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魔泉の鏡があるという部屋まで、もう少しだと言われた右に進む角を曲がった時――。

向こうにも通路が伸びていて、そちらからも女性が――私と同じ布を掛けただけのような服装の、若くて綺麗な人が歩いてきた。


目がバッチリと合ってしまったので、なんとなく会釈をしたそのタイミングが全く同じで、もう一度軽く頭を下げたのも同じだったので、この一瞬で親近感が湧いた。

魔王さまとお爺さんがさらに左に曲がって行った通路に同じく向かうようで、そして歩く速度も全く同じで……真正面に来た時に、私はつい、まじまじと見てしまった。


なぜかというと、その人があまりにも可憐だったから。

今まで見たこともない美麗な人。



年は十六か七才で、輝くようなプラチナブロンドに、パッチリとした青い瞳の目。

それはすこーしタレ目で、自信なさげなのがまた、私の中でポイントが高い。

とにかく……もはや語彙力が崩壊するレベルで美人。いや可愛い。

美人で可愛いという摩訶不思議なイキモノですよ。


腰もほっそくて、でもそのラインがまた『美の極致』を描いてる。

無駄なおにくを全部削ぎ落して、その上で胸や腰からの丸みと曲線が最高にハーモニー……いや何言ってんだろう私。

スベスベしてそうなお肌は真っっっしろ。

白くてエロい。もはや女の私が見てもムラムラくる……。

(これはあれだな……天使とか女神……いや美の女神だきっと)



「何をしている。魔泉の鏡はこっちだ」

「あ、はい――えぇっ?」

魔王様の声に向き直ったら、この人も全く同じ挙動で動いて――。


それが鏡に映った自分だと気付くまでに、そして脳内できちんと理解して処理が定まるまでに、数秒を要した。

ってこれ! 私だったの?

はぇぇぇ……って、間抜けな顔してもカワイイなくそぅ。

――んもぅ好き。もう推しにするこの子。

いやいやこれ私なんじゃん……。



「おい、その鏡じゃないと言っている。こっちだ」

「ぁぁぁすみません」

――と言った時の情けない動きも、全てが美し可愛い。

なになにどうしようめっちゃ好き。転生されてよかった……ありがとうありがとう。一生自分を愛でながら生きていきます。


「なんだ転生者。貴様の世界に鏡は無かったのか? 初めて鏡を見る動物みたいなことを……」

わりと間を置いた後ろを歩いていた竜王さんが、心底からバカにしたような見下し目線で鼻で笑いながら、背中まで迫ってきた。


「そ、そういうことじゃないんですけど……私、この姿を見るのが初めてで」

「ほぉ。では、殺気を当てられても動じておらんのは、そもそも気付いていなかったのか?」

今になって、背すじがゾクゾクと寒気を覚えて身震いが起きた。

なんで殺気なんて当ててたのぉぉぉ?


そのくらい、従魔になったのが嫌なんだろうけど。

私だって、こんなに嫌われるならあのまま見殺しに……いや、それも無理だよ。

どうすれば良かったの……。



「あの……。私、変なことさせたりしませんから……。その、怒らないで……ほしぃなぁ。なんて……」

ちらりと鏡越しに、背の高い竜王さんの目を見るとその眼光は、やっぱり鋭く私を睨んでる。

もうむりなやつだ……。

「変なことだと? 当然だろうが。羽虫が調子に乗るなよ?」

「ひぃぃぃ」


そんなやり取りに気付いたのか先を行く魔王さまが、人差し指で「こいこい」と呼んでくれた。

私はハイと返事をして、小走りに魔王さまのすぐ後ろまで急いだ。竜王さんから逃げられて胸をなで下ろしたくらいには、ホッとした一幕だった。

(可愛い自分に見惚れて喜んだ幸せが、一瞬で凍り付いたもんね……)


でも、恐怖に煽られてお伺いを立てていた自分の顔が、絶妙に被虐心を刺激する表情だったなと思った。

見慣れない顔だからか、自分でも自分をいじめてやりたいと感じてしまったのだから。



**



そこは鏡張りの部屋になっていて、そして魔泉の鏡は、鏡ではなくて泉だった。

部屋の真ん中に生贄を捧げるためのような祭檀があって、それは浅く薄く、水を溜める台座になっている。


透明な水ではないけれど、その代わりに銀の油膜がかかっていて波ひとつないので、鏡として機能している……といっても、見やすさで言うなら、部屋中に貼られている鏡の方がしっかりと姿が映る。


その台座の前にまずお爺さんが進み、次に魔王さま、そして私と竜王さんが続いた。四人で横並びになると、お爺さんが私に覗き込むように言った。

映した者の素性や能力が、浮かんで見えるのだそうだ。



素性と言われると少し怖い気がしたけど、何もやましい人間じゃなかったはず――。

「おおお! ……ぉぉ……。王妃様は、その……竜王の加護が付いておりますなぁ」

お爺さんが、最初は感嘆の声だったのが、途中から明らかトーンダウンした。

――したよね?

