テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
Kojigyu
コメント
8件

「かえると王子様」の物語りの起承転結があまりにも凝られていて一つの映画を観ているような感覚になりました。細かい動作にも意味があるように感じて自分もそこにいるような気分になり読んでいる時は感情がジェットコースターになりながら読んでいました笑 最後のこの物語は別世界のttによって仕組まれていたことにびっくりしました!めっちゃ面白かったです!!
初コメ失礼します🥹鍵垢の方勝手にフォロリク送っちゃって申し訳ないです😭 🐈です😭続き待ってました...!本当に物語素敵すぎて😭⸝⋆⸝⋆🌩️さんが劇中に言っていた数々の「どんな所に惚れたのか」がちゃんと全部実際に起きてたエピソードを語られていたのでめちゃくちゃテンション上がっちゃいました🥹素晴らしい作品を本当にありがとうございます...!
なんて言うんだろう話の構成がいちいち組み込まれ過ぎてるというか、引き込まれるというか… "ただの二次創作"じゃ済まない感じがあってなんて言うから嘘の別世界線みたいな… まじで飲み込まれる程に綺麗で情景も心情も何もかも…恋に対してのうずうずする感じももちろんあるんだけど、別の物語に対する心のドキドキ感が好きです… …何言ってんだろ俺…とにかくめっちゃ好きです!!!!長文失礼しました!!!
⚠︎放オリ軸です。
大変長らくお待たせしました。最後はおまけのようなものなので読まなくても大丈夫です。
=====
物々しい機械音とともに緞帳が上がる。重厚な深紅のそれで隔てられていた奥には練習用の簡易的なセットがあり、それは暖かい陽の差す麗らかな池のほとりを表現していた。柔らかな照明が完全に舞台の上の全てを照らし出した頃、どこかから──正確に言うと、俺の待機している『上手』とは逆の方向から──軽やかなステップを踏み鼻歌をうたいながら、ひとりのお姫様が登場した。
ふわふわと跳ねるピンク色の髪に、まるで海の底を覗いたように深く澄んだすみれ色の瞳。まだまだあどけなさたっぷりの愛らしいまなざしは、その手で投げたり転がしたりしている金色の鞠を楽しげに追いかけている。
──そうして、徐々にお姫様の鼻歌が強調されるとともに一曲目が始まる。
「緊張してる?」
音量調整のつまみを弄りながら、東堂先輩は俺にそう聞いてきた。今回はあくまで練習という名目で体育館を借りているため音響は自分たちで管理しなくてはならず、設備に詳しくない俺とテツは普段から先輩方に頼りきりなのだ。
客席に届いてしまわないようできる限り声をひそめて「そりゃ緊張してますよ」と返すと、いつも大声で騒いでいる俺が囁き声で喋るのが面白いらしく、東堂先輩は「そうだよねぇ」とくすくす笑った。
舞台袖から覗いてみると会場、もとい体育館はいつもの上演のように大掛かりな客席なんてものは用意されておらず、そこにあるのは2つ並んだパイプ椅子。そして観客はそれに座ったマナとウェンのみだ。
今俺が緊張しているのは、『大勢の人に見られている』というプレッシャーから来るものではない。前々回の上演で会場の席が端から端までみっちり埋まったときだって、こんなには緊張しなかった。
これは──この舞台は、俺の呪いを解くためだけに用意された、謂わば『特別公演』だ。先輩方や友人の大切な時間をわざわざ割いてまで、俺だけのために開演してもらっているのだから、そりゃあ緊張するに決まっている。
外は部活中の運動部の声が薄っすら聞こえてきており、先述の通り音響すら整っていない今は演劇をするのに絶好の環境とは言い難い。
けれど、それでいい。今必要なのは『完璧な公演』などではなく、『俺を日常に戻すための公演』なのだから。
