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森の奥には「戻ってこない道」があると、昔から言われていた。
ただの噂だと思っていた。夏休み、暇つぶしに友達の直樹とその場所を探しに行くまでは。
入り口はすぐに見つかった。木々が妙に密集していて、そこだけ暗く沈んでいる。風もないのに葉が揺れていた。
「ここ、だよな」
直樹が小さく言う。僕は軽くうなずいて足を踏み入れた。
最初は普通の森だった。虫の音、土の匂い、差し込む光。けれどしばらく歩くうちに違和感が出てきた。
同じ場所を、何度も通っている。
倒れた木、苔の形、地面の石。全部、見覚えがある。
「なあ、戻ろう」
僕が言うと、直樹もすぐ同意した。
来た道を戻る。けれど景色は変わらない。むしろ少しずつ暗くなっている気がする。
そのとき、遠くから金属音が聞こえた。
カン、カン、と一定のリズム。
「誰かいる」
助けを求められると思い、音の方へ向かった。
森の中に小さな空き地があった。そこに一人、背を向けて立っている人がいた。
古い服を着て、地面に何かを打ちつけている。
「すみません!」
声をかけると、動きが止まった。
ゆっくりと、その人が振り向く。
顔がなかった。
目も口もなく、ただ平らな皮膚だけがある。
息が詰まる。
直樹が小さく叫んだ瞬間、その人が一歩近づいた。
音はしないのに、距離だけが縮まる。
僕たちは逃げた。
必死に走り、木々をかき分ける。後ろを振り返れなかったが、確実に追われている気配があった。
やがて視界が開けた。
森の外だった。
助かった、と思った。
けれど隣に直樹がいない。
「直樹?」
何度呼んでも返事はない。
震える手でスマホを取り出し、電話をかけた。
すぐにつながる。
『もしもし』
直樹の声だった。
「どこにいるんだよ!」
『お前こそ、どこだよ』
その言葉で、全身が冷えた。
僕は今、森の外にいる。
なのに直樹は「一緒にいる」と言った。
ゆっくりと森の中を見る。
奥の暗がりに、人影が二つあった。
顔のない何かと、その隣に直樹。
直樹は動かない。ただ同じ方向を向いている。
そしてその手には、錆びたハンマー。
カン、カン、と音が響く。
電話の向こうでも同じ音がした。
『なあ、聞こえるか?』
直樹の声が、すぐ後ろから聞こえた気がした。
振り向く。
誰もいない。
もう一度森を見る。
そこには何もなかった。
ただ、足元にハンマーが一本落ちている。
スマホからは、今もずっと
カン、カン、と音が鳴り続けている。
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