テラーノベル
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⚠︎直接の描写はありませんが、いかがわしい話なので未成年の方は読まないでください。
シャン🌩️と与太🤝の話。長くなる予定です。
人によっては不快な描写(mb×🤝、匂わせ程度にmb×🌩️と🌩️×mb)を含みます。それ以外にも色々とセンシティブな話なので、何でも許せる方のみどうぞ。
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「──やっぱりサンマは目黒に限る! ……どうも、おあとがよろしいようで」
眩しいほどの舞台照明を浴びながら恭しく頭を下げれば、そう広くもない寄席は割れんばかりの喝采に包まれる。老若男女問わず様々なお客が破顔してこちらを見上げているが、何だかやっぱり若い層が多いなァ、と『噺家』は思った。
ぺらぺらの座布団から立ち上がって舞台袖へと帰り、さっさと楽屋へ戻ってしまうことにする。薄暗い通路を過ぎてここまで来ればあの滾るような熱気はどこへやら、背後から聞こえていた拍手はあっという間に遠のいてしまった。
ようやく袴を履かせてもらえる身分になったのだ、楽屋の後片付けや雑用もしなくてよくなった。ならば、めぼしい師匠も上がらない寄席なんぞ長居しても仕方ない。とっとと帰ってしまうが吉だろう。
寮までそう遠い距離でもなし、いちいち着替えるのも面倒なので舞台着のまま裏口まで歩いて行くと、トタンの安っぽい扉の前には何やらあこぎな服装に身を包んだ大男が突っ立っていた。その大男は噺家の姿を見つけるや否や、まるで子供みたいに無邪気な笑顔でタッと駆け寄ってくる。対する噺家もぱぁっと花でも咲くような笑みを浮かべ、その大男を呼んだ。
「やァ、『飴屋』の旦那!」
「今日も絶好調じゃねえか、『与太郎』。裏からばっちり聞いてたぜ」
飴屋と呼ばれた大男はひらひら振っていた手で噺家を引き寄せ、労うようにぽんと軽く背中を叩いてみせた。そのほんの些細な力で噺家はよろめき、しかし屈託のない笑顔は崩すことなくそのままふたりで裏口へと向かう。
無機質な蛍光灯が照らす細い廊下を、大小ふたつの影──といっても背丈はさほど変わらず、片方の影が桁外れに大きいせいで、もう片方を覆い隠してしまっているだけなのだが──が、仲良くならんで狭苦しそうに進んでいく。
小窓から覗いてみると外は生憎の雨模様で、ぱらぱらと気の抜けた小雨がちらついていた。噺家は演技ぶった仕草で手首から先だけを外へ出し、瞬く間その指先に落ちた雫を見て顔を顰める。
「あらま……随分冷え込むと思ったら雨降りじゃないかい。いやァ、いつも悪いね、旦那」
「これくらい大したことねえよ。……どうも、近頃物騒だからな」
飴屋は戸の隙間からこちらを覗く人影を目尻に捉えたまま、微かに声を歪ませる。噺家もそれに気付いていたが、あえて素知らぬふりをしておくことにした。
この飴屋を名乗る大男はある日ふらっと現れて『あんたの落語に惚れ込んだ』と自ら支援を申し出てきた物好きだった。その頃の噺家はまだ前座の身だったため、大それた援助金などは受け取れないと断った。が、それでも引き下がろうとしない頑とした態度にとうとう折れて、寮からこの劇場までの道を護衛する送迎係に任命してやったのだ。
人懐こいわりに自分のことを語りたがらない性分で、噺家はもう長い付き合いになるが飴屋のことは『元は寺で修行していた身である』ことと、『その経験から街の貧しい人に飴を配って歩いている』ということくらいしか聞かされていない。果たしてどうして配るのが飴なのか、そして仕入れ元と収入源はどこなのか、何となしに聞いてみてもはぐらかされるばかりでてんで喋ろうとしないのだ。
