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この世界に初めての貝の天ぷらが誕生してから
10日後―――
私はギルド長を連れて、南側の農業地区を
訪れていた。
新たに作った水路の、『経過観察』のためである。
「じゃー水入れ替えしますっ!!」
「お願いしまーす」
メルさんの元気な掛け声と共に―――
他の水魔法使いの人たちも、水路に水を入れ始める。
前の水路は鳥の飼育施設をぐるりと囲むように設置
されたが、今回は……
「しかし、改めて見るとデカイな」
ジャンさんも、新規の水路の規模に圧倒されていた。
何せ今回の水路は―――
南側の農業地区『そのもの』を、囲むように
出来ているからだ。
直線距離にすると1キロくらいはあるだろうか。
確かにこれなら、転作する時も邪魔にならないし、
用がある場合は外側から作業すればいい。
もちろん内側の畑エリアからも少しは離して
あるので、農作物に影響はそれほど無いだろう。
この水路の建設自体は1週間前に終わっており、
その時もジャンさんは視察に訪れている。
『改めて見ると』と言ったのはその事があった
からで―――
今回、彼とここに来たのは、ある考証のためでも
あった。
そもそも、このような新たな水路を作った
理由は2つ。
1つは、魚が巨大化したため、他の生き物と
引き離す必要があった事。
もう1つは―――
なぜか貝の養殖に成功してしまった事だ。
本来、様子見のつもりで獲って来た二枚貝だが、
『分裂しているのか?』と思うほどのスピードで
増えていった。
なので、旧来の水路は二枚貝専門にし、エビやカニも
そこに置いて経過を見る事に。
そして新しい水路は魚専用として建設したのである。
「しかし、こうまで水路がデカくなると―――
盗まれる心配とかも出てくるよな……」
幅自体は1メートルと、旧水路より少し広くなった
だけだが―――
距離は比較にならないほど伸びたため、
とてもじゃないが見張りは出来ないと思うも、
「でも、魚自体大きくなってますから……
アレ持ってたらかなり目立ちますよ?」
「うーむ、そうかも知れんな」
新しい水路には現在、100匹ほどが
投入されている。
入れてから4、5日も経過すると、その体長は
劇的に巨大化し―――
大きいものは50cm弱、小さいのでも
40cm以上に成長していた。
「最初に出来た方の水路はどうだ?」
「あ、それは見てもらった方が早いと思うんで」
そしてギルド長と2人、鳥の飼育施設に囲まれた
旧水路へと足を向ける。
そっちは町の外側に近いので、農業地区の奥まで
行かなければならないが、それでも3分も歩けば
すぐにたどり着く。
「うぉ」
「うわ」
パッと見ただけでも―――
その水で満たされた溝には、二枚貝が大量に生息
していた。
ギッシリと詰まっているほどではないにしろ、
当初、20個ほどしか無かったとは思えない数だ。
今ならこの旧水路全体で、200個は下らないんじゃ
ないだろうか。
現状、1日40~50個を町に供給しているが、
一向に減る様子は見られず、むしろ増加傾向にある。
「コレが食える上に、あんなに美味いとは―――
今まで損してきたような気分だぜ。
しかし、シンのいた世界でも、こんなに増える
モンなのか?」
その問いに私は首を左右に振って、
「さすがにここまで増殖するのは、地球では
見た事も聞いた事もありません」
ジャンさんは唯一、私が魔法の無い別世界から
来ているという事を知っている人間なので、
この辺りは腹を割って話し合える。
「やっぱり、お前さんの言う―――
『自然界に無い』という条件が影響しているって
わけか。
にわかには信じられんが、実際にこうして
見るとなあ」
魔法が、息を吸って吐くように前提・常識として
浸透している世界では―――
そもそも水魔法で出てくる水と、自然に流れる川、
降ってくる雨との違いなど、あるとは思わないのだ。
かくいう私の考えも確証は無いし実証も出来ないが、
それでも仮説は一応立てられる。
これまでに得たデータから、基本的に水魔法の水で
飼育した水生生物は、多かれ少なかれ大きくなると
いう傾向がある。
魚はほぼ3倍、二枚貝は2倍、エビやカニも2倍弱
ほどに大きくなった。
エビやカニはもしかしたら大きくならないのかも、
と当初は思っていたが―――
魚を新しい水路に入れて放したところ、大きくなる
個体が出てきた。
外敵がいるから大きくならなかったのかと
推測したが、数が減っていた事から……
先に大きくなった個体は魚に食べられた、と
考えた方が現実的だろう。
体が大きいと、隠れる事が出来なくなるし。
その後、改めて近くの川から補充して旧水路に
放流すると―――
エビは体長7、8cmから15cmほどに、
カニも5cmから10cm弱に成長する事が判明。
また、二枚貝ほどではないが数の上昇が見られた。
つまり、エビやカニも養殖に成功したという事だ。
これらの事から推測するに……
単純な構造の生き物ほど、水魔法の水で飼育すると
増やしやすいのではないか?