つい昨日周央先輩から渡された台本は、先輩がロマンチックな流れにアレンジした『かえるの王様』に更に手を加え、ラストを大胆に書き換えたものだった。それもあって台本自体はかなり薄く、重要でないシーンは軒並みカットされている。
でも、それでいい。周央先輩はそう言った。
「宇佐美さんさー、けっこうハインリヒに入れ込んじゃってるよね。見てて分かるもん。あぁ、自分との区別つかなくなっちゃってるなーって。覚えてる? こないだンゴと佐伯さんが話してたこと。あれにね、すごくよく似てると思うの。今の宇佐美さん。
それで──宇佐美さんに呪いをかけちゃったのはね、宇佐美さん自身だとンゴは思うんだ。
役に呑まれるっていうのかなー。そんないいもんじゃないけどね。こうなったらもう、無理矢理引き剥がすとかそういう話じゃなくなってくるの。ハインリヒはすでに宇佐美さんの中に溶け込んじゃってるから、ふたりともいっぺんに救わなきゃ駄目なんだ。
……だからね、自分で自分に教えてあげるしかないんだよ。『あなたは幸せになっていいんだよ』『お姫様でなくたって、逃げてばっかりの従者だって、王子様と結ばれていいんだよ』って、宇佐美さんに、ハインリヒに教えてあげなきゃいけないの。
それが、佐伯さんと話し合って出た結論」
そう俺を説得する周央先輩のすぐ傍で縮こまっていたテツは、喉をぷくぷく泡立たせながらじっとこちらを見上げていた。
蛙はもともとそんなに得意な方じゃないけどテツだと思うと何だか可愛く見えてきて、いっそこのままでもいいんじゃないか、なんて俺はまた逃げ道を探していて。
「……本当にそれで治るんすかね。俺、多分先輩が思ってるより大分拗らせちゃってるんですけど」
「それは……」
口に出してしまったあとで、善意で手を貸してくれている人にこんな言い方をするもんじゃないなと思った。思いやりよりも言い訳が先行してしまっている。らしくないと自分でも思った。
とにかく今は誰とも目を合わせたくなくて、視線は下へ下へと落ちていく。そんな俺のほっぺたを、見えない手が鷲掴んできた。
「リトくん」
「……」
「きみさ、僕のことが好きなんだろ? だったら誠意のひとつくらい見せてみろよ。ちょっとやそっとのことで諦めてんじゃないよ、僕を」
「……なんでそんな偉そうなんだよ」
「僕だったら諦めないからだよ」
「お前、人の気も知らないで──……」
思わず声を荒げた瞬間、背筋がつうっと冷たくなる心地がした。
教室の入り口しか映していないはずの目がとある一点に固定されたまま動かない。それはまるで、『蛇に睨まれた蛙』にでもなったような。
「……リトくん。僕怒ってるからね。きみが今更、黙って離れていこうとしたの」
「っ、だって──、」
「だっても勝手も知ったこっちゃないね。……だからさ、きみができないっていうなら僕が思い知らせてあげるよ。王子様だろうが従者だろうが、きみは二度と僕から逃げられないってこと。逃げたって追いかけ回すからね。死ぬまで」
「覚悟しろよ」と捨て台詞を吐いて、テツはそのまま台本を持って帰ってしまった。後の教室に残されたのは、恋人からのあまりに熱烈な言葉の数々にかつてないほどときめいてしまってその場から動けない俺と、完全に蚊帳の外に追いやってしまった先輩方と、更に遠くで「お前らのパワーバランスってそういう感じなん……?」「テツあんだけ怒らすって相当だよね〜ご愁傷様って感じ〜」とヒソヒソ話し合っている友人2名。
手元の台本は微かな音を立てて折れ曲がり、高い空では烏が鳴いていた──。
──そして、今に至る。
結局通しで練習できたのはたったの一回で、この特別公演だって先輩方の貴重な練習時間を減らすことで実現している。この時期体育館を借りられる時間も限られているというのに、それをわざわざ、俺のためだけに。
もし、これで駄目だったらどうしよう。テツに散々尻を叩かれたことで覚悟は決まったが、自信までついて来るわけじゃない。俺のためにこれだけの労力が費やしてもらっておいて、はい駄目でしたでは済まされないだろう。……いや、あの3人なら済ましてくれるんだろうが、それでは俺の精神の方が保たない。