魔王さまはポーカーフェイス。竜王さんはニヤリと悪そうな笑みを浮かべていて、お爺さんは作り笑顔。


「あの……ちゆま――」

浮かび上がった文字を見て、私が口を開きかけたところでお爺さんが、「竜王殿のお陰で、竜魔法が使えるではありませんか!」と、ワザとらしい大きな声を出して読み上げていく。


「ほうほう。転移に飛翔、ブレスに保護膜ですか。どれも竜族ならではの強力なものばかりですなぁ! しかし、飛翔も魔法に属するものだったとは!」

「爺とやら。巨大なドラゴンが、筋肉と翼だけで空を飛んでいるとでも思っていたのか? 有り得んだろうが」


――あぁ、そうなんだ。

確かにドラゴンの実物を見た意見としては、あの重くて大きな体で飛ぶには羽ばたくだけじゃ絶対に無理だ。

竜王さんが飛ぼうとした時も、翼の被膜が黒く光っていたからあれが、きっと飛ぶための魔法なんだろうと思う。



「しょ、召喚憑依というのは聞いたこともありませんな! 竜王殿、これは一体……」

「……まさか、我に説明でもさせるつもりか? この場で消し炭になりたいのか?」

「い、いえいえまさか! コホン。他には――ゴホゴホ!」

竜王さんに脅されて、お爺さんがむせている。


今なら、私が一番気になっているのを聞いても怒られないだろうか……。

少しの沈黙が流れて、それでも誰も何も言わないということは――?

「あ、あの! 治癒魔法士ってありますよね? これって、もしかして聖女的な? 私、実はそういうのちょっと憧れがあるっていうか。昔飼ってたネコが怪我をした時に、魔法で治せたらってものすごく――」


――おや?

なんだか、空気が悪いような……?

そうハッキリと感じた次の瞬間に、魔王さまに頭をポンとされた。その大きな手を優しく乗せられて、まるで慰める様な口調で――。

「小娘。魔族には再生能力がある。腕を落とされても、上位の魔族ならすぐに再生できるほどのな。だから……」



「え? ええ? きも――じゃなかった。そんなことあります?」

「ああ。だから治癒魔法ってのは、魔族の間じゃハズレの才能だ。でもまぁ、気にするな。お前は俺のものになったんだから、好きなことをして暮らせばいい」


「えぇぇ……」

ここはもっと、こう……聖女がついにこの国にも~的なさ……。

転生ものとしては一番盛り上がるところだったんじゃ……。


「それより、この『魔王特効』というのが気になるな。俺は初めて聞くが、爺はどうだ。グィルテでもいい。何か知らんか」

「言葉から察するに……魔王様に対しての、特殊な攻撃能力かと……」

「そうだな。貴様を殺すためのものではないのか? 魔族同士で敵対能力を持つとはなぁ。面白いじゃないか」

お爺さんは目を逸らしながら、竜王さんはさも楽しそうに言った。


不意に竜王さんを見上げてしまったものだから、意地悪な、そして怖い目をして私を見ている彼女の視線と、私の目が合ってしまったのがいけなかった。

「まさか人間の血が混じった、汚れた転生者だったのではないのか? でなければそんな才など授からんよなぁ? 羽虫?」

竜王さんは、本当に私のことが嫌いなんだ。



中学で私をいじめてた子と同じ――いや、それ以上に怖い顔を、覗き込むようにして私に向けてる。

視線を逸らすのが精一杯で、すがりつきたい魔王さまにも、その特効があるせいで……触れれてはいけない気がして、動けなかった。


「気にするな小娘。お前如きが仮に敵対したとて、俺には傷ひとつつけられんさ。どれ、今俺を殴ってみろ。通じるわけがないのだからな」

ハッハッハと笑い飛ばしてくれて、魔王さまは私の肩を抱き寄せてくれた。

「ま、まおう……さま」


すごく惨めな気持ちと、捨てられてしまうのではと恐ろしくなった不安と、そういった嫌な気持ちを全部、魔王さまは受け止めてくれた気がした。

事故みたいな契約で、一方的に妻となっただけの私を、優しく受け入れてくれようとしている……のかなと、何も疑わずに信じたくなる。



「種族も、ちゃんと魔族だと浮かび出ているだろうが。爺もちゃんと見てやれ。それからグィルテ。この世界の新参者をいじめ過ぎだ。悪いやつではないことくらい、一目で分かるだろうが」

そう言って、場を制してもくれた。


……まぁ、メンタルそこまで強くない私は、すぐ元気にはなれなかったけど。

気の強い子なら、逆に竜王さんに食って掛かるくらいするのかもしれない。

それで、むしろ意気投合して……みたいな。


だけど落ち込んだままの私は、余計に空気を悪くしてる。それは分かっているのに、何も言えなくなって、俯いたままだ。

それでも魔王さまは面倒臭い顔ひとつせず、私を慮ってくれた。

それがものすごく嬉しかったし、この人は頼ってもいいんだと、初めて少し、安心できた。

(――この人で、良かった…………)

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