という予想が立てられた。
ただ、魚の方も希望を捨てたわけではない。
というわけで新しい水路の4つの角部分に、
縦横3メートルほどのスペースを確保、そこに
岩やら水草やらを入れてビオトープのようにし、
少しでも繁殖しやすいよう環境を整えている。
ちなみに余談ではあるが、エビは文字通り
エビ天にしたら好評だったものの……
カニの方は見た目だけでドン引きされたので、
食用にするのは断念、いずれ折を見て自然の川に
戻し、たくましく生きていってもらう事にした。
「まあ―――状況はわかった。
見た上で納得するしかない。
水魔法の水で飼育された水中の生き物は、
巨大化したり増殖したりする、か。
これは別に隠す必要もないだろう。
魔法が関わっているようだし―――」
「そうですか。
またヘンな事を始めたと、どこかから目を
付けられるんじゃないかと心配だったので。
取り敢えず、鳥の飼育施設に入りましょう。
水の近くとはいえ、まだまだ暑いですし」
『ヘンなのは今さらだろ』と、苦笑いを浮かべる
彼の背を押すようにして、私たちは取り敢えず
建物の中へと入った。
「ここも、前に一度来た事があるが……
ずいぶんと居心地のいい『職場』だな」
ギルドの支部長室ほどではないにしろ、
応接室にあたる部屋で、お互い相対して
ソファに座る。
ここの規模は、以前作った飼育施設の倍の土地を
使っているが、せっかくなので2階建てにして、
居住性の部分を高めた。
休憩スペースは元より、体を洗うための
簡易シャワー室も備えている。
これは生き物を扱う施設なので、衛生面を
考えての事だ。
また、水路の管理や水の入れ替えをしてもらう
人たちの、休憩所も兼ねている。
「そういや、同じ鳥を入れておく部屋でも、
小さく区切られた部屋があったが……
ありゃ何だ?」
「あー、前はありませんでしたね。
あそこは孵化のための部屋です」
「フカ?」
元々は卵の確保用に集めた野鳥ではあったが、
繁殖させる事が出来れば、それに越した事は無い。
施設の野鳥の許容数が単純に倍化した事と、
貝の養殖が成功した事を受けて―――
試せる事は試してみよう、という事で新たに
卵を孵化させるための部屋として作ったのである。
ただ卵を温めだした鳥を卵とワンセットで、
その部屋に集めて世話をしているだけだが……
そのようにして、野鳥の繁殖も考えていると彼に
説明すると、
「いろいろとやっているんだな。
ま、俺も楽しみにしているぜ。
シンのいた世界は、ずいぶんと食生活が
豊かだったんだなあ」
嫌味でも何でもなく、彼は純粋に感嘆の声を
漏らす。
確かに、食事に関してはウルサイ国民性だった
だろう。
ただ実際問題として、やっている事はかなり
非効率でもある。
食料の安定供給を考えると、一番良いのは穀物類を
そのまま食べる事なのだ。
穀物や飼料を使って、畜産や養殖をするのは―――
実はずいぶんとゼイタクな話であり、よほどの余裕が
無ければ出来ない事なのである。
逆にこっちの世界は、水不足の問題も無しで、
穀物も異様に収穫出来るのに……
そう考えると皮肉な話でもある。
「おう、そういえば伯爵サマからお礼の手紙が
届いてたぞ。
多分、あのワイバーン2体と、追加で献上した
肉についてだろう。
あと言いそびれていたが―――
ワイバーンについては討伐報酬も出るから、
期待していてくれ」
アレにも討伐報酬が掛けられていたのか。
臨時収入は嬉しい限りだ。
「それと、ロック男爵の処分も決まったようだ」
ピク、と自分の眉毛が反応する。
その名前は確か、子供たちを誘拐しようとした……
「……どうなりましたか?」
「結論から言うと、隠居して代替わりしたらしい。
多分、いろいろなところと繋がっていた
だろうから、口を割られるとマズい連中が
手を回したんだろうな。
一応、『勘違い』の『慰謝料』として―――
