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#高校生
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「あー! 今日の部活もハードだったね、ましろ!」
隣で大きなサックスのケースを背負った花宮陽菜が、大きく伸びをしながら笑いかけてくる。「ふふ、そうだね。でも陽菜のサックス、中庭まで響いてて凄く綺麗だったよ」
私はテニスラケットのバッグを肩にかけ直し、歩調を合わせた。
私、虹ケ丘ましろは高校2年生。両親の仕事の都合で、今は一人暮らしをしている。
「もう、ましろは褒め上手なんだから! 私はテニス部でエースを張ってるましろの方が、よっぽど格好いいと思うけどな」
私たちは、趣味が高じていつの間にか「高校生探偵」なんて呼ばれて有名になっていた。でも、私はただ、困っている人の力になりたいだけ。そんな純粋な気持ちを、親友の陽菜はいつも「ましろらしいね」と笑って受け止めてくれる。
「ねぇ、ましろ。今日、海斗くんが夕飯作って待ってるって言ってたんだ。一緒に食べていかない?」
「ありがとう、陽菜。でも、今日は録画してた試合のビデオも見たいから、自分の家で食べるね」
陽菜の恋人の青翼(あおば)海斗は刑事さんだ。二人は同棲していて、いつも仲が良い。そんな二人を見ていると、なんだかこちらまで幸せな気分になる。
住宅街の角にある、少し古びた公園の横を通りかかった時のこと。「……ん?」植え込みの奥から、「ドサッ」という鈍い、重い物が倒れるような音がした。
「……陽菜、今の音……」
「え……? 誰か転んだのかな?」
夕暮れの公園は人影もなく、遊具の影が不気味に長く伸びている。私たちは慎重に公園の敷地内へと足を踏み入れた。
「……あ」私の喉から、小さな悲鳴が漏れた。滑り台の影。そこには、仰向けに倒れた男性がいた。白いワイシャツが、胸元からじわじわと赤く染まっていく。その傍らには、返り血を浴びた黒いパーカーの人物が、血の付いたナイフを握って立ち尽くしていた。
犯人の顔はフードで見えない。でも、こちらを振り返った一瞬、氷のように冷たい視線を感じた。「……っ!」犯人は私たちの存在に気づくと、そのまま驚くほどの速さで公園の裏手へと走り去っていった。
「陽菜! すぐに救急車と警察を!」
「わ、わかった……! 私、通報する!」
陽菜が震える手でスマートフォンを取り出す。私は、倒れている男性のもとへ駆け寄った。「もしもし!? 大丈夫ですか!? 起きてください!」
必死に声をかけたけれど、男性の瞳は虚空を見つめたまま、二度と動くことはなかった。
数分後。静かだった街に、けたたましいサイレンが鳴り響いた。何台ものパトカーが公園を取り囲み、真っ赤な警告灯が辺りを照らし出す。
「被害者の容体は! 救急隊、急げ!」
指揮を執る力強い声が聞こえた。その声に、私は聞き覚えがあった。パトカーから降りてきたのは、スーツをビシッと着こなした二人の男性。
「ましろ……!? 君、どうしてここに」
駆け寄ってきたのは、柔らかな茶髪に、優しげな瞳をした刑事。私の幼馴染、桜庭湊だ。
「……無事か。怪我はないんだろうな」湊の後ろから、少し低い、どこか威圧感のある声が響く。湊と瓜二つの顔立ちをしながらも、鋭く冷徹な眼光を持つ兄の桜庭蓮。
「湊……それに、蓮も……!」
私は安堵と恐怖で、思わず湊の腕に縋り付いた。
「よかった、二人が来てくれて……。あの、あそこに人が……犯人が逃げて……」
「大丈夫、落ち着いて。僕たちが来たから、もう安心だよ、ましろ」
湊は私の肩を優しく抱き寄せ、その大きな手で背中をさすってくれる。湊はいつもこうして、私を安心させてくれる。
「蓮、現場の封鎖を。……おい、海斗! お前は陽菜ちゃんの方をケアしてやれ!」
蓮が鋭い指示を飛ばすと、もう一人の刑事がパトカーから降りてきた。
「了解です! 陽菜、怖かったろ。おいで」「海斗……! うん、怖かった……」
陽菜は、恋人である海斗さんの胸に飛び込んだ。海斗さんは陽菜を優しく抱き寄せ、その頭を撫でている。
「……湊、蓮。犯人はあっちに逃げたの。黒いパーカーを着てて、少し右足を引きずってた気がする」
私が必死に情報を伝えると、蓮が私の顔をじっと覗き込んできた。
「……ましろ。お前はいつも、危ないところに首を突っ込みすぎる」
「え……? でも、放っておけなくて……」
「わかってる。それがお前の良いところだ。……だが、俺の心臓には悪い」
蓮は少しだけ表情を和らげると、私の頬を指先でなぞった。その指は、事件現場にいる刑事のものとは思えないほど、独占欲を含んだ熱を帯びている気がした。
「……蓮、ましろを怖がらせないでよ」
湊が間に入るようにして、私の手を握った。「ましろ。今日はこの後、事情聴取があるけど……。終わったら僕と蓮で、君の家まで送るからね。一人暮らしの部屋に、こんな夜に一人で帰すわけにはいかないよ」
「……ありがとう、湊。でも、お仕事があるんじゃ……」
「ましろの安全より優先すべき仕事なんて、僕にはないよ」
湊はいつもの優しい微笑みを浮かべたけれど、その瞳の奥には、犯人に対する激しい怒りと、私を絶対に手放さないという強い決意が宿っていた。
「おい、湊。送るのは俺も一緒だ。……ましろ、今日は俺たちの側から離れるなよ。いいな?」
蓮も私のもう片方の手を握り、力強く言い放つ。
女子高生探偵として、これまでいくつもの事件を解決してきたけれど……。今回の事件は、今までとは何かが違う。幼馴染の刑事二人の過保護なまでの視線に包まれながら、私は再び、血の匂いのする現場へと視線を向けた。
(つづく)