それでも噺家の落語が好きというのだけはほんとうらしく、噺家が高座に上がったときは必ずどこかからか聞いていて、時折客席の奥の方からじっとこちらを見つめている。感情を面に出すのが苦手なのか笑うことこそ滅多に無いが、あれだけ真剣に聞いてくれる客というのも貴重なので噺家としてもそう悪い気はしていなかった。
そしてその噺家の方はというと、最近は専ら次の真打ち候補として評判の人気若手落語家である。そのよく通る声と演技力、表現力の高さに加え、さっぱりとした端正な顔立ちも相まって、特に普段は寄席に足を踏み入れないような若い女連中からの支持が厚い。
──しかし、その評価を集めるのが早ければ早いほど、同僚の不満も買ってしまうのが人気商売というやつで。
楽屋で話しかけてくる兄弟子はほとんどいなく、よしんば声をかけられたとて、浴びせられるのは皮肉や嫌味が大半だった。
住んでいるぼろアパートから劇場まで来る間にもいつ車で突っ込んで来られるか、刺されるか、拐われるかで気が抜けない。そのため見るからに厳つい風貌をした飴屋は、用心棒としてこの上なく適任だったのだ。
「人気者ってのも大変なんだな」
「ふふん、まァ宿命ってやつさ。こうして旦那みたいな色男と歩ける口実にもなるんだ、甘んじて受け入れようじゃないかい」
「……おう」
噺家は冗談めかして笑っているが、今口走ったのがまるで女を口説く時のような甘い文句だということは理解しているのだろうか。
むず、と鼻の先が痒くなるような錯覚をおぼえた飴屋は、立てかけてあったビニール傘を取り、噺家の肩をそっと抱いた。
「濡れないように気をつけろよ。この時期風邪でも引いたら厄介だろ」
「おや、あたしを気遣ってくれるのかい? さすが慈善事業で飴を配り歩いてるような徳の高い坊様は違うねェ」
「……はは。まぁ、お前の落語を待ってる奴は俺だけじゃないんだ、そいつらのためにも俺はお前を守ってやらなくちゃならないからな」
坊様、と呼ばれた飴屋はどこか曖昧な笑みを浮かべ、視線の先を他所へ遣った。その派手な髪の色や格好から、出家した身ではないことくらいは噺家にも分かる。ただどういういきさつで今の稼業に至ったかまでは聞いていないし、この先聞く気もない。
この繁華街から少し離れた雑多な路地では、『込み入った事情』というのを持っていない人間などいない。半分死んだような顔で彷徨いている連中は、皆得てして表の道から外れ、誰にも言えない秘密を抱えて鮮やかなネオン管へと惹き寄せられているのだ。
噺家は噺家で、その『秘密』を抱えてこの場所へたどり着いた内のひとりであった。だからこそこれ以上踏み込むことはせず、また踏み込ませる気もない。
この場末を生きていく上での、暗黙の了解というやつだ。
飴屋と噺家はお互いに目を逸らし合って、その先は当然無人だ。一寸先も見えぬほどの闇をまばらなネオンと提灯がごちゃごちゃ照らし出していて、毒々しい色の雫が電線を伝い、ビニール傘へと滴り落ちる。
「──ところで旦那、あたしの演目で好きなのはあるのかい?」
「はあ? ……急に何だよ」
「まま、良いじゃないかい。友人同士の気楽な雑談ってやつさ……参考までに聞かせておくれよ」
沈黙に耐えかねた噺家が、ふとそんな話題を振った。飴屋は元々噺家の落語に惚れたというのだから、そんな熱烈なファンの選ぶ一等の演目は聞いておきたいものである。
飴屋はしばらく黙り込んで、噺家の顔をちらりと見遣る。その横顔の美しさ、凛とした佇まい──こんな場末の似非劇場で燻っていて良い人間じゃない、とずっと前から思っていた。しかしぼうっと見惚れていれば、その内気がついてしまうのだ。潔癖なほどに一切の無駄なく整った容貌から漂う、ある一種の『陰』──どこか哀愁さえ感じるような、仄暗い雰囲気に。
その陰に、一体どれだけの人間が狂わされてきたのだろう。
飴屋はそれにどうにかわけか無性に腹を立てながら、記憶の中の舞台上で快活に捲し立てる噺家を何度も何度も反芻した。
