この作品はライバー様の名前をお借りした二次創作です。
ご本人様には一切関係ありません。
拡散、転載、スクショなどはお控えください。
また、全ての配信を追えている訳では無いので口調などが違う可能性があります。ご了承ください。
タグの意味と界隈のルールを理解している方のみお進み下さい。
ピピピピ、ピピピピ
無機質なアラーム音が部屋に響いて、それに共鳴する頭蓋骨の中の神経。
薄目を開けた先に映った、カーテンの隙間から覗く空は、鈍色の雲に覆われていて、今にも雨が降りそうな表情をしている。
ツキン、と痛むこめかみ。低気圧だろうか。それとも昨晩に残る二日酔いか?寝ぼけた頭で昨日のことを思い出してみるも、仕事場に着いたところで記憶は途切れた。覚えているのは甘ったるい香水の匂いと、派手なアルコール臭だけ。
もう何回目かのスヌーズが、遅刻するぞと警鐘を鳴らしているのに、頭が押さえつけられているように重く、起き上がることすらしたくない。使命感に駆られ起きなくてはと思えば思うほど、頭がどんどん重くなる。
わかってる、今日のろふまおの収録は絶対に穴を開けられない。なにせ今日はいつものスタジオではなく外ロケの回で、外部の方も関わっているため、予定をずらせば向こう方にも大きな迷惑が掛かる。俺の勝手な都合のせいで収録予定を潰すことなんて有り得ない。ましてや体調不良だなんて、自己管理がなっていない証拠だ。俺のせいで、今日のことで、ユニットや会社全体の信用がなくなるかもしれない。
重い鈍痛のせいで考えがどんどん悪い方向に行ってしまって、余計に痛みが酷くなる。気をそらそうにも、時間は刻一刻と過ぎていくだけだ。
体はぼんやりと熱を持って熱いのに、頭は酷く冷静で。心のどこかで、マネさんに休みの連絡をしよう、そうすれば楽になるだろうにと逡巡しているくせに、そんなことが出来るはずないことも理解していた。
いつまで経ってもベッドから出られずにいる俺の周りを、にゃんちゃんたちがうろうろと動き回っては、俺の顔を見上げてくる。
心配してくれてるのか、それともご飯が欲しいだけかな。飼い主の顔色なんかお構いなしにでっかいあくびして、呑気やね。
にゃんこってええな。好きな時に食って好きな時に寝て、生きてるだけでかわいいって言われて。いつかのろふまお塾で、加賀美さんが俺のことを「クラゲとか猫みたいな人」って言ってたけど、不破湊はこんな自由気ままな人間じゃないぞ。
ふわふわの顔を指先で撫でて、ふ、と小さな溜息をひとつ。
ぱちん!と両頬を叩き一喝入れてから、やっとのことでベットから這い出る。冷蔵庫の手前に羅列してある魔剤をひとつ掴んで、即効性の頭痛薬と一緒に体内に流し込んだ。
食道を通る炭酸に喉がキシキシと痛んで、思わず顔を歪ませた。
それから数十分、久々の全力ダッシュをかまし、電車に乗り込んだのがついさっきのこと。今日に限って近所のタクシーは一切捕まらなかったため、そのまま待っていても確実に遅刻なので仕方なく駅へ走った。
しかし、つくづく不運というのは重なるもので、遅延の影響かなにかで、平日の昼前だというのに車内は満員。足を踏み入れるのも憚られるほどの混み具合だ。
「……」
これを見送れば確実に遅刻。乗る以外に道は無い。
なんとか車内に乗り込み、もちろん座席など空いているわけがないので、隅っこの吊り革を両手でしっかりと掴んで、ただ時が過ぎ去るのを待つ他なかった。
どうも満員電車というのは苦手だ。得意という人の方が少ないのかもしれないが。
体にまとわりつくような熱気と湿気が煩わしい。整髪料や香水、人間の体臭などのいろんな匂いが混ざりきった車内の空気感は、日常で感じることのない異様な雰囲気で、普段あまり乗る機会がないからこそ余計に不快感が増す。
俺なんかは男の中ではそこまで背が高い方でもないので、乗客のちょうど中間地点に顔があって、女性の頭髪の匂いとか、中年の男の人の脇とか首とかの匂いが直に来る。息苦しくて仕方がない。180くらいあれば違ったんだろうけど、生憎、これから伸びる予定はない。
それにしても、今朝飲んだ頭痛薬はびっくりするほど効いていないらしい。それとも効果に勝るほど俺の容態が悪いのだろうか。頭に響いていたガンガンという痛みは、やがて肺を通って心臓を揺らしている。その振動があまりにも強くて、足がすくんで、吊り革に捕まって立っているのがやっとだ。
『この先電車が揺れますのでご注意ください』