舞台の方を見ればちょうど一曲目が終わり、金色の鞠を池に落としてしまったお姫様が蛙と邂逅するシーンが繰り広げられていた。
下手の方からぴょんぴょんと飛んで跳ねてくる蛙を見たお姫様は、絹をも裂くような乙女の悲鳴を上げる。その視線はしっかりと地べたに這いつくばった蛙の方を向いており、これも俺に合わせて差し込んでもらった演出だ。
『イヤァーーーッッ!!! 蛙! 蛙よ爺や、お父様、お母様!!』
『あぁ、あぁ、どうかそう怖がらないで。私めは貴女を助けたいだけなのです』
『嫌よ近寄らないで! そのぬめぬめした緑色の体に、ぶきみな鳴き声! それを聞くだけであたしもう──』
『おや、それはこんな声ですかな? それ、ゲコ、ゲコ……』
『イヤーーッ!!』
お姫様と蛙はそんなやり取りをしながら、舞台の上をぐるぐる歩き回る。客席の方から笑い声が聞こえるが、あれはマナの声だろうか。
その後蛙は何とかお姫様を説得して金色の鞠を取ってきてやるが『同じ城へ帰って同じテーブルで食事をし、同じベッドの上で寝る』という願いは叶えられず、そのまま置いていかれてしまう。今回の台本でもそれは引き継ぎ、蛙が池──に見立てたブルーシートの上を器用に泳いで鞠を咥え、お姫様に返してやった途端にすごい勢いで逃げられるシーンは見ていてかなり面白かった。
……それが俺の目以外にどうやって見えているのかは、客席から響くマナの馬鹿笑いを聞けば何となく理解できる。
『ですからァ〜……お嬢さん、私を貴女と同じテーブルで食事をさせてくだされば、それで良いのです。あのときもそう約束したじゃありませんか』
『イヤったらイヤよ! だいたい、どうやってお城まで着いて来たの!? あのとききちんと置いていったはずなのに!』
『──おや我が娘よ。それは誠のことか?』
豪華な食事の並んだテーブル、もとい学校の備品の折りたたみテーブルを前に駄々をこねるお姫様に、父親である国王がお説教をするシーン。上手から舞台中央までゆっくりと歩み寄っていった東堂先輩はスラックススタイルの制服姿だというのに、その佇まいだけで周囲に緊張を与えるような威圧感があった。
国王は蛙とお姫様を交互に見つめ、悠々とした動作でテーブルの真ん中へと座る。
『娘よ。一国の姫ともあろう者が、一度飲んだ約束を無碍にするなどあってはならん。その者をテーブルへつかせてやりなさい』
『まぁお父様! 本当に仰っているの!? この者は民ですらなく、ただの蛙ですことよ!?』
『どうも、ただの蛙です』
『はっはっは。いや、面白そうではないか。喋る蛙など早々にして居らん。貴重な機会だと思って慈悲をくれてやるのが王族の使命だとも』
『お父様……!』
『恐縮です』
いやに良い声で喋る蛙だ。中身がテツなんだから当たり前だけども。
さっと青ざめるお姫様を前に、蛙は勢いを付けてテーブルの上にぴょこんと飛び乗る。そこで俺が指定されたボタンを押すと、ガシャガシャと皿がいくつか落ちて割れるような効果音が鳴った。
蛙がテーブルの上を跳ね回るのと同時にガシャン、ガシャンと音数が増えていき、やがてリズムとなって二曲目が始まる。テツが実際に折りたたみテーブルの上へ乗っているわけではないらしいが、他の人から見たこれは一体どんな状況なんだろう。そろそろ客席から聞こえるマナの笑い声が悲鳴に変わってきたところだけど。
『──ああ疲れた! もう蛙の相手なんてまっぴらだわ!』
『まぁお嬢さん、そう言わずに。……さぁ、もう夜も遅いことですし、早くベッドに入りましょう。そして私の寝るところを整えてくださいな』
『……なんですって? 今おまえ、なんと言ったの?』
『さっきも確認したじゃあありませんか! あの黄金いろの鞠を取ってあげた私に、同じテーブルで同じものを食べさせ、そして夜は同じベッドで寝かせるのが約束だと──』