金貨1万枚が男爵家から送金されてきたけどよ」
以前、レイド君が
『良くて隠居させられて代替わり、
悪けりゃお家取り潰し』
と言っていたが、その良い方になったか。
ずいぶんと軽い、とは思うが……
そこは地球の基準で考えても仕方が無いだろう。
むしろ、平民への補償付きなら破格の対応なのかも
知れない。
「で、ギルドへ5千、孤児院へ5千という分担だが、
ギルドからお前さんへは―――」
そこで私は手の平をジャンさんへ向け、
「その分は孤児院へ追加してください」
それを聞くと、彼は深くため息をついて腰を浮かせ、
ソファに座り直し、
「そう言うと思ったよ。
しかし―――見返りは要求しねぇのか?
余りにもご立派な心がけで、こっちが
落ち着かねぇ」
イジワルそうに笑う彼に、私もニヤリと返し、
「いえいえ……
今までにもギルド長には、魔法を使わない場合や
別世界の知識について―――
ずいぶんとごまかしてもらったり、つじつまを
合わせてもらって頂いておりますので。
今後ともご支援のほど、よろしくお願いします」
「それはいいけどよ。
ちったあ目立たない努力をしてくれってんだ。
ジャイアント・ボーア殺しにしてグランツ討伐、
そしてワイバーンの撃墜……
王都でも謎の冒険者として有名だぞ?
実在しているかどうかも含めて」
実在すら疑われているって何なんだ。
都市伝説かUMAのような扱いなのか。
「えぇ……
でも、それにしては―――
レイド君や、ギル君・ルーチェさんのような
勧誘は来てないような」
「確かにシンの扱いは、冒険者ギルド所属の
シルバークラスだが……
実力的にはゴールドクラス相当と見られて
いるんだ。
そんな人材を伯爵サマの頭越しでスカウトしたら、
さすがに問題になる。
恐らくはまずドーン伯爵に話がいっていると思う。
で、そこで立ち消えているんだろうぜ」
まあ確かに―――
伯爵様に取って今の私のポジションは、
・出会いはアレだったけど、
・莫大な利益をもたらす商売上のパートナーで、
・ご子息のファム様・クロート様をプロデュース、
・格上のところとの縁談の献上品問題を解決した……
うん、そりゃ手放さないわな。
恩人と利権に手を突っ込むようなものだし。
強行しようものなら、伯爵家との敵対を
覚悟しなければならないだろう。
「何らかの話くらいは来るかも知れないがな。
その時は間に伯爵が入って、ある程度は緩和された
ものになるだろ」
間にワンクッションとして入ってくれるという事か。
それはそれで有難い。
「そういえばギルド長―――
伯爵様と和解してくれたんでしたね。
改めてお礼を言わせてください。
ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げると、彼は顔の前で手を垂直に
立てて左右に振り、
「あー、その件についてはシンの言う通りにした方が
良かったしな。
アイツもまあ、いろいろ必死だったんだと思う。
今回、ファム様とクロート様が片付いた事で、
肩の荷も下りただろうし」
「?? と言いますと?」
聞き返す私に、ジャンさんはポリポリと頭をかいて、
「結局は―――子供のためだ。
アイツは魔力も魔法もそこそこだし、
自分の血を引く子供たちの能力にも不安を
感じていたんだろう。
だから今のうちに、出来るだけの事をして残して
やろうと……」
いくら貴族とはいえ、魔法至上主義のこの世界で、
その能力が低いのは深刻な問題だ。
そのために、ゴールドクラスのギルド長や、相応の
実力を持つレイド君に目をつけ、有能な人材で周囲を
固めようとしたのか。
それがここにきて、恐らく一番年下であろう姉弟の
縁談が決まった事で―――
めでたく将来は安泰、というわけだ。
「しかし……
そこまで血筋って、魔法に影響あるんですかね?」
「どうだろうな?
