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第二話:矯正という名の支配
「……失礼いたします。準備はよろしいですか?」
重厚な扉の向こうから届いた冴木の声は、どこか深い海の底から響いてくるかのように、結衣の鼓膜を優しく、かつ重く震わせた。結衣は熱を帯びた吐息をつきながら、吸い込まれるようにベッドへと横たわった。
「は、はい……。お願いします」
顔を伏せるクッションは、清潔なリネンの香りがしたが、同時にこれから始まる「何か」を予感させる濃密な静寂に包まれていた。背後で扉が閉まる音がし、冴木の気配が静かに、だが圧倒的な密度を持って近づいてくる。結衣は、見えない背後に全神経を集中させた。
「……随分と、お利口に待っていられましたね」
すぐ耳元で囁かれ、結衣の項に彼の熱い吐息がかかった。ガウンから露出した首筋が、快い戦慄で粟立つ。
「リラックスしていただかないと、正しい形に戻せませんよ。まずは、その邪魔なガウンを外させていただきますね」
冴木の手が結衣の腰あたりにかかり、薄い布地をゆっくりと、慈しむように、だが確実に剥ぎ取っていく。
冷たい空気が背中を撫でたのも束の間、すぐに冴木の大きな掌が、結衣の背骨の終端——腰の窪みへと、吸い付くように置かれた。
「あ……っ……」
痛みではない。だが、あまりに深く、的確な圧に、結衣は声にならない吐息を漏らした。
先日のカウンセリングで見せられた冷徹なまでの厳しさはどこへ行ったのか。冴木の指先は、脊柱に沿って一節ずつ、丁寧に、そして深く沈み込んでいく。
「驚きました。……結衣様、これほどまでにあなたの体は、私の指を欲しがっている。吸い付くような肌だ」
「そんな、こと……っ」
否定しようとしたが、言葉が続かない。
冴木の指が、筋肉の最も深い層に触れるたび、そこから熱い電流のような痺れが全身に広がっていく。それはかつて経験したことのある「鋭い痛み」とは全く別種の、体の芯がドロドロに溶かされるような、抗えない充足感だった。
「ご自分の体さえ、信じられませんか? これほどまでに甘い声を漏らして……。外の世界で張っていた意地も、ここでは無意味だということが、ようやく理解できたようですね」
冴木の声は、優しく響きながらも、結衣の理性を一枚ずつ剥いでいく支配者の響きを持っていた。
彼は結衣の背中に覆い被さるようにして、ゆっくりと掌全体で圧を加えていく。結衣は、自分の体が冴木という大きな存在に飲み込まれていくような錯覚に陥った。
「はぁ、っ……ふ……ぅ……」
抗う気力など、最初からなかった。
冴木の指先が肩甲骨の裏側に滑り込み、固まったコリを「溶かす」ように円を描くたび、結衣の視界は真っ白に染まっていく。
上司の理不尽な叱責も、終わらない修正指示も、今はもう遠い世界の出来事のようで。ただ、背中に伝わる冴木の体温と、執拗なまでの「愛撫」に近い指圧だけが、彼女にとっての唯一の現実となっていた。
「……いい反応です。もう、声も出ませんか」
冴木は慇懃な口調を崩さないまま、今度は結衣の太ももの裏に、掌を滑らせた。
紙ショーツの端をかすめるような、ギリギリのラインを、体温を感じさせる熱い指先が、ゆっくりと撫で上げていく。
「ひ……あ……」
結衣の体は、快感のあまり弓なりに反った。
支配されている。それも、力による強制ではなく、逃げ場のない「悦び」によって。
結衣は羞恥心で顔を真っ赤に染めながらも、自分の意思とは無関係に、冴木の指先をもっと奥へと招き入れたいという本能的な欲求に突き動かされていた。
「……ほう。これほどまでに素直に、腰が動くとは。……お望みですか? もっと、奥まで解してほしいと」
「……っ、……ぁ……」
声にならなかった。結衣にできるのは、ただ冴木の指先にすべてを委ね、小さく喘ぐことだけ。
その時、冴木の手がピタリと止まった。
「……治療はまだ序盤です。あなたのその強情な心ごと、徹底的に蕩かして差し上げますよ」
冴木がサイドテーブルから、琥珀色の液体が入ったボトルを手に取る音がした。
トクトクと注がれるその音が、結衣には福音のように聞こえた。
「さて、いよいよ『特別な処置』に移りましょうか。……結衣様、あなたはもう、私なしでは眠れない体になりますよ」
冴木の唇が、結衣の耳朶をかすめるように動いた。
恐怖はもうない。あるのは、さらに深い奈落へと突き落とされることへの、切実な期待感だけだった。
結衣は、静まり返った室内で自分の心音を聴いていた。
ドクンドクンと脈打つ血液が、冴木に触れられた箇所から波紋のように広がっていく。
「失礼、少し冷たいかもしれませんよ」
冴木が手に取ったボトルの蓋が開く。
刹那、イランイランの香りが、先ほどまでよりも濃密に、重く室内を満たした。
その香りは、理性の最後の一線を焼き切る香りのように思えた。
冴木が自らの掌を擦り合わせる、微かな音が聞こえる。
それは、獲物を解体する準備を整える猟師のような、冷徹でいて情熱的な音。
「……っ」
結衣は、シーツを握りしめた。
背中に落とされるであろう「それ」を待つ時間は、永遠にも感じられた。
冴木の指先が、再び彼女の肌に触れる。しかし今度は、先ほどまでの乾いた指先ではない。
ぬるりと、体温よりも少し高い温度を持った液体が、彼女のうなじから背筋へと伝い落ちた。
「……あ……ああ……」
結衣の口から、今までに出したことのない、熱く濡れた声が漏れ出た。
オイルは彼女の滑らかな肌の上で、冴木の力強い指によって広げられていく。
それはもはや「整体」の範疇を大きく踏み越えていた。
結衣の肌を滑る冴木の指は、時に鋭く、時に粘り強く、彼女が自分でも知らなかった秘部——心の奥底に隠していた「求愛」の欲求を、容赦なく暴き立てていく。
「これだけで、こんなに震えていらっしゃる。……よほど、溜まっていたのですね」
冴木の囁きが、熱いオイルと共に結衣の意識を溶かしていく。
彼の手は、今や結衣の体の曲線すべてを把握し、自在に操るタクトのようだった。
結衣はただ、翻弄されるままの肉体となって、彼が導く極彩色の闇へと堕ちていくしかなかった。
「……さあ、本番です。私に、あなたのすべてを委ねなさい」
冴木の低い宣言が、密室の空気を震わせた。