『冗談じゃないわ!! おまえ、ただの蛙の分際であたしと同衾しようっていうの!?』
『ええ、ええ、そこまで言っておりません。ただ私は貴女と同じふかふかのベッドに横たわり、貴女の体温に包まれて眠りにつきたいだけなのです』
『そこまで事細かに説明しろだなんて誰も言ってないわよ!! あぁ、嫌よ。どうしても嫌。どうしてあたし、あのとき鞠を落としたりなんかしちゃったのかしら……』
お姫様は青ざめた顔でへなへなと座り込み、ついには顔を覆って泣き出してしまう。そのあまりに悲壮感溢れる拒絶に、それまで飄々としていた蛙も次第に俯き始めてしまった。
俺が再び指定されたボタンを押すと、悲しげな音とともに照明が徐々に青く暗くなっていく。スポットライトに照らされた蛙は泣き崩れるお姫様からそっと離れ、物憂げにため息を吐き出した。
『……あぁ、やはり駄目か。この私の呪いを解くために必要なのは──真実の愛のキスだ。まずはお友達からと思っていたが、この調子ではそれも望めそうにない。……それもこれも、この蛙の体がいけないのだ。どれだけ本物の私が見目麗しい絶世の美男子だとしても、今の私はただの蛙──……』
『それホント?』
それまで蹲って泣いていたお姫様が、さっと顔を上げた。照明は早くも元通りに明るくなり、ぽかんと口を開ける蛙とそれをじっと見つめるお姫様を照らし出している。
『きっ、聞いていたのですか姫!? すみませんがこれはオフレコで……』
『おまえが絶世の美男子というのが本当かどうか聞いているのよ』
『えっ怖ぁ……ほんとです多分……いや価値観は人によるけど』
『……キス、キスね……1分…………3分待ってちょうだい』
『かしこまりました』
お姫様は先ほどとはまた違う面持ちで頭を抱え、舞台にはチクタクと秒針の音が響く。そしてその音が10回鳴った頃、お姫様は再び顔を上げた。
『やりましょう』
『早……』
スックと立ち上がったお姫様は先ほどと打って変わって乗り気なようで、まるで夢見る乙女のようにうっとりと潤んだ瞳で蛙を見下ろしている。蛙もまた自分の呪いが解けることが嬉しいのか、喜び勇んで姫の元へ駆け寄っていく。
──さて、このまま2人がキスをすれば、それだけで物語は無事ハッピーエンドを迎えることができるだろう。呪いの解けた王子様と少々お転婆なお姫様とで、何だかんだありつつも幸せな日々を送ることになるんだろう。
ああ、俺だってそう思うよ。余計な茶々なんて入れるもんじゃない。2人の幸せを願うなら、このまま黙って見守るべきだ。……でも、それじゃ駄目なんだってさ。
お姫様は蛙の前でゆっくりと屈み、蛙をそっと指先に乗せる。蛙にまぶたは無いが、王子様もまた瞬きのような動きを繰り返す。
そしてふたりの唇が触れ合う瞬間──俺は舞台袖から出て、ありったけの声で叫んだ。
『──ちょっと待ったァーーーッッ!!!!!』
『うわっ!?』
『こんな時間になんて声量なの……!?』
暗がりに身を潜めていた俺には眩しすぎるライトが、観客席の2人が、お姫様が、蛙が、俺を見つめている。
たった今椅子から立ち上がったとは到底思えない荒い呼吸をしながら、俺は今にもキスしそうになっていた2人の間に割って入り、蛙の方を勢いよく振り向いた。
『王子! ああ、お労しや我が主よ! お会いしとうございました……ッ!!』
『うん……? お前、よく見たらハインリヒじゃないか! よくここが分かったな!? というかどうやって入ってきた!?』
『裏手からこっそりと……』
『不法侵入じゃないのよ』
『そんでその胸の輪っか何?』
『これは……親愛なる王子、貴方様がこのような呪いを受けた悲しみにより、この胸が張り裂けてしまわぬようにするためのものでございます』
少し大袈裟な素振りで涙を拭い、俺は蛙の前に跪く。前屈みになった途端に耳障りな音を立てるそれは、本番用に東堂先輩が手配した例の小道具だ。メッキとはいえ本物さながらの重厚な鉄の質感をしていて、この質素なセットの上では浮いてすら見える。