俺もその辺は詳しくねぇ。
ただ、ドーン伯爵に限れば―――
確か第一夫人との間に生まれた兄や姉たちが、
ファム様・クロート様の上にいるんだがよ。
跡継ぎの長男はともかく、他は微妙だったと
記憶している」
あー、やっぱり母親は違うよね。
貴族サマだから予想はしていたけど。
そして長男以外は微妙、か。
カーマンさんが言っていたのは、その人たちの
事かな。
「ヨソ様の家庭の事だし、そこは気にしても
仕方ねぇよ。
ともかくお前さんのおかげで、ギルドと伯爵サマの
仲は良好だし―――
シンも、もっと伯爵と商売やって、この町で仕事を
増やしてくれ。期待しているぜ」
そこで私は『ん?』と首を傾げる。
「あれ? でも現状、私に関わるだけでも
20人ほどお仕事があるはずですが……」
「それがよ。
お前さんがこの町に来る前は、ギルド全体でも
登録者は50人前後だったんだが……
今は70人以上に増えてんだよ。
以前から増加傾向にはあったんだが、
『この町に来れば、美味いメシと仕事に
ありつける』
ってんで、誰も出て行かないで増える一方だ」
そういえば、レイド君がギルド長代理の時に、
そんな事を言われたっけ。
「この町では―――
冒険者以外で、人手は足りているんでしょうか」
それを聞くと、ギルド長はうーむ、と悩み、
「仕事自体はあるんだが、全部身内で回しちまって
いるのが実情だ。
シンがこの町に来てから間もなく、仕事を頼んだ
職人とかいただろ?
衣服とかカゴとか工事とか……
ああいうのは代々受け継ぐか、少なくともこの町の
出身者に限られるんだ」
その気持ちは理解出来る。
誰だって、メシのタネは子供に継がせたいものだ。
魔法や魔力がそれなりに高ければ王都に行くん
だろうけど、そうでなければ限りある仕事は、
身内で回したいと思うのは当然か。
「別にいいとか悪いとかいう話じゃなくて―――
シンだって仕事を頼む場合、信用出来る
顔見知りの方がいいだろ?」
その意見には納得するしかない。
特に、魔物やら盗賊やらの襲撃が隣り合わせの
この世界―――
信用する人間を選ぶのは重要だ。
最悪、命に係わるレベルで。
「でも、そうなると……
他の冒険者ギルドとの兼ね合いとか、治安とかは
大丈夫なんでしょうか」
「どこであれ、冒険者ギルドに登録しているのなら、
拠点はどこにしても問題はねぇよ。
それに人数が多くなれば、ギルド支部としての
ランクも上がるし。
あんまりごっそり抜けられると、困るギルド支部も
出てくるかも知れねぇが……
そこはトップ同士の話し合いで何とかするから、
気にしないでいい」
そして、テーブルの上に用意された飲み物を一気に
飲み干すと、
「ちょっと長話しちまったな。
そろそろギルドへ戻るわ。
また何かあれば呼んでくれ」
こうして、ジャンさんはギルドへと戻り―――
私は少し休んでから、宿屋へ帰る事にした。
「……お客さんが?」
「目の覚めるような美人だよ。
アンタも隅に置けないねぇ♪」
『クラン』に着いた私を出迎えた
クレアージュさんは、興味津々という
笑顔で、来客の事を告げた。
美人、というからには女性だろうが―――
知り合いの女性というと限られているし、それなら
女将さんの方がよほど付き合いが長いはず。
