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第18話 暴君の抱き枕と最強の免罪符
――それでも協力はできない。
翠蓮様の声は静かだった。
いつの間にか表情は、いつもの完璧な白百合の微笑みに戻っている。
だが、その声音にはわずかな揺らぎがあった。
ふと、彼女の視線が部屋の隅へと泳ぐ。
(……なるほど)
私はその指先を見る。白磁のような肌が、卓上でかすかに震えていた。
視線は一瞬だけ、豪奢な衝立へ向けられている。
私は冷めた茶を見つめながら、静かに思考を巡らせた。
この人は「協力しない」のではない。
――「自発的には協力できない」のだ。
自分から動けば裏切りになる。
だが、抗えない外圧があれば、彼女は“聖母”の仮面を傷つけずに済む。
ならば、その大義名分をどう作るか。
そう考えた、その時だった。
乱雑な足音が静寂を切り裂く。
翠蓮宮の空気が、外側から乱暴に叩き壊された。
「柚葉!」
喉を掻き切るような、飢えた獣の声。
扉が蹴り開けられ、そこに立っていたのは――皇帝・紫苑。
乱れた黒髪、深い隈、濁った黄金の瞳。
焦燥と狂気が混ざり合ったその貌は、もはや“人”の形をした災厄だった。
血走った瞳が部屋を見渡し、私を捉える。
「……っ」
完璧な聖母である翠蓮様が、初めて目を見開いた。
だがそれも一瞬で、すぐに深く膝をつき礼を執る。
「……陛下、これは驚きました。まさかこのような場所へ――」
「……見つけた」
紫苑は翠蓮様を完全に無視した。
一直線に私へ歩み寄り、有無を言わせず抱きしめる。
死化粧師の簡素な装束が、豪奢な龍袍に呑み込まれた。
「もう十分待っただろう」
ひび割れた低い声。
紫苑は私の首筋に顔を埋め、すがるように息を吸い込む。
「お前の匂いがなくて、頭が割れそうだ。……黙って私を眠らせろ」
囁きは甘い懇願なのに、抱きしめる腕は骨が軋むほど強い。
その異常な執着に、翠蓮様でさえ息を呑んだ。
(……これだ)
私は紫苑の腕に囚われたまま、淡々と答えた。
「もう少しだけお待ちください、陛下」
「……なんだと?」
低い唸り声。
私は抱きすくめられたまま、床に伏す翠蓮様を見据える。
「陛下。私は一刻も早く陛下を安眠させたいのですが、翠蓮様が大切なお話を聞かせてくださらないのです。これでは私の仕事が終わりません」
その瞬間、紫苑の空気が変わった。
甘える獣から、“完全な暴君”へ。
冷たい視線が翠蓮様を射抜く。
「……翠蓮。余の安眠を妨げるつもりか」
「滅相もございません」
「ならば、この女が望むものをすべて差し出せ。これは勅命だ」
一片の反論も許さない声音。
「……遅れれば、次は貴様の首を、柚葉に死化粧させることになるぞ」
緊迫した沈黙が落ちる。
だが私は見逃さなかった。
磨かれた床に映る翠蓮様の口元が、わずかに上がったのを。
それは敗北ではない。
――待ち望んでいた“最強の免罪符”を得た者の微笑み。
「……皇帝陛下の勅命とあらば、何なりと。私はただ、陛下のお言葉に従うまでですもの」
声には、先ほどの濁りは一切なかった。
「……お茶が冷めてしまいましたわね。淹れ直してまいります」
翠蓮様が立ち上がる。
紫苑は「遅い」と舌打ちし、私を軽々と抱き上げた。
すれ違う刹那、翠蓮様と視線が交差した。
〇
翠蓮宮の奥、人気のない廊下。
新しい茶器を手に歩きながら、翠蓮様はふふ、と小さく笑った。
見えない誰かへ向けて、甘く囁く。
(……残念でしたわね)
白百合の顔に、艶やかな毒を含んだ笑みが咲く。
(私は陛下の命に従っただけ。あなたへの裏切りではありませんもの)
コメント
1件
うわあああ第18話もヤバかった…!!😭💕 紫苑が突然現れて柚葉を抱きしめるシーン、もうドキドキが止まらなかったよ!「黙って私を眠らせろ」って懇願してるのに腕は骨が軋むほど強いとか、暴君の執着がえぐすぎて最高…。 翠蓮様が「裏切りじゃない免罪符」を得られたのも、二人の駆け引きがめっちゃゾクゾクした。続きが気になりすぎる、、早く次読ませてください繹尾ぴえん先生!!🌸