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子どもの診察をして欲しいと依頼を受けてから3日後の午後、オルガはこのクリニックに来て以来初の緊張を感じていた。
その緊張は彼女の心境と言うよりは彼女の上司であり、唯一のドクターであるウーヴェの落ち着きのなさが由来だったが、朝一番に事情を説明されてから、彼女自身も少し落ち着きをなくしていた。
ここに来る患者は皆心身に傷を負った人達ばかりのため、どのような表情で出迎えれば良いのかが分からなかった彼女は、いっそのこと事務的な対応を心がけようとしたが、ただ事務的にするだけではダメである事も気付いていた為、一人一人の患者が診察を終えた後に緊張を解して欲しい理由でお茶を出すようにしていた。
そのことを彼女が独断で出来るはずもなく、何故そのようにしたいのか、そうすることで何を期待するのかを彼女なりの言葉でウーヴェに丁寧に説明すると、彼女の想像よりもあっさりと受け入れられ、患者がその接客態度に不快感を訴えてくるのであれば考えれば良いが、そうではないのならばあなたの思うようにしてくれて良いと、信頼していることを教えてくれるような笑みを浮かべて頷いてくれたのだ。
その笑顔がどれほどの力になったのかを言葉で伝えたかったが、ウーヴェほど己の思いを言葉に出来るわけでもない為、それならば自らの働きでそれを伝えていけば必ず伝わるはずだとの思いで、今日もいつものようにここにやってくる患者を出迎え、診察が終わって緊張していた心を少しでも休めて貰おうと、その人の好みの飲み物を出来る範囲で用意するのだった。
午前中をいつものように患者に接し、昼食を最近一緒に食べることが多くなったウーヴェと食べた彼女は、本日最後の患者である少女の来訪を、保護者代わりの青年刑事と一緒に受け、少しだけ緊張しつつ二人をカウチソファへと招く。
「こちらで少しお待ち下さい」
「ダンケ、フラウ」
リオンにしがみつくように腕を回し、なるべくオルガの視界に入らないように身を隠す少女がアルマであるとは教えられたが、詳しい事情は当然聞いていない彼女は、いつものようにアルマに呼びかけようとするのをリオンがじっと見守る。
「こんにちは」
「・・・・・・」
オルガの言葉にアルマはただ黙って頷くだけだったが、そのことに小さく安堵の笑みを浮かべたオルガは、診察の間は難しいかも知れないが終われば飲み物を用意したい、アルマは何が好きだろうかとリオンに問いかけ、この間飲ませて貰ったもので良いと笑いながら教えられてそっと頷く。
「アルマ、ジュース飲ませてくれるってさ」
カウチソファに座り、少女の肩から腕を回して安心させるように腕を撫でていたリオンは、アルマの顔を覗き込んで笑みを浮かべると、少女の顔に微かな笑みが浮かぶ。
「そっか、嬉しいか。じゃああのお姉さんにお礼を言わないとなー」
「?」
リオンの言葉にアルマがその顔をじっと見つめた後、オルガの顔を見て小さく頭を下げるが、それが彼女の精一杯である事に気付いたオルガは、己の言葉がちゃんと届いていること、理解されて受け入れられていることにも気付き、患者には滅多に見せない笑顔になる。
「どういたしまして」
短くとも心が通っているやりとりをしている時、診察室のドアが開いて白いジャケットを着たウーヴェが出てくるが、場の空気が和やかなことに気付き、眼鏡の奥の目を好ましげに細める。
「フラウ・オルガ、こちらの資料を用意して欲しい」
「はい」
「ケーニヒ刑事、こんにちは」
オルガに書類を手渡して短く仕事の依頼をするとカウチソファの前にゆっくりと歩み寄り、ポケットに手を突っ込んだままリオンに挨拶をするが、その身体になるべく隠れようとするアルマの前で膝をつき、目線の高さを合わせるようにする。
