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第三話:禁断のオイル
静寂が支配する密室に、トクトクと琥珀色の液体が注がれる音だけが響く。それは結衣にとって、理性の最後の一線を焼き切るカウントダウンのように聞こえた。
「失礼、少し熱いかもしれませんよ」
冴木の慇懃な声と共に、結衣のうなじから背筋にかけて、ぬるりと熱い液体が滴り落ちた。
「……っ! あ……ああ……っ」
結衣の口から、今までに出したことのない、熱く濡れた吐息が漏れ出た。
体温よりも僅かに高く設定されたオイルは、まるで生き物のように彼女の肌を這い、毛穴のひとつひとつにまで染み込んでいく。その熱量は、結衣の想像を遥かに超えていた。先ほどまでの指圧が「点」での支配だったとするならば、このオイルマッサージは、広範囲に及ぶ「面」での蹂躙だった。
冴木の両掌が、その熱を背中全体へと広げていく。
オイルの粘性を利用し、彼は大きな掌を密着させ、結衣の滑らかな肌を力強く、かつ執拗に滑らせた。
「どうしましたか。……呼吸が、先ほどよりも随分と乱れていますよ」
冴木の囁きが、イランイランの濃厚な香りと共に耳元を掠める。
結衣は答えられなかった。ただ、ぬるぬるとした感触を伴った彼の手が、脊柱のキワを上から下へ、一定のリズムで扱き上げるたびに、腰が勝手に跳ねてしまう。
「ひ……あ、っ、……はぁ、はぁ……」
「まだ、始まったばかりです。そんなに急いで果ててしまっては、治療になりませんよ。……それとも、これしきの刺激に、もう耐えられないのですか?」
冴木は結衣の反応を愉しむように、わざとゆっくりと手を動かした。
彼の指先は、ガウンを完全に剥ぎ取られた結衣の背中から、脇腹、そして胸の側面へと回り込んでいく。
「……っ! せん、せい……そこ、は……」
「リンパが滞っていると言ったはずです。ここを流さなければ、あなたの疲れは取れません。……それとも、私のやり方がお気に召しませんか?」
拒絶する隙を与えない、静かな、けれど絶対的な命令。
冴木の指は、結衣の脇腹から肋骨の縁をなぞり、そのまま胸の膨らみのすぐ下、ギリギリのラインを執拗に往復した。
「ああ……っ、ん……!」
結衣はシーツを強く握りしめた。
薄暗い室内で、オイルに濡れて光る自分の肌。そして、その肌を自在に操る、冴木の美しくも冷酷な手。
恥ずかしさに死にそうなはずなのに、視覚を奪われた状態で肌に伝わる感触だけが、彼女の世界のすべてを占拠していく。
「……ふむ。非常に繊細な肌だ。少し触れただけで、これほど赤く染まるとは。……あなたがどれほど、他人の目に触れるのを恐れ、自分を押し殺して生きてきたかがよく分かります」
冴木の手が、今度は結衣の太ももの付け根――鼠径部へと向かった。
紙ショーツの細い布地を指先で僅かに押し下げ、際どい境界線に熱いオイルを注ぎ込む。
「ひぅ……っ、……だめ、それは……っ!」
「何がダメなのですか? 私はただ、詰まりを解しているだけですよ。……それとも、何か『別のこと』を期待していらっしゃるのですか?」
冴木の指が、内腿の最も柔らかな場所を、らせんを描くように撫で上げた。
結衣の体は、快感の奔流に耐えきれず、激しく震えた。
支配されている。
「治療」という名の正論で武装した彼に、心の底まで覗き込まれ、自分でも認めたくなかった欲求を、指先ひとつで引きずり出されていく。
「はぁ、っ、……あ……あ……」
「……いいですよ。もっと、私に委ねなさい。あなたが外で被っている『有能な広告マン』という仮面は、ここでは何の役にも立ちません。今のあなたは、ただ私の手に解されるのを待つだけの、無力な女性です」
冴木の掌が、結衣の臀部を包み込むように捉え、力強く揉み解した。
筋肉が解れる感覚と、粘膜に近い場所を刺激される羞恥が混ざり合い、結衣の意識は朦朧としていく。
「……あ、あ、……っ、せ、んせい……っ」
「……はい。ここにいますよ、結衣様」
初めて、冴木の声に微かな、熱を帯びた「色」が混じった。
それは、冷徹な整体師が、一人の「男」としての本能を覗かせた瞬間だった。
彼はオイルで濡れた結衣の腰を両手で掴むと、彼女の体をゆっくりと、しかし抗わせる隙を与えず仰向けに反転させた。
「……っ、あ……」
仰向けになった結衣の視界に、初めて冴木の顔が至近距離で映る。
逆光の中で、彼の瞳は獲物を追い詰めた肉食獣のように、静かに、そして鋭く光っていた。
「……さて。裏コースの本番は、これからです」
冴木が、再びオイルのボトルに手を伸ばした。
結衣は、自身の鼓動が、部屋を満たすイランイランの香りと同期するように、激しく打ち鳴らされるのを感じていた。
もはや、逃げることはできない。
結衣は、熱く湿った自らの溜息とともに、さらに深い、甘美な奈落へと自ら堕ちていくことを受け入れた。
「……お願いします、先生……」
その言葉は、彼女が自分自身に下した、完全な敗北の宣言だった。