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ゆずき
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もな
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リシャール殿下とバージル様から捜査協力を依頼された時は本当に驚いた。自分がいても役に立たないどころか邪魔にしかならないはずだ。疑問と不安を抱きつつも、私はおふたりの説得に応じて依頼を引き受けてしまう。成り行きとはいえ、一度引き受けた以上は精一杯与えられた役割を全うする覚悟だったのだ。
そして……時が過ぎて今現在————
私は再度自問自答する。この捜査において、私という存在は本当に必要だったのかについてだ。
「うわっ!!」
「くそっ……ああっ!!」
男たちの悲痛な叫び声が図書室の中に響き渡る。ある者は腕を切られ、またある者は鳩尾に蹴りを入れられてと……まともに立っていられる人間の数がみるみると減っていく。
さっきまでの威勢の良さはどこにいってしまったのだろうか。男たちはあっという間に戦意喪失してしまった。これほどに相手との力量差を見せつけられては致し方ないことではあるが……
指示役の男はあまりにも一方的な交戦に逃げることも忘れて茫然としていた。こんな展開は予想していなかったはずだ。戦闘において相手が手練れだと認識していたにしても、人数の差を根拠に問題ないと高を括ってしまったのが敗因である。まあ……それにおいては私も同じように考えてしまっていたので、指示役を愚かだと謗ることはできない。
「……なんで、こんなはずでは……」
「おや? ずいぶん勢いがなくなってきたな。無謀で愚かな私を始末するのではなかったのか」
苦戦するどころかバージル様は息すら乱していなかった。指示役に嫌味を言う余裕すらも見せつけている。攻撃を軽やかにかわし、無駄のない動きで確実に相手を仕留めていくその鮮やかな手腕。思わず見入ってしまうほどだった。
ここにいる全員がバージル様をみくびっていた。いつでも吹けるようにと口元に添えて準備をしていた護身笛……それは今や私の手の中で固く握られてしまっている。指示役の男もろくに抵抗できないままあっけなく拘束されてしまった。
結局、この戦闘中にバージル様が私に向かって合図を送ることはなかった。彼が笛を吹くように命じたのは、武装した男たちの全てが床に突っ伏し、戦闘不能状態になってからのことであった。
「リナ、もう大丈夫だよ」
「……バージル様」
静かになった図書室内にカチンという剣を鞘に戻す音が響いた。まるで何事もなかったかのようにバージル様は私に振り返る。
「思っていたほどたいしたことなかった。念のためリナに合図を教えていたのに必要なかったね」
本当にたったひとりでこの場を収めてしまった。襲いかかってきた男たちが訓練を受けた兵士などではないにしても、武器を持った相手に対してこんなにもあっさりと……
「リナ、笛を吹いてくれるかな」
「えっ……? 笛を……今ですか」
私とバージル様以外にこの場に立っている者はいない。皆彼に打ちのめされ床に転がっている。今更この護身笛を吹くことの意味が私には理解できなかった。
困惑している私にバージル様は早くしろと目線で訴えてくる。怒涛の展開についていけてないけど、彼に言われた通りにすることにした。私は手の中に握り締めていた笛をもう一度口元に当て、息を吹きこんだ。すると、ピーという甲高い音が鳴り、空気を震わす。
「えっ……これって」
笛を吹いてから1分も経っていないだろう。床と壁からガタガタと振動が伝わってきた。それは図書室の外……廊下の方から発生している。振動はどんどんこちらに迫ってくる。
護身笛を鳴らした直後のことである。振動と音の正体は概ね予想がついた。これはきっと大勢の足音で————
「バージル様!!」
振動が一瞬止まるのと同時に、図書室の扉が勢いよく開かれた。現れたのは腰に剣を携え、清廉な黒色の隊服に身を包んだ男性。この男性自体に面識はないけど、身に付けている隊服は知っていた。彼はジョゼット公爵家の私設兵団の隊員だ。
「バウマン隊長。すまないが、皆でここの片付けを頼む。この人数を私だけで連行するのは無理だからな」
バウマン隊長と呼ばれた男性は図書室内をぐるりと見回した。気絶している複数の男たち。倒れた本棚にそこから散らばった本の数々……
室内はなかなかに凄惨な有り様だった。バウマン隊長はすぐさま状況を理解したようで、大きく息を吐き出した。
「……バージル様、なぜもっと早く我々を呼んで下さらなかったのですか。この人数を相手におひとりで対処なさるなんて……万が一のことがあったらどうなさるおつもりだったのですか」
至極真っ当な意見。バウマン隊長をはじめとした兵士たちは、バージル様の指示で予め近くの教室に身を潜めて待機していたのだそうだ。笛の音が聞こえたら、いつでも突入できるようにと……
思ったとおりだった。バージル様は今日、図書室で何が行われるかを知っていたのだ。犯人側がどの程度の人数で来るかもおおよその検討がついていたのだろう。だから万が一に備えて近くに兵を配置していた。
そう考えると疑問なのは、男たちが武装して襲いかかってきた時点で、なぜ笛を鳴らさなかったのかということだ。
わざわざ危険を犯してバージル様がひとりで対応する必要はなかったはず。
ようやく笛の音が聞こえて突入したと思ったら、事はすでに終了したあと。隊長からしてみれば文句のひとつも言いたくなるだろう。それなのに、バージル様は隊長の問いにそっぽを向いて答えない。そんな中、隊長の後ろからひとりの若い兵士が顔を覗かせたのだ。
「まあまあ、バウマン隊長。どうやら相手側は素人ばかりだったようですし、バージル様の敵ではありませんよ。そう目くじら立てなくとも……」
「そういう問題じゃないんだが……」
次期当主を危険から遠ざけて守ることだって彼らの仕事である。近くで待機していたにも関わらず、呼ばれもせずにひとりで解決されては複雑だろう。
「なんせ、好きな女性の前ですからね。バージル様だっていいところ見せたくて張り切っちゃいますよ」
「え?」
この兵士さんは今なんと言った。私の耳にあり得ない単語が飛び込んできたような気がするんだけど……
「いった!!!!」
さっきまで涼しい顔で隊長の話を聞き流していたバージル様が、ものすごい勢いで若い兵士のもとへ駆け寄り、彼の頭に拳を振り下ろした。