「こんにちは、アルマ」
「・・・・・・」
リオンにしがみつき、腕に顔を押しつけて隠れようとする気持ちを前面に押し出す少女にウーヴェはいつもの穏やかな態度のままで頷き、ちらりとリオンを見た後、その場に座り込んでポケットから手を出す。
「・・・リオン」
「へ!? あ、ああ、何だ、ドク?」
ウーヴェに唐突にファーストネームを呼ばれて素っ頓狂な声を上げるが、そこに何らかの意思を読み取って合わせるように慣れた口調で返すと、ウーヴェができの悪い生徒が頑張ったことを褒める教師の顔で頷いたあと、リオンに手を出させて色とりどりの小袋に入った一口サイズのチョコをいくつか載せる。
「前はフラウ・オルガのビスケットだったが、今日はチョコを用意した」
「ダンケ!」
ウーヴェの言葉に思わず素直に感謝の思いを伝えたリオンを間近でじっと見つめるアルマだったが、この世で他の誰よりも信頼出来るリオンと旧知の仲であるらしいウーヴェへの警戒心がほんの少しだけ薄れたのか、リオンのシャツを握りしめていた手から力を抜く。
「アルマはチョコは好きか?」
彼女が自らの言葉で今はまだ答えられないことを知った上で問いかけるウーヴェをじっと見守るリオンの前、アルマが小さく頷きリオンの掌に載っているチョコの小袋を指さす。
「好き?」
「・・・・・・」
少女が指さすものがさすがに分からなかったために好きかと問いかけると、少女の顔がわずかに赤みを増して上下に揺れる。
「じゃあこれを一緒に食べようか」
「・・・・・・」
「ちょっとー! これは俺が貰ったチョコ!」
アルマの顔に更に表情が浮かび、ウーヴェが片目を閉じるその前でリオンが何故俺のものを二人が食べることになるんだと声を張り上げたため一瞬アルマの肩がびくりと揺れるが、リオンの顔があまりにも情けないものに見えたのか、小さく吹き出してしまう。
リオンが恨みがましい顔で隣を見下ろすと、悪いと思っていながらも堪えられない顔で笑いながら頷く少女が見えてしまい、それを見てしまえば何も言えないと肩を竦めるが、ウーヴェの様子をちらりと窺うと、この間のやり取りが間違いではない事を頷くことで教えられる。
「アルマもドクもひでぇ。俺のチョコなのに・・・・・・」
「ははは。後でフラウ・オルガにビスケットを貰えば良い」
「だ、そうですー。フラウ、メチャクチャ美味いビスケットを後でお願いしますー!」
一人デスクで資料を用意しながらもこちらの様子を気にかけているオルガに向けて声を張り上げたリオンは、驚きに顔を上げて固まる彼女に片目を閉じ、アルマの分と二人お願いするがやっぱりアルマにはあげない、俺が一人で食うと笑い、少女の目を見開かせ、大人達の目を呆れに細めさせることに成功する。
「・・・・・・何と心の狭い男なんだろうな。なぁ、アルマ」
リオンの言葉に呆気に取られた後に頭を振って溜息を零したウーヴェは、アルマを正面から見つめながらなんて酷いんだろうと片目を閉じれば、先程よりも緊張感が薄れた顔でアルマが頷き、リオンを恨みがましい顔で睨む。
「そんな顔で睨んでも知りませーん」
食い物の恨みは恐ろしいんだぞと大人げない態度で少女とウーヴェを見下ろすリオンだが、一人には無言で一人にはまったくという呆れかえった言葉でいい加減にしろと諭されてそっぽを向きつつ舌を出す。
「アルマ、きみよりも子どもみたいなリオンではなく私と少し話をしないか?」
リオンのような子どもじみた大人は放っておいて、あちらの部屋で一緒に話をしないかと自然な態度でアルマに話しかけたウーヴェは、リオンがそっぽを向きながらも意識をしっかりとこちらに向けていることに気付きつつ笑顔で問いかけ、内心の緊張を押し隠してアルマの返事を待つが、リオンの横顔とウーヴェの顔を交互に見た後、恐る恐るカウチソファから立ち上がり、己の横に回り込んでその場に腰を下ろしたのを確認すると、満面の笑みを浮かべてアルマに向き直る。