この鉄の輪は俺が自分に巻きつけてしまった呪縛そのものだ、と周央先輩は言った。
テツのためと言って押し殺そうとした自分の本心を、鉄の輪が弾ける音とともに解き放つ。そして同時に、俺とハインリヒを切り離してやらなくてはならない。それが、今回の『特別公演』の真の目的だから。
俺の──ハインリヒの言葉を聞いた蛙は、あからさまに不機嫌そうな顔をしてこちらに詰め寄った。
『今更会いに来て、わざわざそれを言いに来たのか? 私のこの姿を受け入れられず、おめおめと逃げ出したお前が』
『いえ、違うのです。私はずっと考えておりました。……呪いを解くのは真実の愛のキス。それを確実に、すぐにでも贈ることのできる者を私は知っております』
『何!? そ、それを何故早く──』
『その者が、私だからです』
蛙が、いやテツが、息を呑む音が聞こえる。
『……それは本当か』
『ええ、本当です。ずっと、ずっとお慕いしておりました。──王子。私は貴方を、心から愛しています』
『……』
歯の浮くような台詞だ、と思った。普段ならどんなロマンチックな台詞でもそんなことを思ったりしないのに、俺からテツへ向けての言葉だと思うとどうにも落ち着かない。きっと、そんなふうに考えてしまう時点でもう、役に呑まれてしまっているんだろう。
俺は全身を掻きむしりたくなる気持ちを抑えながら、テツの次の台詞を待つ。が、どれだけ待ってもテツはこちらを見上げたまま喉を膨らませてばかりだ。
遅い。早くしてくれ。どんな拷問なんだよ、これ。
そして10秒後、ついに耐えかねた俺は予定の無い台詞を差し込むことにした。
『あの、王子──、』
『……どんなところが?』
『はい?』
『だから、お前は私のどんなところに惚れたのかと聞いている』
『………………は?』
何を言っているんだこいつは。
こんな台詞は台本に無い。完全にテツのアドリブだ。いやアドリブにしたって、急になんてこと聞いてきやがるんだこいつは。
テツはふてぶてしく腕を組み、俺の返答をじっと待っている。どうやら意地でも譲らないつもりらしい。思わず周央先輩の方へ助けを求める視線を送るが、ウィンクとともにサムズアップが返ってきただけだった。
──逃げ道はある。あくまでも『ハインリヒとして』王子様に惚れたきっかけを捏造すれば良いのだ。幼少のみぎりから、だとか、剣技の腕前を褒めていただいてから、だとか。
けれど、それじゃきっと意味がない。でも、そんなことをこんな人数に聞かれるなんて冗談じゃない。
先のテツよりずっと長い時間をかけて散々悩んだ結果、俺は全ての躊躇いを飲み込んで腹を括った。どうせこんな会を開いてもらっている時点で生き恥なんだ、今更怖いものなんて無いだろう。
『……聞いても後悔しませんか』
『しない』
『即答かよ。……ああ、くそ。じゃあ言うけど──、』
そこで俺は一度言葉を切り、短くため息を吐く。
『……全部』
『え?』
『だから、……全部好きなの。お前の全部』
『は? え、ちゃんと考えて言ってる?』
『あ゛ーーもう、うるせえなぁ! 俺なりにちゃんと考えてんだって! これでも!!』
『え、えー……俺の全部が好きな人とは到底思えない態度なんだけど……というか、なんかきみ、そんな感じだっけ……?』
あまりの羞恥に俺は頭を抱え、その場で蹲る。顔が熱い。なんか目の前がちかちかする。
もういい。この際だ、と無茶振りしてきた側のくせに何故か困惑しているテツに向かって、俺は役と素顔を混ぜたままヤケクソで即興劇を続ける。
『”王子様”は昔から大層腕白でいらっしゃいましたから、そのふざけた奇行に何度も何度も付き合わされましてねえ。大体会話するときもミームばっかで何言ってんのか全然分かんねえし、泥酔状態でゲームに誘われるわジュース吹きかけられるわ、挙句の果てには虫まで食わされるわで散々な目に遭いましたとも、ええ』