「ええと……何だったっけ、あの、死神が出てくるやつ」
「ほう、お目が高いねぇ!」
熟考の末に導き出された答えに、噺家はわっと声を上げて喜んだ。
「それはまさに『死神』ってェ演目よ。どの辺がお気に召したんだい?」
「そうだな……お前、演技が相当上手いだろ。でなきゃ人が死ぬとこを何度も繰り返し見てきたか──もしくは、一度死んだことがあるかだ。与太郎お前、死んだことでもあんのか?」
「……あるように見えるかい?」
「はは、だよな」
そんな風に話を振られ、噺家はぎくりと肩を跳ね上げた。飴屋はそれを不審に思いつつも今隣にいる彼はてんで死人には見えないので、何もなかったことにする。
「人が死ぬ時ってのはな、ちょうどあんな感じなんだよ。目からすぅっと光が消えて、表情が消えて、繰り糸でも切れたみたいにくったり動かなくなる。それがあんまり上手くてぞっとするから、つい釘付けになっちまうな」
「……やだねェ、物騒なこと言わないでおくれよ」
「お前が聞いてきたんだろ」
「んふふ、ありがとうね。参考にさせてもらっとくよ」
──何故、『人が死んだ時』のことをこんなにも事細かに説明できるのか。何故、その演技に惹かれるのか。飴屋の言葉は余す所なく全てが不穏で満ち満ちているが、噺家はそれでも詮索する気はなかった。
飴屋としても隠す気は無いのだろうが、今のは単に、悟られても良いことを悟らせるように言っただけ。語らないのならそれまでだ。
そうして談笑に花を咲かせていると、気がつけばもう噺家の住むボロアパートに着いてしまっていた。トタンは錆び付き庭は荒れ果て、吹けば飛ぶような外観だが、これでも一応一門の寮らしい。
噺家が腰元の巾着から鍵の束を取り出すため身を屈めれば、飴屋はそれに合わせるようにして背中を丸めた。
「……なあ」
「何だい? ……ああ、身体が冷えちまったか。生憎出す茶も粗茶だ、どうせならこのままどこかへ寄って行って──……」
何も無くともぺらぺらとよく回る口は、腰元へと回された太い腕によって閉じられた。咄嗟に斜め後ろを見上げてみれば、いつもより輪をかけて暗いびいどろ色の瞳に捕らえられてしまう。
飴屋は特に慌てる素振りも見せぬ噺家を腕の中へ閉じ込めたまま、雨に晒されたお互いの体温がじわりと滲んで溶けあうまで、たっぷりひと呼吸分間をあけて囁いた。
「──お前さ、俺のもんにならねえ?」
言葉数とは裏腹に、やけに含みのある声色だった。唇には薄い笑みが浮かんでおり、まるでそれは元からこちらの決定権など待ってはいないとでも言っているように思える。
噺家はその余裕ありげな表情にため息を吐き、鍵を取り出そうとしていた腕を袖の中へ仕舞い込む。
「……嫌っつったらどうするんだい」
「それが分かんねえほど馬鹿じゃねえだろ」
「まぁ、……そうだねェ……」
そりゃあ、言われずとも分かる。今ここで断ったら一体どんな目に遭うのか、要求を呑んだとして待ち受けている扱いがどんなものか。そして目の前に差し出された選択肢は、『はいと答えて着いて行く』か『いいえと答えて連れて行かれる』かのみだということも。
しかし、この期に及んで噺家は飄々とした態度を崩すこともなく悠長に考え事をしているようだった。飴屋は元より気の長いたちなので、噺家が再び口を開くまで緩く抱きつきながらじっと待っている。 飴屋のその穏やかな表情は、どう答えても自分の思い通りになると思っている顔だ。
──『気に食わないな』と、噺家は思った。
「なァ旦那。こんなところで長話ってのも何だ、まずは上がっておいきよ」
「……お前の部屋に?」
「応ともさ。それ以外どこがある? お互い人に聞かれちゃまずいだろう?」
「…………」
飴屋は一瞬面白くなさそうな顔をして、強固に組んでいた指を解いた。確かに家の前まで送り届けるのが常でも、中へ上がったことは無いけれど。
