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ある貴族の少年が、視察のために自身の家が治める町へと訪れていた。
「小さい頃に来て以来だけど、何も変わりませんね」
「はっはっはっ。シーベルト様が小さな頃は最近でしょう。そんなにすぐには変わりませんよ」
貴族である少年へ気安く話すのは、少年の父であるミラード辺境伯がこの町を任せている代官の男であった。
「ははっ。そうですね。ほんの5年程度しか経っていませんね。明日の朝にはここを出立して父に報告します」
「はい。成人なさったシーベルト様は次期辺境伯様なのですから、私にそのような言葉遣いは必要ありません。次に会う時までにはよろしくお願いしますね?」
少年はこの町に着いた矢先に代官から注意を受けていた。
小さな頃からの言葉遣いはそうそう直せないと弁解すれば、次に来る時までには直しておくように言われたのであった。
「貴方様は私達の道標なのです。皆、期待していますよ」
「わかっています。期待に応えられるようにこれからも努力し続けるので、ついてきてください」
「はい。…しかし、小耳に挟んだのですが……」
代官が言いづらそうに、シーベルトへと何事かを伝える。
「何でしょう?」
「シーベルト様が狙われていると…」
代官は辺境伯から聞いていたが、シーベルトには黙っているように伝えられていた。
この様な事くらい自身で跳ね除けられねば辺境伯というモノを守れないと判断したためだ。
言葉通りに受け取ると、実の父親が息子を試していると捉えられるが、事実その通りである。
しかし、辺境伯はシーベルトが乗り越えられないとは露ほども思っていなかった。
シーベルトは真面目で正義感も強く、幼い頃から貴族についてしっかりと学んでいた。
その努力は周りも認めるモノであり、次期辺境伯にと推す声も多い。
周りからの信頼も厚く、能力も申し分ないのであれば、後はそれを証明するのみ。
自身のもう一人の妻である『第二夫人の策略程度であれば問題はないはずだ!』と思っていた。
可愛い息子の能力は正確に把握していたが……その性格は見落としが多かった様だ。
「誰にですか?」
貴族としての教育の賜物か、シーベルトに動揺は見られない。
「弟君からです」
それを聞いた時、シーベルトの感情が大きく揺れた。
「そんなはずはありません!確かに最近は遊んでやれる時間があまり取れていませんでしたが…それは弟達も理解しているはずです!」
「失礼を…しかし、心の片隅に置いておいてください。貴方様にもしもがあれば、私は……いえ、多くの家臣達の人生が変わってしまいます」
「くっ……わかりました。考えておきます」
シーベルトはそう告げると、与えられた部屋へと足早に戻って行く。
「弟達が私を害するだと?まだ10やそこらだぞ!」
苛立ちを隠せないシーベルトは独り言ちる。
「弟達はあり得ないが…弟達の母は…」
そこで大きく頭を振った。
「いや!ダメだ!家族を信じなくてどうする!!代官は心配性なだけだ!まぁ私の身を案じてくれているだけ有難いと思っておこう」
シーベルトの間違いは、ここでこの話を聞かなかった事にしたことだった。
家臣の忠言にはしっかりと耳を傾けなくてはならない。そう教えられて実践してきたつもりでいたが、家族の事になると視野が狭まってしまったのだった。
そして翌日。
シーベルトはすでに代官屋敷を出ていて、後は同行した兵達と合流して帰るだけだった。
その筈だったが……
「騎士が帰った…?」
シーベルトに伝えられたのは、本来ならあり得ない情報だった。
今回の旅に向けて、父である辺境伯から借り受けた辺境伯軍。その辺境伯軍でも上位に位置する騎士団。それを20名あまり同行させていた。
「はい。お家からの指示があった様子で、騎士様達は帰還なされました。しかし、ここからミラードへは馬車で半日の距離です。
1時間程馬車を走らせれば領境とミラードを繋ぐ街道に出ます。そこから2時間か3時間の道のりですので問題はないでしょう。
行きも何も無かったですしね」
「それは…まぁ其方は旅慣れしているだろうから任せる」
この男は今回の旅の案内係として家から同行してきた者だ。
シーベルトの家である城でも何度も見かけた事がある男で、街中に出る時に馬車の馭者として同行させた事も一度ではない。
一瞬、昨日の代官の言葉がシーベルトの頭を過ぎる。
(気にしすぎだ。領地で何かあったのだろう)
そう思う事にして、事件の時を迎える。
草原に到着した馬車は動きを止める。
「どうした?」
予定外の動きに、シーベルトは馬車の中から馭者席に向かい声を掛けた。
ガラッ
「すみません。小用を足したいので少し停まります」
馭者席から小窓を開けてシーベルトにその旨を伝えた男は、返事を待つ事もなく馬車を降りた。
プレイリーウルフ除けの道具を持って。
その少し後、馬車は魔物に襲われ、レビン達が助けに入る事になった。
この国の辺境伯家というものは、他の貴族とは少し違った意味合いを持つ。
大昔、元々ここは辺境伯家が治める国だったのだ。それを今の国が併合して、辺境伯の地位を与えた。つまり、領地が他国とも接しているという特異性がある。
それゆえに独自の騎士団だけでなく、他国に睨みを効かせるためにも軍の編成を許された、とても大きな貴族なのである。
「父上…良かったのでしょうか?」
領主執務室にて、一組の親子が対面していた。
「良いも悪いもない。領主は公平に裁かなくてはならない。それが自分の妻であろうと。
今回の事は私の判断ミスが招いた事だ。
シーベルトには悪い事をしたとは言わない。だが、あの冒険者達を巻き込んでしまったのは私だ」
「いえ、代官の言葉にもう少し耳を傾けていれば、他の方法などいくらでもあったのです…」
「あの男は忠義に厚いが…少しシーベルトに肩入れし過ぎだった。今回の事も、私に断りなくシーベルトへ伝えるであろうとはわかっていた。
お前も人を立場で見ず、しっかりと把握しなさい。
私が言えた事ではないが、家族でもね」
「はい」
この日辺境伯家から、辺境伯自らの手により、第二夫人は放逐されたのだった。