車体の揺れと共に、中の乗客も一斉に傾く。四方八方からの圧が一気に強くなる。
隣の女の子の香水かトリートメントか、甘ったるい匂いがめちゃくちゃキツい。後ろのおじさんもすごい寄ってくるし。いやこの状況だったらしゃーないんやろうけど。肺圧迫されて苦しい。28にもなって電車で吐きたくないよ俺。前に座ってるおばあちゃんガン見してくんだけど、やっぱ俺ひでー顔してるんかな。あーやだな、こんなんで収録行ってまた帰されたりしないかな。
そしたらもっとみんなに迷惑かかっちゃうよな。まじで最悪、体調管理も仕事のうちって言うのに、いい歳した大人やのに。2回目はさすがにない。もちさん怒るし、社長だって呆れるやろうし、Dにもマネさんにも迷惑かかるし、
ガクンと車体が動く。
吊り革を掴み損ねた手が、空を切る。
あ、やば
なんの頼りもなくなった瞬間。
すんでのところで電車の揺れに耐え、周囲の人混みに耐えていた精神が、もう限界だと小さく叫んだ。
今にも泣き出してしまいたい気分だった。
手を伸ばそうとしても、もう吊り革を掴み直すことができない。
俺の体は無抵抗に大きく左へ傾いた。
「ん、えッ……??」
「あ、あの、お兄さん、大丈夫…っすか……?」
誰かの話し声が聞こえる。
きっと俺に声をかけてくれているんだろうが、声を出すことはできなかった。口を開いたら全部ぶちまける気がするから。
視界がぼやけて、どこを見ればいいのかわからないけれど、恐らくまだ若い男性の声。
「大丈夫じゃなさそうですね……。
もし嫌じゃなければ、このまま俺の方寄りかかっててください。
次でいったん降りましょ」
言い終わると同時に、ずっと圧迫感で押し潰されそうだった胸の辺りが突然解放される。一瞬の間があってから、周りの人混みから守るように俺の背中にそっと、やさしくやさしく手が添えられた。まるで大きな翼のように。
次で降りる、降りれる、降りてもいいんだっけ。きっと良くないやろな。早く退かないと。謝んないと。大丈夫ですって言わないと。
眼前の胸を軽く押すが、全くびくともしない。放す気はないとでも言うように。
大きな手から背中に伝わる体温が、じんわりと肌に溶けるようで、どうにも安心する。
見ず知らずの面識もない相手なのに、不思議にも、きっと100パーセントの善意なのだろうと思えてしまって、不快感や警戒心なんて抱けなかった。
たすけて
俺は縋るように身を寄せ、肩口に顔を寄せて身体を預ける。とくんとくん、と鼓膜に響く一定のリズムに耳を傾けながら、ゆっくりと呼吸を整えていると、だんだんと俺の鼻腔を満たしていた整髪料や香水の匂いは抜けていき、代わりに洗い立てのシーツみたいな、お日様みたいな匂いが鼻を通っていく。
(いいにおい……)
段々と意識が降下していく。
周りの目や仕事のことなんか、もう気にすることもできない。
今はただこの暖かさに包まれていたかった。
ピリリリ、という発車音を耳だけで拾い、俺は電車を降りたことを知った。
人気のない、がらんとしたホームに通る涼しい風は、熱の籠った体を冷やしてくれた。朝の曇天はもう見る影もなく、いつものゆったりとした空色に戻っていた。
ホームに設置してある椅子のプラスチック材に手を当てると、もっとひんやりしていて気持ちがいい。
「はい、これどうぞ」
声をかけられて目を開くと、俺より5、6歳年下に見える若い男性が、座っている俺に目線を合わせながら地面に片膝をつき、水のペットボトルを差し出している。
きっと今さっき自販機で買ってきてくれたのか、受け取ったペットボトルは少しだけ結露していた。
「飲めますか?」
そう聞かれ、ほんの少しだけ頷いて、ボトルを受け取る。
ゆっくりと口をつけて、こくりと喉を嚥下する。食道を通る冷水が心地良かった。
「……ん、んっ……はぁ…」
ややあって、男性は俺がボトルから口を離すのを見届けてから、心配が解けたように頬を緩ませて立ち上がった。
今まで屈んでいたからわからなかったが、立ってみると一般人でも稀に見る背の高さだ。180はゆうに超えているだろう。すらっとした細身の長身で、髪は特徴的な紫水にネオンピンクのインナーが入っている。満月のような真っ直ぐな金の瞳は、太陽に負けない眩しさだった。
俺の隣に腰掛けるとふわり、とお日様みたいな匂いが鼻腔を包んだ。
人懐っこそうに細めた瞳が、風といっしょに揺れていた。
to be continued…
コメント
1件
ひばですか!? マジ神すぎますって、、、! 楽しみにしています!