──はぐらかされたのか、それとも反対に誘われているのか。噺家は飴屋の拘束からするりと逃げ出すと、風が通り抜けるだけでガタガタ鳴るドアノブに鍵を突っ込みくるりと回す。
建て付けの悪い引き開きのドアを力任せにこじ開けて、噺家は先に部屋の中へ入って行ってしまう。酸化した鉄のような──咽せ返るほどの煙草の匂いに押し戻されそうになりながら、飴屋もそれに続いて玄関と足を踏み入れた。
§ § §
「──色気のない部屋で悪いね。何せ貧乏暮らしなもんで」
案内されたのは、やけに殺風景な六畳一間。このご時世に珍しく一面畳張りになっており、灰皿の乗ったちゃぶ台、薄い毛布がぐちゃぐちゃになった煎餅布団、あとは台所の周りに雑な自炊をしていそうな形跡があるばかりで、人となりが分かりそうな私物と呼べるものは何も置いていないように思えるが──いや、そうではない。
その部屋に一歩踏み入れた途端、飴屋は思わず息を止めた。続いてすん、と鼻を鳴らし、部屋の隅に積み重なった黒いゴミ袋へと視線を移す。
「……おい、与太郎」
「はァい」
「あんた、男が居んのか?」
「へェ、一体どうしてそんな──、」
「惚けんな」
飴屋は苛立ちを隠そうともせずズカズカと『それ』に歩み寄り、舌打ちとともに蹴飛ばした。するときっちり口の縛られたそれの裏から姿を現したのは、丸めたティッシュや中途半端に使われた潤滑剤のボトル、中身の入っていない避妊具のゴミ──そしてぶわりと広がった汗と、知らない人間の体臭、粟に似た強烈な匂い。
それらを一秒ほど見つめ、飴屋は再び舌打ちをした。かと思えばひらりと羽織を翻し、噺家を壁へ叩きつける。ぐ、と息を詰まらせた噺家は、それから負けじと飴屋の目を見つめ返し、口角を上げた。
「ッ……よしてくれよ。ここは壁が薄いんだ、旦那の力でこんなことされちゃ隣に突き抜けちまう」
「……説明しろ」
「説明ったって……簡単なことさ。狭い世間でどんだけ騒がれたって、あたしはまだペーペーの新参者なんだ。こうして『兄さん』方の相手でもしなきゃ高座が取れねぇんだよ」
「アニサン?」
「言い方を変えりゃお師匠方──いや、まだ二ツ目だって上にいる。あそこは一筋縄じゃいかねェんだ。兄さん方に媚びて諂って仕事もらって、それでようやく高座に上がれる。……生存戦略ってヤツさ。お綺麗なだけじゃこの街で生きて行けねェ。旦那も覚えがあるだろう?」
「っ……それにしたって、こんな、こんな……」
絞り出すように呟きながら、飴屋はひどく顔を歪めた。
灰皿に乗っていた煙草の山は、一つの種類だけじゃなかった。充満している悪臭だって避妊具のサイズ表記だって、それら全てはこの部屋に立ち入る人間が一人や二人じゃ済まないことの証左でしかない。
噺家はあの腐った組織で、どれだけの男に組み敷かれてきたのだろう。若くしてこの地位に上り詰めるために、芸事の評価軸も狂った世界で、本来ならこんなことをしなくとも十二分にやっていけたであろう彼が、どうして。
苦々しげに壁を殴りつける飴屋を横目に、噺家は再びため息を吐く。
「……旦那。そんな悪いように考えないでくれよ。何も乱暴されてるってわけじゃねェんだ。お互い利害が一致した上で、合意の上で成り立ってんのさ」
「じゃあ、……じゃあお前は、好きで男に抱かれてるって言うのかよ。好きでもない男と……こんなこと……」
「あー……旦那、あんた意外と『おぼこ』だね。そんなの今時珍しくも無いだろうに……ましてや、この街の人間じゃ」
噺家はどこか遠くを見つめたまま悟ったように呟くので、飴屋は一層悔しくなった。もっと早くに気付けていればと思ってみても、どうせ出会ってからでは遅かったのだ。
一目惚れだった。高座の上で安っぽい照明に照らされながら表情や仕草をくるくる変えて、圧倒的なまでの表現力で会場をまるごと惹きつけてしまうその姿に。
