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その森は無人ではない。
奥地にはひっそりと集落が作られており、人々が生活を営んでいる。
平和な日常は、防衛力があってこそだ。戦う力を持たない場合、外部からの暴力に屈するしかない。
「よし! 五分休憩!」
号令だ。
重々しい声の発生源はモーフィス。毛根が残りわずかな老人ながらも、その巨体は筋肉の鎧をまとっている。
集落の片隅は更地だ。森を切り開いた結果だが、単なる空き地ではない。
ここは若者達が汗を流す鍛錬の場だ。
その目的はそれぞれだろうが、共通していることがある。
強くなりたい。
その志に胸打たれ、モーフィスは指導役を請け負っている。
老後の暇潰しかもしれないが、この里に貢献していることは確かだ。
今日も当然のように、その姿は半裸。上半身は肉体美を晒しており、麦色の短パンしか身に着けていない。
この男が休憩の許可を出したことから、若者達が崩れ落ちる。
素手で組みあっていた者達も。
走り込んでいた子供も。
魔眼を宿した女性も、スクワットを切り上げ倒れ込む。
例外は、この少年だけだ。
腕立て伏せを、まるで早送りのような速度で続けている。
緑髪かつ緑色の長袖を着た努力家へ、モーフィスは呆れるように問いかける。
「休んでもいいんだぞ」
「あ、はい。でも、まだまだいけるので」
強がりではない。
エウィンの表情は歪んでおらず、上下の運動は依然として軽快だ。
「そうか。いや、そろそろ俺と手合わせじゃ。その前に少しでも休んでおけ」
「わかりました。モーフィスさんって……」
「ん?」
この瞬間、更地に静寂が訪れる。
休憩中ということもあるが、偶然訪れた沈黙だ。
エウィンは一瞬だけ怯むも、確認せずにはいられない。
「今日も裸ですけど、寒くないんですか?」
「おう、当然じゃ」
「そうですか。ちょっとだけ、風が涼しい気もしますが……」
「はん、この程度で何を言っとる。たまにはおまえさんも脱げ」
「え⁉ い、いやー! 誰か助けてー!」
醜い光景だった。
そうであるように、周囲の若者達は目を背ける。
その一方で、何人かは鼻息荒く凝視していたが、女性ゆえに男の裸が珍しいだけか。
なぜか胸を隠すエウィンに対し、モーフィスはいつものテンションで笑い飛ばす。
「ガハハ! 気合が入ったろう⁉」
「いえ、テンション下がりましたけど……」
「ナイーブな奴じゃのう。ところで、今日はアゲハがいないようじゃが……」
モーフィスの言う通り、周囲にアゲハの姿は見当たらない。
普段はエウィン共々鍛錬に励むため、珍しい状況だ。
乳首を隠したまま、エウィンが事情を話す。
「ハクアさんが魔道具の実験をしたいみたいで、アゲハさんはそのお手伝いです」
「ほう、里長は色々拾ってくるからのう」
「そうなんですか? てっきり王国から買ってるものかと……」
魔道具とは、地球における電化製品に近い。
周囲を照らす、マジックランプ。
倒した魔物を記録する、ギルドカード。
時計の類も魔道具であり、その在り様は多岐にわたる。
「普通はそう思うじゃろう。不思議なことに、どこからともなく拾ってくるんじゃ。使い道も、使い方もわからんもんを……。ここの結界もその応用らしいが、詳しいことはわからん」
「さすがハクアさん、謎多きおばあちゃんってことですかね」
「そうじゃのう、ガハハ!」
盛り上がる二人だが、もしもハクアがここにいたら、半殺しでは済まなかった。
そうであろうと今は無傷ゆえ、談笑は当然のように継続される。
「実際のところ、ハクアさんってどのくらい強いんですか?」
「桁が違うとしか言えんのう。俺とおまえさんの二人がかりでも、かすり傷一つ負わせられん。何年か前に珍しくここを離れたんじゃが、その時は王国に乗り込んで、四英雄をぶっ飛ばしたらしいぞ」
イダンリネア王国の頂点は王族だが、その下に四家が君臨している。
それが四英雄だ。
その血筋は巨人戦争を終わらせた英雄から始まっておりり、超越者を代々生み出している。
言ってしまえば、イダンリネア王国の最大戦力だ。
王国を維持するため。
王族を支えるため。
彼らは才能の上に壮絶な努力を積み重ねている。
「あ、僕もちらっと聞きました。光流武道会に殴りこんで暴れたとか何とか……」
「そうらしいのう。血の気の多いばあさんじゃ。それとも外見に引っ張られて、精神年齢は若いままなんか?」
「でも、三十代で年齢がストップしたって言ってましたよ。三十代って、若い?」
「まだまだ若いじゃろう。おまえさんにはおばさんかもしれんが」
「そうですね、僕十代ですし」
この発言が原因かは定かではないが、奇妙な沈黙が訪れる。
悪口ではないはずだ。
しかし、わずかな後ろめたさを感じてしまう。
話題を変えるため、モーフィスが胸筋を弾ませながら胸を張る。
「ところで、最近の手応えはどうなんじゃ?」
「と、言いますと?」
曖昧な質問だ。
エウィンとしても、首を傾げてしまう。
「俺やアゲハとの手合わせじゃ。リードアクター無しでも、随分と食い下がれておるが……」
「あー、そうですね。おかげさまで良い感じだと思います。自画自賛なんておこがましいですけど、自信ならあります」
休憩は終わりだ。
そもそも体力を消耗していない。
エウィンはズボンの砂を払いながら、流れるように立ち上がる。
この傭兵は細身だ。
にも関わらず、その内側には無限の可能性を宿している。
モーフィスもそのことを見抜けており、対戦相手からの圧迫感には笑顔で抵抗するしかない。
「ガハハ、言うようになったのう。縛った上で勝ってくれたのなら、それはそれでいっそ清々しいわい。とは言え、手は抜かんぞ」
「わかってます」
これは単なる模擬戦だ。日課として毎日繰り返されているのだが、この二人が戦う際は、空気が一変する。
周囲から音が消え去った理由は、若者達が離れたからだ。近くで鍛錬に励もうものなら、命がいくつあっても足りない。
この日、エウィンは新たな一歩を踏み出す。
光流暦千十九年、二月。そこには、モーフィスを見下ろす勝者の姿があった。