「ここで座って話すのも良いけれど、向こうの部屋に行かないか?」
あちらの部屋だと意地悪ばかり言うリオンもいないと笑うが、その言葉にアルマの顔が一気に曇り、少女の胸に不安が芽生えたことに気付いたウーヴェが一つ頷いてリオンにもいて貰おうと笑いかけると、アルマの顔に再び笑みが浮かび上がる。
「・・・・・・アルマが心優しい女性で良かったな、リオン」
「俺の日頃の行いが良いんですー。意地悪ばかり言うのは俺じゃなくてドクじゃねぇか」
カウチソファで安堵の表情で足を組んでいたリオンが呆れるわーと肩を竦めつつ呟けば、アルマが不思議そうな顔でリオンを見上げる。
「あー、何だよ、アルマ。俺の日頃の行いが悪いって言いたいのか?」
「・・・・・・・・・・・・」
「どうせゾフィーから俺のガキ頃の話を聞かされたんだろ」
どうせ俺は手の付けられないほどの悪ガキでしたーと、その当時とまったく変わっていないだろう悪ガキの顔で嘯くリオンにアルマの目が見開かれるが、慌てて立ち上がったかと思うとリオンの組んだ足の上に飛び乗ってその首にしっかりと腕を回してしがみつく。
己にしがみつきながら頭を何度も左右に振る少女の背中を一つ叩いて安心させたリオンは、大丈夫だ、怒ってるわけじゃないと言葉で伝えてさらに安心させる。
「アルマ、リオンと一緒にあちらの部屋に行かないか」
そんな二人を見守っていたウーヴェが一緒に診察室に行こうと誘いかけると、短時間の間でウーヴェが己に危害を加える恐れがないと判断したらしい彼女がリオンの腕にしがみつきながらも頷いたため、安堵の笑みを浮かべて立ち上がる。
「フラウ、後のことは頼んだ」
「了解しました」
この痕の診察は受けられないので対応を頼むと、同じく安堵の表情を珍しく浮かべているオルガに頼むと、二人のために診察室のドアを開けるのだった。
事件で傷を負った為に話すことが出来なくなった少女の診察を終えた次の日、前日の緊張と今日の診察の疲労からお気に入りのチェアに腰を下ろしてぼんやりと窓の外を見ていたウーヴェは、控え目なノックが聞こえたとき咄嗟に返事が出来ずにいたが、次いで聞こえた音にはチェアの上で飛び上がってしまう。
「ハロ、ドク! ノックをしたけど返事がないので入りましたー!」
今の物音-明らかにあれはドアを殴りつけている音だった-は一体何だ、ノックのつもりなのかとの疑問が脳裏をよぎるが、ドアノブを片手に満面の笑みを浮かべるリオンの顔を見れば問いかけることすらバカバカしくなり、その身体の後ろに恐縮しきっているオルガの姿も見てしまい、溜息一つでそれを受け入れる。
「あれ?」
「・・・どうした?」
「いや、いつかみたいに、失礼な男だなって睨まれるかと思ったんですけどねー」
睨まれないのなら良かった、ドクに睨まれると怖くてタマが縮み上がってしまうと嘯くリオンを希望通りに睨み付けたウーヴェは、後ろに女性がいることを忘れるなとも付け加えてチェアから立ち上がるが、リオンが舌を小さく出しながらやって来たため、向かいのソファを勧める。
「・・・アルマの診察、ありがとうございました」
ソファに腰を下ろすなり頭を少し下げたリオンに驚き、眼鏡の下で目を瞬かせたウーヴェは、診察を終えて孤児院に戻ったが、嬉しそうにチョコを食べていたこと、マザーやゾフィーらにその時の様子を何とか伝えようとしていたことを教えられ、己の診察がもたらした結果に胸をなで下ろす。
「あ、そうそう。アルマからラブレターを預かってきました」
「?」
リオンが何事かを思い出した顔で手を一つ合わせ、ジャケットの内ポケットから皺が寄った紙を取り出してラブレターですと片目を閉じる。