生きているだけの屍だらけのこの街で、どれだけ『本物』の芸を磨いたところで真っ当な評価なんぞ受けられるはずもないこの場所で、噺家だけは輝いて見えたのだ。とうの昔に夜の闇へと染まりきってしまった自分にとっては、いっそ眩しいくらいに。
「幻滅したかい?」
そう問う噺家の笑みは苦しげに歪んでおり、どこか痛々しくすらあった。衝動的な怒りなどとうに消え失せていた飴屋はかぶりを振り、壁についていた手を噺家へ伸ばそうとして、やめた。
「いや……違う。何も純粋無垢でいて欲しかったんじゃない。……ただ……」
「ただ?」
「……あんたが、大切にされてないってのが、……」
さっきまでの自分を棚に上げて心底悲しそうに言うものだから、噺家は何だか妙な気分になった。こいつは言っていることとやっていることがてんでちぐはぐだ。
息を吸えばこの臭気を肺いっぱいに吸い込むことになってしまう。それが嫌で嫌でたまらなくて、飴屋は呼吸を浅くしたまま、ただ下唇を噛んだ。
噺家はすっかり大人しくなってしまった飴屋の頭を気休めに撫でてやる。その手つきはまるで我が子に触れる母親のように優しく、そして娼婦のように手慣れていた。
「分かっただろ、あたしは旦那が思うほどうぶじゃねぇんだ。それに、お師匠方の裏にだって旦那と同じくれェおっかない連中が潜んでやがる。……よしときな」
「……」
「旦那みたいな色男を袖にするってのも贅沢だけどね、こっちにも事情があんだ。どんな場末の腐った看板掲げても、あたしは落語を捨てらんねェのさ」
幼子に言い聞かせるような口調に、飴屋は殊更に機嫌を悪くした。
……慣れた言い回しだ。今まで何人の男が自分と同じように言い寄って、こうしてあしらわれてきたのだろう。この魔性の男に群がる蟲のように、魅せられて、たかって、振り落とされて。
「──分かった。……けど、ひとつだけ頼む」
「何だい?」
「せめて、一度でいいから抱かせてくれ」
その言葉とともに噺家の華奢な手足は簡単に絡め取られてしまい、あっと言うが早いか、再び元通りに飴屋の腕の中へ閉じ込められてしまった。
厚みの異なる胴の間に挟まれて、飴屋の数珠が耳障りな音を立てて擦れる。長い前髪の隙間から覗く金色が、じっとこちらを見つめている。
「──ふ、」
「……何がおかしいんだよ」
「んん、いや……焼きが回ったもんだね、旦那。あたしみたいな『お古』でもいいってのかい?」
「ハ。別に、お前が他の男に抱かれてるから冷めたってわけじゃねえよ。……それに、それを言うなら俺だって同じだ。ガキの頃からあんな場所で過ごしてりゃ、クソみてえな『初体験』のひとつやふたつくらいある」
そうさらりと語られた内容に、噺家も少なからず驚いた。てっきり飴屋はもっと良いところで育っていて、時代とともに流れ着いてきたものだとばかり思っていた。
『元は寺で修行していた身である』、けれど『ガキの頃からスラムで過ごしていた』こともあり、『クソみたいな初体験のひとつやふたつ』もある。それに、噺家が男に使い回されている現状を知ったときの反応──。
元より真実や嘘の境目なぞ求めるべくも無い街だ、そのうちのどれかは出鱈目なのかもしれない。しかし、もしこれらが全て本当なのだとしたらこの男の半生とは一体どんなものだったのだろう。
複雑怪奇な運命を辿った末に、何故か自分と出会ってしまった。そんな飴屋を憐れむと同時に、興味が湧いてきてもいた。
噺家はふっと笑みをたたえると、飴屋の頬をするりと撫ぜる。無精髭のひとつも生えていない整った顔立ちはそこらの女を引っ掛けることなど容易いだろう。
それだけではない。部屋の欄間におでこをぶつけるほどの背丈に、真正面から対峙すれば思わずたじろいでしまうような鍛え抜かれた肉体美。少しざらついた響きのある低い声と、そして何より彼の持つある種の『技術』──街で配り歩いているという、誰も彼もを虜にする『飴』とやら。そんなどこを取っても上玉の男が今、自分のような人間にその身ひとつで抱かせてくれとせがんできているのだ。