『リトくんリトくん、僕ら今高校生だから。あときみも大概巻き込んでる側だろ。というかこれ半ば愚痴大会になってない? 惚れた理由聞かされてんだよね今』
『うるせえ』
『横暴すぎない??』
怯えたように身を屈めるテツを上から睨みつけたまま、照明を浴びてつやつや光る緑の背中に触れてみる。そこはどうやら靴の爪先部分のようで、そのまま指を滑らせていけば脛、曲がった膝、奥へ行って肩、首、頭──と、テツは俺と同じく膝をついた体勢をとっているらしいことが分かった。
俺がそうしてたどり着いた顎を掬うようにして上を向かせると、テツは緊張のためかごくりと唾を飲み込んだのが分かった。
これで、目線は合わせられただろうか。
『……やっぱさ、すげー変な奴なんだよ、お前。それに頑固で融通効かないし負けず嫌いだし趣味はオタクのジジイだし』
『え、段々自信なくなってきたんだけど。俺本当にきみに好かれてる?』
『うん。好きだよ』
そう言うと、テツがぐっと身を強張らせたのが伝わってきた。
視線を下ろせば目を白黒させながらこちらを見上げる姿がある。それがどうにもいじらしく思えてしまって──ああ、駄目だな。
『惚れた弱みってすげえね。そういうお前の変なとこもだめなとこもさ、もう全部可愛く見えちまってしょうがねえの。それなのに舞台に上がったらクソかっこいいし、演技も歌も上手いし、もう欠点なんか無いんじゃねえのって思えてきてさ』
『……いや、それはさすがに言いすぎじゃない?』
『かもな。でも俺にはそう思えんの。
──ごめん、やっぱ離したくない。一生守るって誓うからさ、俺だけのもんになってよ。テツ」
俺の渾身の告白の結果は、蛙がぴょこんと手のひらの上に乗ってきたことで答えは分かったも同然だ。キスのときだけこうして標準を合わせに来るとか、もはや何でもありじゃねえかよ。
「……馬鹿だな。最初からそのつもりだよ、僕は」
「馬鹿っつった?」
「変なとこでキレないでよ」
そんなふうにいつものやりとりをして、いつものように無言になって。
「キスしていい?」と聞けば、笑いながら首を傾げて「してくれないの?」と返ってくる。こいつ、男を誑かして国を傾ける悪女とかでも似合うんじゃねえかな。
手探りで唇の位置を確かめて、そういやここ舞台の上だなとか思い出して恥ずかしくなって、なのに熱くほてった頬に触れた途端それもどうでもよくなって、息を止めた。
唇が重なり合う。
互いの体温が伝わる。
結局、この『特別公演』は呪いをかけられた蛙の王子様が自国の従者と結ばれる、やけに攻めた話になってしまった。でも良いだろ。この多様性の現代なんだし、そんな物語があったって。そんな物語に救われる人間がいたって。
──バキン、と硬質な音が鳴る。それは鉄の輪が弾ける音のSEで、同時に胸元の小道具がひとつ落ちる。
よく考えるとテツが俺相手にキスをするシーンなんて今後の公演であるはずがないので、その辺は別に気にしなくても良かったかもしれないな、と思わなくない。テツがどれだけ舞台の上で凛々しい王子様を演じていたって、一度幕が降りてしまえば俺の可愛いお姫様になってしまうんだし。
──バキン、と再び音が鳴る。
だから、今度こそ手放せなくなってしまった。テツの一番かっこいいところも可愛いところも、他の誰にだって譲りたくない。離さないと決めたからには世界一幸せにしてやるつもりだし、もしテツの方から逃げたとしても追いかけて捕まえて攫ってやる。
テツの傍にいられるなら俺は王子様なんかじゃなくたっていい。そのためなら、蛙にも従者にも、魔王にだってなってやる。
──バキン、と音が。
最後の輪が弾けてから5秒、10秒と時間が経って、それでも俺はまぶたを持ち上げることができなかった。
だって、これで失敗していたらどうするつもりなんだ。先輩方や友人の時間を使い潰して、こんなに手間をかけてまで、ただの惚気を披露しただけだとしたら。