差し出されるそれを受け取り、子どもらしいお世辞にも綺麗とは言えないが、それでも思いを伝えようとしてくる文面に自然とウーヴェの目元が和み、ラブレターは嬉しいものだが小さな貴婦人からいただけると更に嬉しいなと笑うとリオンが小さな貴婦人と呟く。
「きみがチョコを独占しても許してくれただろう?」
「あー、そうは言うけど、あれはドクもひでぇって・・・」
「?」
ウーヴェの言葉にリオンが条件反射的に反論した後、何かに気付いた顔で掌で口を覆って視線を逸らしたため、どうしたと小首を傾げて問いかけると、先生のことを馴れ馴れしく呼んでしまってすいませんと聞こえるか聞こえないかの声が謝罪をしてきたため驚きに目を見張ってしまう。
「・・・それを言うなら、昨日は私がきみをファーストネームで呼んだことを詫びなければならないな」
「へ? ああ、俺は良いんです。気にしてませんし」
どちらかと言えば初対面で余程気に食わない相手でもない限り、ファーストネームを呼ばれることに抵抗はないと顔の前で手を振りウーヴェの言葉を否定したリオンだったが、先生はそうではないだろう、時間を掛けて人との関係を築いていき、その中で相手が信頼に足ると判断したときにだけファーストネームを呼ぶのではないかと、今度は頭に手を宛がいながら自信なさげに呟くと、ウーヴェのターコイズ色の双眸が眼鏡の下で最大限に見開かれてしまい、これがただの驚きから来るものであって嫌悪から来るものじゃなければ良いのにと無意識のように呟いてしまう。
その呟きは幸いなことにウーヴェには届いていなかったが、ウーヴェはウーヴェで出逢っても間もないだけではなく、刑事と医者という立場ではなく一個人としてはまだ数えるほどしか話をしたことのないリオンが、己の人への接し方を見抜いていることにただただ驚いていて、リオンの呟きの意味を理解するどころではなかった。
「先生、昨日ずっとアルマの意思を優先してくれてましたよね」
「・・・え?」
「いや、あっちの部屋に行って話をしないかとか一緒に食べないかとか、何かすることへの許可をアルマに取った人はいなかったなーって」
声を出せないからと言って感情を喪ったわけではないのだ。喜怒哀楽を表情に出すことで何とか伝えようとするのを読み取り、その上でアルマが嫌がることをしないようにとの配慮があったのではないかと問われ、この若い刑事が見かけでは判断できない複雑な思考と恐るべき目の良さを持った男である事に気付き、ロイヤルブルーの双眸から目が離せなくなってしまう。
子どもっぽい表情ばかりを見てきた気がするが、その表情の下には決して見せない顔があり、その片鱗を今覗かせているのではないかとも気付くと、背筋に意味の分からない震えが一つ伝わる。
「治療のためなら患者が嫌がってもしなきゃならないってのは分かってるけど、でも、ドクの場合は何か違うなーって」
何が違うのかは分からないが、権威を笠に着ることもないだろうし子どもだからと見下すこともないと不思議そうに首を傾げるリオンを黙って見つめていたウーヴェは、ああ、そうだと目を丸くした後、頭に手を宛がって満面の笑みをリオンが浮かべたのを見、めまいを起こしそうになる。
「人の痛みを自分のものに出来る人なんだ」
「────!!」
世紀の発見だと言いたげに声を弾ませたかと思うと一瞬で表情を真摯なものに切り替えたリオンが、アルマのことも子どもではなくちゃんと一人の人として接してくれてありがとうと頭を下げる。
「・・・きみは・・・」
「ん? ドク?」
ウーヴェの呟きにリオンが首を傾げて先を促すが、眼鏡を外して目元を掌で覆い隠したウーヴェが口を開かないため、おーいと呼びかけたいのをぐっと堪えていると、思いも掛けない言葉が返ってくる。
「・・・・・・きみに初めて会ったとき、随分と皮肉な態度を取ってしまったが、許してくれるだろうか」
