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アルージエの傷を診た医者は、眉をひそめた。


 「ふむ……命に別状はありませんな。しかし、運動は当分控えることです。頭を強く鈍器で殴られたようです。誰かと殺し合いでもしたのですかな?」

 「い、いや……わからない」


とりあえず命は無事なようで、シャンフレックは安堵する。

頭に包帯を巻かれたアルージエは憔悴しているようだった。


 「服や財布の類もなくなっているし、賊に襲われたと考えるのが妥当ね。しかし、わが領地に賊が出るなんて……見直しが必要だわ」


治安維持には力を入れていたつもりだ。

しかし、こうして実際に被害者が出ている。

体制を変更しなければならないだろう。


 「本当に迷惑をかける。シャンフレックには何と感謝すればいいか……」

 「領民を守るのが貴族の役目よ。もちろん、あなたも領民の一人だと思っている。当然の義務を果たしただけで、感謝される謂れはないわ」

 「それでも、僕はきみに感謝したい。今度、何かお礼をさせてくれ。記憶を失って初めて会うのが、きみのように優しい人でよかった」

 「っ……」


純粋な謝意と笑顔を向けられて、またもやシャンフレックは動揺する。

ユリスからこんなことを言われた覚えはなかった。

口を開けば金の催促や、仕事の押しつけをしてくるユリスとは大違いだ。


 「……おほん。よいですかな、シャンフレック様。この方はしばらく安静にしておく必要があります。公爵家で保護なさいますか?」

 「も、もちろんよ。身分が明らかになっていない以上は、賓客として扱った方がよいでしょう」

 「承知しました。しばらくは経過を観察いたします」


身元が明らかになるまでは、この家に置いていた方がいい。

また賊に襲われでもしたら最悪だ。


ざっとアルージエを確認する。

見たところ、疲労の色が強い。すぐに休ませた方がいいだろう。

服の類も採寸して用意させるべきだ。


 「それでは、アルージエ。こちらへ」

 「ああ。医師殿、ありがとうございました」


礼儀正しく医者にも礼をして、アルージエはシャンフレックに続く。

廊下に出たところで、彼は尋ねた。


 「ところで、きみは公爵令嬢だったな。敬語を使った方がいいだろうか」

 「必要ないわ。堅苦しい言葉を使われると、貴族同士の面倒な付き合いを思い出すから」

 「わかった。貴族は大変だな」


そうは言ったものの、シャンフレックは個人的な感情でアルージエに敬語を使ってほしくなかった。

愛し合っていなかったとはいえ、婚約者が消えたことが影響していたのだろうか。今は気軽に寄り添ってくれる人が欲しかったのだ。


 「とりあえず今日は休みなさい。お腹は空いてない?」

 「ああ。とにかく……眠い」

 「屋敷の一室を貸すわ。そこを自由に使って」

 「何から何までありがとう。そういえば……ここを管理してるのはきみのお父上か?」

 「お父様とお母様は遠出してるの。しばらくは帰ってこないわ」


両親が帰宅するころには、アルージエの身元も明らかになっているだろう。

シャンフレックはそう楽観的に捉えていた。


廊下を歩くかたわら、二人は何気ない会話をする。


 「公爵か……やはり忙しいのだな」

 「ええ。すごく忙しいわ。最近は忙しい要因がひとつ減ったけど」

 「減った? どういうことだ?」


シャンフレックは口を滑らせて、しまったと後悔した。

忙しい要因……すなわちユリス。

この話をアルージエにするのは気が引ける。


しかし、彼の真剣な眼差しは話を聞きたそうにしていた。

少し迷って、彼女は語る。


 「最近、婚約破棄されたのよ。愛し合っていない仲だったから、別にどうでもいいけど。元婚約者が非常に面倒な人物で、私の予定をかなり制限していたの」


シャンフレックの言葉に、アルージエは衝撃を受ける。


 「そ、その元婚約者は……特殊な性癖の持ち主なのか!? きみのような完璧な美人を手放すなど、言語道断……っ!?」


少し憤って興奮したのか、アルージエは咄嗟に頭を抑える。

叫んだ反動で傷口がズキズキと痛む。


 「ちょっと……負傷しているんだから、大声を出すのはダメ。その、褒めてくれるのは嬉しいけど……」


褒められて悪い気分はしなかったが、今はそれよりもアルージエへの心配の方が勝る。

シャンフレックは彼を支えて客室に案内した。


 「ほら、ここがあなたの部屋よ」


アルージエをやや強引にベッドの方まで歩かせて、彼を寝かせる。

今にも昏倒してしまいそうだった。


 「ああ、すまないな……シャンフレック。ありがとう……」

 「おやすみなさい」


ベッドに沈んだ瞬間、アルージエは眠ってしまった。

よほど疲れていたのだろう。

記憶を失うほどの勢いで殴られたのだから、当然の疲れだ。


彼の様子は適宜確認する必要がある。

シャンフレックは静かに部屋を去った。

婚約破棄された令嬢、教皇を拾う

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