……あ、まずい。本当に怖くなってきた。俺今けっこう恥ずかしいこと言ったよな、それ全部聞かれてるんだよな。
BGMも何も無い静寂の中、蛙の姿のままのテツを見るのが怖くてたまらなくて、時間だけが過ぎていく。そのうちテツの方が堪えきれずに笑い出して、吐息が前髪にかかって痒い。色気が無いなと思いながら、諦めてまぶたを開けた。
────すると、そこにいたのは。
「…………うわ、どうしよう」
「、やっぱり──」
「テツが王子様になっちゃった……」
それを聞いて丸くなる瞳は、夢に見るほど恋い焦がれたぶどう色をしていた。
「ほ、ほんと? 今、ちゃんと俺のこと見えてる……?」
「うん……うん、見えてる。……はは、やっぱ顔真っ赤じゃねえか」
俺がそう呟いてテツの頬をつまんだ瞬間、客席の方から騒がしい歓声が轟いた。続いて舞台袖の方から東堂先輩が走ってきて、周央先輩は少し離れた場所から誇らしげに拍手をしている。
「良かったなぁ! ホンマに……っおめでとうな゛あ゛!!」
「よっ! 感動したっ!」
「おめでとう〜! 成功して良かった!」
「むふーっ! ンゴのおかげだと思ってくれてもいいよ?」
そうしてたくさんの人にやたらと感動されながら祝福されているせいで、何だかまるで結婚式でも挙げたような気分になってきた。
いつの間にか照明は俺とテツだけを眩しく照らし出していて、必要以上に目立ってしまうのが照れ臭い。……いや、まあ今しがた、もっとすごいことを見せつけてしまった後なんだが。
「ねぇ、リトくん」
「うん?」
「もう二度と、呪いになんかかからないでね」
身を包む祝福の嵐のさなか、テツは俺の目をじっと見つめながら、含めるようにそう言った。それは何だか祈りのような、ある種の必死ささえ感じるほどに切実な願いに思えた。
俺の手首を握る手は微かに震えていて、目の前にいるのに認識されないというのがどれだけ辛かったのか、鈍感な俺に教えてくれている気がして。俺はテツの目を覗き込むように見つめ返して、安心させるため背中を抱き寄せてやる。
「うん、ごめんな」
「……僕の王子様は、きみだけなんだからな」
「ふは、うん……俺のお姫様もお前だけだもんな?」
「…………うん」
今にも消え入りそうな声で頷くテツがあんまり可愛いものだから、ついまたキスをしてしまう。「おいこらぁ、そこでイチャつくなー!」なんてガヤが飛んできて、一瞬で我に返ることができた。
「はー、ようやく一件落着ってとこじゃない? やっと今夜からは安心して寝れる気がする〜」
「ごめんな、ウェンも……みんなも。色々気ぃ遣わせて」
「ええよ。お互い様やんか。……にしてもアレやな。要約すると今回の事件は詰まるところ──
『かえるの王子様、あるいは”テツと”ハインリヒ』だったっちゅーことやな!」
「……」
「…………」
「………………」
「……ごめんて。俺が悪かったて。そんな冷たい目で見んといて」
そうして遮光カーテンの開かれた窓の外は思いのほか明るくて、俺は咄嗟に目を細めた。するとまたすぐにその光は遮られ、眩しいくらいの陽射しを背に受けながら、テツは言った。
「今日がこれだけ上手くいったんだからさ、本番の公演も絶対成功させようね」
「……は、そうだな」
差し出された手を取り、一段ずつゆっくりとステージを降りていく。全身に光を纏ったテツはやっぱりキラキラ輝いていて、気分はエスコートされるお姫様だ。
きっと、もう大丈夫。劇の中で別の誰かと結ばれても、敵同士でも、出会うことすら無かったとしても、舞台の幕が降りれば俺たちはいつでもこうして友達に、恋人に戻ることができる。
テツが凛々しく爽やかで、ちょっぴりキザな王子様としてお姫様と結ばれたあと──万雷の拍手が終わったあとで、ありったけのキスを浴びせてやるから。
次の公演を待つ俺の心は、どこまでも期待に満ち満ちている。
§ § §
「──ふぅ。今回も上手くいったな……!」