この異世界にたった一人で来て……
自分しか知らない知り合いなど、
・・・・・・・
いるはずが無い。
緊張しつつ、その人物がいるという食堂に通された。
「おお、久しぶりだなシン殿。
我が子ともども、あの時は世話になった」
その女性は私を見ると、男言葉で話しかけてきた。
こちらの世界では珍しい、黒髪黒目のロングヘアー。
座っているが、その座高と足の長さから、レイド君と
同じかそれ以上はあるだろう身長。
身に着けている物は、まるで布を巻きつけただけで
あるかのようにシンプルだが―――
素材が良いのか、雰囲気と面持ちだけで高貴さを
伺わせる。
「何だい、結婚している人かい。
少しは浮いた話のひとつでもあるのかと思ったら」
勝手に推測されて、勝手に呆れられても……
私は女将さんに何か飲み物を頼むと―――
彼女の姿が見えなくなったのを確認してから、
『お客さん』に声を掛けた。
「あの、どちら様でしょうか?」
敵ではなさそうだが、正体不明である以上
警戒は解けない。
久しぶりと言われても初対面だし、我が子ともどもと
言われても、お世話した覚えも助けた覚えも無い。
「忘れてしまったのか?
ワイバーンの群れから助けてくれたではないか」
「…………
え?
えええ?」
えっと、確かにワイバーンを撃墜した事はあったが、
あの時助けたのは―――
目を丸くして驚いていると、次の言葉を待たずに
『彼女』が話を続ける。
「ああ、すまん。
この姿でシン殿と会うのは初めてであった。
驚かせてしまったかな?
それとも―――
あの時と同じ姿で来た方が良かったか」
「そっちの方が驚きますのでやめてください。
二重の意味で。
まあこちらの姿も、二重の意味で驚いて
いますけどね」
あの時のドラゴン―――
まさか女性だったとは。
竜の性別なんて見た目ではわからないし、口調も
男言葉だったので気付かなかった。
「まだ名乗っていなかったな。
我が名はアルテリーゼ。
覚えておいてくれ」
ドラゴンの名乗りに、思わずペコリと頭を下げる。
だけど、まだ疑問が残る。
人間の姿とはいえこの人、どうやって町に入って
きたんだ?
門番がいるはずなのに。
「でも、よく町に入れましたね。
何か言われませんでしたか?」
「ん?
私の恩人、シン殿がこの町にいると言ったら
通してくれたが。
何かマズかったか?」
その答えに、片手で顔を隠すようにしてうなだれる。
ちょっと警備ザル過ぎでしょうが……
そんな私の姿を見て、彼女は喜色満面で笑い出す。
「ハハハ、おかげで何も疑われなかったぞ。
シン殿は有名人なのだな」
「まあ、ある意味……
でもどうしてこちらへ?」
助けてあげたわけだし、友好的な態度からすると、
敵対とは考えられないが……
何せドラゴンだし、その意図が全く読めない。
緊張しつつ、返答を待っていると、
「言ったではないか。
いずれ正式に礼をさせてもらう、と。
と言いたいところなのだが―――
別件もあってな」
「別件?」
どうやら、お礼をしにきたのは確かなようだが、
それとは異なる目的もあって来たようだ。
しかし、私にはそれが何だか見当もつかない。
予想や推測で頭の中がいっぱいになっていると、
テーブルの上に料理が置かれた。
「あれ? クレアージュさん?