──あぁ、こんな悪い男に捕まっちまって、可哀想に。内心で呟いた言葉は、確かに飴屋へ向けてのものだった。
「……しょうがないお人だねぇ、全く。折れてやるからほら、準備が終わるまで待っときな。あたしが帰ってくるまでに頭が冷えたならそれまでさ」
「っほんとに良いのかよ……?」
「何だい、悪いのかい?」
「いや……っ、悪くない! あ、あ……それなら、あれだ、ゴム買ってくる。多分ここにあるやつじゃ入らねえから、」
「…………聞かなかったことにしていいかい?」
ふらふらと玄関から出ていく飴屋を見送った噺家は、反対に共同の浴室へと向かう。二面性というか何というか、あの生娘のような態度と、外での顔ではまるで人が違うように思える。
どちらが本性なのか、どちらも演技なのか、はたまたどちらも本性なのか──水垢の浮いたタイルに顔を顰めながら、噺家は考えていた。
油断のならない男だというのは分かっている。裏でどんな悪どいことをやっているか、自分に言えない秘密のことも。けれど、大型犬のように尻尾を振ったりしょぼくれたりしているところを見ると、どうにも思い出してしまう面影があった。
噺家はそこではっとして、それ以上余計なことを考えてしまわぬようぬるいシャワーを頭から浴びる。思い出すべきじゃない。自分にそんな資格は無いのだから。
──少なくとも、今はまだ。
§ § §
薄いカーテンの外からは一層激しくなった雨が窓を叩く音がする。安っぽいトタンの屋根が雨に打たれ風に吹かれ、絶え間なく悲鳴を上げていた。
飴屋はまず噺家の襦袢に指を引っ掛けて、手慣れた仕草でするりと紐を解いてしまう。はだけた薄い胸板はまるで陶器のように青白く、また湯浴みのあとだからか、しっとりと熱を帯びている。それをしばらく黙って見つめていた飴屋はひたりと手のひらを這わせると、惹き寄せられるように身を乗り出した。
陽も落ちきって薄暗い部屋の中、行燈風の間接照明を頼りに互いの顔を見合わせる。
「……お前、ピアスなんか空いてたんだな」
噺家の耳に寄せた唇で飴屋は呟いた。その視線は、普段癖毛に隠れていて見えない耳朶へと向けられている。
「んもう、よしてくれよ。あたしゃ現代に蘇ったお江戸の噺家としてやってんだ。営業妨害だよ」
「んなこと言ったって、お前も現代の人間だろ。別に隠すことねえじゃねえか」
「事情ってモンがあんのさ。……そんなことどうでもいいだろ、ほら……」
噺家は挑発するように、襦袢から覗かせた脚をくねるように擦り合わせてみせた。それを視線だけで追った飴屋はごくりと唾を飲み込み、今度はそちらに手を伸ばす。
「ほっせえなあ……」
「っん……何だい、『食いで』がないって言いてェのかい?」
「……いや……」
贅肉どころか必要最低限の筋肉すら心許ない噺家の脚は淡い行燈の明かりに照らされて、その筋張った陰影を浮き彫りにしている。飴屋はそうして露わになった青い光と影の境目に指を沿わせると、そのままつうっとなぞって内腿へと入りこんでいった。
襦袢の薄い裾が持ち上がり、一枚隔てていた向こう側にも明かりが差し込んでしまう。だというのに噺家はてんで抵抗する素振りすら見せず、棒切れのような脚と脚の付け根を晒したままにしている。
「なんで下履いてねえの?」
「うん? どうせすぐ脱ぐんだから別に必要ないだろう。それとも自分の手で脱がせてみたかったかい?」
「だから、そういうんじゃねえって。そうじゃなくて……」
飴屋は中途半端に開かれた脚をぐいと持ち上げ、惜しげもなく晒されているそこを覗き込む。好いた相手の股ぐらを拝んでいるとは到底思えない表情だ、と噺家は思った。
噺家は気を利かせて脚を開いてやり、おかげで飴屋の視力でもよく見えるようになったそこはまるで子供のようにつるりとしていて、下生えのひとつも生えていない。薄く血管の透けた肉色は色素沈着の跡も無く、縦に割れた後孔と行儀よく頭を垂れたままのそれはどこか人形じみた雰囲気すら思わせるほど綺麗な形をしている。