踏み台から大きな水瓶を覗き込んでいた男は、ペンデュラムに似た道具を懐に仕舞い込みながら顔を上げた。奔放に跳ねる癖毛をローブのフードの中へとに隠し、そそくさと後片付けをしようとし──、
「へえ、何が上手くいったんだ?」
背後から響いた声に飛び上がって驚いた。
「げっ、きみか……分かってるとは思うけど、王宮には秘密にしといてくれよ。最近じゃ魔法が使えるってだけでそう良い目じゃ見られないんだから……」
「はいはい。分かってるって、宮廷お抱えの爵位持ち魔術師さん。秘密にしといてやるからさ、今回はどんなだったか教えてくれよ」
「えぇ〜? ……もう、しょうがないなぁ」
今となっては自分よりも背丈の大きな第一王子からのかわいい『おねだり』に、魔術師は再びペンデュラムを取り出してみせる。底の見えないほど暗い水面へ魔術師がそれを翳した途端、ぼんやりと鮮やかなオレンジ色が浮かび上がってきた。
それを見て、王子はぴくりと眉を上げる。
「ふうん。まーた別の世界線の俺らにちょっかい出してたのか。今回のこいつらは……学生か?」
「お、正解。まだ若いんだから人生の先まで考えて悩んだりしなくったっていいのに、どいつもこいつもきみに似て遠慮しいだからさぁ」
「立場はどうであれ、人生設計は必要だろ。だからってなんで『生涯に渡って恋をし続ける相手が蛙に見える呪い』なんてかけたんだよ」
「気付いて欲しかったのさ。どうせきみはそいつを手放せないんだから、物分かりの良いふりをしたって無駄だってね」
「……お前、たまにちょっと手荒いよな」
「そんな。きみには負けるよ」
意味もなく挑発する魔術師に拳を見せつけて脅しつつ、王子は水瓶の中をもう一度よく覗いてみる。右を見て、左を見て、納得がいかないといった表情で顔を上げた。
「にしても──ちょっと、お姫様の扱いが雑じゃねえ? 結局居ても居なくても変わらなかったってことだろ」
「失敬だなきみは。そうじゃなくて、あそこに必要だったのは『とっても頼れるキュートなセンパイ』であって非力なお姫様なんかじゃなかっただけだよ」
「言い方の問題じゃね?」
「事実じゃないか」
確かに、あの2人が努力家でアイデアマンで面倒見がよくて演技力も抜群で華やかで麗しくて後輩の悩みにも寄り添ってくれる優しい心の持ち主なのは否定しないけど。
未だ不満げな王子に、魔術師はやれやれとため息を吐く。
「きみねぇ……考えてもみなよ。これはいずれ『ヒーロー』になる2人の物語なんだよ?」
「……? だから?」
「だから……つまりね、最初から『お姫様』なんていなかったのさ」
「上手いこと言ってやったぞ」と言わんばかりにしたり顔をする魔術師に、王子は若干イラついた。反撃の気配を感じた魔術師はわざとらしく咳払いをしてから言葉を続ける。
「それにしてもね、こうしてハッピーエンドを迎えてくれるっていうのはやっぱ、魔法使い名誉に尽きるってもんだね。いやぁ魔法かけて良かった!」
「まあ……悔しいけどそれは間違ってないんだよな。あのままだったら多分、俺なら身を引いてただろうし」
「それを言うなら、俺だってきみを追いかけてたよ。例え地獄の果てまでもね」
「地獄の……って、お前なら本当にやりかねないんだよな、そういうの」
「……冗談はさておき」
「おい、本当に冗談なんだよな??」
詰め寄る王子を物ともせずに、魔術師はまた水瓶から顔を離し、ペンデュラムを下げる。いつの間にか水面に見えていた風景は消えており、今は元の通り暗い底を映すだけになっていた。分厚い埃を被った蓋を被せる寸前、魔術師は水面を最後にもう一度だけ覗き込む。
そこには仲睦まじく小突き合う後ろ姿が2つ、ゆらめいて見えたような気がした。
「……こういうとき、確かうってつけの言葉があっただろ。なんて言うんだっけ、あれ」
「は? ……ああ、あれか。東洋の……」
「あ、思い出した。──めでたしめでたし、だったかな」