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――高橋大輝の視点――
バンドの練習が終わった帰り道、スタジオのドアを閉めた瞬間、ギターケースの重さよりも、胸の重さの方が気になっていた。
今日も、彼女は来なかった。
――中村杏奈。
図書室と文芸部が彼女の世界。俺とは真逆の場所で生きている、静かで透明な女の子。
そんな彼女に、俺はずっと片想いしてる。
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中学のときからギターを始めて、高校ではバンドを組んだ。
周りからは「モテそう」ってからかわれるけど、そんなの全然関係ない。
俺が本気で想ってるのは、ただひとり――杏奈だけだから。
初めて彼女の声を聞いたのは、高1の図書室。
「……静かにしてください」
ギターのリフを鼻歌で口ずさんでた俺を、彼女が静かにたしなめた。
その声がやけに綺麗で、心に残って。
それから何度も図書室に通うようになって、彼女と少しずつ話すようになった。
彼女は本が好きで、言葉を大事にしていて、会話のひとつひとつが音楽みたいだった。
その頃から、気づいたら曲調が変わってた。
以前の俺は、もっと重くて、ラウドな音が好きだった。でも、今は違う。
杏奈のことを思うと、自然と柔らかくて切ないメロディが浮かぶ。
まるで、彼女が俺の心にメトロノームを打ち込んだみたいだった。
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でも最近――杏奈の視線の先に、別の名前が見えるようになった。
佐藤拓海。
そう、中学からの陽翔の親友。美咲の幼馴染。
昼休み、校庭を眺める杏奈の目が、彼を追っているのを、俺は見てしまった。
「……また、届かないのかよ」
ポツリと漏れた言葉は、音にならず、ただ胸に響いた。
俺はずっと、片想いしてる。ずっと、諦めきれない想いを抱えてる。
でも、恋ってさ、苦しいんだな。
好きな人が、自分の知らない誰かを見てるのを、ただ黙って見つめるだけなんて――拷問だろ。
「杏奈、俺じゃダメかよ……」
そんな言葉が、喉の奥で何度も引っかかる。
でも、まだ言えない。
彼女の“今の気持ち”を、ちゃんと知りたいから。
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その数日後。
放課後の帰り道、文芸部の部室から出てきた杏奈と目が合った。
「……高橋くん?」
「ちょうどよかった、渡したいものあってさ」
そう言って、俺はポケットから小さなUSBを取り出す。
「これ、俺の作った曲。……杏奈をイメージして作った」
言った瞬間、全身が熱くなった。自分の心臓の音がうるさすぎる。
杏奈は一瞬きょとんとした顔をして、それからそっとUSBを受け取った。
「ありがとう……聴いてみる」
それだけで、嬉しかった。
たったそれだけで、また今日も想ってしまう。
君が笑ってくれるなら、俺は今日も、片想いでいい。
そう思えるくらいには、俺は本気だった。
でも――
その数日後。
杏奈の視線の先にいる佐藤拓海が、別の女の子――優菜と話しているのを見たとき。
彼女の目が、揺れたのを見てしまった。
そして、そのとき初めて思った。
**“片想いは、音楽だけにしてくれ”**って。