テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「絵奈!」
「ねぇ、絵奈!」
「ん……?」
有紀の大きな声に、夢の世界から引き戻される。
「何?」
「何じゃなくて。大和君、さっき体育館でバスケしてたよ!」絵奈は少しだけ、顔を上げた。
「もう、いいんだって。終わったの」眠い目をこすりながら、ふぅっとため息をつく。
「ほんとうに、もういいの?」
「うん……。だって、しょうがないじゃん」
(は~ぁ。せっかく忘れかけてたのに、なんで思い出させるの?)
「卒業式まで42日」
黒板に書かれた横文字が、卒業式までのカウントダウンをしている。
これを見ても、残りわずかしかない学校生活に対する実感はまだわかない。その日が楽しみなような、そうでないような……。複雑な気持ちになる。
「やば!金ちゃんに呼ばれてたんだった!ちょっと行ってくる」
そう言うと有紀は丈の短いスカートをひらりひらりさせながら、勢いよく教室を出て行った。あやうくスカートの中が見えそうだったから、そこにいた男子達はそれだけに目線を注いだ。
金ちゃんとは去年四月から国語の先生の手伝いに来ているバイトの女性。有紀と仲が良く、二人でよくつるんでいた。あまりに楽しそうなので、まるで昔から長く付き合っているようかのに見える。
「あ、川島さん。まだいたの?」
「えっ!」思わずビクっとして、顔を上げる。
「そんなに、驚かないでよ。幽霊でもないんだし」
「あ……。ごめん。突然で、びっくりしちゃって」
彼……。小山尊は、絵奈の後ろの後ろの席の男子。低身長で、カナリ細身だ。
顔はビックリするほど小さくて、女子だったとしたら「小顔美人」なんて、あだ名をつけられていたのではないかと思うくらいだ。
ほとんど話したことはなかったが、あまり目立つタイプでないことは、絵奈にもハッキリと分かっていた。
「あのさ」尊がためらいながら言った。
「ん?何?」
「いやさ、俺……。中尾さんのこと、好きなんだよね」
「え!そうなんだ……」自分への告白ではないのに、なぜかドキッとする。
(へぇ~。有紀のこと好きだったんだ。知らなかったな)
「でも、恥ずかしいというか、なんというか……。全然話しかけられないんだ」
(あぁ、確かに。話してるところ、見たことない)
「それでさ……。中尾さんて、好きな人いるかな?」
好きな女の話はその友達に聞くのが一番、そう思っている男子が多いように思う。
「たっだいまーーー!!」有紀がスキップしながら、戻って来た。
絵奈と尊がギクッとした反応を見せる。そりゃあそうだ。本人が、思ったより早く戻って来たのだから……。
有紀はその綺麗な髪をなびかせながら、二人の方へやってきた。
「お!小山じゃん!めずらし~!なになに~?絵奈に、告ってたの?」有紀は笑いながら、尊の反応を覗く。
その時絵奈は見逃さなかった。尊の小さな顔がどんどん赤く染まっていくことを。
「あ……。中尾さん。そうじゃあなくて……」
「そうじゃなくて?なによ」有紀がハッキリしろよ、と言わんばかりの表情を見せる。
「俺が好きなのは……」
「うん、好きなのは……?」
「生徒会の藤田さんなんだ……」
(え?何言ってんの。小山君。嘘ついてんじゃん)
「まぁぢーーー!!??あたし、友達だよ!今度、紹介しようか?」
有紀が声を張り上げた。いつもよりも少し高めのキーだ。
そう言うと有紀は黒板を消しに行った。
「小山君!あれで良かったの?」
「いや……。良くは、なかった……。よね?ははは」
尊は目線を下に向け、力なく笑った。