第10話
8月5日。
つまり、私の誕生日。
つまり、夏休みど真ん中。
つまり――
「暇すぎて壁と会話できそうなんですけどー!?」
扇風機の風に髪を飛ばされながら、ベッドにダイブ。
友達は海とか花火とかリア充イベントに消えた。
私だけ、家でスイカと一騎打ち中である。
「はぁ……このスイカ、彼氏だったらいいのに」
(※末期)
スマホには「おめでとー!」のLINEがチラホラ。
でも――
「……あいつ(黒瀬)からは、なし、と」
はい出たツンデレ記憶喪失事件。
こっちがどれだけ一緒にポテチ食べてきたと思ってるんだ。
(ま、いいか。どうせあいつの“おめでとう”とか棒読みだし)
……とか言いつつ、スマホの通知が鳴るたびに飛び起きる自分が情けない。
ピンポーン。
「え?」
宅配? でも、頼んでない。
玄関を開けたら――
「……よ」
「うわぁぁっ!? 黒瀬!? なんで!?」
「うるさい。近所迷惑だろ」
「いやいやいや、ホラー映画ばりに無言で立ってたらビビるでしょ!!」
黒瀬は手に小さな紙袋を持っていた。
「……届け物」
「だ、誰から?」
「俺」
「自作配達員きたーーー!!!」
テンション爆上がりで受け取る私。
袋には小さなリボンがついてて、なんか……可愛い。
「まさかこれ、手作り!? え、ケーキ!? え、プロ――」
「中身見ろ」
「ちょ、待って! 想像する時間が欲しい!」
袋を開けると、銀のチャーム付きのキーホルダー。
“夏江”の「夏」の文字を模したデザイン。
「……え、これ可愛い!センス良すぎ!」
「……別に、適当に選んだだけ」
「ありがと、黒瀬。……めっちゃ嬉しい」
「……ねぇ、ケーキ食べてく?」
「いらねぇ」
「冷えてるよ? イチゴのってるよ? “あーん”も付くよ?」
「いらねぇよ」
けど、なぜか靴を脱いで上がってくる黒瀬。
もう口では“いらねぇ”って言いつつ、体が正直じゃん。
「はい、フォーク」
「いらねぇ」
「じゃあスプーンで!」
「それもいらねぇよ」
「じゃあ手でいけ!」
「バカか!」
そんなやり取りをしてるうちに、笑いすぎてお腹痛い。
気づけば、ケーキの生クリームが黒瀬のほっぺに。
「ぷっ……顔にクリームついてる」
「お前が笑ったせいだろ」
「ふふっ、いい感じにデコレーションされてる!」
「殴るぞ」
「誕生日の人に!? ひどっ!」
でも、黒瀬はそのまま指でクリームを拭って、無言で舐めた。
――そして、少しだけ笑った。
「……甘すぎ」
「え、ケーキの話? それとも私?」
「ケーキだ」
「即答!?!?」
思わず笑って、また一口。
なんかもう、部屋が楽しすぎて、夏の暑さもどうでもよくなる。
(……誕生日、悪くないかも)
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