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見捨てられた炭鉱。中は明けても暮れても闇しか存在せず、空気さえも煤けているように感じる。
途中、当時の記憶を思い返しながらも、シャーリーは迷わず奥へと進んでいった。
「トラッキングは?」
「大丈夫だって。心配し過ぎだぞ……何回目だ? 様子が変わったらこっちから言うから心配すんなよ……」
数分おきにトラッキングの様子をチェックするシャーリー。
それだけ警戒しているということだ。神経質になっても仕方がない。
誰もマッピングはしていなかった。道案内に経験者のシャーリーがいるからだ。
シャーリーは持ち前のレンジャーとしての技術力の高さで、ダンジョン攻略に誘われることが多い。その為、ダンジョン攻略のイロハを知っている。
しかし、他のメンバーはそうではなかった。
彼らの多くは地上で獣や魔物を狩ってきた冒険者であり、ダンジョンに潜る経験は乏しい。
それでも不思議と悲観していないのは、誰もが信じている一つの常識があるからだ。
――ダンジョンの魔物は、階層が深いほど強くなる。
一般的に、五層ほどの浅いダンジョンなら、初心者でもパーティを組めば突破できる。
まして今回のメンバーは、そこそこ腕の立つレンジャーが十四人も揃っているのだ。確かにタンクもヒーラーもいない編成は偏っている。だが一斉射撃を浴びせれば、ミノタウロス級の魔物だって寄りつく前に仕留められる――彼らはそう確信していた。
そもそもミノタウロスが出没するのは最低でも六層以下。そして今回の目的地は八層より下には潜らない。
その“常識”が、彼らを楽観へと導いていた。
炭鉱からダンジョンへと切り替わる横穴までやってくると、シャーリーはホッとした。
(良かった。落盤はなかったみたいね……)
細心の注意を払いダンジョンの様子を窺うも、辺りは静か。前に来た時とさほど変化は見られない。
真っ直ぐ伸びたダンジョンの壁には魔法のランタンが灯されていて、松明の必要はなさそうだ。
しかし、そこへ一歩足を踏み入れると、凄まじい悪寒がシャーリーを襲った。
トラッキングスキルで感知した見覚えのある反応。
(この弱々しい魔族……。グレゴールに間違いない)
そしてそれよりもずっと手前に、あり得ないほどの強さの魔物が一匹。
ウルフ達の反応と重なっていてよくわからないが、何かヤバイ魔物がいることだけは理解した。
バイスやネスト達と戦ったシャドウ達よりも更に上。今のメンバーでは確実に勝てないことは明白だった。
それは引き返すには十分すぎるほどの要素である。
「いる……。帰ろう……」
「は? ここまで来て引き返すのか? 俺のトラッキングにはウルフしか映ってない。大丈夫だろ?」
「それはあんたのスキル精度が低いからでしょ! 私は死にたくない!!」
シャーリーの必死の訴えも、ウルフという餌を前にした冒険者達には無意味だった。
「チッ……わかったよ。じゃぁこうしよう。ここから先は俺達だけで行く。シャーリーはここに残って帰り道の案内をしてくれるだけでいい」
「あんたたち……死にたいの?」
「そんな訳ないだろ……。ヤバイと思ったらすぐに引き返すって言ってるじゃねーか……」
「……わかった、途中分かれ道があるからそこまでなら案内したげる。そっから先はあんた達だけでやって」
もう何を言っても通じないだろうと説得を諦め、シャーリーはダンジョンを歩き出した。
何度か角を曲がり地下牢のようなエリアを抜けると、そこにはやや広めの部屋が広がっていた。そこに魔物の気配はなく、もぬけの殻。
部屋の扉は全開。数本の柱が部屋全体を支える構造で、出入口は三つ。
一つは自分たちが入ってきた場所。そして左右に伸びる通路が一本ずつ。
「どっちだシャーリー?」
「左は上層、別の出口に繋がってる。右が更に下層よ。私はここにいるわ。後は自分達で勝手にやって」
話しを終えると、シャーリーは通路の片隅に腰を下ろした。それはこれ以上進まないという意思の表れ。