料理はまだ頼んでいませんけど……」
「そこの美人さんはこの町は初めてだろ?
コレを食べなきゃ、この町に来たとは言えないよ」
そこに並べられたのは―――
ツナマヨもどきに鳥マヨ、各種天ぷら、
そのサンド……
今まで自分が伝えてきた料理のフルコース、
といった感じだ。
「そうそう、これだよこれ!
この摩訶不思議食べ物の事だ。
そういえば、あの時に無かった物もあるな。
さっそくご馳走になっても構わんかな?」
手の平を上にして、差し出す仕草で―――
『どうぞ』と意思表示する。
そして興味と笑顔が入り混じった表情で、彼女は
料理を頬張り始めた。
「ふむ―――
どれも美味しいが、やはりこの味付けに
使われている調味料が、すべての食材の味を
引き立たせておるな。
我も、長く蓄積された知識の中でこのような味は
初めてだ。これは何なのだ?」
「それを作った人間なら目の前にいるよ。
聞いてみたらどうだい」
その食べっぷりを満足そうに見ていた女将さんは、
私に話を振る。
「何と!
これはシン殿が作られたのか!?
我の仲間も、古今東西、いずれの人の国にも
該当せず、と言っておったが……」
それはそうだろう。
文字通り、別世界から持ち込んだ知識で作った
物だし。
「何なら、作ってみますか?
秘密というわけではないので」
「本当か!
有り難い、仲間も喜ぶだろう。
出来ればその、調味料以外に、これらの料理の
作り方も教わりたいのだが」
私がコクコクとうなずくと、クレアージュさんも
察したように―――
一緒に厨房へと向かう事になった。
「ほうほう、ふむふむ……
目新しい食材を使うわけでもないのだな。
いや、素晴らしい!
まだまだ、未知の発見というものはあるものだと
知る事が出来て嬉しいぞ!」
どのくらい生きているのだろうか、とも思うが……
話からするに、相当の知識があるのは確実だ。
ならば、と彼女に質問してみる。
この世界に、地球と同じ物がいないか―――
「……ん? 卵?
ニワトリ……鳥か?
特徴は?
大きさが……で、基本的に飛ばず、1日1個
卵を産む……」
そこで彼女は腕組みをして複雑そうな表情になり、
「すまぬ、そこまで便利な鳥は知らん。
というより実在するのか?」
地球でも、長年の飼育と品種改良の賜物でそうなった
種だからなあ。
やはりそう都合よくはいかないか。
「もう一ついいですか?
えーっと、穀物なんですけど」
あまり期待せずに、今度は米の事を聞いてみる。
「んー……
湿地帯か湿原に生息?
パンを作る穀物に似ているが、実るとより
穂先が重みで垂れる……
すまぬ、それもわからん。
だが仲間に書物や記録を研究している者がおる。
鳥の事も含め、戻ったら聞いてみよう」
話を横で聞いていた女将さんは、そこで顔を
突き出してきて、
「ぜひお願いするよ!
シンがまた何か作ってくれそうだしね」
「おおそうだ、その仲間と我が子にも土産として
渡したい。
この料理をもっと作ってくれないか?