消え入りそうな声にリオンが身を乗り出すが、初めての出会いの時の互いの態度を思い出し、許してくれるだろうかも何も、この間会ったときにドクが笑ってくれたからもう許している、こちらこそ不躾な態度を許してくれと目を伏せれば、ウーヴェの口から小さな笑い声が流れ出し、今度はリオンがウーヴェの顔から視線を逸らせなくなる。
「ドク・・・?」
「・・・きみは、見かけからは判断できない面白い性格をしているな」
今まで生きてきた中で周囲にきみのような存在はいなかったから驚くが、話をすればするほど興味が湧いてくると拳を口元に宛がって肩を揺らすと、リオンの顔にもじわじわと笑みが浮かび上がるが、面白いってどういうことだと不満を顔中で表明する。
「・・・失礼」
「あー、今の絶対悪いって思ってねぇな」
いくら俺がバカでもそれぐらい見抜けると口を曲げるリオンがおかしくて、いや、本当に悪いと思っていると笑いながら告げるものの、笑いながら言われて信じられるかとリオンが声を少し大きくする。
「くそー、ドクのくそったれ」
「今なんと言った?」
リオンがぶつぶつと垂れた文句を聞き逃さなかったウーヴェが眼鏡を掛けて今なんと言ったと目の前の蒼い目を睨むように見つめると、小学校の担任が今のウーヴェと同じような顔でいつも説教を垂れていたことを思い出したリオンが咄嗟に頭を両手で隠し、くそったれなんてもう言いませんと宣言する。
「・・・今もまた言ったな」
「ぎゃー! ごめんなさいっ!」
ウーヴェの一睨みにリオンが悲鳴を上げて立ち上がり、とにかくアルマの診察をありがとう、次の診察に自分が来られるかどうかは不明だが彼女が声を取り戻すまでお願いしますと口早に言い残すと、いつかもそうだったが嵐のように部屋を飛び出していく。
それをこれもまたあの時のように呆然と見送ったウーヴェだったが、少ししてからドアが細く開けられ、その隙間からくすんだ金髪が見えたために咳払いをすると、センセイ、良かったら近いうちに飲みに行きませんかと伺いを立てられてしまい、先ほどとのギャップに自然と笑みを零したウーヴェは、そうだな、あまり賑やかではない店でなら飲んでも良いと伝えると、隙間から見える顔に満面の笑みが浮かび上がる。
「じゃあまた連絡します!」
「ああ」
さすがに隙間から礼を述べるのは失礼と思っているのか、ドアを開けて嬉しそうな顔で教えて貰った携帯に連絡をするから必ず出てくれ無視をするなと言い残し、浮かれた足取りで再度診察室から出て行く。
「・・・賑やかな人ですね」
リオンが出て行って暫くしてからオルガがやってくるが、不思議なことに嫌な感じはしない賑やかさだとも笑い、騒々しいのは嫌いだが彼の賑やかさは何故か受け入れられるとウーヴェも返す。
「アルマの診察、あと何回かは分からないが、対応をよろしく頼む」
「分かりました」
今日も一日お疲れさまでしたと互いを労う言葉を掛け、クリニックを閉めるので今日はもう帰ってくれて良いとオルガに伝えたウーヴェは、彼女が明日の診察の段取りを完璧に仕上げていることに頼もしさを感じ、携帯で幼馴染みが忙しなく働いているであろうレストランに電話を掛ける。
「・・・ベルトラン? 今日は忙しいか?」
『おー。相変わらずだな。もう診察は終わったのか?』
最近では予約を取りにくくなったレストランでオーナーシェフを務める幼馴染みのベルトランに店の混み具合を確かめると、結構待ち人数がいるから裏から入ってこいと笑われる。
従業員や出入りする業者が利用するドアから入って厨房を通り抜け、カウンター傍のパーティションで隠されたウーヴェ専用のテーブルを使えと忙しそうな声で告げられて礼を言ったウーヴェは、面白い男と友人になったからその話を聞いてくれとも告げ、携帯の向こうの幼馴染みを驚愕に固まらせることに成功するのだった。