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先輩が電話中に待たせているお客様のもとに向かうために、急いで会社の入口に走った。受付嬢が僕の姿を見、座っている椅子から腰をあげる。

「すみません、島田先輩の代わりに参りました。お客様は――」

「窓際の席にいらっしゃる方です」

その説明で視線を注いだら、ソファに腰かけていた女性が立ちあがり、小さく頭を下げた。

受付嬢に礼を言い、小走りで彼女に近づく。忘れもしない、先輩と出逢うキッカケになった、電車で痴漢されていた女性だった。

「星野と言います。その節は島田さんと一緒に助けてくださり、ありがとうございました!」

「いえいえ。僕は先輩の指示に従っただけでして、直接助けたわけではありません」

後頭部を搔きながら、苦笑いを浮かべる。先輩が来るまでになんとか時間を稼いで、彼女のお相手をしなければならない。

「あのときは本当に怖くて抵抗はおろか、声を出すことすらできなかったんです。おふたりが助けてくださらなかったら、どうなっていたか……」

恐怖の瞬間を思い出したのだろう、彼女の瞳が涙に滲む。

「星野さん、よく島田先輩の働く会社がわかりましたね?」

電車での暗い出来事から話を逸らすべく、違うことを口にした。

「今回の出来事について、私の勤めている会社でなにか言われたら、島田さんが証言者になるからって、帰り際にわざわざ名刺を持たせてくれたんです。人によっては痴漢くらいで、遅刻したことを悪く言うヤツがいるかもしれないって、気を回していただいて」

「あー、なるほど。それでここがわかったんですね。先輩ってば、本当に気遣いのできる方なんで」

やっぱりヒート先輩はすごい人だと、ひっそり好感度をあげていたら、星野さんも嬉しそうにほほ笑む。

「はい。たった一枚の名刺なのに、胸を張って会社に出勤することができたんです。変なことを言い出す人もいなくて、安心して仕事ができました」

(なんか彼女の中で、先輩の株が爆上がりしてる感じだな。すっごく嫌な予感がする――)

「すみません、島田先輩は電話対応中で、すぐに来ることができなかったため、僕がここに来ました」

「そうなんですね、でも良かったです。おふたりに改めてお礼を言いたかったので、助かっちゃいました」

「僕はあのとき、ほぼなにもしていないので、お礼なんて困ってしまいます」

間を持たせなければならないというのに、話題がなさすぎて、言葉数が少なくなってきた。

「あ……」

目の前にいる彼女が僕の背後に視線を飛ばしたことで、先輩が来たことを悟る。ゆっくり振り返ったら、背広を腕にかけた先輩が、大柄な体を揺すりながら駆け寄ってきた。

「大変お待たせいたしました。もしかして、なにかあったんですか?」

みずから証言者になると申し出ていた先輩が、気遣うような面持ちで彼女を見つめる。それは純粋に彼女を心配しているだけなのに、僕にたいしてそういう気持ちを注いでくれないことがわかるだけに、胸がしくしく痛んでしまった。

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