何、50個ずつほどでいい」
それを聞いて女将さんは目を丸くし―――
「いや、ダメだよ。
そんなに作ったら、町のモンが食う分が……」
「そうですよ。
10個ずつくらいにしておいてください。
でも50個ずつって……
お仲間さん含めて、むしろそれで
足りるんですか?」
私の言葉に、クレアージュさんの視線が自分と
アルテリーゼさんの顔を交互に行き交う。
「それもそうだな、すまない。
危うく迷惑をかけてしまうところであった。
ああ、後―――
さすがに料理は人の姿のままで頂くよ。
『元』の姿で食すとなると、500個ずつでも
足りんだろうしな」
さすがにここで女将さんも『ん?』と疑問が
生じたようで……
「えっと、シンさん。
この方は―――」
私は頭をポリポリとかくと、
「あの、以前……
私がワイバーンの群れから助けた、
ドラゴンさんです……」
その言葉を聞いて数秒固まっていた彼女は、
やがてゆっくりと後ろに倒れ込みかけ―――
私が慌てて受け止めて事なきを得た。
「じゃあ、有難く頂いていくよ♪」
宿屋の前で―――
用意された料理、そしてマヨネーズひとビンが
入った袋を前に、アルテリーゼは満面の笑みを
浮かべていた。
ドラゴンが来たという事で、あの時の当事者である
ブロックさん・ダンダーさんも呼ばれ、ギルド長の
ジャンさんもあいさつと見送りにやって来ていた。
遠巻きには町人のギャラリーと、それに混じって
レイド君・ミリアさんの姿も見えるが……
本能的に近付きたくは無いだろう。
「しかし、あんたがあの時のドラゴンとは……」
「子供はすっかり元気になったようで、
良かったですのう」
あの時の事を知っている2人は、驚きながらも
私やギルド長と一緒にいるせいか―――
素直に感想を彼女に語る。
「2人にもずいぶん世話になった。
あの時は威嚇してしまってすまぬ。
せっかく我が子を助けようとしてくれていたのに」
「子供の命が掛かっているのなら、必死にも
なるだろうさ。
人間でも、ドラゴンでもな」
気にするな、というようにジャンさんが擁護し、
アルテリーゼさんの視線は今度はこちらに移る。
「ではな、シン殿。
世話になった。
この料理の礼は必ず―――」
と、ピタっとまるで映像の一時停止のように
彼女の動きが止まる。
「いや、そ、そうだ!
我、お礼しに来たのだった!!」
あたふたと慌てふためく美女の姿は、それまでの
威厳も何もかも捨てた狼狽ぶりで―――
「あ、危なかった……
このままでは我、ただ単にお土産をもらって
帰るだけになるところであった」
「とはいえ、その……
人間の使う金貨とかお持ちですか?」
私の問いに、彼女は首を左右に振ると―――
その代わりというように、胸元へ手を入れて、
手の平ほどもある多角形の薄い金属のような物を
こちらへ差し出してきた。
「……これは?」
「それは我がウロコだ。
人間の間では、結構高値で取り引きされていると
聞いていたのだが―――
これで承知してもらえないか?」
それを聞いて、ギルド長の顔色が変わる。
「ド、ドラゴンのウロコだと!?」
彼がこうまで驚くという事は、相当高価なのだろう。
後で値段を聞くのが怖いな。
「ブロック殿、ダンダー殿には1枚ずつ……
シン殿は2枚受け取ってくれ。
では、今日のところはこれで失礼する」
両手に荷物を持って、歩き出そうとする彼女に
声をかける。
「そのままの姿で帰るんですか?」
「町の外に出てからの方がいいだろう。
それとも、ここで元の姿になっても構わないか?」
すると、私以外の3人がすごい速度で首を
左右に振り、拒否の意を彼女に伝える。
周囲にいたギャラリーも、潮の満ち引きのように
一斉に引いて行く。
そして、いったん門の方を向いた彼女は、不意にまた
私の方へと振り返り、
「ああそうだ、シン殿。
実は我、連れ合いに先立たれていてな。
今は未亡人なのだ。
子供付きで良ければ狙ってくれて構わんぞ?
種族は何であれ、強いオスは大歓迎だからな」
と、本気かどうかよくわからない笑みと言葉を残し、
彼女は門の外へと消えていった。
後に残されたのは、ドラゴンのウロコを手にして
落ち着かずにオロオロしているブロックさんと
ダンダーさん……
そしてギルド長が私の肩をポン、と叩き、
「美人さんじゃねぇか。
浮気した時は怖そうだが」
「その時は骨も残してくれそうにありませんね……」
こうしてお互いに苦笑しながら―――
しばらく、涼しくなってきた風に吹かれていた。