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今日は君と、初めましての日。
僕はシワひとつないシャツを着て、
鏡の前で赤いネクタイを締めた。
君の好きそうな花を買ったよ。
僕は君にとって、どんな人になれるだろう。
────────
窓から冷たい風が吹いて、
君がこちらへ振り返る。
「初めまして」
僕は一礼し、綺麗に束ねられた5本のマーガレットを差し出した。
「まぁ、素敵な紳士さんと……綺麗なお花。素敵ですね、ありがとう。」
君は微笑んで、花束を受け取った。
「よければ、散歩にでも行きませんか」
僕がそう言うと、君は小さく頷いた。
「暖かい日ですね」
君が空を見上げて言う。
「そうですね、まるで……。」
言いかけて僕は言葉に詰まった。
「あら、なにか言おうとしました?」
「いいえ、なにも。」
暖かい太陽の下で、君とベンチに座っていた。
「貴方みたいな素敵な人の奥様になる人は、きっと幸せでしょうね」
君が僕に言った。
僕は何も言わなかった。
「明日も、会いに来ます」
ボソッとそう言って、君の手を優しく撫でる。
「待っています」
君はまた微笑んだ。
─────────
あれから3ヶ月。
「初めまして」
僕は今日も君に一礼する。
今日は3本のバラを君に差し出した。
君は、 「変な人」と笑いながら
花を受け取ってくれる。
「今日も暖かいね」
僕たちはいつものように並んで歩く。
いつもは花束を窓際に飾りたがる君が、
今日は珍しく、大事そうに抱えている。
不思議に思って見つめていると、
君が言った。
「花って切ないですよね」
「………どうして?」
「だって…。」
君は少し黙って、僕の方をチラリと見た。
「だって、花は…」
「花は、すぐに枯れてしまいますからね」
君が驚いた顔をした。
「枯れてしまうから切ないのではなくて。
忘れてしまうから、切ないんですよね。」
僕がそう言うと、君は再び驚いた顔をする。
「どうして、わかるのですか」
「僕たち、同じことを考えていたのかも」
冗談めかしてそう言うと、
なにそれ、そうかもね、と
君は無邪気に笑った。
「なんだか昔、誰かと同じような話をした気がする」
「素敵ですね」
「誰だったかな」
「いいじゃない、今は僕とこうやって話しているんだから」
「それもそうね」
君は赤いバラを見つめたまま再び笑った。
───────────
「初めまして」
僕は今日もそう言った。
君はわくわくした表情でこちらを見ている。
そんな姿を見て僕は微笑む。
いつも通り花を渡すと、
君はなんだか不思議そうな顔をした。
「それと、今日は君にこれを」
僕は胸ポケットから小さな封筒を取り出し、君に渡した。
僕が昨夜、君宛に書いた手紙。
これを読んで、君がどう感じるか、どう思うかわからない。
でも────。
──────────
拝啓 百合さん
今日プレゼントした花は
気に入ってくれたかな。
花が好きな君だから、なんの花か
きっとすぐに分かっただろう。
この言葉には似合わない花だったかもしれないけれど、
君によく似合うと思ったんだ。
百合さん、愛しています。
僕が君にとって誰であろうと、
僕は変わらず君を愛している。
──────────
今日、僕はまた鏡の前でネクタイを締めて
君の好きな花を手に持って 家を出る。
いつもの病室。君の姿はなく、
カーテンの閉まった窓際に
たくさんのドライフラワーが飾られている。
少しカーテンを開けると、
日差しが眩しかった。
あの日もこんな暖かい日だったね。
ひとつだけぽつんと棚の上に飾られた
勿忘草のドライフラワーに触れながら、
あの日のことを思い返す。
君にとって僕はどんな人になれていたかな。
僕は、毎日君の知らない人になって、
毎日君とたくさん話をした。
僕は、毎日君に恋をしていたよ。
君も同じだったかな。
────────────────
「プレゼントですか?」
21歳の春、ふらっと立ち寄った花屋で僕にそう声をかけたのが君だった。
緑色のエプロンに、緩く束ねられた長い髪。
僕はなんだか緊張して、上手く話せなくて。
特に欲しい花もなかったけれど、
花にはそれぞれ意味があるんだとか、
本数や色によっても違うんだとか。
楽しそうに説明してくれている君を見ていたら
そんなこと言えるわけもなくて。
母親へのプレゼントだなんて言って、
ピンクのガーベラを君に選んでもらったね。
それから僕は君の働くあの花屋に
何度も通っては、君と一緒に花を選んだ。
ある日、君は僕にこう言った。
「花ってなんだか、切ないと思いませんか」
「…どうして?」
「だって、どんなに綺麗な花でも、すぐに枯れてしまうでしょ」
たしかに、と思った。君に選んでもらった花が欲しくて買っていたけれど、いつも形は残らないまま枯れてしまっていた。
せっかく君に選んでもらったのに。枯れてしまう度にそんなことを考えてしまう。
「枯れてしまうことより、忘れてしまうことが切ない」
僕がそう言うと、君は納得した表情をした。
「忘れてしまうこと…。」
君は少し悩んだ様子で、はっ、と閃いた顔をする。
「ドライフラワーって知ってますか?」
初めて聞いた単語に僕は首を傾げた。
「花の水分を抜いて、乾かすんです。そうしたら、生きたままの形ではないけれど、花としてちゃんと残るんです。それで、作り方なんですけど…」
君は嬉しそうな顔で僕に説明した。
いつもより早口で、そんな姿がなんだか凄く愛おしかった。
────────
ドライフラワー。
まるで君と僕みたいだね。
忘れてしまわないように、
消えてしまわないように。
──────────────
今年も暖かい季節がやってきて、
僕は今日も花を片手に君の元へ急ぐ。
「百合さん。今日も会いに来たよ。」
もう僕は君の知らない人じゃない。
君が僕を覚えていなくても、
僕はこうして今もここにいる。
形を変えずに残っているから。
僕は 目を閉じて手を合わせ、
墓石にそっとユリの花を添えた。