試しに近くの皮膚を引っ張ってやると、スリット状のそこはいとも容易く柔らかそうな粘膜を曝け出した。真っ赤に充血した内側は物欲しげにひくひくと収縮しながら、透明な液体を垂れ流している。
「……自慢じゃないがね、あたしのそこを見てそんな顔すんのは旦那くらいだよ。何が不満なんだ、言ってごらんよ」
「……」
飴屋は噺家の顔を一瞥すると、またすぐに視線を元の場所へと戻してしまう。そうしてまた二秒ほどそこを眺めたあとで、持ち上げた脚を下ろしてやってから、躊躇いがちに口を開いた。
「──そうやって媚びた方が、喜ぶようなやつらなんだな」
「……兄さんたちのことかい?」
「それ以外ねえだろ」
ぶっきらぼうに答えると、飴屋はそのまま口をへの字に曲げてしまう。
何もかもが気に入らなかった。歩くための筋肉すら見えない脚も、見目が良いようにと服の下まで念入りに手入れが施されていることも、『準備』とだけ言って中まですっかり解してきたことも──それから、それを見られても一切動揺しやしない噺家の態度も。
こんなのは、飼い殺されているも同然だ。
「旦那」
「……」
「……旦那、」
「んだよ」
「ハァ、あんたって人は本当に……せっかくの良い夜なんだ、そうしみったれた顔しないどくれよ」
「……悪い。こんなことで拗ねて、ガキじみてるのは自分でも分かってんだよ。でもさあ……」
ただでさえこの悪天候だというのに、それを助長するかのように部屋の空気が重たくなる。
何もかもが気に入らなかった。噺家はこうしている今も、こちらの気を損ねないようにと顔色を伺ってくることも。
噺家は片眉を上げながらため息を吐き、もうとっくに『そういう気分』ではなくなってしまっているであろう飴屋の頬を両手でそっと引き寄せる。
「ねェ旦那。色々あるんだろうね、お前さんも。あたしには分からない、旦那も教えちゃくれないことがあるんだろうよ、きっと。……だけれども、ね、今こうしてここに居るのはあたしと旦那のふたりっきりだよ。今だけはお互いのことだけ考えて、お互いのことだけ見てりゃ良いのさ」
「……そうやって何人言いくるめて来たんだよ」
「旦那が初めてさ。こんなに面倒……ああいや、『気難し屋』だったのは」
叱られたあとの子供をあやすように、噺家は自分より数寸高い位置にある飴屋の頭を撫でてやる。すぐに振り解かれてしまったが、少しは機嫌を直してくれたようだった。
──噺家にも言い分はあった。飴屋はその職業ゆえか度を越した秘密主義で、素性どころか住む家も趣味も仕事仲間も、名前ですらも教えてくれていない。もちろんこちらも芸名しか伝えていないはずだが、裏社会にいくらでも伝手のある飴屋のことだ。その気になれば本名や、もしかしたら出自だって握ることは容易いだろう。
元々対等な関係なんぞ望むべくもないことは承知の上だ。今更そんなことをいちいち気にするのも馬鹿らしいが、譲ってやっているのがこちらの方であることには変わりない。
それに、と噺家は片手間に暴かれた自身の胸元に目を遣る。噺家の経験上、こうしてまず始めに胸を触ろうとするのは女遊びに慣れた人間が多い。薄い下着をはだけさせたあとで「そういえばこいつは男なんだった」と呆気に取られたような顔をして、揉む脂肪もない胸を撫でてみたり、舐めてみたり、吸ってみたりする。
飴屋の場合は前者だったが、いずれにせよ全くの未経験でないことは本人の口から聞いてあることだ。仕事のためか暇つぶしかは分からないけれど、先ほどの手捌きを見れば相手はひとりやふたりじゃ済まないだろう。あんなふうに慣れるほどの数、ゆきずりの女を抱いてきたのだ。
こっちもこっちだが、そっちもそっちだ。被害者面ができるほど違いがあるものだろうか。