「よし、行くぞ」
シャーリー不在のパーティは、アレンを先頭にぐんぐん下層へと進んで行く。
トラッキングスキルには相変わらずウルフ達しか映らない。だからこそ進行ペースは速かった。
たとえ映っていたとしても、それはウルフ達より弱いのだ。ウルフより強い魔物がいれば、そこより先にウルフ達は進めないのだから。
「それにしても、ここのダンジョンは宝箱の一つもねぇな」
一応セオリー通りに全ての部屋を調べてはいるが、あっても空箱だけである。
冒険者から見れば、面白味のないダンジョンだと言えるだろう。
「そりゃそうだろ。あってもシャーリー達が先に調査してるんだ。もう全部取られちゃってますって」
「ちげぇねぇ」
そんな緊張感のない話も七層への階段を見つけると、ピタリと止まる。
「ウルフ達はこの下。最終確認だ。トラッキングに魔物を感知している者は?」
冒険者達は無言で首を振り、全員の意見が一致する。
「よし、六班がいないから罠は使えねぇ。四班のお前等は出口を塞げ。それ以外は突入する」
「うっす」
ゆっくりと階段を下り、ウルフ達が溜まっているであろう部屋の手前に辿り着く。
通路の角からこっそり様子を窺うと部屋の扉は開いていて、中にはウルフ達が溜まっている様子が見て取れた。
しかし、それが全てではなかった。なぜかキツネも混じっていたのだ。
同じ場所にいるにもかかわらず、争う素振りさえ見せない二つの種族に驚きつつも、狩れるであろうウルフの数が半減してしまったことに苛立ちを覚え、アレンは落胆した。
早期終了には数が足りないのだ。
(まあ、仕方がない。切り替えて行こう。何も狩れないよりマシだ)
アレンが片手で合図を送ると、冒険者達は無言で頷き各自弓に矢をつがえる。
そして秒読みを開始。アレンの広げた掌の指が一本ずつ折られていく。……三本から二本、そして一本……。
次の瞬間、冒険者達が部屋の中になだれ込み、それに驚く獣達がパニックになり暴れまわる……と思っていたのだが、そこは嘘の様に静かだった。
逃げ出す者も唸り声を上げる者もいない。ただ視線だけが向けられている異様な雰囲気。
確かに気にはなったが、裏を返せば好都合。相手は動かない的のようなものだ。
冒険者の一人が瞬時にウルフに狙いを定め、弓を引く手に力を籠める。だがそれを放つよりも先に、そいつの首が宙へと飛んだ。
――部屋の中程にゴロリと転がる一つの首。
アレンは時間が止まってしまったのかと思った。理解が追い付かなかったのだ。
気づいたら部屋の隅に刀を持ったリビングアーマーが立っていて、それを振るった。すると、隣の奴が倒れたのだ。
リビングアーマーとの距離は十メートルほど離れているのにだ。
その状況から、アレンが理解したことはたったの二つ。
隣の奴が死んでしまったという事と、途方に暮れている暇などないということである。
「「わぁぁぁぁぁぁぁ!!」」
冒険者達から悲鳴が上がるも、獣達は微動だにせず落ち着いていた。
(逃げるべきだが、仲間はどうする?)
迷っている場合ではない。今度は別の奴の身体が下半身に別れを告げた。
回復役がいればとか、そんな生易しいものではない。
「ひぃぃぃぃぃぃ!」
冒険者達は部屋から出ると全速力でダンジョンを駆け上がる。死にたくない一心で。
突入する前はトラッキングで感知出来なかった。魔族ならともかく、魔物ならアレンにでも感知できたはず。
理由は簡単。リビングアーマーは最初から全員のトラッキングに映っていた。大量の獣達の反応に重なり、気付かなかっただけなのである。
後方から聞こえてくる悲鳴。そこは阿鼻叫喚の地獄絵図。
(逃げ切れるのか? 何人やられた? 俺は後ろから何番目だ?)
アレンは思い出したかのようにトラッキングに意識を向けた。
――絶望しかなかった。
それはアレンのすぐ後ろに迫っていたのだから……。
地に落ちた銀の弓が鋼の具足に踏み潰されると、アレンの意識はそこで途絶えた。