせる表情へと変わっていく。いくら十分に発達していない脳でも人が怒ってることくらいは分かるため、夏蝶は咄嗟に壁に背を着け、なるべく身体を薄くさせようと元々薄く引っ込んだ腹をさらに引っ込ませた。
どうやらこれが正解だったらしい。少女たちは不機嫌そうに鼻を鳴らし、歩き出した。
夏蝶はそれにほっと安堵し、軽く息を吐いた。だが、少女たちがちょうど夏蝶の前を通ったと同時に息を吐いてしまったためか、夏蝶に一番近い少女が、顔を大きく歪めて甲高い声で叫んだ。
「ちょっと!あんたの息で着物が汚れたじゃない!」
なんとめちゃくちゃな言い掛かりだろうか。流石に横暴すぎる言い掛かりに夏蝶はぎょっとして目を見開く。当たり前だ。片腕以上ほどの距離があるのに、着物に息が掛かるなんて距離的にありえない。
少女は鬼の形相で夏蝶の胸ぐらを両手で掴み、引き寄せると、壁に突き飛ばした。
「うっ…」
大きな衝撃音と共に、背中を中心に広がる鈍い痛みが全身へ駆け巡った。肺の中に残っていた息は背中をぶつけた衝撃で呻き声となり吐き出され、頭を壁に強くぶつけてしまったせいで、頭蓋骨の中にあるはずの脳が揺れるのを感じる。
ぐらぐらと揺れる感覚に襲われた夏蝶の身体は、どさりと床に倒れ込んだ。
「…いらない子のくせに」
その言葉を最後に遠ざかっていく足音。
ぼんやりと霞みがかった頭の中に、少女の言葉が耳にこびり付くように響いた。
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