噺家は甚だ疑問に思ったが、口には出さないことにした。変に逆上されても面倒だ。迷うくらいなら黙っておいた方がいい──なんて、こんな気遣いをしていることも不満に思われてしまうんだろうが。
「──なあ、与太郎」
雨の音を聞きながらしばらく身を寄せ合ってぼうっとしていると、飴屋の方から声がかかった。噺家の隣で横になっていた飴屋は再び噺家の方へと向き直り、その視線は相変わらずはだけたままの脚の付け根に伸びている。
「何だい旦那、やっとこさやる気になってくれたかい?」
「あー、と…………ここ、は、俺が触っても良いもんか?」
「んぇ? ……ふっ、ははははっ! 何だ、旦那の方がよっぽどうぶじゃないか!」
「なっ……い、一応聞いといた方がいいだろ! お前に痛い思いとかさせたくねえし、何にもしねえのもそれはそれでなんつうか……」
壁が薄いという話はどこへやら、快活な声で大笑いする噺家に飴屋は顔を赤くして抗議する。
前言撤回、こいつは全く手練れなんかじゃないらしい。しかもこれだけうだうだ言っておいて、全く萎えていないときた。女には慣れていたとしても男の相手は初めてなんだろう、だったらこちらが合わせてやるべきだ。
「はー……いや、笑った笑った。……いちいち許可なんか取るんじゃないよ。今夜あたしのことは好きにしてくれていい」
「……好きに、っつったって……」
「ああ、そうだね。それじゃ旦那はつまらないんだった。じゃあ……そうだ、あたしの『弱点』を探してみるってのはどうだい?」
「弱点?」
飴屋がおうむ返しに繰り返すと、噺家はうっそりと目を細めた。
「そうそう。ここだけの話……兄さんたちの相手は慣れちゃいるが、いかんせん揃いも揃って床が下手でね。くたびれるばっかりで、ちっとも悦くないんだ。……だから、ね。たまにはあたしだって天国見てみたいんだよ」
「……お前の弱点を知ってる奴は他に何人いる?」
「こだわるねェ。んん、ちょいと待っとくれよ……ひい、ふう、みい……ああ、駄目だね。みんなひとつくらいは見つけてもそれで満足しちまって、全部知ってるのは今のところ誰もいないよ」
噺家の言葉を最後まで聞いた飴屋は、ふむ、と数秒考えこんだ。すっかり湯上がりの熱も冷めて血色を失った噺家の肌を舐めるように見つめ、その視線は顔、首筋、胸、腹、腰──と、どんどん下へと降りてゆく。
そうしてつま先までたどり着いたとき、飴屋はゆっくり頷いた。
「要はお前を満足させればいいんだろ」
「ま、詰まるところはそうだね」
「じゃあ──そうすりゃ、お前は俺のもんになってくれるか?」
ふいに静かになった声に顔を上げてみれば、金色の目を爛々と光らせた飴屋がじっ……とこちらを見下ろしている。それはまるで虎にでも睨まれているような威圧感で、噺家は背筋がぞくりと粟立つのと同時に確かな期待を抱いてもいた。
「んふふ……いいねェ。考えといてやるよ」
「……」
あからさまな挑発をする噺家へ、飴屋は言葉の代わりにすっと目を細めて返事をした。
それなら話は早い。考えるも何も、今この場で二度と元通りに戻れなくなるまで堕とせばいいだけの話だ。
噺家の身も心も全てを掌中に収めるべく、飴屋はその華奢な身体へと手を伸ばした。
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🤝与太郎とシャン🌩️🦒のやつ待ってました😭 設定とか生々しい話めちゃくちゃ拘られててほんまに好きです🥹 🤝与太郎の前だけシャン🌩️🦒ウブなの可愛い😭 あと関係ない話なんですけど🤝与太郎の死神めっちゃ聞いてみたいですよね…どんなサゲしてくれるんだろうっていうのもあるし何より🤝与太郎の死神の演技がほんまに見てみたい気になる😭 続きも楽しみにしてます✉️♡
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